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70話 シロッコ、戦いの決着

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 浜辺での戦いが始まっていた。
 サイズで言えば捕食する側とされる側だ。
 どう見てもエサが抵抗しているようにしか見えず神の苦戦は免れないと思われたのだが......

「か......神とはこれほどか」

 魚人の族長が声を震わせる。

「かみさますごい! これほどのもの!」
「「「「かみさまがんばれ!」」」」

 モーリンとその姉妹も大興奮していた。

「さ、最初から私などがどうにか出来るお方ではなかったのですね」

 シロッコに軽くあしらわれた補佐の魚人までもが興奮している。

「戦いの場を浜辺に限定した事で魔蛸の行動を大幅に制限出来たのもあるのだろうが......」

 族長も下手をすれば魔蛸による魚人の踊り食い会場から冷静に解説できる状態になっていた。

 シロッコと魔蛸の戦いの最中、魔蛸の触腕が何回か避難所を襲ったが打撃、巻き付きその他全ての攻撃が結界に阻まれ無効に終わる。
 最初は悲鳴をあげたりもしていた魚人達であったが、シロッコが無事なら結界がどうにかなるような事はないと学ぶ。

 そして肝心のシロッコの無事に関しては結界より心配いらないだろうとの判断に落ち着いた。

「これが完全な陸上の生物なら巻き付かれて水中に引き込まれればそれで終わってしまうだろう。
 しかし神は水中でも窒息の心配はないし、それ以前に魔蛸の触腕で捕らえきれていない」
「水中で濡れていない相手と戦うのはすごく違和感ありましたけど」

 族長と補佐の会話をよそに魔蛸とシロッコの戦いは続く。

「この魔蛸の戦い方は本能前面じゃなぁ。
 暴走したアリマの状態に近いか」

 近付く触腕を避ける。
 触腕は地面を叩くがその巨大さゆえ上がる水柱も大きい。
 シロッコは捕まえに来る触腕だけは見切って避けていた。

「水中ならば全部の足を使えたんじゃろうが、その巨体が仇になっておるの」

 浮力のない陸上ではどうしても巨体を支える必要がある。その為攻撃に使える本数が減るのだ。
 だが蛸は本来適応力と知性が高い生物。

 魔蛸は姿勢を低くし触腕の付け根部分で身体を支え、全ての触腕で海面を叩きつけた! 
 大量の海水や砂などが舞い上がりシロッコも魚人も視界を奪われる。

「ぬ!?」

 シロッコが警戒したのはこの水や砂の壁を突き破ってくる触腕での攻撃。
 だが予想に反して攻撃は来なかった。
視界がよくなっていく......

「ぬ?」
「え!?」

 そこに魔蛸の姿はなかった。魔蛸はこれらを目眩ましに使ったのだ。

「マダコにげた!」
「なんという......」
「かみさまかった!」

 マーリン達が騒ぐ。魔蛸は姿を消していた。

「ちょっと待たぬかお主ら! 
 これぐらいの事はすぐ気付かんと本気で滅ぶぞ?」

 確かに姿は消えていたが、変わりにさっきまで魔蛸のいた場所には巨大な岩が忽然と姿を現している。
 シロッコはマーリン達に注意喚起して持っていた銛を岩の頂上めがけて投げた。
 銛は見事に狙った場所に突き刺さる。

「ウォォォン!!」

 岩が暴れだした。いや、魔蛸が擬態を解いたのだ。

「マダコいた! にげてなかった!」
「きゃあ! いわじゃない!」
「ひどい! ずるい!」

 マーリン達が再び騒ぐ。
 魔蛸は姿勢を低くして先程と同じく海面を触腕で叩きつける! 大量の海水や砂が舞い上がり視界が悪くなった。

「ぬ!?」
「また?」

 シロッコは今度こそ攻撃がくると予想してアイテムボックスから矛を出して身構える。
 だがまたもや攻撃は来ない。そして魔蛸は姿を消していた。

「マダコきえた! いわもない!」
「こんどこそにげた!?」
「きっとうみにばけた!」
「落ち着けお前達」

 今度は族長がマーリン達をたしなめている。

「......なるほど神の儂に知恵比べを挑んだか? 一度目はフェイクじゃったか」

 シロッコは矛の柄の方を地面に刺す。

「一度目で海水を汚し、二度目の目眩ましを効果的にする。
 更にわざと擬態を見抜かせ、二度目は本当に逃走したと思わせる。
 いや、思わずともまた擬態を疑い意識は周辺に釘付けになるかもしれんな」

 シロッコは雷の魔法を使う為右手に魔力を集中させ始めた。

「蛸は全身ほぼ筋肉なんじゃろう? 儂が捕まるのを避けたのはその力が未知数じゃったからじゃが」

 シロッコの目線は下を見ている。

「族長。神はなぜ足元を? 魔蛸の大きさはすでにお分かりのはず」
「わ、私にもわからぬ。
 神のあの様子から魔蛸は逃げた訳ではないのだろうとしか」
「きっとうみのそこにばけた!」
「ひらべったくなってこうげきしてくる」
「したからくるよ。きをつけて!」

 海に精通した魚人達にとっても魔蛸のとった行動は理解できないようだ。
 シロッコの行動も理解できていないようだが。
 この時点で神と魔蛸の戦いは魚人の理解をこえるものになった。

「ましてやその筋力を水棲生物が空を跳ぶ為に使うなどとは誰も......思わぬよなぁ?」
「「「!?」」」

 シロッコは地面に投影される巨大な魔蛸の影を探していたのだ。
 魚人達はシロッコの言葉に驚き一斉に空を見上げる!

「ま、まぶしい!」
「マダコどこ!」
「! 神が空を見上げなかったのはこれが理由か!」

 十メートル級の全身筋肉の塊が跳びあがるのだ。結構な高さになるだろう。
 慌てて空を見上げたら魚人達のようになりそこを攻撃される。
 身体に潰されただけでも即死させる破壊力があるだろう。

 また結果的にとは言え飛竜達を上空に退避させていなかったのも正解だった。
 この予想外な行動を中途半端な高度にいる飛竜に向けられたら、大きさで凌駕されている飛竜達ではなす術がなかったかも知れない。

 それは魔蛸が上空の獲物を捕食できる可能性を示していた。

 地面にはっきりと影を確認してシロッコは顔をあげる。
 魔蛸は全ての触腕を目一杯広げてシロッコ、魚人、飛竜全てを捕獲しようとするかの様に落下してきた。

「蛸が投網とは中々洒落がきいておるわい」

 シロッコは魚人達に耳を塞ぐように伝え雷の魔法を魔蛸ではなく突き立てた矛に向かって水平に放つ。
 凄まじい轟音と共に雷はミスリルの矛の先から無数に枝分かれし、魔蛸に刺さっているミスリルの銛に引っ張られる様に上空へほとばしった!

「ま、まるでいかずちの樹......」

 族長はこう言ったが自然界においては『雷樹』と呼ばれている現象である。

 全身で網と化した魔蛸とシロッコの放った雷の網が交錯するが空中にいる魔蛸にこれは避けようもなく抗いようもない。
 大きな悲鳴をあげてそのまま地面に落下した。

「お、おお!」
「こんどこそかみさまかった!」
「かみさまつよい!」
「かみさまありがとう!」

 魚人達から歓声があがる。
 シロッコは魔蛸に近付く。 魔蛸は痙攣しながらも動こうとしていた。

「生命力も強かったはずじゃな」

 魔蛸はその位置でばればれな擬態をしようとする。
 シロッコが更に近付いた時シロッコを何かの影が覆う。

「!?」

 シロッコは咄嗟にその物体を......アイテムボックスに収納した。

「きゃあ!」

 同時に魚人の悲鳴。

「び、びっくりしたぁ」

 見れば結界に大きな岩が乗っかっている。

「何? なぜ岩が?」

 シロッコは言いながら先程収納した物を出す。
 やはりそれも岩だった。

「まさか......お主の仕業か」

 魔蛸は空中に跳びあがる時に海中から岩を二つ掴んでおり、それを空中でさらに上空へと放り投げていたのである。
 一度目の地面を叩いた行動は適当な大きさの岩を探す狙いもあったのだ。
 
 結果的には結界の防御力とシロッコの機転(神仕様のアイテムボックス)で失敗に終わった訳だが、これだけのアイデアとそれを即実行した応用力にシロッコは感心した。

「最後のあからさまな擬態は儂を岩の落下点に誘導するためか。
 まさかそんな事まで考えておったとは......」

 そしてシロッコは魔蛸に対して言った言葉を訂正する。

「戦い方が本能的などと言って悪かった。
 最後は見事な程陸上に適応した戦いになっておったぞ。
 これは確かに生半可な存在では勝てぬだろうよ」

 魔蛸の方は弱々しくもすでに死を覚悟したかのような瞳でシロッコを見つめていた。
 シロッコは疑問に思う。

「お主......何度も逃げるチャンスはあったはずじゃ。
 なぜ逃げなかった?」

 それだけの判断が出来てなぜ退くという選択肢を選ばなかったのか。

 妙に魔蛸の行動が気になったシロッコは以前エメラルドグリーンの鳥に試した力を応用して魔蛸に行使した。
 言葉の概念が加えられているのだ。
 一時的なものとは言えシロッコは先程の内容を再び魔蛸に語りかける。

「サンラン......コドモノタメノエイヨウ......ヲ」
「な、なんじゃと? お主雌で身重だったのか!?」

 シロッコは慌てて魔蛸に回復魔法を使用した。魔蛸に元気が少し戻る。
 どうやら逃げ出す気配はないようだ。

「ちょっとそこで待っておれ」

 シロッコは魔蛸にそう言い魚人達の所へ行く。
 族長達が姿勢を正して出迎える。

「神よ。我らを魔蛸から救っていただきありがとうございます」
「かみさまありがとう!」
「あの魔蛸はまだ生きているようですが、これから止めを差すのでしょうか?」
「あー......うむ。それなんじゃが......」

 シロッコは魔蛸の助命を考え、訳の分からない力に支配され自我を失い魚人達を襲っていた事にしようかとしたものの、それでは信頼してくれた魚人達を裏切る気がして全てを正直に話す事に決めた。
 
「神様。私達の事を考えてくれて感謝いたします。ですが我等も本来海の理の中で生きる者。
 神様の思うようにされていただいてかまいません」
「もうこのマダコにはおそわれない?
 ならわたしたちもこわくなくなるからへいき」

 本来なら強き者が繁栄の為に弱い者を食料にするのは自然の摂理。
 それを曲げてくれた神なのだから、本来の形になってもなんら恨むところなどない。
 思うようになされませ。と言うのである。

 さらに族長は魚人がシロッコに協力できる事があるならば喜んで全力で支援しますとも約束してくれた。

「うーむ。ここまで清々しいとはな。人どもにも見習わせたいもんじゃ」

 シロッコは嬉しくなる。

「お主らの気持ちには神である儂すら頭が下がる。じゃが今のところは頼みたい事も......」

 その時シロッコにアイデアが浮かんだ。

「そうじゃ! この様子ではお主らには魔蛸以外にも天敵がおるのではないか? お主らさえよければ儂が新しい海を進呈させてもらうぞ」
「......え......えええ!?」

 魚人達はシロッコが期待した通りすごく驚いた表情をしていた。
 まぁ、普通ならば生涯において海が進呈される出来事などないだろうから無理もない。


~王城~

 ミストの部屋には今までなかった物が大量に増えていた。
 ライミーネの部屋にあった書物などだ。

 ミストと三号はまずは色々知識を仕入れようという事でライミーネの部屋にある書物などを運びこんでは(運ぶのは当然ミスト)読み漁る日々を過ごしている。

 猫状態の三号がテーブルの上で器用に読書する姿は可愛くても城の者達には見せられないのをミストは残念がっていた。

 また三号は自由に城を出れないミストに代わって街の情報を集める行動もしている。
 ミストはそのお礼に三号に名前をプレゼントするつもりのようだ。

 いつまでも三号では物扱いに等しいというのがミストの主張で、三号は口では気にしていないと言っていたが内心は喜んでいる。
 だからと言って口の悪さは変わっていない。

 そして三号はライミーネの書物から、以前自分が活動していた時代からかなりの年月が経過している事。
 今の生活で関わっている種族が神族ではなく人族だという事は理解していた。


~オルウェン領、オルウェンの屋敷~

 ライミーネは北東部の結界の調査を終えて、その間世話になっていたオルウェンに別れの挨拶をしているところだった。

「そうですか。結界に異変は見られませんでしたか」

 ライミーネにそう語るのがオルウェン。
 まだ十八才の若き当主であり、この地域の盟主でもある。
 中肉中背のごく普通の若者といった感じだろうか。
 盟主になったのもオルウェン自身の功績によるものではなく先代の父の跡を継いだからだ。

「はい。まぁ予想通りの結果でしたけどね。
 お話したようにこれはキドウが私を都から離す為に陛下に持ちかけた計画でしょうから」

 それでも陛下に言われた以上はやらない訳にもまいりませんけどね。
 とライミーネは苦笑いしながら言う。

「ライミーネ様の心中お察しいたします。
 私も何かお役に立てればいいのですが」
「いえそんな! オルウェン様には滞在している間大変お世話になりましたわ。
 野心を持った者が権力を持つとろくでもない結果にしかならないという良い見本です」
「......野心を持つ者と権力ですか......確かにそうかもしれませんね」

 オルウェンはその言葉でキョウレイの事を考える。
 前当主であり盟主でもあった父が亡くなり、オルウェンがそのまま盟主を引き継ぐ時に異を唱えたのがキョウレイだった。

 他の領主がオルウェンを支持した為に結果としてキョウレイが引き下がる事になったが、それらの事もあり関係性は決して良いとは言えない。
 現在でも不穏な噂は絶えず色々と耳に入ってくる。

「ライミーネ様はこの後はどのように?」
「結界の調査を行いながら西に向かいます。本当に今までのご協力に感謝いたしますわ」

 こうしてライミーネは世話になったオルウェンの館に別れを告げた。


~山塞~

「ではこちらの肉はこれらと引き換えで」
「おう。助かるぜ」
「いえいえ。それはこちらも同じこと。
 ......しかしここもかなり住居らしくなってきましたね」

 話しているのはアズマドとリッチマン達だ。

「まぁな。うちには姉御達もいるしいつまでも洞窟メインで過ごさせる訳にもいかねぇ」
「あっしらは家を建てるのが本業じゃねぇでヤンスから最初は苦労したでヤンスよ」
「酔ったエイメイの姉さんに叩き壊された事もありましたしね。
 ......あれは美しくありませんでした」

 相変わらずの関係のようだが無難に生活できているらしい。
 エイメイも自分の村よりこちらにいる時間の方が長くなっているようだ。

「家に関してなら知り合いの方ですごい方がおられるのですが、現在は王都の方に行かれているんですよねぇ」
「へぇ。機会があったら紹介してくれ」
「そうですね。お会いした時に話してみますよ」

 アズマド達の関係はかなり良好なものになっていた。
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