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二学期

ヴァンデミエール②・次回作ヒロイン

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 『双子座より愛を送って2』、これは前作が漫画やアニメ、ファンディスク等で収めた大成功の勢いそのままで持ち上がった企画になる。舞台は『双子座』と同じくこの学園なんだけれど、一年後なのよね。アルテミシアはそのメインヒロイン……になる筈だった女の子だ。
 筈、って付くのは私としての記憶が主要登場人物の設定を練っている辺りで途切れているから。構想段階で私の人生が終了しちゃったのかはこの際どうでもいい。ただ一つ断言出来るのは、『双子座』でアルテミシアの出る幕なんて微塵も無かったわね。

「どうしてアルテミシアが……」
「初めて会う子ね。どうして今回だけ……?」

 わたしとジャンヌの呟きが重なった。思わずわたし達は互いの顔を見つめ合ってしまう。驚愕を隠せないわたしと警戒心を露わにするジャンヌで反応は対照的。それでも突然の転入生を歓迎しない点では一致していた。

「……カトリーヌ。彼女は誰?」
「来年度入学してくる筈の次回作ヒロイン。どうして時期が早まったのかは分からない」
「……っ! 次回作ヒロイン、ですって?」
「ちょっと落ち着いてよジャンヌ。未遂、未遂だってば。まだ一行も執筆出来てなかったし」

 わたしの様子に何か知っていると察したジャンヌが怨み骨髄で睨んでくるんですけれどぉ! 別に『双子座2』ではジャンヌとは別の悪役令嬢がいる予定だったから恨まれるのは理不尽この上ない。なお、次回作悪役令嬢候補筆頭がこの国の王女殿下なのは黙っておこう。
 私の構想が生きているならアルテミシアは伯爵令嬢。ただし養子なものだから風当たりは強い。その愛くるしさは母親の血を濃く受け継いでいて現役を退いた祖父からのみ溺愛されている。どうしてか? 実はアルテミシアがその祖父と愛人の子だからよ。
 妬みを受けるアルテミシアはそれでも蝶よ花よと前向きで明るいままだ。どの登場人物にも何かしらの影を入れたい私が目指す闇の無いヒロインになる。……私は登場人物の性格面を執筆中に肉付けするものだから、彼女の人柄までは分からない。

 本来『双子座』とは何も接点を持たない彼女がどうして転入の形でここに? 混乱するばかりのわたしはただ茫然と彼女を見つめるしかなかった。そんなわたし達に気付いたアルテミシアもこちらを見つめて……軽く驚きを見せた?

 先生に促されたアルテミシアは後方に用意された自分の席に向けて歩みだした。頭部とか肩がほとんど上下に揺れていないから華があるな。アルテミシアはジャンヌの隣を横切る際に軽く会釈する。その微笑みにどこか自信を滲ませて。

「これからよろしくお願いします、ジャンヌ様」
「……ええ、よろしく」

 二人の間に言葉は交わされていない。なのにそんな幻聴が聞こえてきたのは二人の互いを見据えた視線のせいだって思いたい。

 ■■■

 アルテミシアは持ち前の行動力と人柄ですぐに教室に打ち解けた。ブルゴーニュ伯のご令嬢である彼女は貴族令嬢としての礼儀を弁え、けれどあまり高潔さを感じさせない気さくさがあった。そのせいで市民階級から侯爵子息まで幅広い方々が彼女に好印象を持ったようだ。
 二学期が始まってから一週間ほど経つとアルテミシアはクラスメイトとして違和感が無くなっていた。むしろはぐれ者っぽい過ごし方をしているジャンヌとわたしよりみんなと喋り合っていたわね。楽しそうに女子トークならぬ貴族令嬢談笑を楽しんでいた。
 ただし例外は存在する。その最たる例が他ならぬジャンヌで、彼女からアルテミシアと関わり合おうとはしなかった。親しい間柄にならないと爵位が下の家の者から上の者に声をかけるのは失礼にあたるそうで、アルテミシアも彼女と接触しようとしなかった。

「カトリーヌさんですよね?」
「はい。何かご用でしょうか?」

 そう、あくまでジャンヌには、ね。アルテミシアは授業の合間の休み時間にわたしへ接触してきたんだ。伯爵令嬢が貧弱一般娘に声をかけるのは何ら失礼に当たらないとはいえ、隣でジャンヌが次の授業の準備をしている中で恐れもしないのは素直に凄いと思った。

「皆様からお聞きしました。授業料を免除されている特待生なんですって?」
「日々の勉強の賜物です。恒久ではありませんから見限られないよう頑張らないと」
「しかも家の為に働いているんだとか。オルレアン公爵家で奉公しているそうですね」
「給金が良いのでとても助かっています」
「昼はお勉強、夜はお仕事。大変じゃありませんか?」
「好きでやっているので問題ありません」

 アルテミシアの問いかけにはあたりさわりの無い感想と回答を提示する。嘘はついていない。けれど彼女の気を惹くような言葉も口にしないよう心がける。メインヒロインの役目を放棄したわたしが前作に割り込んだメインヒロインに対する悪役令嬢に抜擢される破目は避けたいし。
 ジャンヌは特にアルテミシアに突っかかる気配は見せなかった。我関せずな感じで次の授業の教科書を開く始末。一方のアルテミシアはジャンヌが気になるのか、時たま視線だけを彼女へ向けて様子を窺う。変化なしを見て取ってまたわたしを見つめてくる。

「この学園は素敵な殿方が一杯いらっしゃるんですね。まだ婚約者が決められていない貴族のご子息はここで相手を見つけるんでしょうか?」
「貴族方の恋愛事情はわたしには分かりかねます」
「カトリーヌさんは恋はしないんですか? これだけ多くいらっしゃるなら好みの方もいると思うんですけれど」
「興味がありません。わたしはわたし自身とわたしの家族の事で精一杯です」

 このわたしの家族って言い回しにはジャンヌを始めとするオルレアン家の方々も含まれている。勿論アルテミシアに明かすつもりはこれっぽっちも無い。恋に興味が無いってなると嘘だけれど今は家族が優先だ。浮ついた話で盛り上がるのは全てが終わる来年度からで十分よ。
 ところがアルテミシアはわたしを興味深げに見つめてくる。いや、正確にはわたしの回答に興味を持った、みたいな。とは言え適当にはぐらかしたり嘘をつくのは好きじゃないし、最善な答えな以上は毅然とした態度を取り続けるまでね。

「じゃあカトリーヌさんは誰とも付き合う気はない、でいいんですか?」
「こちらから率先して動く気はありません。勿論、好意を向けられたなら応えるつもりです」
「ふぅん、それを聞いて安心しちゃいました」
「安心? どうして?」
「いえ、何でもありません。こちらの話ですから。休み時間を邪魔しちゃってごめんなさい」
「いえ、問題ありません」

 アルテミシアが笑顔でこちらに手を差し伸べてきたのでわたし達は握手を交わした。アルテミシアは自分の席に戻っていったので会話はお開き。けれどわたしは今のやりとりを単なる日常会話の一幕だとは受け取っていない。アルテミシアにとってもそうだって思われる。

 コレは確認だ。わたしがどの殿方とも仲を進展させていないって。そしてこれからもさせる気が無いんだって。何故伯爵令嬢様が貧乏娘ごときの恋愛事情に気をもむ必要がある? 決まっている。アルテミシアもわたしもこの世界で別の役割があるからだ。

「メインヒロインが攻略対象共に興味を持っていない、って悟られたわね」

 ジャンヌは見た目は興味無さ気に、けれど言葉の端々に静かな鋭さを滲ませる。

「別に隠す程でもないよ。どうせ遅かれ早かれ分かっちゃうし」
「アルテミシアは言うなら別の舞台の主役なんでしょう? この舞台の主演がやる気を見せていないんだもの。舞台に躍り出て乗っ取ってしまうんじゃあなくて?」
「二学期から乱入して断罪までこぎつけるのは並大抵じゃないと思うけれど?」
「並大抵では、ね。カトリーヌも決して不可能ではないって思っているんでしょう?」
「……」

 『双子座』のシステム上この時期から挽回して専用ルートエンディングにこぎつけるのはもう不可能だ。好感度以外の各種フラグが足りないもの。けれどここはゲームじゃなくて現実の世界。まだ半年近くある以上は立ち回り次第で何とかなるかもしれない。
 とは言えメインヒロインを妨害したならそれこそ運命の思う壺。断罪イベント一直線でしょう。ジャンヌの七回もの破滅から学ぶならメインヒロイン懐柔こそ最善手って気もするけれど、それ実行したら次回作ヒロインの途中割り込みですよ。

「どうやら誰かさんは何が何でも私を破滅させて悲惨な目に遭わせたいらしいわね」

 神様すら私に縋るジャンヌの救済。どうやらわたし達が覆そうとしている破滅の未来はよほど性質が悪いらしい。
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