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7 縦縞のパジャマ
しおりを挟む真吾の家が映った映像を見たのは、笠っさんのテントでテレビを見せてもらっているときだった。ニュースの特番をやっていた。避難地域20キロ圏内を記者が車で潜入し、レポートしていた。そのアングルの中に真吾の家が映り、真吾が着用していた縞模様のパジャマが物干し竿に架かっていた。避難するまで春菜や家族がそこにいた事をそれは語っていた。印刷の事業は続けられていたのだ。
縦縞模様のパジャマは二人で所帯道具のあれこれを、福島の百貨店に見に行ったとき、ちょっと高いけど奮発して買ったものだった。奮発しただけあってその肌ざわりはよく、気持ちよく眠りにつけた。洗濯で、別のものを着た日は何故か眠りづらかった。 それを春菜に云ったら、信吾の誕生日に同じパジャマをプレゼントしてくれた。擦り切れたらいけないからと2枚入っていた。そんな思い出がそのパジャマにはあった。
TVを見ていて思わず「家や!」と叫んでしまった。 笠っさんに、大熊町での暮らし、帰りそびれた経緯を話すしかなかった。良子の事も話した。 2日後、笠っさんに呼ばれて向かいのテントに入っていくと、笠っさんが「これ」といって封筒を手渡した。中に宇都宮までの新幹線の切符と10万円が入っていた。切符は笠さんの手配、お金は皆から集めた餞別だった。 「信さん、けじめの覚悟の時が来たみたいやな。帰れや!今を逃したら帰るときは二度とないで・・。信さんが家族のことを思っている以上に、春菜さんや家族はお前さんのことをどれだけ心配しているか?生きているのやら・・、生きていれば元気でいるのか・・心配の種は尽きへんのや。探し出して、元気な顔をみせたれ。それが今、信さんにできる最高のことだよ。敷居が高い、低いの問題じゃないんとちがうか?縦縞のパジャマが干してあった?今でも待っていますの〈黄色のハンカチーフ〉だとは思わんか」と、笠っさんは言った。
宇都宮の大学時代の友人に車で福島に入れる手配をしてくれていた。笠っさんは宇都宮大学の農学部出身なのだ。テント村で国立大学出は笠っさんぐらいなものだ。 笠っさんは「事業に失敗したら、途端に、嫁はんも子供も見る目が違って、家におれたものではなくなった。人間、金をなくしても、家族に愛してもらえるような生き方をせんとあかん。金でオヤジや亭主の位置を買うてたみたいなものや」と、ホームレスになった理由を語っていた。
ある日、信吾は夜中に目が覚め、酔いでのどが渇いて、枕元の水を飲んだ。 向かいの笠っさんのテントはまだ灯りがついていて、女の話し声が聞こえてきた。 「私が悪いのやから、頼むから家に帰って。まだ許されへんの・・・」 「許すと言って、許されへん自分が許されんのや」 女のすすり泣きが聞こえた。後は聞いてはいけないと、信吾は布団をかぶって眠った。
同級生の近藤誠さんは大学時代の笠っさんのことを車中で話した。笠っさんや、近藤さんらの大学時代は全共闘華やかりし頃で、宇都宮大学もご他聞にもれず学生運動が激しかったそうだ。近藤さんは空手部で、運動は運動でも純粋な運動であったが、笠っさんは寮の寮長をやり、バリバリの運動家だったらしい。退学処分も食らっている。復学が許されたのは2年後ということだ。 近藤さんは空手をやっていただけあってがっしりした体格であった。軽の車がさらに軽に感じられた。どこかで見た顔?頬骨がはって、顎ががっしりとして下駄のような顔、〈柴又〉の主人公を思い出した。目だけはサイの目ではなかったが、誠と書いたのぼり旗を持たせて、着物を着せれば名前通りの新撰組隊長が出来上がると信吾は思った。
「3百人近い血気盛んな男子を纏め上げていく事は大変な事だった」と、自治寮の運営の苦労振りを、懲罰委員長を経験した近藤さんは懐かしそうに話した。 学校では、笠っさんの女性フアンは多かったが、笠っさんは見向きもせず運動家の道をまっしぐらだったらしい。「俺だったら、そんな勿体ないことはせんけど」と、笠っさんになりかわって残念がっていた。
テント村での笠っさんの様子を語ると、「あのときの寮長の経験からすると、テント村を纏め上げるぐらいは軽いものだ」と、云わんばかりに近藤さんは頷いていた。 「ホームレスになっても寮の同窓会に来るのはあいつらしいが、何でホームレスになったんやろ?事業に失敗したのが原因だと思うが、それぐらいでホームレスになる奴やないんだけどな」と喋って、近藤さんは真吾もホームレスであることに気がついて、「すいません。別にホームレスを特別視しているわけではないんですよ。人にはそれぞれ事情がありますからねぇ」と信吾に謝った。 笠っさんは大学時代の友人にも、家を捨てた本当の理由を言えていないのだ。
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