50 / 118
夏季休暇
フリュクティドール④・貴女は姉ですか?
しおりを挟む
夜も更けてまいりました。社会人だったら日没からが本番ってノリになったりもするのだけれど、学生ならクラブ活動だって終えてとっくに下校しているぐらいか。私世界なら学校が終ってから塾だったり予備校だったり通う子もいるけれど、この世界にそんな学び舎は無い。
まあ、何が言いたいかって言うと、下校時刻を始業時間に定めているオルレアン邸でのご奉公開始時間をとっくに過ぎている。大遅刻なんてものじゃあない。ジャンヌには学園に夏期講習を受けに行くとしか伝えていないから無断欠勤同然だ。
「こうなったら明日の自分に全部押し付けて今日のわたしは直帰してとっとと寝てやる、なぁんて選択が出来たらとりあえず解決なんだけれどなぁ」
あいにくジャンヌったらここ最近ただでさえ攻略対象のラウールさんと顔を合わせる日々を送るわたしに不機嫌さを隠そうとしないし。七週目みたいに拷問の末に操り人形にされるなんてまっぴらごめんだから、最低限顔を出すぐらいはしないと。
「カトリーヌ。もう外も暗いしオレが送っていくって」
で、ふーやれやれと肩から力を抜きつつ立法府から帰ろうとしていたら、ラウールさんに呼び止められた。どうやらわたしの姿を見て慌てて荷物をまとめてきたらしい。上着が若干寄れているし息がわずかにあがっていた。
ちなみに電気が発明されていないから日が沈んでからの残業なんて無理、と思いきや火属性魔法のちょっとした応用で照明が完備。今も外から眺める立法府の窓からは明かりが煌々と輝いている。わたしが出る時も何割かの文官がまだ自分の仕事机で業務に励んでいたし、不夜城だなここは。
「まさか一人で帰るつもりかい?」
「いえ、これから使用人として働かなきゃいけませんからオルレアン邸に赴きます」
「どっちにしたって止めときなって。いくら王都は兵士の巡回が多くて治安がそれなりに保たれてるっつっても限度があるってもんだ」
「物騒なのは分かっていますけれど、わざわざラウールさんのお手を煩わせるわけにはいきません」
別にラウールさんに守られなくたって太陽が昇っていないこの時刻は闇に支配された夜の世界。オルレアン邸まで闇の魔法を使って影から影にあっという間に転移出来てしまう。ラウールさんに送ってもらうよりよっぽど安全で早くて楽だ。
けれどそんな事情をラウールさんに説明出来る筈もなく。ご尤もな指摘にわたしの反論は非常に説得力が乏しかった。『双子座』でも結構面倒見が良くて強引にメインヒロインを誘ってくるラウールさんは、案の定一歩も譲る気配がなさそうだった。
「ソレ、遠慮じゃなくて強情って言うの。オタクはまだ自立もしてないか弱い女の子なんでしょ? 大人しくオレに守られちゃいなさい」
まさか学園じゃあなくて立法府で一緒に帰宅するイベントが発生するとは思いもよらなかったけれど、冗談じゃあない。ここでわたしが更に拒絶しようものなら手を取ってわたしに無理矢理同行しそうな匂いがする。
上手い具合に彼が諦めるような理由をでっち上げるとするなら……。
「あ、カトリーヌさんも今から帰るんですか?」
「お勤めご苦労様でした、アントン様」
他の人と一緒に帰るから心配するな、か。
丁度いい所にアントン様がこちらに駆け寄ってきた。先程まで重圧に飲まれて委縮していた彼は解放された喜びから元の明るい雰囲気を取り戻していた。たださすがに溜まった疲れが隠しきれておらず、笑顔にはわずかに影が落ちていた。
「いえ。これからオルレアン家のお屋敷に赴き、ジャンヌに今日一日の報告だけでもしていかないと。連絡もしないままこの時間になってしまっていますし」
「それなら一緒に帰りませんか? もうじきお父さ……父も仕事を終えるそうなので」
「移動は馬車だと思われますが、わたしが同席してもよろしいのでしょうか?」
「きっと父も許してくれると思います。あ、ちゃんと父から許可を貰いますから」
良い子だなぁ。年上とは言えしがない使用人に対しても親切に接するなんて。このまま旦那様からの英才教育を受け続けて、かつ紳士的な振舞いがそのままになればさぞ立派な公爵閣下になるんだろうな。今から成長が楽しみになってしまうな。
ただ、それとこれとは話が別。いくらアントン様からの提案だろうと旦那様と馬車に乗って狭い空間で同じ時間を過ごすなんて御免被りたかった。だってわたしって旦那様との接点がほぼ無いんだもの。
オルレアン邸では専らジャンヌの侍女として働き、時々お母様と時間を共有する。わたしの奉公の時間には屋敷に戻っておられる妹様方や奥方様とはたまに接点があるぐらい。ハウスメイドとして従事する比率もわりとあっても執務で忙しい旦那様とはあまり関わりが無いんだもの。
本来公爵令嬢として育てられる筈だった女の子はただのカトリーヌになってしまっている。旦那様の思惑が全く見えてこないのに、どう接したらいいのかしら? 忠実な従者として何か言葉を投げかけられるまで沈黙を貫くか、アントン様とお話しているか、それとも……。
「すみませんラウールさん。折角の申し出ていただきましたが、わたしはアントン様と旦那様に従ってオルレアン邸に参りますので」
しかし背に腹は代えられない。ラウールさんは攻略対象として七週目のジャンヌの破滅に直接的に関わっている。自分の将来を見据えるなら彼との繋がりは大切にすべきなんだけれど、その関係を更に太くする要因は極力排除しておきたい。方法は簡単、余計に接しなければいい。
「そうかい。そりゃあ良かった。いやなに、単にアンタが心配だったから声をかけたまでなんで、解決したならオレの出る幕は無いさ」
アントン様を口実にしたわたしのお断りにもラウールさんは気分を害さず、軽く笑いを浮かべてあっさりと引き下がった。押す時は押すけれど引く時は引く、その絶妙な見極めはお見事だと思うし、人の気を惹きつける点だと思う。
「今日はここに連れて来ていただきましてありがとうございました」
「お安いご用だ、ってね。将来王国を背負うだろう有望な奴を放ってはおけないっしょ」
王国を背負うだなんてまた大袈裟な。ラウールさんは背中越しにこちらに手を振りながら闇夜へと消えて行く。確かこの時間帯も本数は少ないけれど乗合馬車が動いていたからそれで帰るのか、まさかの徒歩通勤ってわけじゃあないよね?
程なく、旦那様が立法府の建物から出てくるのと公爵家の馬車が玄関前に着くのはほぼ同時ぐらいだった。御者が運転座席から降りたって馬車の扉を開ける。旦那様、アントン様の順で乗り込んでわたしは頭を下げつつ進行方向とは逆向きの下座に腰を落ち着けた。
この時間帯なら王都の表通りも交通量が少なく、馬車は順調に進んでいく。さすがに表通りの街灯はまだ灯されており、仕事上がりの人達が飲食店に出入りする姿がちらほらと見られる。わたしはそんな賑やかな街並みを眺めながら時間を過ごす。
「あの、カトリーヌさん」
わたしの意識を呼び戻したのはアントン様の声だった。やや俯き加減で上目線でわたしを眺めてくる様子は可愛いとまで思えてしまう。
……いやいや、さすがにわたしに年下趣味は無い。第一ジャンヌとわたしが双子ならアントン様とは異母姉弟。道徳的にかなりまずい。そもそも隣の芝は青いって感じだろう。わたしにだって弟はいるから。
「はい、何でしょうか?」
「カトリーヌさんがエルマントルド様が言っていたもう一人のお姉ちゃんなんですか?」
……。
まさかのど真ん中直球だった。
ただアントン様の表情からは単に思い浮かんだ疑問を口にしただけじゃあなさそうだった。他人の空似にしてはあまりに酷似している容姿と声、ジャンヌとわたしが織り成す日常、様々な要素を根拠にその考えに至ったんだろう。
「分かりません」
けれどジャンヌもお母様も旦那様もわたしをただのカトリーヌとして扱っている以上、わたしが安易に真相を打ち明ける訳にはいかない。かと言って仕える相手に対して嘘をつくなんてしたくない。よって、申し訳ないのだけれどはぐらかす回答しか口に出せなかった。
「ただ一つ言えるのはわたしはわたしのお母さんとお父さんの実の子じゃあなかった、ってぐらいでしょうか?」
「そうだったんですか?」
「つい最近知った衝撃の事実ですけれどね。お母さんの知人の子らしいのですけれど、それが本当かどうかはわたしには分かりません」
これはわたしの本音だ。結局のところわたしはジャンヌの双子の妹って可能性が極めて高いってだけ。いくら私の知識があっても、ジャンヌと瓜二つでも、お母様が愛してくれても、本当の所は単なる偶然だって可能性も否定できないんだから。
ただアントン様は納得できない様子で、やや起こっている様子で前のめりになってきた。公爵家の馬車って言ってもその空間はあまり広くなく、アントン様とわたしの膝が服越しに触れ合った。太ももに乗せていたわたしの手をアントン様が取る。その手はまだ柔らかい。
「でもジャンヌお姉ちゃんとあんなに親しくしてるじゃあないですか」
「気が合うからですね。最愛の友達って言っても構いません」
「エルマントルド様への呼び方は?」
「聞いていたんですか……。奥方様がそのように呼ぶようにと命じたので応えています」
「だったら……」
「――よさないかアントン、カトリーヌが困っているではないか」
腕を組んで座席に身を預けていた旦那様は声を低くしてアントン様へ視線を向けた。アントン様は納得いかない様子でありながらも声を細めて身を小さくした。そんなささやかな反抗を見せる息子に対し、旦那様は軽くため息を漏らす。そんな何気ない仕草でも十分渋くて格好良く見える。
「アントンはカトリーヌが姉の方がいいのか?」
「えっ? あ、と、その……」
「なら今は口を挟むでない。カトリーヌの事情はお前が考えているよりはるかに複雑なのだ」
アントン様は不満を飲み込んで視線を窓の外にそらした。そんなわたしは逆に唖然として旦那様の方をただ見つめるばかりだった。
事情が複雑? 今は? わたしがただのカトリーヌのままで在り続けるなら単純明快なのに?
「……旦那様はその複雑な事情とやらを解消されるおつもりなのですか?」
「さてな。お前やジャンヌはこのままでいいのだろうが、お前が帰宅する度に寂しげな顔をさせるエルマントルドを見ていると、彼女の希望を叶えたくもなる」
「お母……エルマントルド奥様の?」
「十数年間も見放してきたからな。埋め合わせをしてやらねば」
そう語って旦那様は口を閉ざした。お母様の希望なんてもう分かり切っている。それを叶えるには確かに多くの難題を解決しなければいけない。それこそ王国……いや、周辺各国まで巻き込む大騒動に発展するぐらいに動かないと。
ただ、今一つだけ言える事がある。
お母様。どうやら旦那様……お父様は貴女を愛しているようですよ。
まあ、何が言いたいかって言うと、下校時刻を始業時間に定めているオルレアン邸でのご奉公開始時間をとっくに過ぎている。大遅刻なんてものじゃあない。ジャンヌには学園に夏期講習を受けに行くとしか伝えていないから無断欠勤同然だ。
「こうなったら明日の自分に全部押し付けて今日のわたしは直帰してとっとと寝てやる、なぁんて選択が出来たらとりあえず解決なんだけれどなぁ」
あいにくジャンヌったらここ最近ただでさえ攻略対象のラウールさんと顔を合わせる日々を送るわたしに不機嫌さを隠そうとしないし。七週目みたいに拷問の末に操り人形にされるなんてまっぴらごめんだから、最低限顔を出すぐらいはしないと。
「カトリーヌ。もう外も暗いしオレが送っていくって」
で、ふーやれやれと肩から力を抜きつつ立法府から帰ろうとしていたら、ラウールさんに呼び止められた。どうやらわたしの姿を見て慌てて荷物をまとめてきたらしい。上着が若干寄れているし息がわずかにあがっていた。
ちなみに電気が発明されていないから日が沈んでからの残業なんて無理、と思いきや火属性魔法のちょっとした応用で照明が完備。今も外から眺める立法府の窓からは明かりが煌々と輝いている。わたしが出る時も何割かの文官がまだ自分の仕事机で業務に励んでいたし、不夜城だなここは。
「まさか一人で帰るつもりかい?」
「いえ、これから使用人として働かなきゃいけませんからオルレアン邸に赴きます」
「どっちにしたって止めときなって。いくら王都は兵士の巡回が多くて治安がそれなりに保たれてるっつっても限度があるってもんだ」
「物騒なのは分かっていますけれど、わざわざラウールさんのお手を煩わせるわけにはいきません」
別にラウールさんに守られなくたって太陽が昇っていないこの時刻は闇に支配された夜の世界。オルレアン邸まで闇の魔法を使って影から影にあっという間に転移出来てしまう。ラウールさんに送ってもらうよりよっぽど安全で早くて楽だ。
けれどそんな事情をラウールさんに説明出来る筈もなく。ご尤もな指摘にわたしの反論は非常に説得力が乏しかった。『双子座』でも結構面倒見が良くて強引にメインヒロインを誘ってくるラウールさんは、案の定一歩も譲る気配がなさそうだった。
「ソレ、遠慮じゃなくて強情って言うの。オタクはまだ自立もしてないか弱い女の子なんでしょ? 大人しくオレに守られちゃいなさい」
まさか学園じゃあなくて立法府で一緒に帰宅するイベントが発生するとは思いもよらなかったけれど、冗談じゃあない。ここでわたしが更に拒絶しようものなら手を取ってわたしに無理矢理同行しそうな匂いがする。
上手い具合に彼が諦めるような理由をでっち上げるとするなら……。
「あ、カトリーヌさんも今から帰るんですか?」
「お勤めご苦労様でした、アントン様」
他の人と一緒に帰るから心配するな、か。
丁度いい所にアントン様がこちらに駆け寄ってきた。先程まで重圧に飲まれて委縮していた彼は解放された喜びから元の明るい雰囲気を取り戻していた。たださすがに溜まった疲れが隠しきれておらず、笑顔にはわずかに影が落ちていた。
「いえ。これからオルレアン家のお屋敷に赴き、ジャンヌに今日一日の報告だけでもしていかないと。連絡もしないままこの時間になってしまっていますし」
「それなら一緒に帰りませんか? もうじきお父さ……父も仕事を終えるそうなので」
「移動は馬車だと思われますが、わたしが同席してもよろしいのでしょうか?」
「きっと父も許してくれると思います。あ、ちゃんと父から許可を貰いますから」
良い子だなぁ。年上とは言えしがない使用人に対しても親切に接するなんて。このまま旦那様からの英才教育を受け続けて、かつ紳士的な振舞いがそのままになればさぞ立派な公爵閣下になるんだろうな。今から成長が楽しみになってしまうな。
ただ、それとこれとは話が別。いくらアントン様からの提案だろうと旦那様と馬車に乗って狭い空間で同じ時間を過ごすなんて御免被りたかった。だってわたしって旦那様との接点がほぼ無いんだもの。
オルレアン邸では専らジャンヌの侍女として働き、時々お母様と時間を共有する。わたしの奉公の時間には屋敷に戻っておられる妹様方や奥方様とはたまに接点があるぐらい。ハウスメイドとして従事する比率もわりとあっても執務で忙しい旦那様とはあまり関わりが無いんだもの。
本来公爵令嬢として育てられる筈だった女の子はただのカトリーヌになってしまっている。旦那様の思惑が全く見えてこないのに、どう接したらいいのかしら? 忠実な従者として何か言葉を投げかけられるまで沈黙を貫くか、アントン様とお話しているか、それとも……。
「すみませんラウールさん。折角の申し出ていただきましたが、わたしはアントン様と旦那様に従ってオルレアン邸に参りますので」
しかし背に腹は代えられない。ラウールさんは攻略対象として七週目のジャンヌの破滅に直接的に関わっている。自分の将来を見据えるなら彼との繋がりは大切にすべきなんだけれど、その関係を更に太くする要因は極力排除しておきたい。方法は簡単、余計に接しなければいい。
「そうかい。そりゃあ良かった。いやなに、単にアンタが心配だったから声をかけたまでなんで、解決したならオレの出る幕は無いさ」
アントン様を口実にしたわたしのお断りにもラウールさんは気分を害さず、軽く笑いを浮かべてあっさりと引き下がった。押す時は押すけれど引く時は引く、その絶妙な見極めはお見事だと思うし、人の気を惹きつける点だと思う。
「今日はここに連れて来ていただきましてありがとうございました」
「お安いご用だ、ってね。将来王国を背負うだろう有望な奴を放ってはおけないっしょ」
王国を背負うだなんてまた大袈裟な。ラウールさんは背中越しにこちらに手を振りながら闇夜へと消えて行く。確かこの時間帯も本数は少ないけれど乗合馬車が動いていたからそれで帰るのか、まさかの徒歩通勤ってわけじゃあないよね?
程なく、旦那様が立法府の建物から出てくるのと公爵家の馬車が玄関前に着くのはほぼ同時ぐらいだった。御者が運転座席から降りたって馬車の扉を開ける。旦那様、アントン様の順で乗り込んでわたしは頭を下げつつ進行方向とは逆向きの下座に腰を落ち着けた。
この時間帯なら王都の表通りも交通量が少なく、馬車は順調に進んでいく。さすがに表通りの街灯はまだ灯されており、仕事上がりの人達が飲食店に出入りする姿がちらほらと見られる。わたしはそんな賑やかな街並みを眺めながら時間を過ごす。
「あの、カトリーヌさん」
わたしの意識を呼び戻したのはアントン様の声だった。やや俯き加減で上目線でわたしを眺めてくる様子は可愛いとまで思えてしまう。
……いやいや、さすがにわたしに年下趣味は無い。第一ジャンヌとわたしが双子ならアントン様とは異母姉弟。道徳的にかなりまずい。そもそも隣の芝は青いって感じだろう。わたしにだって弟はいるから。
「はい、何でしょうか?」
「カトリーヌさんがエルマントルド様が言っていたもう一人のお姉ちゃんなんですか?」
……。
まさかのど真ん中直球だった。
ただアントン様の表情からは単に思い浮かんだ疑問を口にしただけじゃあなさそうだった。他人の空似にしてはあまりに酷似している容姿と声、ジャンヌとわたしが織り成す日常、様々な要素を根拠にその考えに至ったんだろう。
「分かりません」
けれどジャンヌもお母様も旦那様もわたしをただのカトリーヌとして扱っている以上、わたしが安易に真相を打ち明ける訳にはいかない。かと言って仕える相手に対して嘘をつくなんてしたくない。よって、申し訳ないのだけれどはぐらかす回答しか口に出せなかった。
「ただ一つ言えるのはわたしはわたしのお母さんとお父さんの実の子じゃあなかった、ってぐらいでしょうか?」
「そうだったんですか?」
「つい最近知った衝撃の事実ですけれどね。お母さんの知人の子らしいのですけれど、それが本当かどうかはわたしには分かりません」
これはわたしの本音だ。結局のところわたしはジャンヌの双子の妹って可能性が極めて高いってだけ。いくら私の知識があっても、ジャンヌと瓜二つでも、お母様が愛してくれても、本当の所は単なる偶然だって可能性も否定できないんだから。
ただアントン様は納得できない様子で、やや起こっている様子で前のめりになってきた。公爵家の馬車って言ってもその空間はあまり広くなく、アントン様とわたしの膝が服越しに触れ合った。太ももに乗せていたわたしの手をアントン様が取る。その手はまだ柔らかい。
「でもジャンヌお姉ちゃんとあんなに親しくしてるじゃあないですか」
「気が合うからですね。最愛の友達って言っても構いません」
「エルマントルド様への呼び方は?」
「聞いていたんですか……。奥方様がそのように呼ぶようにと命じたので応えています」
「だったら……」
「――よさないかアントン、カトリーヌが困っているではないか」
腕を組んで座席に身を預けていた旦那様は声を低くしてアントン様へ視線を向けた。アントン様は納得いかない様子でありながらも声を細めて身を小さくした。そんなささやかな反抗を見せる息子に対し、旦那様は軽くため息を漏らす。そんな何気ない仕草でも十分渋くて格好良く見える。
「アントンはカトリーヌが姉の方がいいのか?」
「えっ? あ、と、その……」
「なら今は口を挟むでない。カトリーヌの事情はお前が考えているよりはるかに複雑なのだ」
アントン様は不満を飲み込んで視線を窓の外にそらした。そんなわたしは逆に唖然として旦那様の方をただ見つめるばかりだった。
事情が複雑? 今は? わたしがただのカトリーヌのままで在り続けるなら単純明快なのに?
「……旦那様はその複雑な事情とやらを解消されるおつもりなのですか?」
「さてな。お前やジャンヌはこのままでいいのだろうが、お前が帰宅する度に寂しげな顔をさせるエルマントルドを見ていると、彼女の希望を叶えたくもなる」
「お母……エルマントルド奥様の?」
「十数年間も見放してきたからな。埋め合わせをしてやらねば」
そう語って旦那様は口を閉ざした。お母様の希望なんてもう分かり切っている。それを叶えるには確かに多くの難題を解決しなければいけない。それこそ王国……いや、周辺各国まで巻き込む大騒動に発展するぐらいに動かないと。
ただ、今一つだけ言える事がある。
お母様。どうやら旦那様……お父様は貴女を愛しているようですよ。
24
あなたにおすすめの小説
【完結】溺愛?執着?転生悪役令嬢は皇太子から逃げ出したい~絶世の美女の悪役令嬢はオカメを被るが、独占しやすくて皇太子にとって好都合な模様~
うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
平安のお姫様が悪役令嬢イザベルへと転生した。平安の記憶を思い出したとき、彼女は絶望することになる。
絶世の美女と言われた切れ長の細い目、ふっくらとした頬、豊かな黒髪……いわゆるオカメ顔ではなくなり、目鼻立ちがハッキリとし、ふくよかな頬はなくなり、金の髪がうねるというオニのような見た目(西洋美女)になっていたからだ。
今世での絶世の美女でも、美意識は平安。どうにか、この顔を見られない方法をイザベルは考え……、それは『オカメ』を装備することだった。
オカメ狂の悪役令嬢イザベルと、
婚約解消をしたくない溺愛・執着・イザベル至上主義の皇太子ルイスのオカメラブコメディー。
※執着溺愛皇太子と平安乙女のオカメな悪役令嬢とのラブコメです。
※主人公のイザベルの思考と話す言葉の口調が違います。分かりにくかったら、すみません。
※途中からダブルヒロインになります。
イラストはMasquer様に描いて頂きました。
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。
槙村まき
恋愛
スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。
それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。
挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。
そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……!
第二章以降は、11時と23時に更新予定です。
他サイトにも掲載しています。
よろしくお願いします。
25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない
魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。
そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。
ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。
イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。
ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。
いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。
離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。
「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」
予想外の溺愛が始まってしまう!
(世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!
【完結】ゲーム序盤に殺されるモブに転生したのに、黒幕と契約結婚することになりました〜ここまで愛が重いのは聞いていない〜
紅城えりす☆VTuber
恋愛
激甘、重すぎる溺愛ストーリー!
主人公は推理ゲームの序盤に殺される悪徳令嬢シータに転生してしまうが――。
「黒幕の侯爵は悪徳貴族しか狙わないじゃない。つまり、清く正しく生きていれば殺されないでしょ!」
本人は全く気にしていなかった。
そのままシータは、前世知識を駆使しながら令嬢ライフをエンジョイすることを決意。
しかし、主人公を待っていたのは、シータを政略結婚の道具としか考えていない両親と暮らす地獄と呼ぶべき生活だった。
ある日シータは舞踏会にて、黒幕であるセシル侯爵と遭遇。
「一つゲームをしましょう。もし、貴方が勝てばご褒美をあげます」
さらに、その『ご褒美』とは彼と『契約結婚』をすることで――。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
もし「続きが読みたい!」「スカッとした」「面白い!」と思って頂けたエピソードがありましたら、♥コメントで反応していただけると嬉しいです。
読者様から頂いた反応は、今後の執筆活動にて参考にさせていただきます。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?
六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」
前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。
ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを!
その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。
「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」
「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」
(…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?)
自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。
あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか!
絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。
それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。
「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」
氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。
冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。
「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」
その日から私の運命は激変!
「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」
皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!?
その頃、王宮では――。
「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」
「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」
などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。
悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる