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6 山瀬良子の人生
しおりを挟むゴロゴロしていても仕方がないので、店を手伝ったが、一日で柄ではないと嫌になった。女も店に出るのを好まなかった。 そのうち店のお客さんの紹介だとかで、運送店の荷出しの仕事を女は見つけてきた。若い男の子と二人でこなす出庫作業は信吾が来てから、数段、段取りもよくなって、小さな運送店のドライバーは喜んでくれ、店主の評価も高くなり、本採用を勧められたが、このままのアルバイトでよいと断った。健康保険のこと等を考えるとそうもしたかったが、住民票などの手続が厄介だったのだ。
2年ぐらいが過ぎた頃だったか、女のスナックで店のドライバーと飲んでいるとき、しきりに信吾の方を見る客があった。信吾も名前は思い出せなかったが、大熊町で仕事の関係で2、3度会っている男だった。 その事を女に言って、信吾は店には行かなくなった。それから半年が過ぎた頃、女は仙台に居抜きで安い店が見つかったといって、仙台に越した。仙台でも信吾は運送店の出庫の仕事を見つけてきて働いた。5年、仙台で暮らした。
女の名前は山瀬良子と云った。良子は42歳になる夏、あっけなく亡くなった。腹痛を訴え、入院したが癌の末期で手遅れであった。 「ごめんね、あの時、声をかけなかったら、あんたは、家に帰れてたのにね…。おかげで、私は寂しくなかった…。亡くなったらこれを開けて」と云って、一週間後に、静かに息を引き取った。 果たして、良子と出逢ってなかったら、家路についていただろうか…。わからないことだが、そうとは思えなかった。信吾は声をかけられて、助けられたのではなかったかと思った。
封筒には、2通の通帳と、そして山瀬勇太と書かれた連絡先が入っていた。 紙に書いてあった連絡先に連絡を取った。仙台での何人かの知り合いを入れて、通夜と簡単な葬儀は済ませた。 葬儀が終わって、山瀬勇太と名乗った弟と良子の店で、二人で飲んだ。信吾は良子と知り合った日のこと、店での良子の仕事ぶりや家庭での料理の手際の良さなんかを話した。 山瀬勇太は函館で生家の水産加工の会社を継いでいると話し、姉は26歳で、世話をする人があって、新潟の同業の水産加工の家に嫁いだ事、結婚生活は3年で終わり、男の子を一人もうけたこと。離婚後、両親は函館の実家に帰って来ることを勧めたが、帰ってこなかったこと等を話した。
いずれも良子より聞いていた事であった。勇太はそのとき水産大学校に入学したばかりで、両親からは詳しいことは聞かされなかったが、離婚は良子の方に落ち度があったらしい。そのことが、子も引き取れず、そして、実家にも帰らなかった理由らしいと語った。新潟で仕事を見つけ一人で暮らしていたが、暫くして連絡先も途絶え、行方が分らなくなり、心配していた両親も3年前にたて続いて亡くなったと話した。 「10歳も歳が違ったので、病気がちだった母に代わって半分、母のようでした」と、嫁ぐ前の姉の思い出を語った勇太に抱かれて、白木になった良子は、16年ぶりに生まれ故郷の函館に帰って行った。 思えば儚く寂しい良子の人生に思いやった。「寂しくなかった…」本当にそうなら良かったと信吾は思った。
良子はあっさりした気性だったが、夜の営みは違った。信吾は別人を抱いているようで、時折困惑した。良子が燃えて求めた男とは、どんな男だろうか?良子は子どもの話も、男の話も一切しなかった。 良子は、良子名義で5百万円、信吾の名前で3百万円を貯金していた。良子名義の分は、山瀬勇太に。彼は辞退したが無理やり手渡し、店を整理したお金を入れて5百万円を持って、仙台を後にして、東京、静岡、大阪と信吾は流れて来た。もし、帰る時があったとしたら、仙台を後にするこの時ではなかったかと信吾は思うのだった。
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