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62話 ショウカ、頼みごとをし 華音、ミストと仲良くなる
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「ごふっ!? ごふごほっ!」
これはオーク(豚の顔をした人間型の魔物)の会話なのか? そうではない。
「ふぐ、ふががうぐ」
「あーあー。 大丈夫ですか? はいこれを飲んで」
「ん! んぐんぐ。 ぷはあっ」
「あれだけ落ち着いてゆっくりと手をつけてくださいねと言ったのに。 しばらく会わないうちに随分とせっかちになりましたか?」
呆れながらも、まずこうなるだろうと予測していたショウカは慌てず、笑いながら姉弟子のペンティアムに水を差し出した。
「ふーっ! ふーっ! だってこれ、これはおかしいでしょうよ!?」
「どうどう。 肉食獣みたいですから姉さん落ち着いて。 美味しくなかったですか?」
「わざとらしい。 美味しいわよ! こんな料理を出せるお店がここにあったら私は毎日通うわ! 所持金にも限界あるから値段にもよるけどね! でも、だからこそおかしいのよ、色々と」
ペンティアムは感激、感動しながらも狼狽、驚愕の表情で疑問を口にする。 しかしながらショウカに指摘されたように落ち着きは失われていた。
「このままでは姉さんがただのアホの子に見えてしまいます。 それで...... 何がわかりました?」
ショウカとペンティアムは別に特別な話をした訳ではない。 再度ショウカの経緯を水を飲み、食事をしながら説明しただけだ。 ショウカは鋭い目つきでペンティアムを見る。
「ガラスの容器に飲料用の水。 そしてこの食事。 普通の人ならとんでもないお金持ち! とか言って終わりそうだけれどね」
姉弟子のペンティアムもショウカの視線に応えるように口の周りを拭いながら鋭い目つきになり考えを言う。
「これ程のものを自分達が食べずに貴方に惜しげもなく渡した。 おそらく見ず知らずの私が食べる事になるのを分かっていて」
「ええ、まさにそう言われて渡されましたよ」
「持つ者は持たざる者を蔑む傾向がある中で、仕えている者の為にここまでの事をした? だとすると物にはあまり執着せず、礼を重んじる人物?」
ペンティアムはショウカの持参した物からその本来の持ち主の人物像を見抜こうとする。
「そして味が美味しいのに更に見た目にまでこだわった食事。 これは心に文化的な余裕というかゆとりがないとできないんじゃないかしら。 ......ううん違う。 色々ひっくるめても、なんかこう...... 私達とは一時代違うとか言った方がしっくりくる?」
「......一時代違う、ですか。 なるほど言い得て妙です。 さすが姉さん」
ショウカもペンティアムの最後の言葉に少し驚くもののどこか嬉しそうだ。
「更に戦闘にも秀でている上にこういった謎の概念を知ってさえいるって...... 本当に人間?」
「はい、まさに理想の君主像です」
「......ぃ」
「え? 姉さん今なんと?」
台詞を聞き取れなかったショウカがペンティアムに確認する。
「ずるいって言ったのよ! 何よそれまるで理想郷じゃないの!」
「ちょ! 姉さんご乱心ですか?」
「乱心したくもなるわよそりゃあ! 今まで私が苦労して辿りついた段階を一足とびに越えて行ってくれちゃってるし! それでいてこんな快適ライフ? いっそ私もそこに住みたい! ......そうよ。 連れて行きなさいよショウカ!」
「え、ええ!? それは困ります」
「なんで困るのよ! 貴方が説明してくれれば一人くらい増える事は可能でしょ? 役に立つわよ、私!」
まるで駄々っ子になっているペンティアムを宥めるようにショウカは言う。
「確かに姉さんの言う通り、説明すればわが君...... 朋広様達なら受け入れてくれるでしょうが、それでは私が困るのです」
「別に貴方の立場を奪ったりはしないから心配はいらないわよ。 あ、それともまさか。 ......私と一緒には居たくない。 から?」
自分の言葉でダメージを受けるペンティアム。 それをショウカは慌てて否定する。
「違います違います! 姉さんが来てくれるのは私も賛成なのです。 しかし......」
「しかし?」
「今の私達にはある欠点が存在しており、それを克服する為にもまだ姉さんにはこの地でしていただきたい事があるのです」
その時のショウカの表情は国を支える才があると評価された男のそれだった。 ペンティアムはショウカの放つ雰囲気に思わずゴクリと唾を飲み込むと......
「聞きましょう」
姿勢を正してそう答えた。 内心、本気で支えられる場所を見つけた弟弟子の境遇を喜びながら。
~城のバルコニー~
「あ、あれ?」
その少女は見慣れた場所でポカンとしていた。
「大丈夫? 危ない所だったねー」
その少女の目の前には華音がいて、手には少女が持っていた棒の袋の口の部分を握っている。 その姿を確認して少女は自分の身に何が起きたか思い出した。
「あ...... 私、猫さんを助けようとして」
バルコニーからの転落。 しかし確かに落ちたはずなのに現在はバルコニーの上にいた。 少女は目の前の少女に助けられたのだと理解する。
「あなたが精霊さん...... ですか?」
「え? 華音は人間だよ? あなたが落ちようとしてたの見ちゃって慌てて助けたんだけど、勝手にお城に入っちゃって大丈夫だったかなー?」
「え? 人間ですか? 勝手に? ち、ちょっと待ってくださいね」
その少女は自分が予想した展開になってはおらず困惑し、落ちる直前の自分の行動を振り返った。
「私は落ちる直前、ライミーネ先生から譲られた魔法の道具『精霊石』を掲げて私と猫さんを助けてと願いました」
少女は今はネックレスのない胸元に手を置いて確認をする。 ライミーネの説明によれば石の中に封じられている精霊が呼び出した者の力になってくれるとの事だった。 少女は自分の身体が支えきれなくなった時、ネックレスとなっていたその『黒い』精霊石を掴み、首からかけていた鎖を引きちぎり願いを唱えながら空中に掲げたのだ。 だからこそ目の前に精霊ではなく人間がいる事に困惑し動揺もしていた。
華音の方はと言えば、王城前から一瞬で駆けつけ、空中でまずは落下している袋つきの棒を右手で掴み、何故か少女の手から投げられ(華音にはそう見えた)落下を始めたネックレスを袋で掬い、左手一本で落下中の少女を小脇に抱え、右手は返す刀のように猫さんを袋の中に確保して口の部分を握り、そのままバルコニーに着地するという芸当をやってのけていた。 助けた少女は華音と背格好もそんなにかわらないのだが。
「とりあえず私の名前は洞口華音。 華音でいいよ。 ところでこの猫ちゃんどうしよう? ここに出してもいいの?」
右手に袋を掲げた華音がニッコリ微笑む。
「あ、はい。 助けていただきありがとうございます。 私はミストと申します。 猫さんはそこへ」
助けた少女、ミストが華音に礼を述べ猫さんを解放させようとした時、袋の中の猫さんが暴れ始めた。
『いつまで俺をこんなとこに閉じ込めておく気だ! さっさと出しやがれ!』
「え゛!?」
「きゃあっ!」
驚いたのは華音とミストである。 華音は思わず持っていた袋から手を離してしまい、袋はバルコニーの床に落下した。
「いてぇ!」
袋の中には猫さんがいるはずなのだが、聞こえてくる声はとても猫さんのものとは思えない。 というか猫さんは喋らないし。 二人の少女も何が出てくるのかとおっかなびっくり見守っている。
「全く、冗談じゃねぇぞ。 何なんだ一体」
そして文句を言いながら袋の中から姿を現したのは......
猫さんのような足! 猫さんのような尻尾! そして猫さんのような顔! を持つ生き物 ......つまり猫さんだった。
「「きゃあ! 猫さん(ちゃん)がしゃべってる! 可愛い!」」
二人の少女はその愛くるしさに思わず近寄ろうとする。 が、
「おっとそれ以上近付くなよ」
それを猫さんが制止させて距離をとるという構図が出来上がった。
「お前ら。 喋る猫に平気で近付こうとするとか正気か? 俺様がいうのもなんだが、まずは警戒しやがれ」
「そ、そうですね。 すみません」
「だって可愛いは正義だし!」
猫さんに説教されてミストは素直に認め、華音は反論する。
「可愛いは正義? 意味は分からんがとりあえず本題にはいらせてもらうぜ。 誰が俺様を猫の姿にしやがった?」
「「?」」
二人の少女が顔を見合わせてきょとんとしている姿を見て猫さんが叫ぶ。
「しらばっくれようとしても無駄だぞ! これを見やがれ! 見覚えないとは言わせねぇ! おかげで俺様は猫に宿るはめになっちまった!」
猫さんは器用に二本足で立ち上がるとそのお腹には黒い精霊石が付いているのが見えた。 鎖の方はまるで猫の首輪をあつらえたかのようにそのまま首輪になっている。
「やっぱり可愛い。 でも語尾にニャって言わないんだねー」
「あ! その石は。 じゃ、じゃああなたが精霊様なんですか?」
「は? 精霊?」
ミストの言葉に今度は猫さんの方が立ったままきょとんとなった。
「俺様は『人工霊体』に決まってるだろうが。 製作者には『三号』と呼ばれていたけどな。 それがなんで精霊なんてことになってるんだ? まぁ、猫の姿なのは不本意だが、封印から解き放ってくれた事には礼を言うぜ」
「ふ、封印? 精霊じゃない? だとすると...... な、なにかまずいものでしたか? ラ、ライミーネ先生...... え?」
ミストが青くなる。 華音はすぐさまミストと三号の間に割って入り言う。
「よく分からないけどこの子に何かしようってんなら華音が相手だよ?」
華音は瞳に金色の光を宿す。 ミストからは見えないが、今度はそれを見た三号がたちまち青くなって両手(猫)をブンブン振る。
「わーっ! 待て待て早まるな! 俺は何もするつもりはねぇよ! 大体俺を消すならわざわざ呼び出さなくても方法はいくらでもあっただろうが。 製作者の一族がなんでこんな手間をかけたのかは分からないが......」
「へ? なにそれ?」
「へ?」
「私も存じあげません」
二人と一匹の間に微妙な空気が流れた。
「お前らあの偉ぶった神族じゃねぇの? どっちからも魔力は感じられるが...... うん? 俺の知っている魔力とは質が違うか? お前ら一体何もんだ?」
「なんと言いましたか、今!?」
ミストが目を見開いてくいつく。
「うぉ! 質問したのはこっち」
「いいから答えてください!」
「お前ら何もんだって」
「その前です!」
「そ、その前? 魔力の質が違うとかって」
「魔力! それは私と華音様の事ですか!?」
「あ、ああ、あんたはともかくそっちの嬢ちゃんの魔力量は桁が違う」
「え、ええ? で、では華音様はひょっとして魔法が使えたりするのでしょうか?」
華音はどう答えるべきか悩んだものの、
「えへへ。 まだ照明魔法だけなんだけどねー」
同年代の女の子と話せて嬉しくなったのか、軽く照明魔法を披露してみせた。
「わ、私も少しなら使えるんです」
ミストはそう言ってこぶし位の大きさの氷を出現させる。 ミストと華音は同年代という事もあり、お互いがお互いをよくしらないままこれを機に一気に仲良くなったが、その間三号は蚊帳の外だ。
(おいおい冗談じゃねぇぞ。 氷の嬢ちゃんは別に大した程でもねぇが、こっちの嬢ちゃんは光だと!? それに加えてこの魔力量は異常だろうが!)
三号は内心冷や汗をかきはじめた。 自分が何かとんでもない目的で呼び出され使役されるのではないかと。
(今の俺じゃこの光の嬢ちゃんには絶対勝てねぇ。 となると言いくるめて俺に有利な条件に持っていくしかねぇな)
「おい、そろそろいいか? こっちも色々聞きたい事があるんだが」
「あ、はい。 なんでしょう?」
「俺はいったい何の目的があって猫に憑依させられた姿で呼び出されたんだ?」
「......実は、大変言いにくいのですが」
「お、おう」
「屋根から落ちそうになっていた猫さんを助けていただきたかったのです。 ま、まぁ、私も落ちかけたので私も助けていただきたかったのですけど」
「猫だぁ!? お嬢ちゃんは落ちてないようだが...... で、その猫ってのは? そもそもそれだけなら俺まで猫にする必要はなかったんだがなぁ」
三号はミストの手が自分を指しているので自分の後ろを見る。 何もない。 前を見る。 ミストの姿勢は変わっていない。
「! まさかこの猫か!? なんで助けたい猫に俺を憑依させてんだよ! この猫落ちる前からすでに死にかけだったとかか?」
そこでミストと華音がお互いどういう行動を取ったか説明する。 その結果...... 現場にはワナワナと震えながら仁王立ちする猫がいた。
「お前ら馬鹿だろ! 最初から俺様の取り扱い方法間違ってんじゃねーか! お前らあれか。 商品買っても説明書読まないクチか!」
「わ、私はライミーネ先生に教わった方法で」
「華音は全員をここに運んだだけだよー」
「うっさい! どうして俺様がこうなったか説明してやるから正座しろ! そこ正座!」
バルコニーで仁王立ちした猫に正座させられ怒られるミストと華音。 それは、同じ頃朋広達がぶつかった問題に比べれば、微笑ましい光景と言えた。
これはオーク(豚の顔をした人間型の魔物)の会話なのか? そうではない。
「ふぐ、ふががうぐ」
「あーあー。 大丈夫ですか? はいこれを飲んで」
「ん! んぐんぐ。 ぷはあっ」
「あれだけ落ち着いてゆっくりと手をつけてくださいねと言ったのに。 しばらく会わないうちに随分とせっかちになりましたか?」
呆れながらも、まずこうなるだろうと予測していたショウカは慌てず、笑いながら姉弟子のペンティアムに水を差し出した。
「ふーっ! ふーっ! だってこれ、これはおかしいでしょうよ!?」
「どうどう。 肉食獣みたいですから姉さん落ち着いて。 美味しくなかったですか?」
「わざとらしい。 美味しいわよ! こんな料理を出せるお店がここにあったら私は毎日通うわ! 所持金にも限界あるから値段にもよるけどね! でも、だからこそおかしいのよ、色々と」
ペンティアムは感激、感動しながらも狼狽、驚愕の表情で疑問を口にする。 しかしながらショウカに指摘されたように落ち着きは失われていた。
「このままでは姉さんがただのアホの子に見えてしまいます。 それで...... 何がわかりました?」
ショウカとペンティアムは別に特別な話をした訳ではない。 再度ショウカの経緯を水を飲み、食事をしながら説明しただけだ。 ショウカは鋭い目つきでペンティアムを見る。
「ガラスの容器に飲料用の水。 そしてこの食事。 普通の人ならとんでもないお金持ち! とか言って終わりそうだけれどね」
姉弟子のペンティアムもショウカの視線に応えるように口の周りを拭いながら鋭い目つきになり考えを言う。
「これ程のものを自分達が食べずに貴方に惜しげもなく渡した。 おそらく見ず知らずの私が食べる事になるのを分かっていて」
「ええ、まさにそう言われて渡されましたよ」
「持つ者は持たざる者を蔑む傾向がある中で、仕えている者の為にここまでの事をした? だとすると物にはあまり執着せず、礼を重んじる人物?」
ペンティアムはショウカの持参した物からその本来の持ち主の人物像を見抜こうとする。
「そして味が美味しいのに更に見た目にまでこだわった食事。 これは心に文化的な余裕というかゆとりがないとできないんじゃないかしら。 ......ううん違う。 色々ひっくるめても、なんかこう...... 私達とは一時代違うとか言った方がしっくりくる?」
「......一時代違う、ですか。 なるほど言い得て妙です。 さすが姉さん」
ショウカもペンティアムの最後の言葉に少し驚くもののどこか嬉しそうだ。
「更に戦闘にも秀でている上にこういった謎の概念を知ってさえいるって...... 本当に人間?」
「はい、まさに理想の君主像です」
「......ぃ」
「え? 姉さん今なんと?」
台詞を聞き取れなかったショウカがペンティアムに確認する。
「ずるいって言ったのよ! 何よそれまるで理想郷じゃないの!」
「ちょ! 姉さんご乱心ですか?」
「乱心したくもなるわよそりゃあ! 今まで私が苦労して辿りついた段階を一足とびに越えて行ってくれちゃってるし! それでいてこんな快適ライフ? いっそ私もそこに住みたい! ......そうよ。 連れて行きなさいよショウカ!」
「え、ええ!? それは困ります」
「なんで困るのよ! 貴方が説明してくれれば一人くらい増える事は可能でしょ? 役に立つわよ、私!」
まるで駄々っ子になっているペンティアムを宥めるようにショウカは言う。
「確かに姉さんの言う通り、説明すればわが君...... 朋広様達なら受け入れてくれるでしょうが、それでは私が困るのです」
「別に貴方の立場を奪ったりはしないから心配はいらないわよ。 あ、それともまさか。 ......私と一緒には居たくない。 から?」
自分の言葉でダメージを受けるペンティアム。 それをショウカは慌てて否定する。
「違います違います! 姉さんが来てくれるのは私も賛成なのです。 しかし......」
「しかし?」
「今の私達にはある欠点が存在しており、それを克服する為にもまだ姉さんにはこの地でしていただきたい事があるのです」
その時のショウカの表情は国を支える才があると評価された男のそれだった。 ペンティアムはショウカの放つ雰囲気に思わずゴクリと唾を飲み込むと......
「聞きましょう」
姿勢を正してそう答えた。 内心、本気で支えられる場所を見つけた弟弟子の境遇を喜びながら。
~城のバルコニー~
「あ、あれ?」
その少女は見慣れた場所でポカンとしていた。
「大丈夫? 危ない所だったねー」
その少女の目の前には華音がいて、手には少女が持っていた棒の袋の口の部分を握っている。 その姿を確認して少女は自分の身に何が起きたか思い出した。
「あ...... 私、猫さんを助けようとして」
バルコニーからの転落。 しかし確かに落ちたはずなのに現在はバルコニーの上にいた。 少女は目の前の少女に助けられたのだと理解する。
「あなたが精霊さん...... ですか?」
「え? 華音は人間だよ? あなたが落ちようとしてたの見ちゃって慌てて助けたんだけど、勝手にお城に入っちゃって大丈夫だったかなー?」
「え? 人間ですか? 勝手に? ち、ちょっと待ってくださいね」
その少女は自分が予想した展開になってはおらず困惑し、落ちる直前の自分の行動を振り返った。
「私は落ちる直前、ライミーネ先生から譲られた魔法の道具『精霊石』を掲げて私と猫さんを助けてと願いました」
少女は今はネックレスのない胸元に手を置いて確認をする。 ライミーネの説明によれば石の中に封じられている精霊が呼び出した者の力になってくれるとの事だった。 少女は自分の身体が支えきれなくなった時、ネックレスとなっていたその『黒い』精霊石を掴み、首からかけていた鎖を引きちぎり願いを唱えながら空中に掲げたのだ。 だからこそ目の前に精霊ではなく人間がいる事に困惑し動揺もしていた。
華音の方はと言えば、王城前から一瞬で駆けつけ、空中でまずは落下している袋つきの棒を右手で掴み、何故か少女の手から投げられ(華音にはそう見えた)落下を始めたネックレスを袋で掬い、左手一本で落下中の少女を小脇に抱え、右手は返す刀のように猫さんを袋の中に確保して口の部分を握り、そのままバルコニーに着地するという芸当をやってのけていた。 助けた少女は華音と背格好もそんなにかわらないのだが。
「とりあえず私の名前は洞口華音。 華音でいいよ。 ところでこの猫ちゃんどうしよう? ここに出してもいいの?」
右手に袋を掲げた華音がニッコリ微笑む。
「あ、はい。 助けていただきありがとうございます。 私はミストと申します。 猫さんはそこへ」
助けた少女、ミストが華音に礼を述べ猫さんを解放させようとした時、袋の中の猫さんが暴れ始めた。
『いつまで俺をこんなとこに閉じ込めておく気だ! さっさと出しやがれ!』
「え゛!?」
「きゃあっ!」
驚いたのは華音とミストである。 華音は思わず持っていた袋から手を離してしまい、袋はバルコニーの床に落下した。
「いてぇ!」
袋の中には猫さんがいるはずなのだが、聞こえてくる声はとても猫さんのものとは思えない。 というか猫さんは喋らないし。 二人の少女も何が出てくるのかとおっかなびっくり見守っている。
「全く、冗談じゃねぇぞ。 何なんだ一体」
そして文句を言いながら袋の中から姿を現したのは......
猫さんのような足! 猫さんのような尻尾! そして猫さんのような顔! を持つ生き物 ......つまり猫さんだった。
「「きゃあ! 猫さん(ちゃん)がしゃべってる! 可愛い!」」
二人の少女はその愛くるしさに思わず近寄ろうとする。 が、
「おっとそれ以上近付くなよ」
それを猫さんが制止させて距離をとるという構図が出来上がった。
「お前ら。 喋る猫に平気で近付こうとするとか正気か? 俺様がいうのもなんだが、まずは警戒しやがれ」
「そ、そうですね。 すみません」
「だって可愛いは正義だし!」
猫さんに説教されてミストは素直に認め、華音は反論する。
「可愛いは正義? 意味は分からんがとりあえず本題にはいらせてもらうぜ。 誰が俺様を猫の姿にしやがった?」
「「?」」
二人の少女が顔を見合わせてきょとんとしている姿を見て猫さんが叫ぶ。
「しらばっくれようとしても無駄だぞ! これを見やがれ! 見覚えないとは言わせねぇ! おかげで俺様は猫に宿るはめになっちまった!」
猫さんは器用に二本足で立ち上がるとそのお腹には黒い精霊石が付いているのが見えた。 鎖の方はまるで猫の首輪をあつらえたかのようにそのまま首輪になっている。
「やっぱり可愛い。 でも語尾にニャって言わないんだねー」
「あ! その石は。 じゃ、じゃああなたが精霊様なんですか?」
「は? 精霊?」
ミストの言葉に今度は猫さんの方が立ったままきょとんとなった。
「俺様は『人工霊体』に決まってるだろうが。 製作者には『三号』と呼ばれていたけどな。 それがなんで精霊なんてことになってるんだ? まぁ、猫の姿なのは不本意だが、封印から解き放ってくれた事には礼を言うぜ」
「ふ、封印? 精霊じゃない? だとすると...... な、なにかまずいものでしたか? ラ、ライミーネ先生...... え?」
ミストが青くなる。 華音はすぐさまミストと三号の間に割って入り言う。
「よく分からないけどこの子に何かしようってんなら華音が相手だよ?」
華音は瞳に金色の光を宿す。 ミストからは見えないが、今度はそれを見た三号がたちまち青くなって両手(猫)をブンブン振る。
「わーっ! 待て待て早まるな! 俺は何もするつもりはねぇよ! 大体俺を消すならわざわざ呼び出さなくても方法はいくらでもあっただろうが。 製作者の一族がなんでこんな手間をかけたのかは分からないが......」
「へ? なにそれ?」
「へ?」
「私も存じあげません」
二人と一匹の間に微妙な空気が流れた。
「お前らあの偉ぶった神族じゃねぇの? どっちからも魔力は感じられるが...... うん? 俺の知っている魔力とは質が違うか? お前ら一体何もんだ?」
「なんと言いましたか、今!?」
ミストが目を見開いてくいつく。
「うぉ! 質問したのはこっち」
「いいから答えてください!」
「お前ら何もんだって」
「その前です!」
「そ、その前? 魔力の質が違うとかって」
「魔力! それは私と華音様の事ですか!?」
「あ、ああ、あんたはともかくそっちの嬢ちゃんの魔力量は桁が違う」
「え、ええ? で、では華音様はひょっとして魔法が使えたりするのでしょうか?」
華音はどう答えるべきか悩んだものの、
「えへへ。 まだ照明魔法だけなんだけどねー」
同年代の女の子と話せて嬉しくなったのか、軽く照明魔法を披露してみせた。
「わ、私も少しなら使えるんです」
ミストはそう言ってこぶし位の大きさの氷を出現させる。 ミストと華音は同年代という事もあり、お互いがお互いをよくしらないままこれを機に一気に仲良くなったが、その間三号は蚊帳の外だ。
(おいおい冗談じゃねぇぞ。 氷の嬢ちゃんは別に大した程でもねぇが、こっちの嬢ちゃんは光だと!? それに加えてこの魔力量は異常だろうが!)
三号は内心冷や汗をかきはじめた。 自分が何かとんでもない目的で呼び出され使役されるのではないかと。
(今の俺じゃこの光の嬢ちゃんには絶対勝てねぇ。 となると言いくるめて俺に有利な条件に持っていくしかねぇな)
「おい、そろそろいいか? こっちも色々聞きたい事があるんだが」
「あ、はい。 なんでしょう?」
「俺はいったい何の目的があって猫に憑依させられた姿で呼び出されたんだ?」
「......実は、大変言いにくいのですが」
「お、おう」
「屋根から落ちそうになっていた猫さんを助けていただきたかったのです。 ま、まぁ、私も落ちかけたので私も助けていただきたかったのですけど」
「猫だぁ!? お嬢ちゃんは落ちてないようだが...... で、その猫ってのは? そもそもそれだけなら俺まで猫にする必要はなかったんだがなぁ」
三号はミストの手が自分を指しているので自分の後ろを見る。 何もない。 前を見る。 ミストの姿勢は変わっていない。
「! まさかこの猫か!? なんで助けたい猫に俺を憑依させてんだよ! この猫落ちる前からすでに死にかけだったとかか?」
そこでミストと華音がお互いどういう行動を取ったか説明する。 その結果...... 現場にはワナワナと震えながら仁王立ちする猫がいた。
「お前ら馬鹿だろ! 最初から俺様の取り扱い方法間違ってんじゃねーか! お前らあれか。 商品買っても説明書読まないクチか!」
「わ、私はライミーネ先生に教わった方法で」
「華音は全員をここに運んだだけだよー」
「うっさい! どうして俺様がこうなったか説明してやるから正座しろ! そこ正座!」
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ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
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