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第1-3章 私は聖都に行きました

私は夜の街中を進みました

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 夜。さすがに聖都ともなれば日が暮れても賑やかなものです。教会のお膝元とは言え人の営みが広がる以上は娯楽も必要でして、酒や女性と言った昼とはまた違った楽しみ方があります。一仕事終えた男性が癒しを求めるのでしょうね。

 しかしそれも夜が更けてくるにつれて人の数は少なくなっていきます。段々と明日に備えて床に就くのでしょう。するとアレだけ賑わっていた聖都の街全体が静寂に包まれるのです。むしろ空に輝くお星さまの方が自己主張が激しいかもしれませんね。

「ううー、眠いー」

 そんな今こそ私達の動く時です。
 
 あの後私はチェーザレ達に時間と場所を指定して別れました。さすがに家族と一緒に来ている以上は一日中彼らと付き合う訳にはいきませんからね。勿論トリルビィの荷物は先に宿泊先に置いてきましたので父達は私が何を買ったかも知りません。
 それから夕方は引き続き交友関係を広げようとする父の涙ぐましい努力に付き合わされました。見栄えがする煌びやかな、しかし派手ではない衣装に身を包んで笑みを張りつかせて当たり障りの無い話でそこそこ盛り上がる。つまらない程に常套手段で十分でしたね。

 それから部屋に戻った私は夜に備えて仮眠を取りました。トリルビィも私に同行すると言って聞かなかったので、遠慮なく彼女に時が来たら起こすよう命じて目を瞑りました。意外にも熟睡してしまったようで、気が付いたらすっかり周囲は寝静まっていました。

「眠いのでしたら今すぐにでも布団に戻らないと」
「いやいやそう言って僕をのけ者にしようったってそうはいかないからな」
「それよりキアラ。もう周りには誰もいないんだし、そろそろ教えてくれてもいいだろ?」
「そうですね。では目的の場所に向かいながら説明しましょうか」

 そして私は月明かりで若干明るい夜の街でチェーザレ達と再会したのです。
 私は昼間着ていた余所行きの服に着替え直しています。ただし靴と手袋だけやや頑丈なものとしています。服が汚れてしまった場合は……大公国に帰った後にトリルビィにこそっとランドリーメイドに持って行ってもらいましょう。

 私は三人を引き連れて段々と大通りから住宅密集地の小道へと入っていきます。後ろを振り向くとチェーザレは何が起こっても良いように腰にぶら下げた剣の柄に手をかけていました。ジョアッキーノも手に何かを持っているようです。警戒しているのですね。

「……昔と変わっていませんね」
「昔って……キアラが聖女だった頃か?」
「歴史上この聖都は何度か蛮族や異教徒の侵略を受けています。教会にとって神の奇蹟を授かった聖女は守るべき対象。有事の際に聖都から速やかに逃げ延びる術も教わるのです」
「逃走経路って言ってもいつも聖女はあの馬鹿みたいに高い壁の内側にいるんだろ? 囲まれる前にこっちまで逃げてくんの?」
「それに対する答えが、こちらです」

 私が目指した場所はかつての私が教わった頃とあまり変わっていませんでした。おそらく年季が入って古びているんでしょうけれど、暗くてあまり見通せない真夜中では大して違いは見られません。
 そこは一見閑静な住宅街の一角にあるこじんまりとした家の一つでした。私はドアノッカーを数回叩きます。規定のリズムで叩かなければ居留守を使われるんですよね。さすがに物音一つしない夜の街だけあってうるさい程に音が響きました。

 少しの間待っていますと扉にくり貫かれた覗き窓が開いて目だけがこちらを見つめてきました。まだ成人もしていない少年少女達の集まりに相手は疑ってきているようですが、こちらが手順を満たしている以上無下にする訳にもいかないですよね。

「おい、どこでソレを知った?」
「言う必要はございません。貴方様はただ己の仕事を全うすればよろしいかと」
「……ちょっと待ってろ。今開ける」

 覗き窓が閉じると向こう側から閂を抜く物音が聞こえました。そして扉が開かれると中から筋骨隆々な男性が中に入るよう促しました。私は堂々と足を踏み入れ、怪しいあまりに躊躇するチェーザレ達へ手招きしました。

 ここは一体何だ、と口を開きかけたジョアッキーノへ私は黙るよう自分の唇に人差し指を当てる仕草をさせました。ジョアッキーノも慌てて口に手を当てて言葉を飲み込みます。そうしているうちに男性は再び扉を閉め直して閂を入れ直します。

「それで、うちの何の用だ?」
「ここに用などありません。私達はただ通り抜けるだけですので」
「……そうかい」

 男性は私達を寝室の一つへと案内しました。彼はチェーザレ達の警戒心を気にする様子もありません。私でも分かるぐらい鍛え上げているようですから、チェーザレ達が立ち向かっても子供をあやすように蹴散らされてしまうかもしれませんね。

 男性は床に設けられた二重扉を開きました。するとその向こうから冷たく湿った空気が流れ込んできます。男性が燭台をそちらへと向けて全容が露わになりました。地下へと狭くて急な階段が伸びているのです。

「トリルビィ、松明を私に」
「は、はいっ」

 ここで昼の買い物が活躍します。火をつけ終えた私は階段へ向かう……前に男性へとお辞儀をしました。

「お勤めご苦労様です。帰りもよろしくお願いします」
「……何をしてくるのか知らんが、これも神様のお言葉を頂戴した為、ってか?」
「遺憾ながらその通りですね」

 そうして私達は地下へと入っていきました。
 闇が支配する底なしの空間へと。
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