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グランディ帝国編-第三章
第三話 「暴発の瀬戸際」
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貴婦人の嘲笑がまだ海風に掻き消えぬうちに、レブランカ伯爵夫人が優雅に手を上げ、絹の手袋で朱唇を隠した。
「あら、グロリア様、そうとも言えませんわ。この魔族の小娘たち、雪原の兎のように純真に見えますけれど、その牙には……街一つを麻痺させるほどの猛毒が塗られておりますのよ。ほほ……」
一瞬にして、隠そうともしない嘲笑が、捕虜の中から次々と湧き起こる。
最前列に立つ無名の少女は、嵐の目の中のようにぴくりとも動かない。だが、彼女の後ろに控える仲間たちは、それほど冷静ではいられない。怒りの魔力が空気を灼き、足元の石畳からは点々と火花が迸っていた。
典獄長はその様子を見て、顔の贅肉をぷるぷると震わせながら笑った。彼女はこの好機を逃さず、金属を擦り合わせるような甲高い声で、この嘲りの合唱に最も甲高いパートを捧げた。
「その通りですとも!」
「どうせ、毒を盛るような姑息な手段で勝っただけですものね。我ら偉大なる帝国が負けるはずがない! このような自作自演の芝居、我々のような『高貴』な人間には、とても真似できませぬな! ははははは!」
「この、クソが!」
ついに、堪えきれなくなった魔導団の少女の一人が爆発した。
「シャーリー、やめなさい!」
無名の少女が即座に制止する。
「アリシア様の命令を忘れたの!」
「だって……!」
シャーリーは怒りに全身を震わせ、今なお嘲笑を浮かべる貴族たちを指差した。
「あの女たちの言葉が聞こえなかったの!? 毒を盛ったのは私たちじゃないのに! これはセリーヌ統帥への侮辱よ! これ以上、どうやって耐えろって言うの!」
彼女の悲憤に満ちた叫びが、駱駝の背を折る最後の一藁となった。
「殺してやる!」
「思い知らせてやれ!」
シャーリーの怒りは病毒のように伝染し、一瞬にして、制御を失った数十の魔力が破滅の嵐と化し、監獄そのものを粉微塵にしようとしていた!
「ご覧なさい、皆様」
グロリアの声は愉悦に満ちていた。
「言ったでしょう? 可愛くも危険な野良猫ちゃんたち。少しからかってやれば、すぐに爪を立てる」
仲間たちが次々と怒りに呑まれていく様を、リーダーである無名の少女は静かに目を閉じて見ていた。再び目を開けた時、その氷のような青い瞳には、骨身に染みるほどの冷たさと、仲間が自制を失った現状への深い悲哀だけが残っていた。
「……いいでしょう」
彼女は静かに言った。その声からは感情が読み取れない。
「あなたたちがそうまで言うのなら、私も付き合う」
言葉が終わるか終わらないかのうちに、純粋で、極致たる冷気が、彼女の身体から轟然と放たれた!
荒れ狂っていた破滅の嵐が、その冷気の前に、まるで躾けられたペットのように瞬時に静まった。次の瞬間、鋭利極まりない、死の輝きを放つ数十本の氷の槍が、音もなく宙に出現し、貴族と典獄長一人一人の喉元、心臓、そして眉間を、寸分の狂いもなく捉えていた。その冷たい切っ先は、彼女たちの肌から、指一本分の距離もない。
狂ったように笑っていた貴族たちは、顔の表情を完全に凍りつかせ、呼吸さえ忘れている。初めて「死」というものの、まぎれもない手触りを感じていた。
彼女が一人で作り上げた絶対的な静寂の中、少女の声がはっきりと響き渡る。それは、仲間一人一人の魂を問いただすかのようだった。
「彼女たちを殺す? 簡単なことよ。――それで、どうするの?」
その氷の視線が、驚愕に動きを止めた仲間たちを射抜く。
「我々自身の手で、我々がずっと否定してきた嘘――『魔族は卑劣な毒を以てグランディを征服した』という嘘を、証明するとでも言うの!?」
その最後の一問は、冷水の一撃のように、仲間たちの頭上に燃え盛っていた怒りの炎を、根こそぎ消し去った。少女たちは互いに顔を見合わせ、その激昂した表情は、次第に戸惑いと、遅れてやってきた恐怖へと変わっていった。
「あら、グロリア様、そうとも言えませんわ。この魔族の小娘たち、雪原の兎のように純真に見えますけれど、その牙には……街一つを麻痺させるほどの猛毒が塗られておりますのよ。ほほ……」
一瞬にして、隠そうともしない嘲笑が、捕虜の中から次々と湧き起こる。
最前列に立つ無名の少女は、嵐の目の中のようにぴくりとも動かない。だが、彼女の後ろに控える仲間たちは、それほど冷静ではいられない。怒りの魔力が空気を灼き、足元の石畳からは点々と火花が迸っていた。
典獄長はその様子を見て、顔の贅肉をぷるぷると震わせながら笑った。彼女はこの好機を逃さず、金属を擦り合わせるような甲高い声で、この嘲りの合唱に最も甲高いパートを捧げた。
「その通りですとも!」
「どうせ、毒を盛るような姑息な手段で勝っただけですものね。我ら偉大なる帝国が負けるはずがない! このような自作自演の芝居、我々のような『高貴』な人間には、とても真似できませぬな! ははははは!」
「この、クソが!」
ついに、堪えきれなくなった魔導団の少女の一人が爆発した。
「シャーリー、やめなさい!」
無名の少女が即座に制止する。
「アリシア様の命令を忘れたの!」
「だって……!」
シャーリーは怒りに全身を震わせ、今なお嘲笑を浮かべる貴族たちを指差した。
「あの女たちの言葉が聞こえなかったの!? 毒を盛ったのは私たちじゃないのに! これはセリーヌ統帥への侮辱よ! これ以上、どうやって耐えろって言うの!」
彼女の悲憤に満ちた叫びが、駱駝の背を折る最後の一藁となった。
「殺してやる!」
「思い知らせてやれ!」
シャーリーの怒りは病毒のように伝染し、一瞬にして、制御を失った数十の魔力が破滅の嵐と化し、監獄そのものを粉微塵にしようとしていた!
「ご覧なさい、皆様」
グロリアの声は愉悦に満ちていた。
「言ったでしょう? 可愛くも危険な野良猫ちゃんたち。少しからかってやれば、すぐに爪を立てる」
仲間たちが次々と怒りに呑まれていく様を、リーダーである無名の少女は静かに目を閉じて見ていた。再び目を開けた時、その氷のような青い瞳には、骨身に染みるほどの冷たさと、仲間が自制を失った現状への深い悲哀だけが残っていた。
「……いいでしょう」
彼女は静かに言った。その声からは感情が読み取れない。
「あなたたちがそうまで言うのなら、私も付き合う」
言葉が終わるか終わらないかのうちに、純粋で、極致たる冷気が、彼女の身体から轟然と放たれた!
荒れ狂っていた破滅の嵐が、その冷気の前に、まるで躾けられたペットのように瞬時に静まった。次の瞬間、鋭利極まりない、死の輝きを放つ数十本の氷の槍が、音もなく宙に出現し、貴族と典獄長一人一人の喉元、心臓、そして眉間を、寸分の狂いもなく捉えていた。その冷たい切っ先は、彼女たちの肌から、指一本分の距離もない。
狂ったように笑っていた貴族たちは、顔の表情を完全に凍りつかせ、呼吸さえ忘れている。初めて「死」というものの、まぎれもない手触りを感じていた。
彼女が一人で作り上げた絶対的な静寂の中、少女の声がはっきりと響き渡る。それは、仲間一人一人の魂を問いただすかのようだった。
「彼女たちを殺す? 簡単なことよ。――それで、どうするの?」
その氷の視線が、驚愕に動きを止めた仲間たちを射抜く。
「我々自身の手で、我々がずっと否定してきた嘘――『魔族は卑劣な毒を以てグランディを征服した』という嘘を、証明するとでも言うの!?」
その最後の一問は、冷水の一撃のように、仲間たちの頭上に燃え盛っていた怒りの炎を、根こそぎ消し去った。少女たちは互いに顔を見合わせ、その激昂した表情は、次第に戸惑いと、遅れてやってきた恐怖へと変わっていった。
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