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学園
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休日。
俺は例の噴水のある広場に来ていた。
待ち合わせのためである。
待ち合わせ相手はシャーロットである。
これはただ単にシャーロットの口車に乗せられた過去の俺の仕業であり、つまり俺は先の4人で行ったデパートで、試着室から出てきたシャーロットを可愛いと認めたことに起因する。
この事態は要するに俺がシャーロットに対してある程度の可愛さの容認をしなければ発生し得なかった事態なのだが、容認したものは容認したものだから仕方ないだろう。
だが、俺は少なからず過去の俺に対して叱責したい欲求に駆られている。
どのようにかと言うと、お前が「可愛い」だとかそれに準ずるような言葉を噯気にも出さなければ今頃俺は部屋で惰眠を貪ってられていたのだぞと。
まあ、過去の俺の反論はこんな感じだろう。
シャーロットが最近目ざとくなってきていてそれは加速度的であると。
それが俺を避ける方向ならまだしも不可思議なのが俺に接近する方向であるから予測の目処が立てづらいのである。
まあ、確かに最近シャーロットが女性らしく、いや、乙女らしくなってきたことは認めよう。
今の俺だってそれが原因で噴水の縁でソワソワしているのだから。
だが、俺は忘れてはいけない。
彼女と俺はただ単純に公爵家と王族の関係であるだけだということを。
馬車が来た。
公爵家の家紋が刻まれている。
俺は座っていた縁から立ち上がり、シャーロットを出迎えた。
おはよう。
「あら、早かったのね」
いや、俺も今きたところさ。
「そう」
俺は従者に手を引かれて馬車を降りるシャーロットを見て一つ気がついた。
お、カチューシャつけてきたんだな。
「そうね」
俺はさっきからすげない返事をするシャーロットに苦言を呈する。
どうした。少し体調が悪いのか?
「そう言うわけじゃないわ。あんたも気づかない? 」
そう言ってシャーロットは目配せする。
その先には建物の影に巧妙に隠れた人物がいた。
ああ、なるほど。父親か。
「はぁ、お父さんったら何してんのか。そんなに私たちの中が気になるわけ? 」
シャーロットは肩をすくめて見せる。
まあいいじゃないか。今の所害はないわけだし。それに、健全な俺たちの関係を見たらあの方もすっかり安心しきって帰っていただけるだろう。
「お父さんはむしろ逆の方を求めていると思うのだけれど」
シャーロットが呆れたように何か呟いた。
ん? なんか言ったか?
「いいえ、別に」
そう言ってシャーロットは前に俺たちが行ったあのサステナブルなデパートへと歩をすすめた。
俺は今シャーロットが買い物を終えるのを座って待っている。
先ほどからシャーロットが手に取るものはどれも可愛らしいもので、さすがにこの歳になるとそう言ったものへの憧憬も出てくるのだなと思った。
そんなことをぼんやりと考えていると、一つの気配が近づいてきて、俺の隣に腰を下ろした。
俺はそちらに目をやる。
なんでしょうか、公爵家当主様。
「はは! もう気づかれましたか! いや、なに、シャーロットとの仲はどうかなと思ってですね」
どうもなにも健全ですよ。
「ほう、と言うと? 」
シャーロットさんと私は今もなお健全な王族と公爵という関係を保っています。
「……なるほど」
俺は公爵家当主をチラリと見る。
すると、彼は考え込んでいた。
何か問題ですか?
俺は問う。
「いや、なに、王太子様がそれでいいというのならいいのですがね……」
と言うと?
「……その前に、王太子様、シャーロットは女性としてみたらどうですか? 」
これ以上ないでしょうね。知識教養があり、努力家です。そして有り余る才能をひけらかすことなどもしない。平民に差別意識などない。いつもこちらを立ててくれる。
「そうでしょう。実はね、シャーロットも家では王太子様を絶賛しておるのですよ」
それは、なんと言うか、畏れ多いです。
「ああ見えてもシャーロットはあなたの近くに寄り添おうと人一倍努力しているのですよ。だから、ええ、私はあなたに無理に振り向けとは言えません、ですが、父親として娘の努力の少しは認めてあげてほしいのです」
努力……ですか。
「最近シャーロットは一気に女性らしくなりました。努力の賜物です。それをあなたには知っておいてほしい。そしてあわよくば――振り向いてあげてほしい」
振り向く……それは一体どう言う――
「おっと失礼、そろそろ娘が出てくるので私は帰ります」
公爵家当主は席を立ち上がる。
そして振り向くと最後に思い出したようにこう言った。
「あ、くれぐれもこの話は娘に話さないでくださいね。私が娘に嫌われてしまう」
そう言って彼は去っていった。
「ごめんなさい。会計に少し手こずって……」
その直後、シャーロットが出てきた。
「あら、どうかした? 」
顔を公爵家当主が去っていった方向に向けていた俺に気づいてシャーロットはそう問う。
いや、なんでもない。
俺はそう言ってシャーロットの持っていた荷物を持つ。
シャーロットが隣で何か言っている間も俺は先ほどの公爵家当主との会話を思い出していた。
シャーロットの努力を認めろ、か。
俺はシャーロットと目を合わせる。
「どうしたの? わたし、変なこと言ったかしら」
なあシャーロット、お前、可愛くなったよな。
そう言ったら返答が返ってきた。
まあ、それは鳩尾に拳で返ってきたが。
俺は例の噴水のある広場に来ていた。
待ち合わせのためである。
待ち合わせ相手はシャーロットである。
これはただ単にシャーロットの口車に乗せられた過去の俺の仕業であり、つまり俺は先の4人で行ったデパートで、試着室から出てきたシャーロットを可愛いと認めたことに起因する。
この事態は要するに俺がシャーロットに対してある程度の可愛さの容認をしなければ発生し得なかった事態なのだが、容認したものは容認したものだから仕方ないだろう。
だが、俺は少なからず過去の俺に対して叱責したい欲求に駆られている。
どのようにかと言うと、お前が「可愛い」だとかそれに準ずるような言葉を噯気にも出さなければ今頃俺は部屋で惰眠を貪ってられていたのだぞと。
まあ、過去の俺の反論はこんな感じだろう。
シャーロットが最近目ざとくなってきていてそれは加速度的であると。
それが俺を避ける方向ならまだしも不可思議なのが俺に接近する方向であるから予測の目処が立てづらいのである。
まあ、確かに最近シャーロットが女性らしく、いや、乙女らしくなってきたことは認めよう。
今の俺だってそれが原因で噴水の縁でソワソワしているのだから。
だが、俺は忘れてはいけない。
彼女と俺はただ単純に公爵家と王族の関係であるだけだということを。
馬車が来た。
公爵家の家紋が刻まれている。
俺は座っていた縁から立ち上がり、シャーロットを出迎えた。
おはよう。
「あら、早かったのね」
いや、俺も今きたところさ。
「そう」
俺は従者に手を引かれて馬車を降りるシャーロットを見て一つ気がついた。
お、カチューシャつけてきたんだな。
「そうね」
俺はさっきからすげない返事をするシャーロットに苦言を呈する。
どうした。少し体調が悪いのか?
「そう言うわけじゃないわ。あんたも気づかない? 」
そう言ってシャーロットは目配せする。
その先には建物の影に巧妙に隠れた人物がいた。
ああ、なるほど。父親か。
「はぁ、お父さんったら何してんのか。そんなに私たちの中が気になるわけ? 」
シャーロットは肩をすくめて見せる。
まあいいじゃないか。今の所害はないわけだし。それに、健全な俺たちの関係を見たらあの方もすっかり安心しきって帰っていただけるだろう。
「お父さんはむしろ逆の方を求めていると思うのだけれど」
シャーロットが呆れたように何か呟いた。
ん? なんか言ったか?
「いいえ、別に」
そう言ってシャーロットは前に俺たちが行ったあのサステナブルなデパートへと歩をすすめた。
俺は今シャーロットが買い物を終えるのを座って待っている。
先ほどからシャーロットが手に取るものはどれも可愛らしいもので、さすがにこの歳になるとそう言ったものへの憧憬も出てくるのだなと思った。
そんなことをぼんやりと考えていると、一つの気配が近づいてきて、俺の隣に腰を下ろした。
俺はそちらに目をやる。
なんでしょうか、公爵家当主様。
「はは! もう気づかれましたか! いや、なに、シャーロットとの仲はどうかなと思ってですね」
どうもなにも健全ですよ。
「ほう、と言うと? 」
シャーロットさんと私は今もなお健全な王族と公爵という関係を保っています。
「……なるほど」
俺は公爵家当主をチラリと見る。
すると、彼は考え込んでいた。
何か問題ですか?
俺は問う。
「いや、なに、王太子様がそれでいいというのならいいのですがね……」
と言うと?
「……その前に、王太子様、シャーロットは女性としてみたらどうですか? 」
これ以上ないでしょうね。知識教養があり、努力家です。そして有り余る才能をひけらかすことなどもしない。平民に差別意識などない。いつもこちらを立ててくれる。
「そうでしょう。実はね、シャーロットも家では王太子様を絶賛しておるのですよ」
それは、なんと言うか、畏れ多いです。
「ああ見えてもシャーロットはあなたの近くに寄り添おうと人一倍努力しているのですよ。だから、ええ、私はあなたに無理に振り向けとは言えません、ですが、父親として娘の努力の少しは認めてあげてほしいのです」
努力……ですか。
「最近シャーロットは一気に女性らしくなりました。努力の賜物です。それをあなたには知っておいてほしい。そしてあわよくば――振り向いてあげてほしい」
振り向く……それは一体どう言う――
「おっと失礼、そろそろ娘が出てくるので私は帰ります」
公爵家当主は席を立ち上がる。
そして振り向くと最後に思い出したようにこう言った。
「あ、くれぐれもこの話は娘に話さないでくださいね。私が娘に嫌われてしまう」
そう言って彼は去っていった。
「ごめんなさい。会計に少し手こずって……」
その直後、シャーロットが出てきた。
「あら、どうかした? 」
顔を公爵家当主が去っていった方向に向けていた俺に気づいてシャーロットはそう問う。
いや、なんでもない。
俺はそう言ってシャーロットの持っていた荷物を持つ。
シャーロットが隣で何か言っている間も俺は先ほどの公爵家当主との会話を思い出していた。
シャーロットの努力を認めろ、か。
俺はシャーロットと目を合わせる。
「どうしたの? わたし、変なこと言ったかしら」
なあシャーロット、お前、可愛くなったよな。
そう言ったら返答が返ってきた。
まあ、それは鳩尾に拳で返ってきたが。
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