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入学④・魔王は魔女に目を付けられる
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波乱万丈の幕開けとなった登校初日は引き続き学園の入学式が執り行われた。
在校生代表として壇上に上がったのは生徒会長でもあるルードヴィヒ。つい先ほどまでアーデルハイドに散々言われていたが特にその影響を引きずる様子も無く、彼から動揺の色は見られなかった。新たな学園生への激励の言葉を述べる姿はとても頼もしく感じられた。
会場の皆から拍手喝采を送られてルードヴィヒは壇上から降りていく。アーデルハイドも己の婚約者へと拍手を送るものの憧れの類は含んでいない。素直に人を退屈させない演説の質の高さに感心したからだった。
(さて、この後は……)
引き続きは新入生代表が壇上に上がる予定となっている。予言の書では新入生代表としてこれからの抱負を語るのはアンネローゼの役目だった。
これはベルンシュタイン公家が神聖帝国でも有数の富と力を持つ家柄を持つから。そしてアンネローゼ自身が叡智と気品に溢れる才女と、皆からの評判が高いから。何よりアンネローゼは美しく華があるので、祝いの場には相応しいとの考えもある。
(ま、恋愛小説においてヒロインが最初に強く意識する貴族令嬢の出番、とも取れるな!)
(確かに言ってしまったらその通りなんですけど、そう表現されると複雑ですね……)
なお、急遽学園への入学手続きを済ませたアーデルハイドは声をかけられていない。まだそこまで体調が回復しないと判断されたのか、そもそも公爵家の娘だとあまり認識されていなかったのか。尤も代表を頼まれた所で彼女は固辞するつもりだったので都合が良かったのだが。
ところが、壇上へと登っていったのはアンネローゼではなかった。
新入生代表の令嬢が優雅にお辞儀をすると瑞々しい鮮やかな髪が風に揺れるカーテンを思わせるようにたなびいた。顔を上げた彼女はゆっくりと長い睫を伴ったその宝石のように輝く眼で会場内の皆を見渡していく。やがて彼女の視線はアーデルハイドへも向けられて……、
アーデルハイドへと、艶めかしく微笑みを浮かべた。
それも一瞬の内の出来事。令嬢は何事も無かったかのようにすぐさま視線を移していく。彼女は引き続き新入生としての意気込みと皆と共に学べて光栄だと語っていく。けれどアーデルハイドは彼女の演説には耳も貸さずに思考を巡らせていた。
(あ奴、まさかと思うが確認しておったのか?)
(確認? わたしをですか?)
(いや、余個人をではない。正確には自分に反応していた者をだな)
(本来出番ではなかったあの方に、ですか)
アンネローゼに代わって新入生代表を務めた令嬢は公爵家に引けを取らない家柄の娘。学びの場である学園では個人の能力が選定の判断となっても不思議ではない。彼女の登場に驚くとすれば、物語と食い違っていると認識している者のみだろう。
故に、アーデルハイドは彼女が言葉を紡ぐ前に皆を見渡したのはその確認の為だと考えた。そしてそれが意味するのは……、
(あ奴は、予言の書の内容を知っている)
魔王の他にも予言の書を読んだ者がいる、だった。
■■■
入学式を終えた新入生達は各々の教室へと足を進める。国中の貴族の子息や息女が集う為に人数も多く、幾つかの教室に分かれてこれから学んでいく事となる。アーデルハイドは本来半年後に属する筈だった教室、つまりヒロインやアンネローゼと同じ配属となった。
妹と共に自分達の教室へと向かっていくアーデルハイドは、教室まであと一歩の距離で歩みを止めた。不思議そうに眉をひそめたアンネローゼの手を取ったアーデルハイドは息を潜めながらゆっくりと進んでいく。
「お姉様? 一体どうしたの?」
「わたし達の教室だけ違う空気を発しておる。少し様子を窺うのだ」
アンネローゼの不満を余所にアーデルハイドは廊下から教室を覗きこんだ。既に教室には何人もの新入生達が入っていたものの、全員目が教壇の前で釘づけにされていた。そこでは先程見事に新入生代表を務めた令嬢が、妖艶な微笑を湛えてユリアーナへと挨拶を送っていた。
「初めましてユリアーナ様。わたくしはキルヒヘル家が娘、ジークリットと申します」
ジークリットの容姿、仕草、声、視線。その一つ一つが魔性の魅力を伴っており、普段美しいご令嬢との交流を持つ男性陣も心奪われている様子だった。逆に令嬢達は自分より女を感じさせる彼女に見惚れる者と反感を持つ者で真っ二つのようだった。
そして、当の挨拶を送られたユリアーナは身体をよろめかせ、手を壁に付ける。
「ど、どうして貴女様まで……」
「はて、何の事でしょう? わたくしと貴女様は初対面でございましたよねえ? 悪い評判は立てぬように振る舞っていたつもりでしたが、何か至らぬ所でもございましたか?」
「い、いえ! 滅相もございません!」
ジークリットは鈴を転がしたように笑い声をあげる。ユリアーナは狼狽しながらも彼女の問いかけを否定し、優雅さの欠片も無い挨拶をさせてしまった。なんて無礼な、との批難の目に晒されるが、それに気づく余裕は失われていた。
キルヒヘル侯爵家は神聖帝国の歴史上何名もの宰相を輩出している名門になる。皇家の血が流れる公爵家を除けば国への影響力は他の貴族の追従を許さないとまで語られる程。故に自分の家を発展させる為にと多くの貴族がキルヒヘル家の娘を妻として迎え入れたいと考えていた。
故に、学園がキルヒヘル家の令嬢を迎え入れるのは大事と言っていい。まだ婚約者がいない令嬢ともなればなおさらだ。本来なら学園を舞台として物語が進んでいく予言の書でその名が記されていない筈もない程に。
(だがジークリットの名はこれっぽっちも出て来ていなかったぞ)
(じゃあ彼女もわたしと同じように本来ここにいない筈だった……?)
(余と同じく予言の書を目にして時期を早めおったか。しかし予言の書でヒロインめの恋路を邪魔する悪役令嬢は正しく余であった。これでは……)
(ジークリット様がユリアーナ様に宣戦布告しているようにも見えますね……)
皇太子の婚約者たる公爵令嬢とひと騒動を起こしたヒロインへの追撃とばかりにジークリットは己という存在をユリアーナへと披露する。言葉を重ねれば重ねるだけ周囲は洗練されたジークリットとたどたどしいユリアーナとの言動の質の差を見せつけられた。
「ところでユリアーナ様。わたくしが壇上で皆様の御顔をご確認させていただいている間、気分が優れないご様子でしたねえ」
「いえ……、わたしは大丈夫です。ご心配おかけして申し訳ありません」
「いえいえ、別にわたくしは貴女様をとがめているわけではございません。ただわたくしは純粋に疑問を抱いただけですので」
「疑問、ですか?」
ええ、とジークリットの潤いのある唇が言葉を紡ぐ。彼女は足音を立てない程静かにユリアーナへと歩んでいき、彼女の耳元へと顔を近づけた。思わずたじろごうとしたユリアーナの肩へと手をかけて逃さないようにしつつ。
「ユリアーナ様、わたくしの登場に驚いたんでございましょう?」
「……っ!?」
ユリアーナの顔が驚愕に染まった。ジークリットは目をわずかに細めて口角を吊り上げた。
ジークリットの指摘を受けたユリアーナの反応を見たアーデルハイドも確信した。皇太子の前で倒れようとした点、自分とジークリットの登場に驚いた点。どれも予言の書にある記述を把握していなければそうはならない反応だった。
(ユリアーナも予言の書を読んでおるようだな)
となればジークリットがアンネローゼに成り代わって新入生代表を務めたのも、アーデルハイドを見つめた際の反応も、予言の書の読者を炙り足す為と考えれば説明が付く。そして今、まだヒロインが他の誰とも関係を築いていない序盤から仕掛けたのだ。アーデルハイドと同じように。
今にも気を失いそうなほど青褪めるユリアーナを面白おかしいとばかりにジークリットはくっくと笑った。そしてユリアーナの後方、廊下より一連のやりとりを眺めるアーデルハイド達に視線を向け、優雅に会釈してみせた。
「皆々様、御迷惑をおかけしました。ささ、わたくし達に遠慮なさらずにどうぞお入りくださいませ」
ジークリットは踵を返すと自分の席へと向かっていった。呆然とするユリアーナを置き去りにして。彼女はただかすかに独り言を呟くのみ。大半の者には聞き取れなかったが、彼女の横を通り過ぎたアーデルハイドは確かに耳にした。
「どうしてラスボス系悪役令嬢達が今ここにいるのよ……」
予言の書より逸脱した展開への嘆きを。
在校生代表として壇上に上がったのは生徒会長でもあるルードヴィヒ。つい先ほどまでアーデルハイドに散々言われていたが特にその影響を引きずる様子も無く、彼から動揺の色は見られなかった。新たな学園生への激励の言葉を述べる姿はとても頼もしく感じられた。
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なお、急遽学園への入学手続きを済ませたアーデルハイドは声をかけられていない。まだそこまで体調が回復しないと判断されたのか、そもそも公爵家の娘だとあまり認識されていなかったのか。尤も代表を頼まれた所で彼女は固辞するつもりだったので都合が良かったのだが。
ところが、壇上へと登っていったのはアンネローゼではなかった。
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アーデルハイドへと、艶めかしく微笑みを浮かべた。
それも一瞬の内の出来事。令嬢は何事も無かったかのようにすぐさま視線を移していく。彼女は引き続き新入生としての意気込みと皆と共に学べて光栄だと語っていく。けれどアーデルハイドは彼女の演説には耳も貸さずに思考を巡らせていた。
(あ奴、まさかと思うが確認しておったのか?)
(確認? わたしをですか?)
(いや、余個人をではない。正確には自分に反応していた者をだな)
(本来出番ではなかったあの方に、ですか)
アンネローゼに代わって新入生代表を務めた令嬢は公爵家に引けを取らない家柄の娘。学びの場である学園では個人の能力が選定の判断となっても不思議ではない。彼女の登場に驚くとすれば、物語と食い違っていると認識している者のみだろう。
故に、アーデルハイドは彼女が言葉を紡ぐ前に皆を見渡したのはその確認の為だと考えた。そしてそれが意味するのは……、
(あ奴は、予言の書の内容を知っている)
魔王の他にも予言の書を読んだ者がいる、だった。
■■■
入学式を終えた新入生達は各々の教室へと足を進める。国中の貴族の子息や息女が集う為に人数も多く、幾つかの教室に分かれてこれから学んでいく事となる。アーデルハイドは本来半年後に属する筈だった教室、つまりヒロインやアンネローゼと同じ配属となった。
妹と共に自分達の教室へと向かっていくアーデルハイドは、教室まであと一歩の距離で歩みを止めた。不思議そうに眉をひそめたアンネローゼの手を取ったアーデルハイドは息を潜めながらゆっくりと進んでいく。
「お姉様? 一体どうしたの?」
「わたし達の教室だけ違う空気を発しておる。少し様子を窺うのだ」
アンネローゼの不満を余所にアーデルハイドは廊下から教室を覗きこんだ。既に教室には何人もの新入生達が入っていたものの、全員目が教壇の前で釘づけにされていた。そこでは先程見事に新入生代表を務めた令嬢が、妖艶な微笑を湛えてユリアーナへと挨拶を送っていた。
「初めましてユリアーナ様。わたくしはキルヒヘル家が娘、ジークリットと申します」
ジークリットの容姿、仕草、声、視線。その一つ一つが魔性の魅力を伴っており、普段美しいご令嬢との交流を持つ男性陣も心奪われている様子だった。逆に令嬢達は自分より女を感じさせる彼女に見惚れる者と反感を持つ者で真っ二つのようだった。
そして、当の挨拶を送られたユリアーナは身体をよろめかせ、手を壁に付ける。
「ど、どうして貴女様まで……」
「はて、何の事でしょう? わたくしと貴女様は初対面でございましたよねえ? 悪い評判は立てぬように振る舞っていたつもりでしたが、何か至らぬ所でもございましたか?」
「い、いえ! 滅相もございません!」
ジークリットは鈴を転がしたように笑い声をあげる。ユリアーナは狼狽しながらも彼女の問いかけを否定し、優雅さの欠片も無い挨拶をさせてしまった。なんて無礼な、との批難の目に晒されるが、それに気づく余裕は失われていた。
キルヒヘル侯爵家は神聖帝国の歴史上何名もの宰相を輩出している名門になる。皇家の血が流れる公爵家を除けば国への影響力は他の貴族の追従を許さないとまで語られる程。故に自分の家を発展させる為にと多くの貴族がキルヒヘル家の娘を妻として迎え入れたいと考えていた。
故に、学園がキルヒヘル家の令嬢を迎え入れるのは大事と言っていい。まだ婚約者がいない令嬢ともなればなおさらだ。本来なら学園を舞台として物語が進んでいく予言の書でその名が記されていない筈もない程に。
(だがジークリットの名はこれっぽっちも出て来ていなかったぞ)
(じゃあ彼女もわたしと同じように本来ここにいない筈だった……?)
(余と同じく予言の書を目にして時期を早めおったか。しかし予言の書でヒロインめの恋路を邪魔する悪役令嬢は正しく余であった。これでは……)
(ジークリット様がユリアーナ様に宣戦布告しているようにも見えますね……)
皇太子の婚約者たる公爵令嬢とひと騒動を起こしたヒロインへの追撃とばかりにジークリットは己という存在をユリアーナへと披露する。言葉を重ねれば重ねるだけ周囲は洗練されたジークリットとたどたどしいユリアーナとの言動の質の差を見せつけられた。
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「いえ……、わたしは大丈夫です。ご心配おかけして申し訳ありません」
「いえいえ、別にわたくしは貴女様をとがめているわけではございません。ただわたくしは純粋に疑問を抱いただけですので」
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「……っ!?」
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(ユリアーナも予言の書を読んでおるようだな)
となればジークリットがアンネローゼに成り代わって新入生代表を務めたのも、アーデルハイドを見つめた際の反応も、予言の書の読者を炙り足す為と考えれば説明が付く。そして今、まだヒロインが他の誰とも関係を築いていない序盤から仕掛けたのだ。アーデルハイドと同じように。
今にも気を失いそうなほど青褪めるユリアーナを面白おかしいとばかりにジークリットはくっくと笑った。そしてユリアーナの後方、廊下より一連のやりとりを眺めるアーデルハイド達に視線を向け、優雅に会釈してみせた。
「皆々様、御迷惑をおかけしました。ささ、わたくし達に遠慮なさらずにどうぞお入りくださいませ」
ジークリットは踵を返すと自分の席へと向かっていった。呆然とするユリアーナを置き去りにして。彼女はただかすかに独り言を呟くのみ。大半の者には聞き取れなかったが、彼女の横を通り過ぎたアーデルハイドは確かに耳にした。
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