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入学①・魔王は妹と登校する
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アーデルハイドはついに入学の日を迎えた。前日は妹のアンネローゼも学園入学を控えていたのもあって公爵家の屋敷内は慌ただしかった。とは言え部屋に引きこもり続けるアーデルハイドと彼女の身の回りの世話をするパトリシアにとっては外が賑やかな程度にしか感じなかったが。
「どうだパトリシアよ。似合っておるか?」
「はい。良くお似合いです、お嬢様」
「では行くぞ」
「はい、お嬢様」
朝食を取り身支度を整えたアーデルハイドは己の姿をパトリシアに見せびらかせていた。
帝国学園では特に制服は指定されていない。しかしある程度暗黙の了解は存在する。学ぶための場である事から落ち着いた服が好ましい。アーデルハイドも宝飾を身に付けずに地味なドレスに袖を通している。
舞うように身を翻した己の主の尊さにパトリシアは感動する。心からの賛辞が次から次へと口から飛び出ないように自制するのが大変、そんな我慢が伝わってきてアーデルハイドは従者を愛おしく思った。「褒めても良いのだぞ」と言いたくなるのを堪えて。
窓際のテーブルに置かれた日時計がもうじき出発の時刻だと知らせているのを見たアーデルハイドは鞄を侍女へと差し出した。侍女は恭しくそれを受け取って主の斜め後ろに控える。パトリシアを従えたアーデルハイドは堂々と歩み始めた。
廊下をすれ違う使用人達は誰一人例外なくアーデルハイドの姿を見て驚いた。中には手にしていた洗濯物を取り落としたり、声を挙げたりする者もいた。中には行進する令嬢が一体何者なのかを分かっていいようなメイドまでいる始末だった。
「顔も見た事ない使用人も少なくないな。今日から少しずつ覚えていかねばな」
「では僭越ながら後ほど私めが各々をご紹介いたします」
「うむ、頼むぞ」
そう言えば、とアーデルハイドはふと思う。いつ自分が回復したと公爵や公妃たる両親や妹達に告げようか、と。どうせなら劇的な場面を演出したい衝動があるものの、ここまでくれば別に隠す必要も無いのだからあえて打ち明けなくても良いのでは、とも思考を巡らせる。
しかしそうした想定は屋敷のエントランスまで差し掛かった所で無駄だと気付いた。
「……!?」
予期せぬアーデルハイドの登場にその場にいた誰もが言葉を失った。メイド一同や従僕と執事、そして公爵家の者達の視線がアーデルハイドへと集中する。無論、本来この場における主役だったアンネローゼの含まれている。
アーデルハイドは一同に向けて軽く微笑み、優雅に会釈をしてみせた。その澱みない動作からメイドの何名かが思わず声を挙げる。
「おはようございますお父様、そして皆々様」
アーデルハイドが送った朝の挨拶に誰も反応出来ない。もしかしたら突然現れた娘は一体何者なのかとでも思っているのか、と彼女は内心で苦笑する。それとも消去法で導き出した結論に納得出来ない辺りか、とも邪推した。
一番最初に動いたのは公爵ではなくアンネローゼだった。彼女もまたアーデルハイドに微笑み返し、スカートの裾を摘まんで会釈する。
「おはようございます、アーデルハイドお姉様」
アーデルハイド! 病弱で寝たきりの令嬢の名を耳にしたこの場の一同に動揺が走る。公爵は見違えるように快方に向かった娘に目が釘付けになり、アンネローゼの母たる公妃は愛娘を心配そうに見つめ、末妹や使用人一同は二人に交互に見つめるばかりだった。
当の返事を返されたアーデルハイドは不満を隠さないで呻り声をあげる。
「むー、面白くないぞアンネローゼよ。そなたはもっと過激な反応を示してくれると思っておったのだがな」
「あら、それは期待に沿えなくて残念。でもねお姉様、隠し通すならもっと上手くしないといけないわよ。貴女の可愛がるパトリシアが忙しそうに動き回っていたもの」
「そこまで秘密裏にする気も無かったのでな」
姉妹の関係ではあったが二人が互いにかける口調はとても砕けたものだった。アーデルハイドが思い出すのはかつてまだ元気だった頃に庭先で駆け回った日々。あれから見る機会が無かったが、妹もまた美しく成長している。アーデルハイドが一瞬見惚れる程に。だから以前と変わらない言葉のやりとりに安心感を覚えた。
「綺麗になったな。王宮に咲き誇る花の庭園も霞むであろうよ。わたしがこの家の娘でなくどこぞの男だったら真っ先に求婚していたかもしれぬ」
「そう仰るお姉様こそ病気を克服したようね。それどころか皇太子殿下の御心も奪ってしまいかねない美貌になってしまって。おめでとうございます、と言葉を送ればいいかしら?」
「うむ、もっと褒めてよいのだぞ。それはそうと折角のアンネローゼの門出を邪魔してしまったかな?」
「むしろお姉様を待ちわびていた遅い、と苦言を申し上げておくわ」
「ぬう、相変わらず言うなあそなたは」
「お姉様の方は以前と違って自信に溢れているのね」
二人が会話を弾ませる様子に段々とその場の驚愕が解かれていく。ただこれまで身の回りの世話を侍女のパトリシア一人に押し付けていた使用人一同は何とも言えない表情をさせていた。アーデルハイドがそんな反応を面白がって含みのある笑みを浮かべると竦みあがってしまう。
「お嬢様、いけませんよ」
「すまぬすまぬ。ところでパトリシアよ。わたしの乗る馬車は用意しておるのか?」
「はい。ですがアンネローゼお嬢様と通学が被るのは予想外でしたから……」
「あら、何で分ける必要があるの? その恰好、お姉様も私と同じようにこれから学園に通うのでしょう?」
アンネローゼは従僕に合図を送り重厚な玄関扉を開かせる。扉の向こうには既に公爵家の馬車が待機しており、御者が恭しく首を垂れた。
「私と一緒でいいじゃないの。どう?」
そしてアンネローゼは姉に向けて手を差し伸べる。軽く驚いたアーデルハイドだったが、すぐさま嬉しそうな笑顔を湛えてその手を取った。それどころかアーデルハイドは大股で歩み始めてアンネローゼを引っ張る形になってしまう。
「愛い奴よ! さあ、では共にいざ行こうぞ!」
「ちょっとお姉様、そんな急かさなくても馬車は逃げないでしょうよ!」
「あ、待ってくださいお嬢様……!」
慌てたパトリシアがアンネローゼの侍女と目くばせを交わして追いかける。姉妹のやりとりをただ茫然と見つめていた公爵はようやく我に返り、一歩前に踏み出した。
「アーデルハイド!」
「お父様。話があるのでしたら帰ってからお聞きします。今は学園に急がないと」
言いたい事が盛り沢山な公爵を一刀両断してとっとと馬車の扉を閉めさせる。同乗したパトリシアも分かったもので、進行方向反対側の下座に腰を落とした自分の後ろ側にいる御者に向けて拳で硝子窓を叩いて合図を送った。
厳かに馬車が走り始めた。公爵達公爵家の一同を置き去りにして。
「お姉様。この寸劇はお父様方を驚かせるため? それとも困らせるため?」
「どうしても学園に通いたかったのでな。快方に向かったとは伏せておく必要があった」
「お父様が余計な画策をして修道院行きにされてはたまらないからでしょう?」
「分かっておるではないか。勘の鋭い者は嫌いではないぞ」
神聖帝国の帝都にある公爵家から学園までの間は舗装された大通りを進んでいく事になる。それでも凹凸一つも無く平坦だとは言い難い。公爵家所有の馬車にはばねが組み込まれていて衝撃を和らげているものの、揺れる馬車の中の居心地はあまりよろしくなかった。
目を瞑る程の距離ではない以上、少しでも気がまぎれるよう自然と言葉が交わされる時間が多くなる。いつもならお付きの侍女が話題を挙げるものだが、この日はは妹から姉への問いかけが重なっていった。
「私はお姉様の復帰は大歓迎よ」
「本当かぁ? わたしがいなくなってこれ幸いとばかりに皇太子妃の座を狙おうとしておったのではないか?」
「冗談じゃないわ。堅苦しい皇太子妃になんて本当に嫌だったもの。お母様が何て言おうと次女って自由が利く立場を満喫したいわ」
「それはわたしに面倒事を押し付けたいとも聞こえるぞ」
「そう言っているつもりだけれど?」
「ええい、少しは本音を隠さぬかこの馬鹿者!」
パトリシアは姉妹の仲睦まじいやりとりに目を丸くさせていた。そう言えばパトリシアが公爵家に仕えるようになった頃には既にアンネローゼと遊ばなくなっていたな、とアーデルハイドは心の中で思い返す。
「意外か? わたしとアンネローゼが仲良くて」
「め、滅相も無いです!」
図星だったのかパトリシアは目に見えて慌てふためいた。アーデルハイドはそんな正直な侍女に笑いかける。
「隠さずともよい。大方屋敷の者がある事ない事口走っているだけであろう。わたしがアンネローゼを疎ましく思っておるとかアンネローゼがわたしを邪魔だと思っておるとかな」
「何故かそう思われているわね。別に私はお姉様を排除しようなんて気はこれっぽっちも無かったのだけれど。かと言って必要以上にお姉様を庇い立てする気も無いのよ」
「えっ? と、申しますと?」
「お父様がお姉様を排斥なさっても反対しないし、皇太子殿下に嫁げと命じられれば従うって言っているのよ」
「……っ!」
アンネローゼから冷たく言い放たれたパトリシアは顔をこわばらせた。しかし切り捨てると断じられた当の本人はくっくと笑い声を漏らすばかりだった。
「いや、それでこそアンネローゼよ。わたしはそなたが妹であって誇らしく思うぞ」
「あら、褒められても何もお礼は出来ないわよ」
「そこはお世辞でも何でも述べれば良かろう。自分の自慢の姉だとでもな」
「そう言わせるようになってほしいものね」
二人の姉妹は顔を見合わせて笑いあった。
……アーデルハイドは公爵家長女として妹と親しく接する中、全く別の思考を巡らせていた。それは悪役令嬢としてのアンネローゼとの関係についてだった。
予言の書ではアーデルハイドの登場は半年後、当然アンネローゼは一人で学園に通う事となる。アーデルハイドの復帰で有耶無耶になるだろう皇太子の婚約者という立場についてはアンネローゼへのすげ替え工作が続いていく。
だから、アンネローゼは物語前半では悪役令嬢としてメインヒロインに立ちはだかる。
そして、物語後半では真打ちとして登場したアーデルハイドに立ちはだかるのだ。和解したメインヒロインと共に。
魔王は早速メインヒロインの手駒を一つ奪ってやったと内心で高らかに笑った。
「どうだパトリシアよ。似合っておるか?」
「はい。良くお似合いです、お嬢様」
「では行くぞ」
「はい、お嬢様」
朝食を取り身支度を整えたアーデルハイドは己の姿をパトリシアに見せびらかせていた。
帝国学園では特に制服は指定されていない。しかしある程度暗黙の了解は存在する。学ぶための場である事から落ち着いた服が好ましい。アーデルハイドも宝飾を身に付けずに地味なドレスに袖を通している。
舞うように身を翻した己の主の尊さにパトリシアは感動する。心からの賛辞が次から次へと口から飛び出ないように自制するのが大変、そんな我慢が伝わってきてアーデルハイドは従者を愛おしく思った。「褒めても良いのだぞ」と言いたくなるのを堪えて。
窓際のテーブルに置かれた日時計がもうじき出発の時刻だと知らせているのを見たアーデルハイドは鞄を侍女へと差し出した。侍女は恭しくそれを受け取って主の斜め後ろに控える。パトリシアを従えたアーデルハイドは堂々と歩み始めた。
廊下をすれ違う使用人達は誰一人例外なくアーデルハイドの姿を見て驚いた。中には手にしていた洗濯物を取り落としたり、声を挙げたりする者もいた。中には行進する令嬢が一体何者なのかを分かっていいようなメイドまでいる始末だった。
「顔も見た事ない使用人も少なくないな。今日から少しずつ覚えていかねばな」
「では僭越ながら後ほど私めが各々をご紹介いたします」
「うむ、頼むぞ」
そう言えば、とアーデルハイドはふと思う。いつ自分が回復したと公爵や公妃たる両親や妹達に告げようか、と。どうせなら劇的な場面を演出したい衝動があるものの、ここまでくれば別に隠す必要も無いのだからあえて打ち明けなくても良いのでは、とも思考を巡らせる。
しかしそうした想定は屋敷のエントランスまで差し掛かった所で無駄だと気付いた。
「……!?」
予期せぬアーデルハイドの登場にその場にいた誰もが言葉を失った。メイド一同や従僕と執事、そして公爵家の者達の視線がアーデルハイドへと集中する。無論、本来この場における主役だったアンネローゼの含まれている。
アーデルハイドは一同に向けて軽く微笑み、優雅に会釈をしてみせた。その澱みない動作からメイドの何名かが思わず声を挙げる。
「おはようございますお父様、そして皆々様」
アーデルハイドが送った朝の挨拶に誰も反応出来ない。もしかしたら突然現れた娘は一体何者なのかとでも思っているのか、と彼女は内心で苦笑する。それとも消去法で導き出した結論に納得出来ない辺りか、とも邪推した。
一番最初に動いたのは公爵ではなくアンネローゼだった。彼女もまたアーデルハイドに微笑み返し、スカートの裾を摘まんで会釈する。
「おはようございます、アーデルハイドお姉様」
アーデルハイド! 病弱で寝たきりの令嬢の名を耳にしたこの場の一同に動揺が走る。公爵は見違えるように快方に向かった娘に目が釘付けになり、アンネローゼの母たる公妃は愛娘を心配そうに見つめ、末妹や使用人一同は二人に交互に見つめるばかりだった。
当の返事を返されたアーデルハイドは不満を隠さないで呻り声をあげる。
「むー、面白くないぞアンネローゼよ。そなたはもっと過激な反応を示してくれると思っておったのだがな」
「あら、それは期待に沿えなくて残念。でもねお姉様、隠し通すならもっと上手くしないといけないわよ。貴女の可愛がるパトリシアが忙しそうに動き回っていたもの」
「そこまで秘密裏にする気も無かったのでな」
姉妹の関係ではあったが二人が互いにかける口調はとても砕けたものだった。アーデルハイドが思い出すのはかつてまだ元気だった頃に庭先で駆け回った日々。あれから見る機会が無かったが、妹もまた美しく成長している。アーデルハイドが一瞬見惚れる程に。だから以前と変わらない言葉のやりとりに安心感を覚えた。
「綺麗になったな。王宮に咲き誇る花の庭園も霞むであろうよ。わたしがこの家の娘でなくどこぞの男だったら真っ先に求婚していたかもしれぬ」
「そう仰るお姉様こそ病気を克服したようね。それどころか皇太子殿下の御心も奪ってしまいかねない美貌になってしまって。おめでとうございます、と言葉を送ればいいかしら?」
「うむ、もっと褒めてよいのだぞ。それはそうと折角のアンネローゼの門出を邪魔してしまったかな?」
「むしろお姉様を待ちわびていた遅い、と苦言を申し上げておくわ」
「ぬう、相変わらず言うなあそなたは」
「お姉様の方は以前と違って自信に溢れているのね」
二人が会話を弾ませる様子に段々とその場の驚愕が解かれていく。ただこれまで身の回りの世話を侍女のパトリシア一人に押し付けていた使用人一同は何とも言えない表情をさせていた。アーデルハイドがそんな反応を面白がって含みのある笑みを浮かべると竦みあがってしまう。
「お嬢様、いけませんよ」
「すまぬすまぬ。ところでパトリシアよ。わたしの乗る馬車は用意しておるのか?」
「はい。ですがアンネローゼお嬢様と通学が被るのは予想外でしたから……」
「あら、何で分ける必要があるの? その恰好、お姉様も私と同じようにこれから学園に通うのでしょう?」
アンネローゼは従僕に合図を送り重厚な玄関扉を開かせる。扉の向こうには既に公爵家の馬車が待機しており、御者が恭しく首を垂れた。
「私と一緒でいいじゃないの。どう?」
そしてアンネローゼは姉に向けて手を差し伸べる。軽く驚いたアーデルハイドだったが、すぐさま嬉しそうな笑顔を湛えてその手を取った。それどころかアーデルハイドは大股で歩み始めてアンネローゼを引っ張る形になってしまう。
「愛い奴よ! さあ、では共にいざ行こうぞ!」
「ちょっとお姉様、そんな急かさなくても馬車は逃げないでしょうよ!」
「あ、待ってくださいお嬢様……!」
慌てたパトリシアがアンネローゼの侍女と目くばせを交わして追いかける。姉妹のやりとりをただ茫然と見つめていた公爵はようやく我に返り、一歩前に踏み出した。
「アーデルハイド!」
「お父様。話があるのでしたら帰ってからお聞きします。今は学園に急がないと」
言いたい事が盛り沢山な公爵を一刀両断してとっとと馬車の扉を閉めさせる。同乗したパトリシアも分かったもので、進行方向反対側の下座に腰を落とした自分の後ろ側にいる御者に向けて拳で硝子窓を叩いて合図を送った。
厳かに馬車が走り始めた。公爵達公爵家の一同を置き去りにして。
「お姉様。この寸劇はお父様方を驚かせるため? それとも困らせるため?」
「どうしても学園に通いたかったのでな。快方に向かったとは伏せておく必要があった」
「お父様が余計な画策をして修道院行きにされてはたまらないからでしょう?」
「分かっておるではないか。勘の鋭い者は嫌いではないぞ」
神聖帝国の帝都にある公爵家から学園までの間は舗装された大通りを進んでいく事になる。それでも凹凸一つも無く平坦だとは言い難い。公爵家所有の馬車にはばねが組み込まれていて衝撃を和らげているものの、揺れる馬車の中の居心地はあまりよろしくなかった。
目を瞑る程の距離ではない以上、少しでも気がまぎれるよう自然と言葉が交わされる時間が多くなる。いつもならお付きの侍女が話題を挙げるものだが、この日はは妹から姉への問いかけが重なっていった。
「私はお姉様の復帰は大歓迎よ」
「本当かぁ? わたしがいなくなってこれ幸いとばかりに皇太子妃の座を狙おうとしておったのではないか?」
「冗談じゃないわ。堅苦しい皇太子妃になんて本当に嫌だったもの。お母様が何て言おうと次女って自由が利く立場を満喫したいわ」
「それはわたしに面倒事を押し付けたいとも聞こえるぞ」
「そう言っているつもりだけれど?」
「ええい、少しは本音を隠さぬかこの馬鹿者!」
パトリシアは姉妹の仲睦まじいやりとりに目を丸くさせていた。そう言えばパトリシアが公爵家に仕えるようになった頃には既にアンネローゼと遊ばなくなっていたな、とアーデルハイドは心の中で思い返す。
「意外か? わたしとアンネローゼが仲良くて」
「め、滅相も無いです!」
図星だったのかパトリシアは目に見えて慌てふためいた。アーデルハイドはそんな正直な侍女に笑いかける。
「隠さずともよい。大方屋敷の者がある事ない事口走っているだけであろう。わたしがアンネローゼを疎ましく思っておるとかアンネローゼがわたしを邪魔だと思っておるとかな」
「何故かそう思われているわね。別に私はお姉様を排除しようなんて気はこれっぽっちも無かったのだけれど。かと言って必要以上にお姉様を庇い立てする気も無いのよ」
「えっ? と、申しますと?」
「お父様がお姉様を排斥なさっても反対しないし、皇太子殿下に嫁げと命じられれば従うって言っているのよ」
「……っ!」
アンネローゼから冷たく言い放たれたパトリシアは顔をこわばらせた。しかし切り捨てると断じられた当の本人はくっくと笑い声を漏らすばかりだった。
「いや、それでこそアンネローゼよ。わたしはそなたが妹であって誇らしく思うぞ」
「あら、褒められても何もお礼は出来ないわよ」
「そこはお世辞でも何でも述べれば良かろう。自分の自慢の姉だとでもな」
「そう言わせるようになってほしいものね」
二人の姉妹は顔を見合わせて笑いあった。
……アーデルハイドは公爵家長女として妹と親しく接する中、全く別の思考を巡らせていた。それは悪役令嬢としてのアンネローゼとの関係についてだった。
予言の書ではアーデルハイドの登場は半年後、当然アンネローゼは一人で学園に通う事となる。アーデルハイドの復帰で有耶無耶になるだろう皇太子の婚約者という立場についてはアンネローゼへのすげ替え工作が続いていく。
だから、アンネローゼは物語前半では悪役令嬢としてメインヒロインに立ちはだかる。
そして、物語後半では真打ちとして登場したアーデルハイドに立ちはだかるのだ。和解したメインヒロインと共に。
魔王は早速メインヒロインの手駒を一つ奪ってやったと内心で高らかに笑った。
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