魔王と魔女と魔竜は悪役令嬢になりたい

福留しゅん

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開幕⑤・魔王は入学の準備に勤しむ

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 それなりに動き回れるようになったアーデルハイドだったが、病気を克服したと知るのは侍女であるパトリシアただ一人だった。と言うのも食事も身体を吹くのも用を足すのも今までどおり部屋の中で済ませたからだ。

「あの、お嬢様。せめてお手洗いと湯浴みだけでも部屋の外に出られては如何でしょう?」
「そうもいかぬ。使用人と鉢合わせしても家族に知られてしまうからな」
「何を危惧なされているかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「……そなたはわたしが形式上は皇太子の婚約者であるのは当然知っていよう?」
「勿論でございます。ただ……」
「どうしたパトリシアよ。遠慮なく申せ」
「……っ。皇后としての教育を受けておられないのは心配だ、と囁かれております」

 いずれ皇帝となるルードヴィヒの妃となるアーデルハイドは本来皇太子と共に国の象徴、威信になるべく教育を施される筈だった。ただアーデルハイドは病弱で通常の教育すらままならない有様。治る見込みも無いまま寝る日を重ねていただけだった。
 無論アーデルハイドは皆から陰口を叩かれているのは分かっていた。パトリシアに包み隠さずありのままに現状を伝えるよう願ったためもあったが、魔王がアーデルハイドを訪ねるにあたり事前に情報収集していたからなのもあった。

「当然だな。皇太子どころか誰が寝たきりの女を娶ろうと考えよう? 他の貴族令嬢共は虎視眈々と皇太子妃の座を狙っておるし、あまつさえお父様はそうはさせぬとアンネローゼを代わりにあてがおうとしておるのだろう?」
「……遺憾ながらその通りでございます」
「アンネローゼはわたしの腹違いの妹。しかしわたしのお母様とアンネローゼの母君に上下関係は無いからな。わたしが貴族の娘としての役目を果たせぬのならアンネローゼを代わりにあてがうのは至極当然とも言えよう」
「そこは、私には理解出来ません。家の役に立つ為に政略結婚するのが役目だなんて」

 アーデルハイドの母親が正室、妹のアンネローゼの母親が側室。しかし互いに伯爵家や分家といった由緒正しい家から嫁いできた。よって姉が駄目なら妹が代役に抜擢されようとしている件について、アーデルハイドは特に憤りを覚えずむしろ理解を示していた。
 尤も、それはアーデルハイドが物心ついた頃から両親にそう教え込まれたせいもある。魔の者にも爵位が存在しており、魔王はつまらぬ部分はどこも一緒なのだと軽く呆れる。けれど平民出のパトリシアには愛無き婚約は理解したくもない世界だろうとも理解を示していた。

「で、だ。アンネローゼはわたしとはほぼ同じ年だとも把握しているであろう?」
「お嬢様が年の早いうちに、妹様が年の暮れ時にお生まれになりましたからね」
「つまりだ。アンネローゼもわたしと同時期に学園に入学する筈だな」
「はい。仰る通りでございます。既に準備は進められているかと」
「そこにわたしが「治った!」などと申してみよ。今にも妹に挿げ替えようとしているお父様や継母君が何と仰るか分かったものではない。もしや余計な真似が出来ぬよう修道院行きにされるかもしれぬなあ」
「まさか! 旦那様や奥方様がお嬢様をそのような目に遭わせるなど……!」

 パトリシアの言葉は途中から急速にしぼんでいった。分かりやすいな、とアーデルハイドは心の片隅で思った。

 そもそも悪役令嬢になるには学園と言う舞台に上がるのが大前提。袖口に控えていたら背後から拘束されて劇場から叩き出されてはたまらない。よって学園に赴く直前まではこれまで通りと周囲に思わせる必要がある。それがアーデルハイドが導き出した結論だった。

「よって登校初日までは伏せておく必要がある。それまで不便をかけるが、全てはそなたにかかっていると申しても過言ではないのだぞ」
「お、お任せくださいっ。不肖この私、お嬢様の為に身を粉にして働きます」
「うむ。ところで、だ。どう思う?」

 陰謀渦巻く話を打ち切ったアーデルハイドは椅子から立ち上がり、軽やかに一回転した。新調した部屋着のドレススカートがふわっと舞う。そしてパトリシアを前に静止し、厳かに会釈をする。動きに淀みが無い見事なカーテシーだった。

「礼儀作法のお話でしょうか? 妹様と比較なさってもそん色ないとお見受けいたします」
「それもあるが、わたしの肉付きはどう思う?」
「……言われてみれば少しふくよかになられました?」
「そうであろう!」

 礼儀作法に関しては魔王としての知識と経験を上乗せしたのもあって特に不憫ではない。神聖帝国独特のものについては執事に頼み込んで徹底的に仕込んだ。そのかいもあって公爵家の令嬢に相応しい行儀が身に付いていた。

 知識面も全く気にしていない。病床に臥せていたアーデルハイドの数少ない出来る事の一つだったのもある。加えて魔王としての叡智は人間の小娘からすれば計り知れない。今の彼女は誰にも負けない自信を漲らせている程だから。

 問題があるとすれば、見栄えぐらいだった。

「骨と皮だけのようなものだったこの前と比べて見違えたとは思わぬか?」
「はい。とてもお美しゅうございます」
「そうか。パトリシアからそう聞かせれて正直胸をなで下ろしておる。あいにくわたしは女性の美しさとは何かを知る機会が少なかったのでな」
「お嬢様。私は決してお世辞で申しているのではございません。心よりお嬢様を綺麗だと感じているのです」

 母や継母が美しい女性だと皆から褒め称えられているのはアーデルハイドも知っていた。けれどそれが皆の美意識と合致しているのか単なる社交辞令なのか、外に行く機会の乏しかった彼女には判断材料が足りなすぎた。様々な魔の者を跋扈させる魔王としての感覚は当てにならない以上、パトリシアの感想だけが頼りだった。
 尤も、アーデルハイドは既に今の自分が『美女』だとの確信があった。と言うのも、予言の書に描かれていた悪役令嬢像に自分の容姿が近づいていったからだ。その姿が美しいと讃えられた小説の描写通りなら何ら心配事は無かった。

「痩せこけていた頬も胸も張りが戻ったな。しかし豊満と呼ぶにはまだ物足りぬかな? こう、胸と尻が大きければ富と権力の証と言うであろう」
「私は大きすぎるのも奇形じゃあないかって感じちゃいますけれどね」

 短期間で容姿を上向かせたのは勿論食事や運動の変化だけではない。魔王として発動させた成長促進魔法で効率よく身体の栄養としていったのもあった。勿論パトリシアには内緒。彼女からは劇的な変化が素晴らしいとだけ受け止められている。
 よって今のアーデルハイドは胸元を大きく開いて腕や背中の肌を露出させても問題ない身体つきにまで改善されていた。

 アーデルハイドは化粧鏡を前に予言の書に描かれていたような姿勢になった。そして表情も描かれていたようなものとして、絶対の自信に讃えた不敵な笑いをさせる。すると鏡の向こうにはまごう事なき悪役令嬢が存在していた。

「うむ! 準備は万全だな! これでいつでもメインヒロインを迎え撃てる――」
「ソレ、嫌いです」
「む……? パトリシアよ、一体どうしたと言うのだ?」

 満足して思わずぎゅっと拳を握りしめたアーデルハイドだったが、パトリシアから冷たい一言を突きつけられる。有頂天になりかけた自分を落ち着かせて公爵令嬢が振り向くと、そこには不満を駄々漏れにさせる従者が唇をとがらせていた。

「お嬢様にそんな人を嘲笑うような目は似合いません。お優しく慈愛に満ちたお嬢様はもっとお優しい顔をなさるべきです」
「いや、しかしだな。それではわたしの本懐が果たせぬと申すか……」
「お願いでございます。お嬢様が学園で何をなされるかは存じ上げませんが、どうかお嬢様はいついかなる時もお嬢様らしくいていただきますようお願い申し上げます」
「わたしらしく、か……」

 残念だがそなたの願いはもはや叶わぬぞ、とまでアーデルハイドは言えなかった。既に魔王に浸食された現在は元の深窓の令嬢から価値観が変わってしまっている。時には人の情を蔑ろにして尊徳だけで選択する機会もあるだろう。
 それでも、あえて己の従者の願いを聞き届けるのなら……、

「無論だパトリシアよ。わたしは常にわたしらしくあろう」

 己の誇りにかけて己らしくあり続けるまでだ。
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