39 / 39
終幕・魔王は引き続き悪役令嬢になる
しおりを挟む
聖戦での勝利の余韻が薄れた頃のある日、ユリアーナは教会で祈りを捧げていた。
純粋なる日々の恵みへの感謝ではなく文字通り神頼みの為に。
「神様……どうかこのわたしを助けてください……」
アーデルハイド達悪役令嬢三名はユリアーナもまた予言の書を持つ者の一人だと考えているが実は違う。彼女はたった一つのシナリオしか記されていない予言の書、所謂ラノベ版よりはるかにこの世界の動向や行く末について熟知していたから。
そう、彼女はヒロインである男爵令嬢ユリアーナ・フォン・ガーブリエルに生まれ変わった転生者だった。彼女だけが自分が今生きている世界がとある乙女ゲーそのままだと知っている。
彼女が自分が転生者と自覚したのは幼少の頃に高熱を出した時。突然自分よりも数倍長く生きた前世の知識と経験が頭の中に詰め込まれた衝撃は計り知れなかったが、彼女は新たに得た記憶を天からの恵みだと受け取った。
彼女はそれらを駆使して自分に都合が良いように立ち回った。平民に毛が生えた程度の財政事情だった男爵家を盛り上げ、本来ヒロインが見舞われる過酷な幼少期を回避し、そして物語の舞台となる学園へと駒を進めていった。
全ては自分が成り上がる為に。
ところがいざ本編部分の蓋を開けてみたら、屈指の人気を誇る攻略対象者上位三名を攻略する際に邪魔立てする悪役令嬢が最初から姿を見せているではないか! 魔王、魔竜、魔女。誰もが攻略対象者や他の友達と結んだ絆でようやく乗り越えていく相手なのに。
魔女はその献身ぶりでマクシミリアンの心を掴んだ。魔竜はその圧倒的強さでレオンハルトを虜とした。そして魔王はその絶対的自身でルードヴィヒの興味を惹いた。もはや一介の男爵令嬢ごときがどれ程足掻いたところで好感度が上がらない程になっていったのだ。
挙句、本来最も好感度の高い攻略対象者に同行する形だった聖戦では実家に呼び戻される始末。結局魔王軍と言う嵐が通り過ぎるまで屋敷内で不安な日々を過ごすだけとなり無駄に終わった。そして学園に帰ってみればなんと魔王が勇者を覚醒させるなどとヒロインの役目を奪う始末。
「お願いです。こんなのあんまりです……」
ユリアーナは神を信じている。でなければ一体誰が彼女をヒロインに転生させたというのか。何らかの意図があって、使命があってこの世界を知り尽くす自分がヒロインに抜擢したのではないのか。なのにこの仕打ちは酷いのではないか。そうした嘆きは彼女を追いこんでいく。
「どうかわたしにも幸せを、愛を、成功を……!」
けれどまだ彼女はヒロインとしての未来を諦めていない。男爵令嬢には不相応なサクセスストーリーがあるんだと信じている。だってまだ乙女ゲーの半分を消化しただけ。まだ挽回の機会は残されている。逆転劇があってしかるべきだ。
だって自分はヒロインなのだから……!
(――諦めてはなりません)
「――ぇ?」
熱心な祈りが通じたのか、彼女の脳内に直接語りかける誰かの声が聞こえてくる。辺りを見渡すと祈りを捧げる神を示す象徴的な像が輝きを放っている。とうとう奇蹟が舞い降りた、とユリアーナは舞い上がらない。何故ならその声の主には心当たりがあったから。
「大天使様!」
その存在はヒロインに祝福をもたらす大天使。メタ的には乙女ゲー内でプレイヤーにヒントを与えて応援してくれるお助けキャラでもある。そんな彼女の声は熟練の声優の熱演もあって人気が高い。主神の作中での出番が一切無いのもあって彼女自身が慈母だと語られる程に。
(ユリアーナ、貴女は主に選ばれし使徒。必ずやその使命を全うするのです)
「で、でも、もうわたしには攻略対象者の前に割り込む事なんて……」
(主に愛されし者は誰からも愛されるでしょう。主の定めを超えて選択するのです)
「そんな……ゲームのシナリオから外れちゃったらわたしなんて相手にされる筈が……」
(大丈夫、主は貴女を見守っています。ユリアーナの望むままにすれば良いでしょう)
「……分かりました、大天使様。啓示をありがとうございます」
――だが、下手にこの世界を熟知していた故にユリアーナは気付かなかった。
彼女に語りかけた大天使、その姿は乙女ゲー内での大天使とは異なるとは。
一見すればその神々しさと美しさから天の使者だと思わず納得してしまうその風貌、雰囲気、物腰、そして言動からは想像も出来ない。生きとし生ける全てを虜として意のままにする彼女こそが乙女ゲー内で皇太子ルート最後の敵となる真の魔王なのだと。
ユリアーナが真の魔王の意のままとなり男を誑かしてその身を抱かれる。
そんな汚れた未来に大天使と呼ばれた存在は舌なめずりをさせた。
■■■
「良い事を思いついた、と先代の魔王様は仰られていた」
「良い事?」
大魔宮、魔王の間。王が不在の王座の左右で向かい合うのは魔王軍の一角を担う参謀と司祭だった。参謀は何代も前の魔王より仕える大悪魔。司祭は神と袂を分けた堕天使。いずれも今代の魔王に忠誠を誓う者達だった。
司祭が手にするのは予言の書。しかし魔王が熟読して参謀へと押し付けた皇太子ルートが記されたものではない。それは物語の本質へと迫る、あえて呼称するなら勇者ルートが書き綴られていたから。
「魔の者も生殖行為によって個体数を増やしていくが、優れた者になれば己に宿す魔力の結晶として子を創造出来るようになる」
「ソレは知っている。自分が思い描く通りの存在を設計するんだろう? 魔王とて生き物なのだから神の定めた寿命は避けられない。だから自分の分身を残すんだったっけ」
「あの方はそうして創造した己の分身を怨敵である大天使へと宿させた」
「……は?」
「そして本来大天使が宿していた光の御子を取り上げ、己の子としたのだ」
「ちょっと待って。じゃあ今の魔王様ってまさか、あの大天使の……?」
司祭は理解が追い付かなかった。突然暴露された衝撃の真実を受け止められないでいる。
確かに今代の魔王は光の御業を好み、更にはどう斜めから見ても天使にしか見えない出で立ちをさせている。堂々としながらも素直な感情は隠さず、時折見せる優しさには魔へと堕落した司祭にとっても心地よい。彼女にとって魔王とはもはや神をも超える崇拝の対象になっている。
何の為に、と動機を問い質そうとして司祭は口を開くも参謀は彼女が声を出す前に予言の書を指し示す。不満は飲み込んで予言の書を読み進めた。聖戦が終わって勇者へと覚醒した皇太子の前に本来の婚約者である公爵令嬢が現れるも、彼女は魔王に乗っ取られていた。が……、
挿絵に描かれる魔王の姿は天使にしか見えない。作中のアーデルハイドは慈悲深さや献身ぶりで皆の心を掴んでいく。だからこそ学園中の生徒が騙されて彼女を狂信していく事になるのだろう。皇太子も心と体を委ねかけるものの、ヒロインとの真実の愛でかろうじて跳ね除ける。
そうして最後の断罪イベント、アーデルハイドの身体を食い破った魔王は始めこそそうした天使の姿をさせていたが、勇者と聖女に追い込まれてその正体を露わにする。煽情的で醜悪さを露わにしながらも神々しさを損ねない絶妙な外見は、正しく人を誘惑する悪魔その者だった。
一方、ヒロインと皇太子の背後に付き添って魔王と対峙する天使長の姿は、何度も司祭がこの目に拝んできた人物その者だった。
「魔王様が、本来天使長になる筈だった方だって……?」
「そうだ。そして本来次の魔王となる定めだったご息女は現在天使長を務めている」
魔王と天使長のすり替え。それこそが今や参謀のみが知る真実だった。
「いや待ってよ。じゃあ今魔王様が深紅の瞳なのはどうして? 天使だったら金色とか白銀色とかになる筈でしょう。神の創造物である血肉を表す朱色なのはおかしいでしょう」
「魔王の娘たる証だから、と魔王様がご自分で変えられた。無論先代様方のような本物には遠く及ばぬが、人間共を瞬く間に虜とする魅了も会得されている」
「嘘……今まで全然知らなかったし」
「先の大戦で散っていった執政共も知らなかったのだ。無理もない」
司祭はここでようやく動機に思い至った。
先代の魔王はこの予言の書に目を通したのだ。そして魔王が勇者達に討ち滅ぼされる未来を知ってしまった。ではそんな破滅を避けるにはどうすればよいか? 勇者となる者をあらかじめ血祭としても良かったが、先代の魔王は良い事を思いついてしまった。
ヒロインの運命を導く者を魔王としてしまえば良いのでは?
ついでに悪役令嬢に憑りつかせる存在を天使長にしたらどうなるのか?
物語は予言の通りに進むと見せかけて歪んで捻じれ狂うのではないか?
「これ完全に先代の愉悦、っていうか趣味が混じってるでしょう」
「否定はしない。が、有効だと判断されて賛同に回った」
司祭は主のいない王座を見下ろした。ここに王がいたなら些細な事に一喜一憂する退屈しない在り様を見せてくれただろう。思い出すだけで微笑ましい今代の魔王に司祭は忠誠を誓い、崇拝し、そして絶対に守らねばと決意を抱かせている。
「じゃあなんで参謀は魔王様に従っているのさ?」
「何故?」
「だっていくら誕生から先代や参謀が育てたからってあの方は天使じゃん。私みたいなはぐれ者ならいざ知らず、生粋の悪魔の筈の参謀が心から敬うのはおかしくない?」
確かに、と参謀は呻ったもののその忠誠心に一切の揺るぎは無い。
「では彼女は自分が天使だと一回でも口にしたか?」
「いんや。事ある度に自分は魔王だって胸を張ってた記憶しかない」
「魔王であるご自分に誇りを抱いている。そして我らを気にかけて下さる。なら誕生秘話がどうであれあの方は先代様も認められたとおり、魔王であらせられる」
「真実がどうであれ、か。違いないね」
二人の会話はそのまま昔話へと変わっていく。その中身の大半は今代魔王の幼少期可愛いに尽きた。
■■■
「んー、マクシミリアン様から告白同然の熱い言葉を頂戴しましたしー」
「レオンハルトも前よりは見れるようになった。この分なら残りの期日で大きく成長を遂げてくれるだろう」
「ヒロインさんももう戦意喪失してしまったようですから残りは消化試合ですかねえ」
「油断はできない。起承転結で言い表せばまだ承の段階だからな」
悪役令嬢同好会は今日も活動する。破滅の運命を打ち砕いて己が婚約者と結ばれる未来を思い描きながら。
「ヒロインめも本腰を入れて天使長めに縋るかもしれぬからな。入念にあ奴が起こす騒動を潰し込んでいかねばならぬ」
「分かっていますとも。最後まで油断せずに、ですよね」
「ところでアーデルハイドは随分と皇太子と打ち解けたように見えるが?」
「……どうも身体の主たる真アーデルハイドの想いに引きずられているらしい。悔しいが悪い気がしなくなってしまった」
「進展があってようございました」
魔王は引き続きアーデルハイドと一体化して共に日々を送っている。
全ては予言の書と言う挑戦状を受けて立ち、運命に勝利をする為に。
……初めはそうだったが、今は少し違う。
少しだけ神が人にのみ授けた概念、恋愛に興じてもいいと思い始めている。
(頑張りましょうね、魔王さん)
(うむ、引き続き共に行こうぞアーデルハイド!)
ならばその衝動に突き動かされるのみだ。
二人……いや、アーデルハイドとして幸せになるために。
純粋なる日々の恵みへの感謝ではなく文字通り神頼みの為に。
「神様……どうかこのわたしを助けてください……」
アーデルハイド達悪役令嬢三名はユリアーナもまた予言の書を持つ者の一人だと考えているが実は違う。彼女はたった一つのシナリオしか記されていない予言の書、所謂ラノベ版よりはるかにこの世界の動向や行く末について熟知していたから。
そう、彼女はヒロインである男爵令嬢ユリアーナ・フォン・ガーブリエルに生まれ変わった転生者だった。彼女だけが自分が今生きている世界がとある乙女ゲーそのままだと知っている。
彼女が自分が転生者と自覚したのは幼少の頃に高熱を出した時。突然自分よりも数倍長く生きた前世の知識と経験が頭の中に詰め込まれた衝撃は計り知れなかったが、彼女は新たに得た記憶を天からの恵みだと受け取った。
彼女はそれらを駆使して自分に都合が良いように立ち回った。平民に毛が生えた程度の財政事情だった男爵家を盛り上げ、本来ヒロインが見舞われる過酷な幼少期を回避し、そして物語の舞台となる学園へと駒を進めていった。
全ては自分が成り上がる為に。
ところがいざ本編部分の蓋を開けてみたら、屈指の人気を誇る攻略対象者上位三名を攻略する際に邪魔立てする悪役令嬢が最初から姿を見せているではないか! 魔王、魔竜、魔女。誰もが攻略対象者や他の友達と結んだ絆でようやく乗り越えていく相手なのに。
魔女はその献身ぶりでマクシミリアンの心を掴んだ。魔竜はその圧倒的強さでレオンハルトを虜とした。そして魔王はその絶対的自身でルードヴィヒの興味を惹いた。もはや一介の男爵令嬢ごときがどれ程足掻いたところで好感度が上がらない程になっていったのだ。
挙句、本来最も好感度の高い攻略対象者に同行する形だった聖戦では実家に呼び戻される始末。結局魔王軍と言う嵐が通り過ぎるまで屋敷内で不安な日々を過ごすだけとなり無駄に終わった。そして学園に帰ってみればなんと魔王が勇者を覚醒させるなどとヒロインの役目を奪う始末。
「お願いです。こんなのあんまりです……」
ユリアーナは神を信じている。でなければ一体誰が彼女をヒロインに転生させたというのか。何らかの意図があって、使命があってこの世界を知り尽くす自分がヒロインに抜擢したのではないのか。なのにこの仕打ちは酷いのではないか。そうした嘆きは彼女を追いこんでいく。
「どうかわたしにも幸せを、愛を、成功を……!」
けれどまだ彼女はヒロインとしての未来を諦めていない。男爵令嬢には不相応なサクセスストーリーがあるんだと信じている。だってまだ乙女ゲーの半分を消化しただけ。まだ挽回の機会は残されている。逆転劇があってしかるべきだ。
だって自分はヒロインなのだから……!
(――諦めてはなりません)
「――ぇ?」
熱心な祈りが通じたのか、彼女の脳内に直接語りかける誰かの声が聞こえてくる。辺りを見渡すと祈りを捧げる神を示す象徴的な像が輝きを放っている。とうとう奇蹟が舞い降りた、とユリアーナは舞い上がらない。何故ならその声の主には心当たりがあったから。
「大天使様!」
その存在はヒロインに祝福をもたらす大天使。メタ的には乙女ゲー内でプレイヤーにヒントを与えて応援してくれるお助けキャラでもある。そんな彼女の声は熟練の声優の熱演もあって人気が高い。主神の作中での出番が一切無いのもあって彼女自身が慈母だと語られる程に。
(ユリアーナ、貴女は主に選ばれし使徒。必ずやその使命を全うするのです)
「で、でも、もうわたしには攻略対象者の前に割り込む事なんて……」
(主に愛されし者は誰からも愛されるでしょう。主の定めを超えて選択するのです)
「そんな……ゲームのシナリオから外れちゃったらわたしなんて相手にされる筈が……」
(大丈夫、主は貴女を見守っています。ユリアーナの望むままにすれば良いでしょう)
「……分かりました、大天使様。啓示をありがとうございます」
――だが、下手にこの世界を熟知していた故にユリアーナは気付かなかった。
彼女に語りかけた大天使、その姿は乙女ゲー内での大天使とは異なるとは。
一見すればその神々しさと美しさから天の使者だと思わず納得してしまうその風貌、雰囲気、物腰、そして言動からは想像も出来ない。生きとし生ける全てを虜として意のままにする彼女こそが乙女ゲー内で皇太子ルート最後の敵となる真の魔王なのだと。
ユリアーナが真の魔王の意のままとなり男を誑かしてその身を抱かれる。
そんな汚れた未来に大天使と呼ばれた存在は舌なめずりをさせた。
■■■
「良い事を思いついた、と先代の魔王様は仰られていた」
「良い事?」
大魔宮、魔王の間。王が不在の王座の左右で向かい合うのは魔王軍の一角を担う参謀と司祭だった。参謀は何代も前の魔王より仕える大悪魔。司祭は神と袂を分けた堕天使。いずれも今代の魔王に忠誠を誓う者達だった。
司祭が手にするのは予言の書。しかし魔王が熟読して参謀へと押し付けた皇太子ルートが記されたものではない。それは物語の本質へと迫る、あえて呼称するなら勇者ルートが書き綴られていたから。
「魔の者も生殖行為によって個体数を増やしていくが、優れた者になれば己に宿す魔力の結晶として子を創造出来るようになる」
「ソレは知っている。自分が思い描く通りの存在を設計するんだろう? 魔王とて生き物なのだから神の定めた寿命は避けられない。だから自分の分身を残すんだったっけ」
「あの方はそうして創造した己の分身を怨敵である大天使へと宿させた」
「……は?」
「そして本来大天使が宿していた光の御子を取り上げ、己の子としたのだ」
「ちょっと待って。じゃあ今の魔王様ってまさか、あの大天使の……?」
司祭は理解が追い付かなかった。突然暴露された衝撃の真実を受け止められないでいる。
確かに今代の魔王は光の御業を好み、更にはどう斜めから見ても天使にしか見えない出で立ちをさせている。堂々としながらも素直な感情は隠さず、時折見せる優しさには魔へと堕落した司祭にとっても心地よい。彼女にとって魔王とはもはや神をも超える崇拝の対象になっている。
何の為に、と動機を問い質そうとして司祭は口を開くも参謀は彼女が声を出す前に予言の書を指し示す。不満は飲み込んで予言の書を読み進めた。聖戦が終わって勇者へと覚醒した皇太子の前に本来の婚約者である公爵令嬢が現れるも、彼女は魔王に乗っ取られていた。が……、
挿絵に描かれる魔王の姿は天使にしか見えない。作中のアーデルハイドは慈悲深さや献身ぶりで皆の心を掴んでいく。だからこそ学園中の生徒が騙されて彼女を狂信していく事になるのだろう。皇太子も心と体を委ねかけるものの、ヒロインとの真実の愛でかろうじて跳ね除ける。
そうして最後の断罪イベント、アーデルハイドの身体を食い破った魔王は始めこそそうした天使の姿をさせていたが、勇者と聖女に追い込まれてその正体を露わにする。煽情的で醜悪さを露わにしながらも神々しさを損ねない絶妙な外見は、正しく人を誘惑する悪魔その者だった。
一方、ヒロインと皇太子の背後に付き添って魔王と対峙する天使長の姿は、何度も司祭がこの目に拝んできた人物その者だった。
「魔王様が、本来天使長になる筈だった方だって……?」
「そうだ。そして本来次の魔王となる定めだったご息女は現在天使長を務めている」
魔王と天使長のすり替え。それこそが今や参謀のみが知る真実だった。
「いや待ってよ。じゃあ今魔王様が深紅の瞳なのはどうして? 天使だったら金色とか白銀色とかになる筈でしょう。神の創造物である血肉を表す朱色なのはおかしいでしょう」
「魔王の娘たる証だから、と魔王様がご自分で変えられた。無論先代様方のような本物には遠く及ばぬが、人間共を瞬く間に虜とする魅了も会得されている」
「嘘……今まで全然知らなかったし」
「先の大戦で散っていった執政共も知らなかったのだ。無理もない」
司祭はここでようやく動機に思い至った。
先代の魔王はこの予言の書に目を通したのだ。そして魔王が勇者達に討ち滅ぼされる未来を知ってしまった。ではそんな破滅を避けるにはどうすればよいか? 勇者となる者をあらかじめ血祭としても良かったが、先代の魔王は良い事を思いついてしまった。
ヒロインの運命を導く者を魔王としてしまえば良いのでは?
ついでに悪役令嬢に憑りつかせる存在を天使長にしたらどうなるのか?
物語は予言の通りに進むと見せかけて歪んで捻じれ狂うのではないか?
「これ完全に先代の愉悦、っていうか趣味が混じってるでしょう」
「否定はしない。が、有効だと判断されて賛同に回った」
司祭は主のいない王座を見下ろした。ここに王がいたなら些細な事に一喜一憂する退屈しない在り様を見せてくれただろう。思い出すだけで微笑ましい今代の魔王に司祭は忠誠を誓い、崇拝し、そして絶対に守らねばと決意を抱かせている。
「じゃあなんで参謀は魔王様に従っているのさ?」
「何故?」
「だっていくら誕生から先代や参謀が育てたからってあの方は天使じゃん。私みたいなはぐれ者ならいざ知らず、生粋の悪魔の筈の参謀が心から敬うのはおかしくない?」
確かに、と参謀は呻ったもののその忠誠心に一切の揺るぎは無い。
「では彼女は自分が天使だと一回でも口にしたか?」
「いんや。事ある度に自分は魔王だって胸を張ってた記憶しかない」
「魔王であるご自分に誇りを抱いている。そして我らを気にかけて下さる。なら誕生秘話がどうであれあの方は先代様も認められたとおり、魔王であらせられる」
「真実がどうであれ、か。違いないね」
二人の会話はそのまま昔話へと変わっていく。その中身の大半は今代魔王の幼少期可愛いに尽きた。
■■■
「んー、マクシミリアン様から告白同然の熱い言葉を頂戴しましたしー」
「レオンハルトも前よりは見れるようになった。この分なら残りの期日で大きく成長を遂げてくれるだろう」
「ヒロインさんももう戦意喪失してしまったようですから残りは消化試合ですかねえ」
「油断はできない。起承転結で言い表せばまだ承の段階だからな」
悪役令嬢同好会は今日も活動する。破滅の運命を打ち砕いて己が婚約者と結ばれる未来を思い描きながら。
「ヒロインめも本腰を入れて天使長めに縋るかもしれぬからな。入念にあ奴が起こす騒動を潰し込んでいかねばならぬ」
「分かっていますとも。最後まで油断せずに、ですよね」
「ところでアーデルハイドは随分と皇太子と打ち解けたように見えるが?」
「……どうも身体の主たる真アーデルハイドの想いに引きずられているらしい。悔しいが悪い気がしなくなってしまった」
「進展があってようございました」
魔王は引き続きアーデルハイドと一体化して共に日々を送っている。
全ては予言の書と言う挑戦状を受けて立ち、運命に勝利をする為に。
……初めはそうだったが、今は少し違う。
少しだけ神が人にのみ授けた概念、恋愛に興じてもいいと思い始めている。
(頑張りましょうね、魔王さん)
(うむ、引き続き共に行こうぞアーデルハイド!)
ならばその衝動に突き動かされるのみだ。
二人……いや、アーデルハイドとして幸せになるために。
20
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(9件)
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢の名誉を挽回いたします!
みすずメイリン
恋愛
いじめと家庭崩壊に屈して自ら命を経ってしまったけれど、なんとノーブル・プリンセスという選択式の女性向けノベルゲームの中の悪役令嬢リリアンナとして、転生してしまった主人公。
同時に、ノーブル・プリンセスという女性向けノベルゲームの主人公のルイーゼに転生した女の子はまるで女王のようで……?
悪役令嬢リリアンナとして転生してしまった主人公は悪役令嬢を脱却できるのか?!
そして、転生してしまったリリアンナを自分の新たな人生として幸せを掴み取れるのだろうか?
死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?
六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」
前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。
ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを!
その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。
「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」
「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」
(…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?)
自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。
あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか!
絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。
それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。
「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」
氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。
冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。
「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」
その日から私の運命は激変!
「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」
皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!?
その頃、王宮では――。
「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」
「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」
などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。
悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!
悪役令嬢としての役割、立派に努めて見せましょう〜目指すは断罪からの亡命の新しいルート開発です〜
水月華
恋愛
レティシア・ド・リュシリューは婚約者と言い争いをしている時に、前世の記憶を思い出す。
そして自分のいる世界が、大好きだった乙女ゲームの“イーリスの祝福”の悪役令嬢役であると気がつく。
母親は早くに亡くし、父親には母親が亡くなったのはレティシアのせいだと恨まれ、兄には自分より優秀である為に嫉妬され憎まれている。
家族から冷遇されているため、ほとんどの使用人からも冷遇されている。
そんな境遇だからこそ、愛情を渇望していた。
淑女教育にマナーに、必死で努力したことで第一王子の婚約者に選ばれるが、お互いに中々歩み寄れずにすれ違ってしまう。
そんな不遇な少女に転生した。
レティシアは、悪役令嬢である自分もヒロインも大好きだ。だからこそ、ヒロインが本当に好きな人と結ばれる様に、悪役令嬢として立ち回ることを決意する。
目指すは断罪後に亡命し、新たな人生をスタートさせること。
前世の記憶が戻った事で、家族のクズっぷりを再認識する。ならば一緒に破滅させて復讐しようとレティシアには2つの目標が出来る。
上手く計画に沿って悪役令嬢を演じているはずが、本人が気が付かないところで計画がバレ、逆にヒロインと婚約者を含めた攻略対象者達に外堀を埋められる⁉︎
更に家族が改心して、望んでいない和解もさせられそうになるレティシアだが、果たして彼女は幸せになれるのか⁉︎
悪役令嬢のビフォーアフター
すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。
腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ!
とりあえずダイエットしなきゃ!
そんな中、
あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・
そんな私に新たに出会いが!!
婚約者さん何気に嫉妬してない?
悪役令嬢がヒロインからのハラスメントにビンタをぶちかますまで。
倉桐ぱきぽ
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生した私は、ざまぁ回避のため、まじめに生きていた。
でも、ヒロイン(転生者)がひどい!
彼女の嘘を信じた推しから嫌われるし。無実の罪を着せられるし。そのうえ「ちゃんと悪役やりなさい」⁉
シナリオ通りに進めたいヒロインからのハラスメントは、もう、うんざり!
私は私の望むままに生きます!!
本編+番外編3作で、40000文字くらいです。
⚠途中、視点が変わります。サブタイトルをご覧下さい。
私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~
あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。
「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?
魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――
ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。
魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。
ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。
誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
本日、終幕まで拝読させていただきました。
完結はずいぶん前ですので遅いのですが、完結おめでとうございます。素敵なコンテンツを提供してくださり、ありがとうございました!
ここまでありがとうございました。
本来ならここから魔王な天使と天使な魔王がすったもんだする展開になるのですが、それはまたの機会で。
続きが気になるの一言につきます。
お時間あればつづきを書いていただきたいです。
お待ちしておりますね!
今連載中の作品が終わったらこちらの方も完結に向けて再開したい所です。現時点で折り返し地点ですので。
…40年位前、天を追われて魔王となった元未婚女性の守護神が、産まれなかった綺麗な魂を気に入って養女とし、産まれさせる為に天使の長を騙して胎を無断使用した小説を読んだ記憶が…
タイトルとかも、すっかり忘れましたが。
何となく思い出しました(^ω^)
結構、ブラックだった気が。
それはともかく。
流石は魔王(先代)w
考える事が享楽的ww
そして、ヒロインは聖女から性女へジョブチェンジしちゃうのか!?
生徒会のヒステリックなおまけ二人と、貧民窟の関係や如何に!
こぼれ話としては、魔竜が友を喰らった辺りの詳細が気になります(^ω^)
生徒会二人については第四の悪役令嬢のかませになる予定でした。
魔竜の過去についても魔女同様に過去話を挟む予定でした。
機会があれば続きを書きたいものです。