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第1-1章 私は悪役令嬢となりました
私は少年の決意を目の当たりにしました
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病床の女性は先程の絞るような声で喉を傷めたのか、苦しそうに咳をしています。チェーザレは慌てて壺の蓋を取って水を汲んで女性に駆け寄りました。彼は優しく女性の上体を起こすと器の水をゆっくりと女性に飲ませていきます。
「無理をしないでゆっくり休んで」
「……ごめんなさい。こんな苦労ばかりかけさせてしまって」
「何言ってるんだよ。そんな事無いって」
女性の顔中に巻かれた包帯は目元や鼻、口周りまで隠してしまっていました。かろうじて耳元が露出しているのみのようです。あれでは何も見えませんから日常生活を送るにあたって不便なのではないでしょうか?
……いえ、露出している唇を目にして納得しました。あの方は顔のみならず頭部全てが焼け爛れているのだと。更に火傷は彼女の身体中を蝕んでおり、包帯の隙間から覗き見える肌には痛々しい跡が刻まれておりました。
「風邪ですか。しかし体力の無いそちらの方にとっては命に係わる、と」
「……ああ、そうだよ」
とは言え今は火傷で死の淵にいるわけではなさそうですね。呼吸の様子やチェーザレへの身体の預け具合は熱っぽさからでしょう。英気を養う食事も熱を冷ます薬もこの家計事情では大変厳しいとは容易に察せます。
「教会は駄目だった。お前なんかが来るところじゃないって。でもきっとどうにかするから! 今から何とか医者に来てもらえるよう貴族ん所に頭下げに――」
「もう、いいのよ。きっともうすぐ神様が私を迎えにいらっしゃるから……」
「嫌だ! 母さんが死んじゃうなんて……!」
「それより、お客様が来ているの……?」
何と言う事でしょう。容体が芳しくないにも拘わらず招かれざる客人である私を気にかけるとは。他者を思いやる心、ありきたりな言葉で括ってしまい失礼で申し訳ありませんが、とても素晴らしく良い人である事が分かります。
チェーザレが事情を説明すると、勝手に手助けされたと少し捻くれた表現でしたが、女性はこちらへと顔を向けました。包帯で隠されていてその方の目は窺えません。それでもこちらへと感謝を向けているとは素振りで分かりました。
「息子を助けていただき、ありがとうございました」
「いえ、礼には及びません」
「折角来ていただいたのに何のもてなしも出来ず……」
女性はここで激しく、しかし弱々しく枯れた咳をさせました。チェーザレが大丈夫だからと女性を寝具に強引に寝かします。彼は私に見せる背中で不安と焦燥、それを振り払うような決意を見せていました。
チェーザレは再び立ち上がりました。そして私の横を通り過ぎようとして、再び身体をふらつかせます。彼の腕を取って転倒を防止したのもこれで二度目。彼は驚きの声を上げる体力も残っていないようでした。おかげで母親に気付かれずに済みましたが。
「そんな消耗した身体でどちらに向かうつもりですか?」
「決まってるだろ……。貴族サマの所だよ。頭下げて母さんを助けてもらう」
この町で貴族と言えば私の家に他なりません。ここから屋敷までは教会より距離が遠いのに今の彼が辿り着ける筈がございません。仮にそんな無茶、危険を冒して彼が屋敷の門までやって来たとしても決して取り合わないでしょう。
「貴族と言えど民一人一人は救いません。過度な奉仕は堕落を招くからです」
「だったら前借りするだけだ! 僕が一生働いてでも必ず返す!」
「そんな様子でどうやって? 大方お医者様に診ていただこうとがむしゃらに働いたのだろうと思われますが、もはや貴方様には単純な肉体労働すら無理でしょう」
「……っ!」
今のチェーザレは衰弱寸前。いつ事切れてもおかしくありません。働きますから養ってくださいだなんて虫が良すぎましょう。それとも貴族が寛大な心で救ってくださると? 奉仕を義務とする教会にも拒絶されたのに?
そしてこれはあえて指摘いたしませんが、仮に貴族が酔狂にも医者を寄こした所で一時凌ぎに過ぎないかと。と申しますのも女性は全身大火傷を負って体力が弱った身。改善の見込みが無いとするならまた同じように体調を崩さないとは限りません。その際果たして都合の良い二度目があるのでしょうか?
残酷ですがチェーザレの奔走はただの時間稼ぎに他なりません。
「……なら、教会の総本山に行く。聖女様なら救ってくれる筈だ」
それでも諦めきれないチェーザレは僅かな、しかし決して叶わない希望を口にしました。
「無理をしないでゆっくり休んで」
「……ごめんなさい。こんな苦労ばかりかけさせてしまって」
「何言ってるんだよ。そんな事無いって」
女性の顔中に巻かれた包帯は目元や鼻、口周りまで隠してしまっていました。かろうじて耳元が露出しているのみのようです。あれでは何も見えませんから日常生活を送るにあたって不便なのではないでしょうか?
……いえ、露出している唇を目にして納得しました。あの方は顔のみならず頭部全てが焼け爛れているのだと。更に火傷は彼女の身体中を蝕んでおり、包帯の隙間から覗き見える肌には痛々しい跡が刻まれておりました。
「風邪ですか。しかし体力の無いそちらの方にとっては命に係わる、と」
「……ああ、そうだよ」
とは言え今は火傷で死の淵にいるわけではなさそうですね。呼吸の様子やチェーザレへの身体の預け具合は熱っぽさからでしょう。英気を養う食事も熱を冷ます薬もこの家計事情では大変厳しいとは容易に察せます。
「教会は駄目だった。お前なんかが来るところじゃないって。でもきっとどうにかするから! 今から何とか医者に来てもらえるよう貴族ん所に頭下げに――」
「もう、いいのよ。きっともうすぐ神様が私を迎えにいらっしゃるから……」
「嫌だ! 母さんが死んじゃうなんて……!」
「それより、お客様が来ているの……?」
何と言う事でしょう。容体が芳しくないにも拘わらず招かれざる客人である私を気にかけるとは。他者を思いやる心、ありきたりな言葉で括ってしまい失礼で申し訳ありませんが、とても素晴らしく良い人である事が分かります。
チェーザレが事情を説明すると、勝手に手助けされたと少し捻くれた表現でしたが、女性はこちらへと顔を向けました。包帯で隠されていてその方の目は窺えません。それでもこちらへと感謝を向けているとは素振りで分かりました。
「息子を助けていただき、ありがとうございました」
「いえ、礼には及びません」
「折角来ていただいたのに何のもてなしも出来ず……」
女性はここで激しく、しかし弱々しく枯れた咳をさせました。チェーザレが大丈夫だからと女性を寝具に強引に寝かします。彼は私に見せる背中で不安と焦燥、それを振り払うような決意を見せていました。
チェーザレは再び立ち上がりました。そして私の横を通り過ぎようとして、再び身体をふらつかせます。彼の腕を取って転倒を防止したのもこれで二度目。彼は驚きの声を上げる体力も残っていないようでした。おかげで母親に気付かれずに済みましたが。
「そんな消耗した身体でどちらに向かうつもりですか?」
「決まってるだろ……。貴族サマの所だよ。頭下げて母さんを助けてもらう」
この町で貴族と言えば私の家に他なりません。ここから屋敷までは教会より距離が遠いのに今の彼が辿り着ける筈がございません。仮にそんな無茶、危険を冒して彼が屋敷の門までやって来たとしても決して取り合わないでしょう。
「貴族と言えど民一人一人は救いません。過度な奉仕は堕落を招くからです」
「だったら前借りするだけだ! 僕が一生働いてでも必ず返す!」
「そんな様子でどうやって? 大方お医者様に診ていただこうとがむしゃらに働いたのだろうと思われますが、もはや貴方様には単純な肉体労働すら無理でしょう」
「……っ!」
今のチェーザレは衰弱寸前。いつ事切れてもおかしくありません。働きますから養ってくださいだなんて虫が良すぎましょう。それとも貴族が寛大な心で救ってくださると? 奉仕を義務とする教会にも拒絶されたのに?
そしてこれはあえて指摘いたしませんが、仮に貴族が酔狂にも医者を寄こした所で一時凌ぎに過ぎないかと。と申しますのも女性は全身大火傷を負って体力が弱った身。改善の見込みが無いとするならまた同じように体調を崩さないとは限りません。その際果たして都合の良い二度目があるのでしょうか?
残酷ですがチェーザレの奔走はただの時間稼ぎに他なりません。
「……なら、教会の総本山に行く。聖女様なら救ってくれる筈だ」
それでも諦めきれないチェーザレは僅かな、しかし決して叶わない希望を口にしました。
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