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第1-3章 私は聖都に行きました

私は妹と再会しました

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 面会場所として指定されたのは敷地内の教会堂でした。私の背より何倍も高い扉が厳かに開かれます。広がるのは壮大な空間。私が両手を伸ばしても決して抱き付けない程太い柱、磨き抜かれた大理石の床、そしてはるか高くにある天井には宗教画が描かれていました。窓にはめ込まれていたのは全てステンドグラス。教典の一幕が再現されていました。祈りを捧げる祭壇はとても遠くにあるせいで小さく見えてしまいますね。

 そして祭壇へ向く形に並べられた席の一つに妹達は座っていました。妹は私達の来訪に気付くと笑顔で輝きながらこちらへと駆け寄ります。

「お父様! お母様!」
「セラフィナ! 私の可愛いセラフィナ! 元気にしていた?」
「大きくなったな、見違えたぞ!」

 妹は父と母と抱き合いました。弟も出遅れましたがやはり姉が恋しかったようでセラフィナへと走りだして、挙句妹へと飛び込みました。親子が感動の再会を祝福する意味で拍手でも送りましょうかね? などと私はやや冷めた目線で眺めながら家族の後を追いました。

「お姉様、お久しぶりです」
「ええ、久しぶりですねセラフィナ」

 久しぶりに見るセラフィナはより可愛く、そして美しくなっていました。少女らしさの中に大人っぽさが表れる時期に差し掛かった、とでも言い表しますか。きっと老若男女隔てずに多くの人々から愛される。そんな愛らしさも感じさせます。
 更に教会での教育でセラフィナの仕草はより洗練された、と思えるのです。父や母へは私の知る妹らしく明るく前向きな印象でしたが、落ち着きを取り戻して両親と言葉を交わす間の仕草や発音の仕方等、神秘的だとの感想が浮かぶのです。

 そんな成長した妹を目の当たりにした私は、しかし彼女を祝福出来ませんでした。
 真っ先に思い浮かんだのは誠に自分勝手な感想、自分を軽蔑したくなります。

 嗚呼、わたしの知るヒロイン像に近づいたなぁ、と。

「んー、ヒロインの面影が出てきてるわね。乙女ゲームのオープニングまであと一年数か月ってぐらいだし、当然っちゃ当然かな」

 私は最低限妹と近状を語り合った後に一歩引きさがり、わたしとの雑談を開始します。妹との会話に夢中な父達は空気に徹する私を気に掛けるそぶりも見せません。面会時間は有限ですから可能な限りセラフィナに費やしたいのでしょう。私はそれを利用するだけです。

「このまま順調にいけば誰からも祝福される聖女が誕生する、ですか」
「ええ。乙女ゲームのシナリオ通りにね」

 妹を止める手立てはもはやありません。わたしの良く知るヒロインとしてセラフィナは学院に入学してくるでしょう。その時私は妹に嫉妬する気が無いのだから悪役令嬢にはならない、とは断言出来ないのが不安でしかありません。

 もし、乙女げーむの脚本に強制力があったら?
 私は操られるがままに妹に嫉妬して悪意を振り撒いて終いには破滅する。私の意思、私の願いとは関係無く。そんな絶望的な未来が待ち受けているかもしれないと想像しただけで身震いしてしまいます。

「……確認ですがセラフィナが授かった奇蹟は何でしたか?」
「まず祝福ね。これは人から愛される奇蹟よ。ある程度粗相をしても好意的に受け止められる、とか人から好印象を受けやすくなる、みたいな」
「何気ない、しかし絶大な効果を発揮する奇蹟ですね」

 聖女候補者であるものの一介の中堅階級貴族の娘に過ぎない妹が他国の王太子や大商人の御曹司方から好意を抱かれる理由付けの一つが祝福の奇蹟になります。人を虜にする魅了と違ってあくまで理性への影響は僅か。何となく好かれやすい、辺りが一番的確な表現かと。
 ですがそれはあくまで乙女ゲームのご都合主義を説明したに過ぎません。もう一つ、攻略対象者方の心を掴む要素があるのです。何もヒロインの選択が最適だったとのメタ的な視点ではなく、文字通り殿方はヒロインに救われるのですから。

「それから、救済だったわね」

 そう、前人未到の奇蹟によって。
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