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二学期

ヴァンデミエール③・登校にて

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 オルレアン邸からの毎日の登校はいつも規則正しい。なもので馬車の降車場から校舎までの登校で一緒になる方々は大抵同じ顔ぶれになる。アルテュール様も例外ではなくいつも一緒になる。二学期も一週間が経つと彼の方がわたし達に合わせるようになり、語り合う時間も長くなった。
 ただやっぱりジャンヌはアルテュール様への警戒心を解いていない。前回の破滅の原動力が彼だったから仕方がないのだけれどね。なもので会話は弾んでもジャンヌとアルテュール様の間で交わされる言葉は極小だったりする。

「ごきげんようジャンヌ様、カトリーヌさん」
「おはようございますクレマンティーヌ様」

 そんなある日、反対側からジャンヌに挨拶を送ってきたのはクレマンティーヌ様だった。けれど彼女はいつもと違ってそのままジャンヌと並んで歩み始める。ジャンヌはおかしいと思ったらしく、訝しげに眉をひそめてクレマンティーヌ様に顔を向けた。

「クレマンティーヌ様、いつも一緒にいらっしゃるお友達のご令嬢方は?」
「彼女達ならわたくしの後ろにおりますわ」

 後ろを振り向けば確かにクレマンティーヌ様の取り巻き……もとい、貴族令嬢の方々がいらっしゃった。鳴りを潜める悪役令嬢ジャンヌに代わって一学年どころか学園内でも屈指の派閥を形成したクレマンティーヌ様がお一人でわたし達に接触するなんて珍しい。

「それよりわたくし、そちらの殿方が気になりますの」
「この方を?」
「転校生だそうですがどのお茶会や夜会でもお会いしていませんわ。お二方の知り合いのようですから紹介して下さらない?」

 ジャンヌは無言でわたしの腕に自分の腕を絡ませ、ほんのわずかな間だけその場に立ち止まった。歩幅にしてたった一歩分だけ遅れたおかげでクレマンティーヌ様とアルテュール様の間に視界を遮る存在がなくなる。その上でジャンヌはクレマンティーヌ様へどうぞと仕草を取る。あまりな丸投げにわたしは苦笑いを浮かべるしかない。

「ではわたくしから名乗らせていただきますわ。名をクレマンティーヌ・ド・ポワティエ。以後お見知りおきを」

 クレマンティーヌ様は片手でスカートを摘まみ上げ、もう片腕は自分の前に持っていき、片足を下げて、優雅に一礼した。わたしが思わず歓声をあげそうになったのは貴族令嬢の見本とも言える挨拶ばかりじゃあなく、一連の挙動をさせても全く進む速度が変わらない芸当だろうか。
 どうもクレマンティーヌ様は先生の一手を仕掛けたって解釈してしまうな。わたくしは侯爵令嬢ですわよって先に名乗って相手の出方を窺う、みたいな。わたし達二人に声をかけた殿方に好奇心を抱いたから反応を見たいんだろうけれど。
 ただ、うん。アルテュール様にそうしたのは失敗だったような気もする。

「では私も改めて名乗りましょう。私の名はアルテュール・ダランソン。今日からこの学園に通う事になりました。以後よろしくお願いします」

 アルテュール様は恭しく一礼する。公爵令嬢の礼儀作法が板についていた彼はこの短期間で公爵子息としてのそれを学んだみたいで、わたしから見ればぎこちなさは全く無かった。とは言えその紹介を受けたクレマンティーヌ様がしばし固まってしまう。

「アランソン? アルテュール……?」
「はい。お会いするのはこれで二度目ですね」

 自分より階級が上の方との遭遇も驚き物だったかもしれない。けれど宮廷舞踏会の際に一同の注目を浴びたアランソン公爵令嬢が今こうして男子生徒としてこの場にいるって現実の方がよほど衝撃だったようだ。
 クレマンティーヌ様は次には目を瞬かせつつぎこちない仕草でジャンヌの傍に詰め寄った。ジャンヌは迷惑そうな表情を隠そうともしなかったけれど、クレマンティーヌ様を遠ざけようとはせずにされるがままになった。

「ジャンヌ様、一体どういう事ですの? こちらの殿方があのアルテュール様? わたくしを謀っていらっしゃるんですの?」
「欺いてません。むしろ私の方がどうしてこうなったって言いたいですね」
「現アランソン公爵閣下に隠し子がいたのも驚きでしたのに、あの時のご令嬢が殿方? 化かされた気分ですわ……」
「付け加えておくとアルテュール様の母君であらせられるイングリド様は私のお母様やジュリエッタ様と親しい仲だそうです。仲良くして損はないと思いますよ」
「お母様と!? アラルソン家にご友人が嫁いだとは聞いていましたけれど、彼が……」

 クレマンティーヌ様は少しの間考え込んで、その後に朗らかな微笑みを浮かべつつ軽く会釈する。どうやら頭の中で算盤でも弾いたわけではなく素直に関心を持ったからのようだ。アルテュール様も打算からではない接近を受け入れたみたいで、同じく笑顔で反応を示した。

「何かお困りごとがありましたら遠慮なさらずにわたくしに声をおかけくださいまし。微力ながらお力添え致しますわ」
「では私も貴女に危機が迫った際には剣となりましょう。母上方と同じように手を取り合えればと」
「あら、剣に覚えがありますのね。ですが女を剣で守るのは些か心許ないですわね。剣と盾と仰っていただかないと」
「成程。それは私が不勉強でした」

 ところで、と続けてアルテュール様はやや真剣な面持ちになった。凛々しいとか格好いいとか思う以上に覇気が伴っていてやや気圧されてしまう。けれど彼が口にする話題に察しがついてしまったわたしは気分が沈んでしまった。

「ブルゴーニュ伯爵令嬢ですが、カトリーヌさんはどう思います?」

 やっぱりなぁ。アルテミシアが何をしようと勝手なんだけれど、せめてわたし達に迷惑がかからない範囲に留めてもらいたいのに。

「そのご様子ではアルテュール様に接触してきたのですか?」
「共通の知人を通じて紹介されたのですが、彼女は私を見て大層驚いているようでした」
「……あまりに中性的で美しい容姿だったものだから言葉を失ったのでは?」
「男子生徒として転入していた私に対して、です」

 それなら先ほどクレマンティーヌ様も驚いていました、なんて可愛い物ではなかったんでしょうね。きっと他のどの貴族令嬢をはるかに凌ぐ勢いで驚愕したに違いない。それこそアルテュール様に違和感を覚えさせる程に。
 だって『双子座』ではいくら裏ルートを開放してもアルテュール様は公爵令嬢として転入してくる。彼が性別を偽っていない、これ即ちアルテュール様ルートに突入した確固たる証拠だもの。わたしが恋愛興味なし宣言をしておきながらこうなんだから、その反応は仕方がない。

「華があるご令嬢だと思いますよ。そこにいるだけで明るくなる感じです」
「確かに私に対しても夏の花のような雰囲気を崩しませんでしたね。アレは見事と評する他ありません。ですが彼女、その後にアランソン家の事情について聞いて回ったそうですよ」

 と、同時に懸念が確信に変わっていく。出来れば違っていてほしかったんだけれど、こう判断材料が山積みされると見なかったふりも出来やしない。

「ブルゴーニュ伯爵家のご令嬢がどうしてアランソン公爵家の事情を?」
「アランソン家が何事もなく平穏で母上が快方に向かった。それが信じられないようでした」

 クレマンティーヌ様は無礼な女だと嫌悪感を露わにする。しかしわたしは思わずジャンヌと顔を見合わせる。公爵家がつつがなく盤石なのは当たり前。その当たり前が覆っていない今をそう受け止めるんなら、彼女の中でアランソン家は崩壊していたんだろう。『双子座』通りに。

 とは言ったもののアルテミシアの悪評で聞くのはアランソン家についての詮索のみ。他では一切下手を打っていないし素直に反応が失礼だったって取り繕ったそうなので、彼女の評判は高いままだ。ただ、その一度の失敗でアルテュール様の好感度が墜落したのだけれど。

「何なんです、彼女は?」
「わたしに聞かれても困ります」

 アルテミシアったら逆恨みしてきそうで嫌だなー。騙されたとか思っているかもしれないけれど慎重に現状を調べなかった彼女が悪い。製作者たる者一々プレイヤー一人一人に懇切丁寧に攻略法を案内ほど暇でもお人よしでもないのだ。

「ただ一つアルテュール様に進言するなら、あの方とはあまり関わり合わない方がいいかと」
「カトリーヌさんがそう言うならそうしますけれど、どうして?」
「面倒事に巻き込まれますから」
「ああ成程。それは是非避けたいですね」

 これ以上荒波立ててほしくないなあと希望する反面、絶対波瀾が起こりまくるなって諦めもあったりする。けれどこれ以上好き放題されて色々なフラグが滅茶苦茶になった挙句に断罪イベント発生、なんて最後は絶対に避けなきゃいけない。
 アルテミシアの魂胆がどうであれ好きにしていい範囲は好きにするといい。けれど最低限の線引きはさせてもらうから。となるとやっぱり二学期に入っても忙しく立ち回らないといけなくなりそうだなあ。疲れるけれど仕方がない。

 創造主のフラグ管理、見せてやんよ。
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