復讐を誓う少年と蒼き魔族の女将軍 ~人類を裏切った俺が、異界の救世主になるまで~

M_mao

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グランディ帝国編-第一章

第二十二話 「母子」

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魂さえ凍てつかせる氷の憎悪が、ついに実体を持った殺意へと変わる。
エドの姿が掻き消え、次の瞬間には、亡霊のようにアタナディの目前へと肉薄していた!逆手に持った短剣が空気を切り裂き、彼女の喉笛へと突きつけられる!

キンッ――!
火花が、闇に散る。
四肢が麻痺に蝕まれようと、「戦乙女」の戦闘本能が、彼女の肉体に最善の選択をさせた。アタナディは息を吐くと同時に、無理やり手首を返し、長剣の腹で凶刃を受け流す。更には、その衝撃を利用してエドの短剣を上方へと跳ね上げた――少年の懐が、がら空きになった!

好機!
アタナディの瞳に、凄絶な殺気が迸る!彼女はその一瞬の隙を決して逃さず、重い幅広剣を天より振り下ろす。雷霆の一撃となって、エドの脳天目掛けて叩きつけられた!

その比類なき一撃を前に、エドの瞳孔が針の先ほどにまで収縮する!だが、彼は退かない!
(馬鹿な! 避けるのではなく、受けに来た!?)

絶体絶命のその刹那、アタナディの思考が凍りついた。少年は、短剣を頭上へと水平に構え、その一撃を、真正面から受け止めたのだ!

ゴッ!
鈍く、骨が砕ける音が、はっきりと響いた。
山崩れにも似た威力が短剣を介し、彼の左肩へと叩きつけられる。「ぐしゃり」という音を立てて、肩甲骨にまで深く食い込んだ!
だが、少年は痛覚など持ち合わせていないかのようだ!むしろ、その激痛こそが、彼の凶性を燃え上がらせる薪となった!


彼は、その強大な力に押し潰される体を利用し、退くどころか、逆に、血塗られた残像と化してアタナディの懐へと突進する!肩に食い込んだ長剣の刀身を滑らせるようにして、己の短剣を、稲妻の如き速さで、下方から上方へと切り裂きながら!
次の瞬間、アタナディの左腕に、骨にまで達する深い裂傷が走り、鮮血が噴き出した!

(狂人……! こいつは、根っからの狂人だ!)
アタナディは信じられない思いで自らの腕の傷を見、そして、己の肩を犠牲にしてでも一撃を捩じ込もうとする少年を見た。
深い絶望が、初めてこの戦乙女の心を掴んだ。毒に侵され、反応がコンマ数秒遅れている今の自分は、この命知らずの若狼を前に、ただ屠られるのを待つだけの羊に過ぎない。

しかし、エドは予測された追撃はせず、逆に、その突進の勢いを利用した。左足が稲妻のように繰り出され、アタナディの背後にいたルグナの胸部を、正確に捉えた!

「ぐはっ!」
ルグナは壁際の飾り棚を叩き壊し、くたりと床に落ちた。


「ルグナ!」
母としての本能が、戦士としての直覚を上回った。アタナディの心が乱れ、無意識に身を翻して庇おうとする。
千分の一秒にも満たない、その一瞬の隙が、致命傷となった。

エドは影のようにその隙に付け入り、血に濡れた左腕を鋼鉄の万力と化して、アタナディが剣を握る両手を固く封じ込めた。
エドは右手の短剣を持ち上げる。その切っ先を彼女の手首に定め、その瞳には、見る者の心を凍らせるほどの、静けさと決意が宿っていた。


ブツリ!
腱と骨が、抵抗なく断ち切られる、鈍く、吐き気を催すような音だった。
かつて「帝国の盾」と謳われた「戦乙女」の両手が、その長剣と共に、力なく床へと落ちた。


「あああああああっ!!!」
人ならざる者のような絶叫が、アタナディの口から迸った。


「母上―――!!!」
遠くで倒れていたルグナが、絶望に満ちた叫びを上げた。

凄絶な激痛が、溶けた鉛のように神経を焼き切っていく。だが、その肉体的な苦悶は、魂の奥底から噴き上がる――屈辱に比べれば、物の数ではなかった。
(私は……『グランデ帝国の戦乙女』……)

しかし、今、その全てが終わった。誇り高き両手が、名も知れぬ若造の手によって、これほどまでに無残に、息子の目の前で、断ち斬られたのだ! この辱めは、死そのものよりも、耐え難い!

冷たい涙が、血と混じり合い、彼女の目尻から流れ落ちる。それは激痛への反応であると同時に、「戦乙女」としての誇りが完全に砕け散った、最後の悲鳴でもあった!
ところが、エドは彼女の屈辱に一片の興味も示さなかった。「戦乙女」の悲鳴など、彼の耳には、屠殺される家畜の断末魔と何ら変わりはなかった。
彼は、絶望に見開かれた紫の瞳が見つめる前で、一歩踏み出すと、その右手でアタナディの首を鷲掴みにした!

万力のような五指が、瞬時に締め上げられる!
アタナディの顔は見る間に紫へと変色し、ただ無力に痙攣させ、悶える。

「母上……母上……!」
壁際に崩れ落ちていたルグナが、地獄そのもののような光景を目の当たりにする。彼は、奥歯を砕けんばかりに噛み締め、震える両腕でその身を支えると、一寸、また一寸と、苦悶に満ちた動きで、エドの方へと這っていった。
柔らかく、豪奢な絨毯の上に、長く、屈辱的な血の跡が引かれていく。

ようやくエドの足元へと辿り着くと、彼は「どん」という鈍い音と共に、ありったけの力を込め、その額を、床へと強く、強く、打ち付けた!
熱い涙が鼻から流れる血と混じり合い、彼は死神と見紛うばかりの少年を見上げ、嗄れて、途切れ途切れで、塵芥のように卑屈な声で、最後の懇願を口にした。

「お願いします……母を……母をお助けください……」
「全ての罪は……この私がお受けします! どうか、ご慈悲を……母だけは……母だけは、お助けください……!」

エドは、アタナディの首を掴んだまま、見下ろすことさえしなかった。

ただ、その、何の混じり気もない氷の瞳で、その視界の端で、足元で額を擦り付け、涙と鼻水に塗れて、蟻のように無力な「公爵の息子」の姿を、捉えた。


その、あまりにも惨めで、あまりにも無力な姿が、不意に、彼の脳裏に、かつての自分自身の姿を、焼き付けた……。
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