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三学期
プリュヴィオーズ⑥・想定より輪は広い
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「ところでオルレアン公爵令嬢は王立図書館の利用は初めてかな?」
「そうね。大抵は家の蔵書で事足りたし欲しい本はお父様に言えば何でも揃ったから」
「それは羨ましい環境だね。あいにく本はまだ一般市民が個人用に持てる程安価な物ではないから。まずはそちらに座っていてくれ。登録申請用紙と予約札を持ってこよう」
ダミアンさんは本を積んだ荷車をそのままにわたし達を案内して受付の席に座らせる。彼は机の棚から白紙の受付用紙を引っ張り出して一旦奥へと引っ込んだ。受付用紙の名前と住所と職業を書く欄はまるで私世界で図書カードを作成する手続きみたいね。
「カトリーヌは王立図書館を使った事は?」
「王立図書館から借りようとするとある一定の収入が無いといけなかったから。本を破損させたり汚したりした場合に弁償が出来るかが条件らしくて」
「けれど館内は借りなくても閲覧可能でしょうよ」
「学園の入試に備えて自主勉強するために来る時もあったかな」
貴重な本が置かれている王立図書館は入場すら制限されている。それだと知識は身分に関係なく伝えるって王立図書館設立の志に背くって考えからか幾つかの例外が設けられている。その一つ、学園の受験票を提示してわたしはここに入れていた。
今思い返せば王国最高峰の学び舎を志望校にしたせいで家族には迷惑をかけていた。本当ならお母さんの家事手伝いをするか一日中働いて賃金を稼げる年齢になっていたのに。育ててくれたお父さんお母さんに報いたいって想いから必死に受験勉強したのが印象深い。
「可能性を思い出しちゃってからはご無沙汰だったけれどね」
「ああ、さっきの彼がいるせい? 私がまだ巡り会っていなかった最後の攻略対象者、か」
「アルテミシアも彼の攻略まで手を伸ばしていないようだし、少なくとも敵じゃあないよ」
「どうだか。信用しすぎて馬鹿を見るいつもの流れでなければいいけれど」
ジャンヌは記入を終えた申込用紙を上下逆さに引っくり返して向こう側から読めるように向きを変えた。丁度その時に奥の方からダミアンさんが戻って来て借用札をこちらに提示してくる。……そこには清々しい程にある名前が羅列されていた。
アルテミシア・ド・ブルゴーニュ、と。
「……これ、王立図書館での扱いはどうなるんですか?」
「基本的に貸し出しの延長は受け付けていない。この場合は返却期限になったら本を受付に持参してもらって再貸出しの手続きをしてもらう形になるね」
「それじゃあ何時まで経っても目的の本はあの娘が借りたままになるのかしら?」
「他に借りたい人がいないならそうなるね。けれどどうやらブルゴーニュ伯爵令嬢は肝心な決まりを説明されなかったらしい」
「と言いますと?」
「他に借りたい人が現れたら優先順位は繰り下がるのさ」
ジャンヌは借用札の記入欄に自分の名前を綴った。それを受け取ったダミアンさんは筆を取るとジャンヌの名前近くから上の方へ矢印を引っ張っていく。丁度幾つも記入されたアルテミシアの名を飛び越えるように。
「これで一週間以内にお望みの禁書は君のものになる。ああ、ちなみに慈善事業ではないから予約と連絡の手続きに必要な料金は払ってもらうよ」
「オルレアン家に立て替えておいてもらえる?」
「ではそのように進めよう。ここに名前を記してもらえるかな?」
「ジャンヌ・ドルレアン、と。これでいいかしら?」
ダミアンさんは受付用紙と借用札を手に再び席を立って奥へと姿を消していく。アルテミシアがシャルルに行使しただろう魔法について議論をして時間を潰していると、程なくダミアンさんは二つの札をジャンヌに提示した。一つは図書札、もう一つは予約札か。
「予約した本が返されたら連絡しよう」
「ええ、そうして頂戴」
札を受け取ったジャンヌは徐に立ち上がった。踵を返そうとした所で何かを思い出したのか、「そうそう」と呟きながらダミアンさんへと向き直る。
「あの娘が借りた以外にも光の魔法について記した書物はあるかしら? これだけ膨大に蔵書があるんですもの」
「あるにはあるが君の望む情報は得られないと考えてくれていい」
あらまあ、そう都合よくはいかないか。
今度こそ用は無いとばかりにジャンヌは出口へと歩んでいく。その足取りは出発時の引きずるような重さではなくしっかりとしたものだった。
■■■
「それでクロード。カトリーヌの命令で誰かをあの女に張り付かせているんでしょう?」
「はい。仰る通りでございます」
次の日、ジャンヌはいつも通りに学園へと通うと決めた。
ジャンヌは概ね立ち直っているようだったけれど……まだ若干昨日の衝撃を引きずっているのは明白。お母様もクロードさんも心配して休むように言った。それでもジャンヌはじっとしている方が惨めだって取り合わなかった。
結局はわたしがジャンヌに賛同したのもあってお母様方が折れてくださった。
「王立図書館から持ち出した禁書が何処にあるかは?」
「これまでの報告をまとめますと、本人が用心深く持ち歩いていると思っていただければ」
「ブルゴーニュ邸に置いてきているなら取って来させたのだけれどね」
「夜も寝室の金庫にしまっているようでして、盗み出すには些か大胆にならないといけません」
むう、リュリュに頼んで禁書をこっそり失敬出来ないかも探らせたのだけれど難しいか。いよいよ追い詰められたら強盗紛いの手段に打って出ないといけないかもしれない。流血や暴力を伴わないやり方に拘るなら今少し機会を窺うしかない。
「……お嬢様。あのような目に遭われてもなお学園に赴くなど私は反対です。どうか御考え直しを」
「あら、クロードはこのジャンヌ・ドルレアンに泥棒猫を前にして逃げろと言うつもり?」
「どうとでも仰っていただいて構いませんが、私には公爵家の誇りよりもずっとお嬢様の御身の方が大事なのです」
「ありがとう。けれど私は立ち向かうって決めているの。昨日はさすがにくじけかけたけれど……」
通学時の馬車ではわたしはジャンヌの隣に座るようになった。平民かつ従者でしかなかった頃は進行方向とは逆向きに、ジャンヌと向かい合って座っていたものね。お父様がわたしを公爵家の娘だって公言した今ではジャンヌと同じ上座にいる。
ジャンヌはそうして距離が更に近くなったわたしの手を握った。
「今回私は一人じゃないもの」
そう言ってくれるのが嬉しくてわたしは思わずはにかんだ。クロードさんも笑みをこぼしながら馬を巧みに操っていく。オルレアン家の家紋が施された馬車を目の当たりにした他の学園生達が驚く様子が窓越しにも見える。
クロードさんが御者席から飛び降りて下車するわたしとジャンヌの手を取る。特に身重なジャンヌには万が一に転ばないように細心の注意を払っているようだった。そしてオルレアン家に仕える者に相応しい余裕と優雅さを兼ね備えたカーテシーをさせた。
「行ってらっしゃいませ、お嬢様」
「ええ、行ってきます」
校舎に向けて歩み出すと殿方の何名からは失礼なぐらい奇異な視線を送られた。貴族令嬢も扇子で口元を隠して何やら噂話に明け暮れている。残念な事に昨日の朝の出来事は既に学園中に知れ渡っているって考えた方が良さそうだ。
「おはようございます、ジャンヌ様」
「おはようございます、クレマンティーヌ様」
そんな中で真っ先にジャンヌに挨拶を送ったのは他でもないクレマンティーヌ様だった。ただいつも己への自信に満ちた勝気な佇まいではなく、ジャンヌを気遣って心配そうに見つめてくる。
「もう一日程休まれた方が良かったのでは?」
「病に倒れたわけではありませんから」
「そう言って心の病にかかってしまっては元も子もありません」
そうわたしを挟んだ反対側からジャンヌを気遣ったのはアルテュールだった。彼もまた異様な雰囲気に包まれる中全く気にも留めずにわたし達へと歩み寄ってきたようだ。身を按ずる二人に向けてジャンヌは慇懃なほどに微笑んで礼をする。
「お気遣い頂いてありがとうございます。でも本当に大丈夫ですよ」
「貴女には抱え込んでほしくないと思っています。悲しむのは傍にいるカトリーヌですから」
「どうか無理をなさらずにご自愛なさってくださりまし」
クレマンティーヌ様がいつものようにジャンヌ様に接したからか、他のご令嬢方も次々とジャンヌに声をかけている。その多くがジャンヌを心配する声で、何割かがアルテミシアにくっ付くシャルルへの不満。そして少数だけどアルテミシアへの批難を口にしていた。ジャンヌはそうした貴族令嬢一人一人に丁寧に感謝の意を述べていく。
「ジャンヌ様。あの女はどうしましょう? 図々しくも王太子殿下に取り入るなど不敬も甚だしいかと」
「その件で私からお願いがありまして、どうか王太子殿下やアルテミシア様を批難する真似は自重していただきたいのです」
「どうしてですか!? あれほど辛い目に遭われたのに!」
「悪意を悪意で返していてはきりがありません。それにわたしが嫉妬からアルテミシア様を阻害してしまえば私は落ちる所まで落ちるしかなくなるでしょう」
何人かが過激にも報復をと訴える。しかしこれにはジャンヌは思い留めてもらおうと言葉を紡いだ。それは寛大にもアルテミシアやシャルルを許すって聞こえなくはない。けれどそれは決してジャンヌの慈悲深さからきているわけではない。
「本当の所は?」
「勝手な真似をされて最後に私のせいにされては困るもの。取り巻きの嫌がらせは悪役令嬢の悪意によるものだって何度シャルルに批難されたと思っているの?」
そう、一旦アルテミシアに害を成そうとすれば最後、投げた悪意が断罪の形で返ってきてしまう。それこそ『双子座』通りに進めようとする彼女の思うつぼだ。今しばらくは耐え忍びつつあくまで毅然とした態度で正当性を訴え続けるしかない。
それにしても、と周囲を窺う。入学したばかりは本当にわたしとジャンヌだけ。慕われずに周囲から距離を置く悪役令嬢も異質ながら広く絆を結んでいかないメインヒロインもまた異質。そんなわたし達双子の二人きりの世界が織り成されていた。
それが今はどうだろう? クレマンティーヌ様とは友人と言って差し支えないし、彼女の周りにいた貴族令嬢も多くはジャンヌに好意的。更には『双子座』で身近な友達だった子とも話すようになれたし、何よりわたしの傍にはアルテュールがいてくれる。
「不思議ね。今回はいつもと逆にカトリーヌとだけ関係を深めればいいって思っていたのに」
「いつの間にか元のように多くのご令嬢が傍にいて、メインヒロイン派閥すら取り込んじゃっているね」
「むしろ攻略対象者の方々が孤立しちゃっているんじゃないかしら?」
「……おかしいね。本当なら誰もが羨む立場を築けた筈なのに、とても空しく感じる」
学舎への道中、見えてきたのは一組の集団。多くの生徒が通学し賑わうこの道で何故か彼女達の周りには空間が開いている。その遠巻きに向けられる視線は先ほどまでジャンヌが浴びていた暗く澱んだ程度ではない。明らかに蔑みと敵意が入り混じっている。
それぐらいアルテミシアと攻略対象者達は異様だった。
「さ、行きましょうカトリーヌ」
「えっ? 行くって、まさかアルテミシアの方に?」
ジャンヌは歩調を早めてハーレム集団を構成する次回作ヒロインとその取り巻きへと突き進んでいく。身重なのもあって軽やかとまではいかないけれど、それでも堂々とした闊歩は自信に満ち溢れているように見える。
「ええ。昨日は少し感傷的になりすぎてしまったから。少しばかりお礼をして差し上げなきゃ」
「ご令嬢方には自重しろって言っておいて悪役令嬢本人はソレ?」
「あら。カトリーヌは私が男を取られて大人しく泣いて引き下がるだけだと思うの?」
「……ううん。そうだったね」
ジャンヌは決して己を曲げない強い女性だから。
じゃあわたしもお供してあのもう勝った気でいる次回作ヒロインさんにジャブを打つとしよう。
――そう思った矢先だった。
「我が騎士よ! その女狐を手討ちにせよ!」
と高らかな命令が下されたのは。
「そうね。大抵は家の蔵書で事足りたし欲しい本はお父様に言えば何でも揃ったから」
「それは羨ましい環境だね。あいにく本はまだ一般市民が個人用に持てる程安価な物ではないから。まずはそちらに座っていてくれ。登録申請用紙と予約札を持ってこよう」
ダミアンさんは本を積んだ荷車をそのままにわたし達を案内して受付の席に座らせる。彼は机の棚から白紙の受付用紙を引っ張り出して一旦奥へと引っ込んだ。受付用紙の名前と住所と職業を書く欄はまるで私世界で図書カードを作成する手続きみたいね。
「カトリーヌは王立図書館を使った事は?」
「王立図書館から借りようとするとある一定の収入が無いといけなかったから。本を破損させたり汚したりした場合に弁償が出来るかが条件らしくて」
「けれど館内は借りなくても閲覧可能でしょうよ」
「学園の入試に備えて自主勉強するために来る時もあったかな」
貴重な本が置かれている王立図書館は入場すら制限されている。それだと知識は身分に関係なく伝えるって王立図書館設立の志に背くって考えからか幾つかの例外が設けられている。その一つ、学園の受験票を提示してわたしはここに入れていた。
今思い返せば王国最高峰の学び舎を志望校にしたせいで家族には迷惑をかけていた。本当ならお母さんの家事手伝いをするか一日中働いて賃金を稼げる年齢になっていたのに。育ててくれたお父さんお母さんに報いたいって想いから必死に受験勉強したのが印象深い。
「可能性を思い出しちゃってからはご無沙汰だったけれどね」
「ああ、さっきの彼がいるせい? 私がまだ巡り会っていなかった最後の攻略対象者、か」
「アルテミシアも彼の攻略まで手を伸ばしていないようだし、少なくとも敵じゃあないよ」
「どうだか。信用しすぎて馬鹿を見るいつもの流れでなければいいけれど」
ジャンヌは記入を終えた申込用紙を上下逆さに引っくり返して向こう側から読めるように向きを変えた。丁度その時に奥の方からダミアンさんが戻って来て借用札をこちらに提示してくる。……そこには清々しい程にある名前が羅列されていた。
アルテミシア・ド・ブルゴーニュ、と。
「……これ、王立図書館での扱いはどうなるんですか?」
「基本的に貸し出しの延長は受け付けていない。この場合は返却期限になったら本を受付に持参してもらって再貸出しの手続きをしてもらう形になるね」
「それじゃあ何時まで経っても目的の本はあの娘が借りたままになるのかしら?」
「他に借りたい人がいないならそうなるね。けれどどうやらブルゴーニュ伯爵令嬢は肝心な決まりを説明されなかったらしい」
「と言いますと?」
「他に借りたい人が現れたら優先順位は繰り下がるのさ」
ジャンヌは借用札の記入欄に自分の名前を綴った。それを受け取ったダミアンさんは筆を取るとジャンヌの名前近くから上の方へ矢印を引っ張っていく。丁度幾つも記入されたアルテミシアの名を飛び越えるように。
「これで一週間以内にお望みの禁書は君のものになる。ああ、ちなみに慈善事業ではないから予約と連絡の手続きに必要な料金は払ってもらうよ」
「オルレアン家に立て替えておいてもらえる?」
「ではそのように進めよう。ここに名前を記してもらえるかな?」
「ジャンヌ・ドルレアン、と。これでいいかしら?」
ダミアンさんは受付用紙と借用札を手に再び席を立って奥へと姿を消していく。アルテミシアがシャルルに行使しただろう魔法について議論をして時間を潰していると、程なくダミアンさんは二つの札をジャンヌに提示した。一つは図書札、もう一つは予約札か。
「予約した本が返されたら連絡しよう」
「ええ、そうして頂戴」
札を受け取ったジャンヌは徐に立ち上がった。踵を返そうとした所で何かを思い出したのか、「そうそう」と呟きながらダミアンさんへと向き直る。
「あの娘が借りた以外にも光の魔法について記した書物はあるかしら? これだけ膨大に蔵書があるんですもの」
「あるにはあるが君の望む情報は得られないと考えてくれていい」
あらまあ、そう都合よくはいかないか。
今度こそ用は無いとばかりにジャンヌは出口へと歩んでいく。その足取りは出発時の引きずるような重さではなくしっかりとしたものだった。
■■■
「それでクロード。カトリーヌの命令で誰かをあの女に張り付かせているんでしょう?」
「はい。仰る通りでございます」
次の日、ジャンヌはいつも通りに学園へと通うと決めた。
ジャンヌは概ね立ち直っているようだったけれど……まだ若干昨日の衝撃を引きずっているのは明白。お母様もクロードさんも心配して休むように言った。それでもジャンヌはじっとしている方が惨めだって取り合わなかった。
結局はわたしがジャンヌに賛同したのもあってお母様方が折れてくださった。
「王立図書館から持ち出した禁書が何処にあるかは?」
「これまでの報告をまとめますと、本人が用心深く持ち歩いていると思っていただければ」
「ブルゴーニュ邸に置いてきているなら取って来させたのだけれどね」
「夜も寝室の金庫にしまっているようでして、盗み出すには些か大胆にならないといけません」
むう、リュリュに頼んで禁書をこっそり失敬出来ないかも探らせたのだけれど難しいか。いよいよ追い詰められたら強盗紛いの手段に打って出ないといけないかもしれない。流血や暴力を伴わないやり方に拘るなら今少し機会を窺うしかない。
「……お嬢様。あのような目に遭われてもなお学園に赴くなど私は反対です。どうか御考え直しを」
「あら、クロードはこのジャンヌ・ドルレアンに泥棒猫を前にして逃げろと言うつもり?」
「どうとでも仰っていただいて構いませんが、私には公爵家の誇りよりもずっとお嬢様の御身の方が大事なのです」
「ありがとう。けれど私は立ち向かうって決めているの。昨日はさすがにくじけかけたけれど……」
通学時の馬車ではわたしはジャンヌの隣に座るようになった。平民かつ従者でしかなかった頃は進行方向とは逆向きに、ジャンヌと向かい合って座っていたものね。お父様がわたしを公爵家の娘だって公言した今ではジャンヌと同じ上座にいる。
ジャンヌはそうして距離が更に近くなったわたしの手を握った。
「今回私は一人じゃないもの」
そう言ってくれるのが嬉しくてわたしは思わずはにかんだ。クロードさんも笑みをこぼしながら馬を巧みに操っていく。オルレアン家の家紋が施された馬車を目の当たりにした他の学園生達が驚く様子が窓越しにも見える。
クロードさんが御者席から飛び降りて下車するわたしとジャンヌの手を取る。特に身重なジャンヌには万が一に転ばないように細心の注意を払っているようだった。そしてオルレアン家に仕える者に相応しい余裕と優雅さを兼ね備えたカーテシーをさせた。
「行ってらっしゃいませ、お嬢様」
「ええ、行ってきます」
校舎に向けて歩み出すと殿方の何名からは失礼なぐらい奇異な視線を送られた。貴族令嬢も扇子で口元を隠して何やら噂話に明け暮れている。残念な事に昨日の朝の出来事は既に学園中に知れ渡っているって考えた方が良さそうだ。
「おはようございます、ジャンヌ様」
「おはようございます、クレマンティーヌ様」
そんな中で真っ先にジャンヌに挨拶を送ったのは他でもないクレマンティーヌ様だった。ただいつも己への自信に満ちた勝気な佇まいではなく、ジャンヌを気遣って心配そうに見つめてくる。
「もう一日程休まれた方が良かったのでは?」
「病に倒れたわけではありませんから」
「そう言って心の病にかかってしまっては元も子もありません」
そうわたしを挟んだ反対側からジャンヌを気遣ったのはアルテュールだった。彼もまた異様な雰囲気に包まれる中全く気にも留めずにわたし達へと歩み寄ってきたようだ。身を按ずる二人に向けてジャンヌは慇懃なほどに微笑んで礼をする。
「お気遣い頂いてありがとうございます。でも本当に大丈夫ですよ」
「貴女には抱え込んでほしくないと思っています。悲しむのは傍にいるカトリーヌですから」
「どうか無理をなさらずにご自愛なさってくださりまし」
クレマンティーヌ様がいつものようにジャンヌ様に接したからか、他のご令嬢方も次々とジャンヌに声をかけている。その多くがジャンヌを心配する声で、何割かがアルテミシアにくっ付くシャルルへの不満。そして少数だけどアルテミシアへの批難を口にしていた。ジャンヌはそうした貴族令嬢一人一人に丁寧に感謝の意を述べていく。
「ジャンヌ様。あの女はどうしましょう? 図々しくも王太子殿下に取り入るなど不敬も甚だしいかと」
「その件で私からお願いがありまして、どうか王太子殿下やアルテミシア様を批難する真似は自重していただきたいのです」
「どうしてですか!? あれほど辛い目に遭われたのに!」
「悪意を悪意で返していてはきりがありません。それにわたしが嫉妬からアルテミシア様を阻害してしまえば私は落ちる所まで落ちるしかなくなるでしょう」
何人かが過激にも報復をと訴える。しかしこれにはジャンヌは思い留めてもらおうと言葉を紡いだ。それは寛大にもアルテミシアやシャルルを許すって聞こえなくはない。けれどそれは決してジャンヌの慈悲深さからきているわけではない。
「本当の所は?」
「勝手な真似をされて最後に私のせいにされては困るもの。取り巻きの嫌がらせは悪役令嬢の悪意によるものだって何度シャルルに批難されたと思っているの?」
そう、一旦アルテミシアに害を成そうとすれば最後、投げた悪意が断罪の形で返ってきてしまう。それこそ『双子座』通りに進めようとする彼女の思うつぼだ。今しばらくは耐え忍びつつあくまで毅然とした態度で正当性を訴え続けるしかない。
それにしても、と周囲を窺う。入学したばかりは本当にわたしとジャンヌだけ。慕われずに周囲から距離を置く悪役令嬢も異質ながら広く絆を結んでいかないメインヒロインもまた異質。そんなわたし達双子の二人きりの世界が織り成されていた。
それが今はどうだろう? クレマンティーヌ様とは友人と言って差し支えないし、彼女の周りにいた貴族令嬢も多くはジャンヌに好意的。更には『双子座』で身近な友達だった子とも話すようになれたし、何よりわたしの傍にはアルテュールがいてくれる。
「不思議ね。今回はいつもと逆にカトリーヌとだけ関係を深めればいいって思っていたのに」
「いつの間にか元のように多くのご令嬢が傍にいて、メインヒロイン派閥すら取り込んじゃっているね」
「むしろ攻略対象者の方々が孤立しちゃっているんじゃないかしら?」
「……おかしいね。本当なら誰もが羨む立場を築けた筈なのに、とても空しく感じる」
学舎への道中、見えてきたのは一組の集団。多くの生徒が通学し賑わうこの道で何故か彼女達の周りには空間が開いている。その遠巻きに向けられる視線は先ほどまでジャンヌが浴びていた暗く澱んだ程度ではない。明らかに蔑みと敵意が入り混じっている。
それぐらいアルテミシアと攻略対象者達は異様だった。
「さ、行きましょうカトリーヌ」
「えっ? 行くって、まさかアルテミシアの方に?」
ジャンヌは歩調を早めてハーレム集団を構成する次回作ヒロインとその取り巻きへと突き進んでいく。身重なのもあって軽やかとまではいかないけれど、それでも堂々とした闊歩は自信に満ち溢れているように見える。
「ええ。昨日は少し感傷的になりすぎてしまったから。少しばかりお礼をして差し上げなきゃ」
「ご令嬢方には自重しろって言っておいて悪役令嬢本人はソレ?」
「あら。カトリーヌは私が男を取られて大人しく泣いて引き下がるだけだと思うの?」
「……ううん。そうだったね」
ジャンヌは決して己を曲げない強い女性だから。
じゃあわたしもお供してあのもう勝った気でいる次回作ヒロインさんにジャブを打つとしよう。
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