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第3-1章 私は聖地より脱出しました

私は思わず声を張り上げました

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「キアラ様、もう少しお下がりを。手を焼いていたあの白兎めを退けたからには貴女様が前に出る必要はありません」
「あの、騎士様? リッカドンナ様から事情はお聞きでしょうけれど、私は別に聖女候補者でも何でもありません。そのようにかしずかれる者では……」
「何を仰られますか! 先ほどの獣人共を相手にした際の堂々たるお姿、そして我々に活力を与え、傷つく兵士を癒す貴女様は後の聖女様に違いございません!」

 撤退を進める私は何故かリッカドンナ付きの騎士達から聖女同然に扱われるようになりました。まああれだけ奇蹟を行使しておいて違うんだと主張したって説得力は皆無なのですが、それにしたって船で私を捕らえた時とは大違いです。

 人を救う事ばかりに専念している今はこの境遇でもやりやすいのですが、事が終わったらどうしましょう? リッカドンナは頑なだった考えを改めてくれそうな雰囲気を醸し出してくれましたが、私の願いを聞き届けて庇ってくれるかはまだ未知数です。

「それに安心はしていられません。ラーニヤ……白兎の方は撃退しましたが、黒猫の方を止めねば意味がありません」

 どうもラーニヤは私が迫っていると遠見の奇蹟で察知してからマジーダとは別行動していたようなのです。天闘の奇蹟を宿す彼女は正しく一騎当千。ここで止めねばそのまま一気に聖都の大聖堂や王宮まで突き進まれかねません。

「にわかには信じられません。あの輩が聖女様の奇蹟を打ち砕いたなどとは……」
「主がいない盾の奇蹟が矛の奇蹟に突破されただけですよ。アウローラ様が戻られたらまだ分かりません」
「あの黒猫めは強い。キアラ様の奇蹟があっても敵うかどうか……」
「ですから倒すのではなく止めることだけを考えればいいと思います」

 既に神託の奇蹟でラーニヤの現在位置は大体把握しています。後退する聖国軍の間を縫うように私達は進みます。邪魔者扱いされるかと危惧しましたが、逆に聖女のお通りだとばかりに道を開けられたので快適でした。不本意ですけど。

 道中、負傷兵を抱えて後退する兵士が何割かを占めていました。それでも置いてきぼりになる兵士も少なくなく、自分の命が惜しいとばかりに我先に逃げる兵士も目につきました。極限の状況に追い込まれると人は本性をむき出しにするものですが……。

 私は救いを求めて手を伸ばす者を見捨てなければなりません。本当なら傍に駆け寄って癒したいですが、これ以上マジーダの拳を血に染めたくはありません。大きな犠牲を抑えるためだやむを得ない、と自分に言い聞かせてこちらに向けられる声を無視します。

 そう、無視しないといけないのですが……、

「何をしているのですか! 恥を知りなさい!」

 気が付けば自分で歩くことも立つこともかなわない重傷を負った兵士がすがりつくのを振りほどこうとしていた輩に怒鳴っていました。こんな騒がしい戦場においても不思議と伝わったようで、兵士は身をすくませてぎこちない動作でこちらへと顔を向けてきます。

「神は汝隣人を愛せよと言ったではありませんか! 死にたくない気持ちは分かりますが、だからと救いを求める手を振り払うなんて、心が痛まないのですか!?」
「しかし聖女様、俺は――」
「でももだってもありません! 敵方に捕まったら最後、異教徒への仕打ちなど想像するまでもないでしょう! 肩を並べて戦った仲間をそのような目に遭わせたいのですか!?」

 私が叱った兵士は不本意ながらも倒れる兵士を担いで歩き始めました。負傷兵のもう片方をもう一人の兵士が駆け寄って支えます。三人四脚とは違いますが、何とか歩くよりも早く下がっていきます。

 私の指摘は思わぬ効果を生んだようで、他の兵士達もその多くが負傷兵を連れて行こうとする光景が見られました。最前線で切り伏せられた犠牲者を救い出すのは困難ですが、後退中に力尽きて倒れた者は救い上げられますから。

「……御見それしました。聖女となるのを拒んでいると聞いていましたので誤解しておりました」
「残念ながらこれが私の性分なようですから。さあ、進みましょう」

 何故かかしずこうとする騎士達を制止して引き続きマジーダの方へと向かいます。最後に念を入れて神に彼女の居場所を聞きましたが……先ほどからあまり進んでいない? はて、誰かが彼女を妨害しているのでしょうか?

 その答えは現場に到着して判明しました。そして私はおろかチェーザレやトリルビィ、そして歴戦の聖国騎士達までが目を疑ったのです。それほどまでに異質であり、そして私には見覚えがありました。

「アレッシア……?」
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