魔王と魔女と魔竜は悪役令嬢になりたい

福留しゅん

文字の大きさ
10 / 39

入学⑤・魔王は魔女に声をかけられる

しおりを挟む
(初日から授業でもあるかと思っておったが、担任教員からの事務連絡のみとはな)
(授業の為の教材も明日配られるみたいですね)
(しかし部活動とは面白そうだな。学園では多彩なようだから目移りしてしまいそうだぞ!)
(今度体験入部期間になった時にゆっくり見て回りますか)

 つつがなく学園生活初日を終えた生徒達が教室から去っていく。とは言え担任教師が出て行った後も半数以上の生徒が残って交流を深めていた。入学前より見知った相手と親しく会話したり、席が近いからと声をかけたりと。
 学園で築いた絆や信頼関係が後に当主やその妻となった場合に役に立つ事が多い。特に爵位が高い家の子息や令嬢と親しくしておけばその影響力の恩恵に与れる。単に学生生活に潤いをと思う者はそう多くなく、先を見越しての立ち回りも少なくなかった。

 ただし、公爵令嬢であるアンネローゼは自分から声をかける必要が無い。家柄、そして彼女の人柄もあって向こうから声をかけてくるからだ。アンネローゼはその中から今後の自分に有益となる人物、自分が親しくしたい者を選定して返事を巧妙に切り替えていた。

(大変よなあ人間社会というのは)
(魔物社会は純粋な力と血統こそが全てなんでしたっけ?)
(うむ。突然変異という例外こそあるが大抵の強者は名門から輩出されるな。余もそうやって魔王に選ばれたのだぞ)
(てっきり魔王ってそんな運命を持った人がなるものだとばっかり思ってました……)

 一方のアーデルハイドは別段学園卒業後の社交界で有利な立ち位置になりたいとも思っていなかったので、帰り支度をしつつ静観していた。何人かがアーデルハイドに声をかけたものの彼女は当たり障りのない返事を返す程度に留まった。
 そんな彼女の傍にやってくる令嬢が一人いた。

「ごめんくださいまし。声をおかけしても?」
「うむ、構わぬぞ」

 アーデルハイドは徐に立ち上がってその令嬢、ジークリットを見据えた。そして互いに丁寧な仕草で頭を垂れる。

「では改めて。お初にお目にかかります。わたくしはキルヒヘル家が娘、ジークリットと申します。以後お見知りおきを」
「わたしはアーデルハイド・フォン・ベルンシュタインと言う」

 片や皇太子の婚約者たる公爵令嬢、片や新入生代表を務めた侯爵令嬢。皆の注目が集まらない訳が無かった。しかし二人は全く意にも介さずに互いを見つめ合う。アーデルハイドは自信に満ちたまま胸を張り、ジークリットは底の知れぬ笑みを湛えさせて。

「そなたとは言葉を交わしたいと思っておったぞ」
「わたくしも貴女様とはお話したいと思っていた所でございます」
「アーデルハイドで良いぞ、敬称は抜きでな。わたしもそなたを名前で呼びたい」
「ではお言葉に甘えさせてもらいます、アーデルハイドさん」
「ところでジークリットよ。そなたはわたしに何か申したい事があるのではないか?」
「ええありますとも。この後ご予定は? お帰りになる前に少しばかりお話したいと思っておりますが」

 切り込んできたな、とアーデルハイドは感想を抱いた。しかし好都合だと認識を切り替えて頷く。

「いや特に無いな。だがここだと目立ってしまう故、少し場所を移そう」
「畏まりました。学園には幾つか憩いの場がございますから、そちらでいかがでしょう?」
「うむ、良いな。ではしばし待つが良い。アンネローゼに声をかけてからにする」
「勿論ですとも。お待ちしておりますので」

 アーデルハイドは事情を説明しようと他の貴族令嬢達と親睦を深める妹へと歩み寄っていく。アーデルハイドの接近に気付いたアンネローザ髪をかき上げつつ振り返る。他の貴族令嬢達が敬意を払ってお辞儀したのとは対照的だった。

「あらお姉様。早速ジークリット様と親しくなさったようね」
「うむ。彼女としばし語り合うのでこの場を離れるぞ。もしわたしが遅くなるようなら気にせず先に帰って欲しい」
「そう長話をするつもりはないんでしょう? だったら私はここか馬車で待っているわ」
「そうか。済まぬなアンネローゼ。そなたとも久々故じっくりと交流を深めたかったが」
「それは別に学園なんかじゃなくたって屋敷で事足りるでしょうよ」
「それもそうだな。これからは気さくにわたしの部屋を訪ねてくれ」

 アーデルハイドは軽く会釈をしてから踵を返した。
 アンネローゼはそんな姉の背中を見つめ、少し経ってから先程まで会話を織り成していた令嬢達へと向き直る。しかしその令嬢達は驚きを露わにさせてアンネローゼやアーデルハイドを見つめていた。

「どうかしたの?」
「い、いえ! 何でもございません」
「私がお姉様と親しくしていたのが意外だったかしら?」
「……っ! も、申し訳ございません。私共が伝え聞いていた噂とは違っていたもので」

 令嬢たちは口を濁していたがアンネローゼは何となく噂とやらに思い当たった。

 曰く、病弱なアーデルハイドは公爵家内で虐げられている。
 曰く、ベルンシュタイン公は姉に見切りを付けて妹を可愛がっている。
 曰く、アンネローゼは寝たきりな姉を目障りと思っている。
 曰く、アーデルハイドは段々と魅力的になっていく妹を憎んでいる。

 その手の話は枚挙に暇が無く、アンネローゼは思わず苦笑してしまった。

「お父様方がどう思われているのかは分からないけれど、私は別にお姉様を疎んではいないわ」
「ですが、アンネローゼ様があの方に代わって皇太子妃になるとのお話も耳にしましたが」
「お姉様の体調が治ったのだからその話は無しね」
「畏れながら申し上げますが、私は皇太子殿下と良好な関係を築いているアンネローゼ様こそ未来の皇后に相応しいと思っておりました」
「お父様にそうしろと命じられればそうしていたでしょうね。けれど自分からお姉様を退けて成り上がるつもりなんて無いのよ」

 実の所アンネローゼは腹違いの姉に対して良くも悪くもそこまで深い想いを抱いていなかった。と言うのも外でも屋敷内でもアーデルハイドの話題が出る機会に乏しく、アンネローゼ自身も父と母からきつく言われてアーデルハイドと関わり合わなかったからだ。

(お母様方から厄介者と思われていたのかしらね? それともお姉様……アーデルハイドなんて娘は最初からいなかったって扱いたかったのかしら? 多分両者なんだろうけれど)

 アンネローゼはそれならそれでも別にいいと思っていた。いるなら昔のように仲良くなればいいし、いないなら自分自身に従事するまで。そう割り切っていたのもあって彼女は姉を厄介だと考えた事も無い。逆に早く回復してほしいとも願っていなかったが。

(ただ……やっぱり今のお姉様は昔とはちょっと違うわ)

 アンネローゼにとって姉はどうでも良い存在でしかなかったが、今は不思議と惹きつける何かがあると感じていた。そんな在り様はまるで病床で天啓でも受けたのかと思ってしまう程に自身と風格に満ち溢れていた。
 無論、アンネローゼが魔王の介入まで発想が行きつく事は無かった。

 ■■■

 学園の敷地内で数か所点在する憩いの場にはテーブル席が幾つか設けられていた。主に休憩時間での休息や放課後の団欒に用いられる。爵位の高い家柄の貴族令嬢や子息がお茶会を催す際は大抵個室を用いたが、貧乏貴族の子や市民階級の生徒には気さくに使えるからと多用されていた。

 そんな場所に席を取ったアーデルハイドとジークリットは否応なく注目を集めた。今朝のアーデルハイドと皇太子とのやりとりはすぐさま噂となって学園中に伝わっていたし、ジークリットの入学式での演説は印象深かったから。

「何か飲み物や菓子でも用意させるか?」
「いえ、必要ありませんでしょう。そこまで長居するつもりも毛頭ございませんし」
「ではジークリットよ、用件とやらを聞こうか」
「それではお言葉に甘えてさせていただき、単刀直入に申し上げましょう」

 ジークリットは懐から取り出した扇を手首の振りだけで広げてみせ、口元を覆い隠した。彼女の目がわずかに細くなる。

「アーデルハイドさんはこの後の顛末をどの程度ご存じなんです?」

 アーデルハイドはジークリットの問いかけに対して呻り声をわずかに挙げて椅子の背もたれに寄りかかった。そして相対する令嬢を見据えて腹の探り合いに興じるか否かを考え、早々に争いは不毛だと後者を選択する。
 アーデルハイドはやや顎を上げつつ腕組みをさせた。ただ長年の病弱生活がたたって彼女の身体つきは貧相そのもので、あいにく豊満さを強調させる結果には結びつかなかった。それでも余裕の表れを示すには十分な効果があった。

「その問いに答える前にわたしからもそなたに一つ質問をしたい」
「質問を質問で返すのですからよほどのものなのでしょうねえ?」
「無論だ」

 やや間を置いて、アーデルハイドは抱いていた疑問を口にした。

「そなたの言う顛末とやらが余の認識と合致しているか、だ」
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?

六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」 前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。 ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを! その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。 「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」 「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」 (…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?) 自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。 あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか! 絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。 それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。 「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」 氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。 冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。 「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」 その日から私の運命は激変! 「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」 皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!? その頃、王宮では――。 「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」 「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」 などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。 悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!

ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない

魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。 そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。 ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。 イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。 ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。 いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。 離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。 「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」 予想外の溺愛が始まってしまう! (世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。 ※他サイト様にも掲載中です

破滅したくない悪役令嬢によって、攻略対象の王子様とくっつけられそうです

村咲
恋愛
伯爵令嬢ミシェルは、第一王子にして勇者であるアンリから求婚されていた。 しかし、アンリが魔王退治の旅から帰ってきたとき、旅の仲間である聖女とアンリの婚約が宣言されてしまう。 原因はここが乙女ゲームの世界であり、ヒロインである聖女が旅の間にイベントを進めたためである――と、ミシェルは友人である王女アデライトから教えられる。 実はアデライトは、悪役令嬢というゲームの敵役。アンリと聖女が結婚すれば、アデライトは処刑されてしまうらしい。 処刑を回避したいアデライトは、どうにかミシェルとアンリをくっつけようと画策するが……。 アンリの方にも、なにやら事情があるようで? カクヨムにも転載しています。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

【完結】元悪役令嬢は、最推しの旦那様と離縁したい

うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
「アルフレッド様、離縁してください!!」  この言葉を婚約者の時から、優に100回は超えて伝えてきた。  けれど、今日も受け入れてもらえることはない。  私の夫であるアルフレッド様は、前世から大好きな私の最推しだ。 推しの幸せが私の幸せ。  本当なら私が幸せにしたかった。  けれど、残念ながら悪役令嬢だった私では、アルフレッド様を幸せにできない。  既に乙女ゲームのエンディングを迎えてしまったけれど、現実はその先も続いていて、ヒロインちゃんがまだ結婚をしていない今なら、十二分に割り込むチャンスがあるはずだ。  アルフレッド様がその気にさえなれば、逆転以外あり得ない。  その時のためにも、私と離縁する必要がある。  アルフレッド様の幸せのために、絶対に離縁してみせるんだから!!  推しである夫が大好きすぎる元悪役令嬢のカタリナと、妻を愛しているのにまったく伝わっていないアルフレッドのラブコメです。 全4話+番外編が1話となっております。 ※苦手な方は、ブラウザバックを推奨しております。

処理中です...