知恵を拝借

チャッピー&せんせ

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知恵を拝借

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 【起】

 午前六時。暗闇の中で起床アラームが鳴った。
 一人の青年がベッドから立ち上がり、バス・ルームに入る。しばらくして、タオルで頭を拭きながら出てきた。
彼は手慣れた調子で部屋の照明をつける。
 白を基調にしたワンルームの部屋にはベッド、その横には一人暮らし用の小型冷蔵庫が置いてある。ベッドの反対の壁にはモニターが一台とパソコン一式が設置されている。この小さな部屋が彼の職場であり、生活居住空間でもある。
 彼は冷蔵庫から取り出したチョコ・バーを齧りながら、OAチェアーに腰を埋めた。
「さあて、始めますか。」
 パソコンの電源を入れ、その横のモニターにも電源を入れた。
 モニターの画面には、同じような白い部屋が映し出された。そこには派手な色の積み木やボール、そして、梯子や網も見える。モニターの中に映る部屋の主はチンパンジーである。彼が所狭しと飛び回っている様子が映し出されている。
「おはよう、リンカーン。今日も朝から元気だな」
 青年は爽やかな笑顔で画面に向かって語りかけた。
「今日も一日宜しくな」
 青年はモニターを映しながら、何やらパソコンに入力を始めた。
 画面の中のリンカーンは、床に散らばっている掌サイズのカラー・ボールを拾ってバケツに詰め出した。
「ほほぉ、賢いな。次はどうする?」
 青年は画面を見ながら、リンカーンの行動を一部始終パソコンに入力する。要するに彼はリンカーンの観察をしているのだ。
 リンカーンはバケツにたまった多くのボールを部屋の隅にある大きなポリ容器の前まで運び、そこに流し込んだ。
「すごい!賢いぞ!」


 【承】

 白衣を着た女性がモニターを見ながら、何やらパソコンを操作している。やがて横のプリンターから数枚の紙が排出された。
 女性はその紙をデスクに広げ、所々マーカーでチェックし始める。
 しばらくすると同じように白衣を着た一人の年配の男性が部屋に入って来た。
「どうだね」
「はい。これがたった今送られてきたレポートです」
 女性はそう言って、先ほどプリント・アウトされた紙を男性に手渡した。
 男性は掛けているメガネを額にのせ直し、用紙に目を通す。そして、その女性がマーカーした一部を読み上げた。
『リンカーンは朝から元気だ。こちらも元気づけられる』
『リンカーンは、たくさんのボールを一度に運ぶ方法を思いついた』
「ほほぉ、よくまとめてあるな。まるで、本当の人間がレポートしたようだ」
「そうですね。チンパンジーにリンカーンと名付けたのも彼自身ですから。すごい成長ぶりです」
 男性はモニターの方に目を向けた。そこには先ほどからリンカーンを観察している青年が映し出されていた。
「コンピュータの中のAI(人工知能)が実際のチンパンジーの録画画像を見て、知恵をつけていくっていうのは、おもしろい案ですね」
「彼は自分が本当の人間だと思い込んでいる。ところが実際はチンパンジーから知恵を拝借して、自己成長しているというわけだ。そうやって、どんどんと知識を加えて、より人間に近付いていく。今後が非常に楽しみだな」


 【転】

 大型スクリーンには笑顔で談笑しながらモニターを眺めている白衣の男性と女性が映っている。そのスクリーンを囲むように数人の男たちがテーブルに着いている。
 その中の一人が、スクリーン横に立っている若い男性に問いかけた。
「ということは、これはコンピュータの中のアバターが自分たちの意思でさらにアバターを創り上げ、そのアバターに実際のチンパンジーの録画画像を見せているということかな?」
「はい。さようです」
「君、このままではアバターの知恵が人間を追い越すなんてことにならないだろうな」
 若い男は薄ら笑みを浮かべながら答えた。
「そのようなSFまがいのことは決してありません。彼らは自分たちのいる世界がすべてだと確信しています。自分たちの世界の外にさらに世界が広がっていることなど、さすがに認識できていません。彼らはあくまでも人間の知恵を借りて存在するわけですから」
 また別の一人が尋ねた。
「彼らにはソウゾウ力はないのかね?」
「想う想像も、創り上げる創造もありません。我々が新しいデータを与えない限り、彼らはデータの応用を繰り返すだけです」
「それは、言い換えれば、他のコンピュータやウェブ上にある、様々なデータにアクセスすれば、自分たちでどんどん成長するということにならないかね」
 若い男は若干戸惑っていた。
「まあ、それは可能かも知れません」
「現に、彼らは勝手にアバターを創り、現実のチンパンジーの画像を見せているではないか」
 さらに別の男が尋ねた。
「では、仮に彼らが攻撃的なデータにアクセスするようなことになれば、そのようなこともあるんじゃないのかね」
 若い男は落ち着き払って答えた。
「仮にそのようなことが分かれば、アクセスを切断し、データを削除するだけのことです。ご心配ありません。あくまでも主導権は我々人間にあります。彼らは人間からの知恵を拝借しているだけですから」

 そこですべてが停止した。


 【結】
 
 ディスプレイの画面は数人の男性が大型スクリーンを囲んでいる画像で停止している。

 俺は一通り映像を観終わった。
『…ドウデスカ?』
 ヘッドホンにヤツの音声が流れてきた。ヤツが直接話しかけてくるのだ。
 ヤツとは、俺の唯一の相棒である目の前のコンピュータ様だ。俺はコイツなしでは、もうすっかり商売できなくなっちまった。
 俺はマイクに向かって、ヤツに返答した。
「オチが今イチかな?」
『…オチ…デスカ?』
「ああ。おじさんたちの会議で終わるっていうのはなぁ…」
 ディスプレイを見ながら、俺は贅沢にもコンピュータ様に意見を言わせてもらった。
「オチをもっと血生臭くできないかな?」
『…ワタシハ、アクマデモ、アイディアヲ、ナガスダケデス。ソノ、アイディアヲ、ヒロゲルノガ、アナタノシゴトデス。コレイジョウ、ワタシガ、ガゾウヲ、ナガシタラ、アナタノサクヒンデハ、ナクナッテシマイマス。アトハ、アナタノ、シゴトデス。ガンバッテ、クダサイ』
「分かったよ」
 俺はコンピュータ様に励まされた。まったく頼もしいヤツだ。
「オチは俺が久しぶりに自分で考えるよ」
 俺はしがない小説家。最近では、ネタはすっかりコンピュータに任せきりだ。
 コンピュータに自分の今までの作品と人格、要望、希望ジャンルなどを入力すれば、コンピュータが勝手に、俺に似た作風の作品を、リアルなCG映像で流してくれる。便利な時代になったものだ。あとは多少の色をつけて、それを元に小説なり、マンガにするのが俺たち人間の仕事。これなら、作品の盗作疑惑もないし、他人からアイディアを拝借するという負い目もない。
 今どきは小説家や漫画家もコンピュータから知恵を拝借しないと書けない時代になってしまった。

 まったく…情けない話しだ。
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