縦縞のパジャマ

北風 嵐

文字の大きさ
2 / 9

2 テレビに映った故郷

しおりを挟む

 新入でも村でいきなり生活できるのも、笠っさんが早速に得意先をあてがってくれるからである。笠っさんは見返りも要求しないし、そのことで特別威張りもしない。営業マンとしてプライドが保たれればそれでいいのだ。皆は親しみと若干の尊敬をこめて〈村長〉と呼ぶ。  酒を飲んでの喧嘩は絶えなかったが、テント村の生活は何も持たない者同士が暮らすには、「穏やかで暮らしやすい」と信吾は思っていた。テント村の住人達も程度の差はあれ、同じような思いだったに違いない。  

 帰れないと思っていた故郷がテレビの映像に映っていた。彼の家がその映像の中にあったのだった。あの日、家を出たままが映っていた。違うのは、誰も住んでいないガラーンとした町の気配だけであった。  3階建ての小さな家、玄関脇の駐車スペース。その脇に妻が苦労しながら狭いスペースに洗濯物を干していた。信吾が着ていた縦縞模様のパジャマが干してあった。信吾が最後に家を出るとき目にした光景が、そのまま、そこにはあった。一瞬の映りだったが、信吾には静止画像のように長い時間に思えた。  

 信吾の家は、福島県双葉郡大熊町。原発の20キロ圏の中にあった。信吾はこの町で小さな印刷工場を営んでいた。妻は春菜といった。小学校からの同級生で、親友だった和田泰明の妹だった。  家も近所で幼いころからよく一緒に遊んだ。春菜は兄、泰明にいつも金魚のフンのようにくっ付いていた。信吾たちは仕方なく遊びに入れるしかなかった。変な意味でなく、春菜はほとんど、男遊びしか知らない。小さいときはかくれんぼ、缶けり、木登り、川遊び。春菜は生き生きしていた。  

 川遊びで、春菜には忘れられない思い出があった。皆で葛尾村の清流に遊びに行った時のことだった。泰明たちは小学校5年生で、春菜は2年生だった。散々遊んで、さぁー帰ろうとなった時、泰明がポケットをもそもそして、そして川底を探し出した。ポケットに入れていたお金がないという。春菜の分も含めて帰りのバス賃だった。ポケットに穴があいていたのだった。  皆で探したが、その内、皆は帰りのバスの時間が気になりだした。余分なお金など持つものは当時なかった。田舎のバスは本数が限られている。皆は急にそわそわ、泰明の顔は今にも泣き出しそうであった。その顔を見ていると春菜もどうしていいか、泰明が泣いたら一緒に泣いであろう。 

「僕が、残るよって、みなバスで帰り。暗くなったら、僕が泰明と春菜を送って行くよって」と云ったのは、普段おとなしい信吾だった。泰明は勉強もスポーツもよく出来たが、方向音痴であった。結局、落としたお金は見つからず、3人は歩いて帰ることになった。  別かれ道にくると、信吾は幼い日、父と一緒に来た日の記憶をたぐり、「こっち」と云って、何とか無事帰れた。少年と少女の足では何時間もかかった様に思われた。空には月も、星も出ていた。春菜は何故かその日の記憶がズート鮮明に残っている。人家とてない暗がりで怖くなったときは大声で歌を歌った。「赤とんぼ」だの「夕焼け小やけ」だの、「七つの子」を歌ったときは、3人泣けてきて途中でやめた。  

 大きくなっても、春菜はソフトボールのチームの一員であった。相手チームから「女を入れんと、メンバーが組めないのか?」と野次られたが、春菜はセカンドで、守備だけでなくバントや盗塁で欠かせない2番でもあった。兄の泰明はエースで4番、信吾はライトで9番。信吾はあまり上手ではなかった。  男たちが中学生になって、軟式野球に切り替わっても、春菜はセカンド2番であった。信吾は相変わらずライトで9番、ドタドタ前進、バタバタ後退、そしてポロリであった。  

 一度、地区大会の決勝試合、0対0で9回表、トップバッターだった信吾は四球を選んで出塁した。ピッチャー、次のバッターに投げた。何を思ったのか信吾が二塁に向かって走った。皆は目をつぶった。信吾の鈍足を知らないものはない。 「ワァー!」と歓声が上がった。何事?と見ると、信吾はセカンドベース上でにっこり。ボールはセンターの前に転がっていた。信吾の盗塁?が効いて、1対0で勝った。信吾のセカンド上での得意げな表情を春菜はよく覚えている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...