魔王と魔女と魔竜は悪役令嬢になりたい

福留しゅん

文字の大きさ
7 / 39

入学②・魔王はヒロインと邂逅する

しおりを挟む
 学園は神聖帝国が創設した高等教育を専門とする学び舎を指す。結婚適正年齢からデビュタントを迎えるまでの三年間、帝国に属する全貴族の子息および息女に平等かつ高度な教育を施す事を目的としている。
 学院が設立されるまでは各々の家が家庭教師を迎えて教育を施していたが、それではより優秀で評判のある家庭教師を迎え入れられる財力のある家が有利となってしまう。時には優秀な人材を妻や養子として迎え入れられるように、と昔の皇帝が血統主義を掲げる有力貴族を退けて建てられたんだとか。
 過去は爵位のある貴族の子しか入学出来なかった。改められたのは国に多大な貢献を残す市民階級出身の名誉貴族が増えだした点と、爵位は無いが財力はある大商人の子を迎え入れたい点と、他国の留学生を招きたい点もあり、狭き門ではあるが入試を乗り越える生徒もいる。

(先人の叡智と経験を皆に教える、か。素晴らしい場所だな!)
(そう言われると確かに凄いですね……)
(それに貴族社会の神聖帝国では身分と爵位は絶対。しかし学園では多少の親密さは許容されるのであろう?)
(はい。卒業する頃には皆様垣根を超えた絆が結ばれるそうです)

 馬車から降り立ったアーデルハイドは魔王と公爵令嬢がそれぞれ感想を思い浮かべた。

 アンネローゼが降りると同行していた彼女の侍女とパトリシア、そして御者も馬車から降りたって整列し、二人の公爵令嬢に頭を垂れた。

「ではお嬢様方、行ってらっしゃいませ」
「我々は一旦下がらせていただきます。下校の時刻になりましたらまた参ります」
「うむ、務めご苦労であった」
「……かたじけないお言葉です」

 アーデルハイドの労いの言葉にアンネローゼの侍女が軽く驚きを見せたが、直前より深く頭を下げて答えた。
 姉妹は公爵家の馬車が去っていくのを見届けずに学園の校舎へと歩み始める。登校には適した時間のようで他の家の馬車が次々へと降車場へとやってくる。アーデルハイドは自分達と同じように校舎へと向かう生徒達に目移りしていた。

「多いなあ。さすが神聖帝国中から集うだけはあるな」
「お姉様、みっともないわよ。どうせこれから三年間は顔を合わせるんだもの」
「それもそうだがな。しかしわたしは病弱で伏せておったからな。これ程の大人数は目にした事がない。賑やかなのは良い事だ」
「そう? 私は有象無象の者がいない静かな方が好きなのだけれど」
「……いや、確かにここまで多いと鬱陶しさも感じるな」
「慣れるのね。これから貴族の令嬢として生活を送るなら」

 そのように二人が他愛ない会話をさせている間も何名かがアンネローゼへと挨拶を送った。アンネローゼもまた最低限の挨拶を返す。貴族令嬢の何人かがアンネローゼの傍らにいる女性の正体を知りたがっている素振りを見せたが、アンネローゼからの紹介が無いのでそれきりとなった。

「良いのか? アンネローゼはわたしと違って何度か夜会に参加しているのであろう? 交流する者もおると思うのだが」
「今日はお姉様な気分なだけよ。だってこうして面と向かって話し合うなんて久しぶりじゃないの」
「違いない」
「……ところでお姉様は私に聞かないのね」
「聞く? 何を?」
「ルートヴィヒ皇太子殿下の事」

 アンネローゼにその名を言われてアーデルハイドはようやく自分の婚約者に思い当たった。
 アーデルハイドより二つ年上の皇太子は今年学園三年生となっている。成績優秀、品行方正。今の学園生徒の模範、代表と呼ばれる程の評判となっていた。多くの同級生、後輩から慕われ、教師陣からの評価も高い。そして、名声に比例して好意を持たれる事もしばしばあった。

「お姉様がいないのをいい事に馬の骨が自己主張しているんですって」
「部屋からも出られないか弱い女なんかより自分の方が皇太子の伴侶として相応しい、辺りか? 言いたい放題だな」
「皇太子殿下は来年になったら学園を卒業されてご結婚なさるでしょう。それまでにお姉様が回復なさっていなかったらあわよくば、浮かべたんでしょうね。本当に莫迦よね。そうなったら単に私が代わりを務めるでしょうに」

 尤もお姉様が復帰なさったのだから無駄な努力に終わったって所ね、とアンネローゼは続けた。しかしこのあっさりとした物言いにアーデルハイドは首を傾げた。

「ん? そう言えば先ほどからもはや自分はお役御免だとばかり申しておるが、別にお父様が目論んだままそなたが皇太子妃になっても良いのではないか?」
「何でそうなるのよ。確かに公爵家の娘が皇家に嫁げば問題は無いけれど、元々の婚約者はお姉様でしょう?」
「やはりそうなるよなあ。知っておるか? 皇太子は薄情にもここ最近見舞いどころか文も寄こしてきておらぬのだぞ」
「……つまりお姉様は皇太子殿下をどうとも思っていないと?」
「正直打ち明けると、そうだな」

 魔王が訪れる前よりアーデルハイドと皇太子は単なる政略上の婚約関係に過ぎず、愛どころか情すら無い。以前だったら皇太子に迷惑がかかると自ら婚約破棄を申し出ていたかもしれない。しかし体調が戻った今となっては婚約が成就しても破棄となってもどうでも良かった。

(あの、魔王様。それではいけないんではないでしょうか?)
(む、アーデルハイドよ。そなたを放っておいた輩をどうして気にかけねばならぬ?)

 だがアーデルハイドはふと思い直し、顎に手を当てて深く考え込む。

(魔王様は予言の書の顛末を覆そうとなさっているんですよね。わたしが婚約破棄されてしまったらメインヒロインさんが大勝利してしまうのでは?)
(……迂闊、そうであったな。ヒロインめを退けるには余達が皇太子と仲睦まじい関係を築かねばならぬのか)

 予言の書では半年間で惹かれ合ったヒロインと皇太子の仲を悪役令嬢が引き裂こうとする。具体的にはヒロインを虐げて皇太子を魅了して。最終的には魔王としての正体と悪意を暴かれて討伐されてしまう。器となった公爵令嬢ごと。

(子供の頃お会いした皇太子さまはお優しく立派な方でした。よほどの粗相をしない限りは婚約破棄までは至らないと思います)
(それは分からぬぞ。世界を創世した神とやらは試練で苦悶する人間共を観劇するのが趣味のようだからな。予言の書通りにしようとする強制力でも働くやもしれぬ)
(ではもしかしてわたし達が意図しなくてもメインヒロインさんに悪意が振り撒かれると?)
(まだ始まったばかりの今断定する気は毛頭無いが……)

 自分自身で問答を繰り返しているうちにアーデルハイドの視界に映る学園の校舎が大きくなっていく。アーデルハイドはふと校舎の壁に設置された日時計を眺め、少し歩調を早めた。今まで同行していたアンネローゼは驚きの声を挙げつつも彼女の後を追う。

「お姉様、急にどうしたの?」
「時間を逆算して出発したのだが、少しばかり出遅れておったようでな」
「出遅れたって何に? まだ定刻まで十分余裕があるじゃないの」
「少し面白い余興だ」

 やがて前方には校舎の玄関が見えてきた。多くの生徒達が校舎内に入っていく中でその場に起立して一人一人に朝の挨拶を送る者達がいた。アンネローゼには見覚えがあり、アーデルハイドは予言の書に記載された知識でのみ知る顔ぶれが並ぶ。
 アーデルハイドの目からも彼らは他の生徒より大きな存在感、場を支配する雰囲気を持っていると感じた。

「ほう、あの者達が噂に伝え聞く学園生徒の代表者が集う組織、生徒会か」
「学園で優秀な成績を収める方々が推薦されて就任すると聞くわね。今年は皇太子殿下方が務めているそうよ」
「……ああ。しばらく見ていなかったが、各々子供の頃の面影が見えるな」

 アーデルハイドは幼少の頃の邂逅を思い返してそれぞれの顔を記憶と照らし合わせる。そしてその内の一人に目星を付け、補助魔法まで駆使して早歩きを始めた。
 一体何を、とアンネローゼが言いだそうとした所でその出来事は起こった。

 一人の女子生徒が身体をふらつかせて生徒会面々の目の前で倒れ込もうとする。咄嗟に生徒会の一人が一歩踏み出して彼女が地面に倒れないよう手を伸ばす。彼女はそのまま男性の腕の中に収まる……、

「どうした? 緊張のあまり昨日は眠れなかったか?」

 前に、アーデルハイドが彼女の腕と肩を引っ張って事なきを得た。
 ほっと胸を撫で下ろしたのは生徒会一同。目を見開いてアーデルハイドを見つめるのは手を伸ばしていた男性。凄まじい勢いでアーデルハイドへと振り向いて驚愕の表情を浮かべたのは助けられた筈の女子。そして助けた女子に向けて不敵な微笑を浮かべるのはアーデルハイドだった。

「どうした? 余に助けられてそんなに意外だったか?」

 アーデルハイドは嘲るような口調で彼女へと言い放った。
 今日よりメインヒロインとしての運命を歩み出す少女に向けて。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?

六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」 前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。 ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを! その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。 「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」 「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」 (…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?) 自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。 あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか! 絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。 それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。 「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」 氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。 冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。 「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」 その日から私の運命は激変! 「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」 皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!? その頃、王宮では――。 「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」 「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」 などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。 悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!

ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない

魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。 そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。 ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。 イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。 ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。 いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。 離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。 「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」 予想外の溺愛が始まってしまう! (世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。 ※他サイト様にも掲載中です

破滅したくない悪役令嬢によって、攻略対象の王子様とくっつけられそうです

村咲
恋愛
伯爵令嬢ミシェルは、第一王子にして勇者であるアンリから求婚されていた。 しかし、アンリが魔王退治の旅から帰ってきたとき、旅の仲間である聖女とアンリの婚約が宣言されてしまう。 原因はここが乙女ゲームの世界であり、ヒロインである聖女が旅の間にイベントを進めたためである――と、ミシェルは友人である王女アデライトから教えられる。 実はアデライトは、悪役令嬢というゲームの敵役。アンリと聖女が結婚すれば、アデライトは処刑されてしまうらしい。 処刑を回避したいアデライトは、どうにかミシェルとアンリをくっつけようと画策するが……。 アンリの方にも、なにやら事情があるようで? カクヨムにも転載しています。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

【完結】元悪役令嬢は、最推しの旦那様と離縁したい

うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
「アルフレッド様、離縁してください!!」  この言葉を婚約者の時から、優に100回は超えて伝えてきた。  けれど、今日も受け入れてもらえることはない。  私の夫であるアルフレッド様は、前世から大好きな私の最推しだ。 推しの幸せが私の幸せ。  本当なら私が幸せにしたかった。  けれど、残念ながら悪役令嬢だった私では、アルフレッド様を幸せにできない。  既に乙女ゲームのエンディングを迎えてしまったけれど、現実はその先も続いていて、ヒロインちゃんがまだ結婚をしていない今なら、十二分に割り込むチャンスがあるはずだ。  アルフレッド様がその気にさえなれば、逆転以外あり得ない。  その時のためにも、私と離縁する必要がある。  アルフレッド様の幸せのために、絶対に離縁してみせるんだから!!  推しである夫が大好きすぎる元悪役令嬢のカタリナと、妻を愛しているのにまったく伝わっていないアルフレッドのラブコメです。 全4話+番外編が1話となっております。 ※苦手な方は、ブラウザバックを推奨しております。

処理中です...