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16話 ここがヘンだよ日本人
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私の名はオーシン。二ヶ月程前までは王都に住み、世間に対して顔向けできないような事もせず、厳格な母と慎ましくも不自由のない生活を送っていた。
だが今は訳あって母と共にある場所を目指して旅をしている。だがその途中旅の無理が祟ったのだろう母が体調を崩してしまった。最後に通った集落まで戻る事も考えたが、私が抱える事情により戻るのは危険が伴う。だが進行方向にある森から一筋の煙が立ち昇っているのを確認した私は命運をそちらに賭ける事にした。途中、馬車では進めなくなりその場に馬車を残して進む。母が旅に出る前、凜とした態度で私に言った言葉が頭をよぎる。
「オーシンよ。もし私が旅の途中であなたの足手纏いになるようならその時は構いません。私を捨てて行きなさい」
だが、私の都合で住み慣れた家を捨てさせ、私の都合で二人きりの家族の絆まで自ら絶とうとする母を誰が見捨てられようか。私は母を背負い、一筋の煙を頼りに道なき道を踏破してついに人のいる場所まで辿り着く。
そこには数人の人間がいたが、構成からみておそらく家族であろう事は予測がついた。なぜ人里離れたこのような場所で生活しているのかはわからないが、いまの私にとっては天の助けにも等しい。相手側は私をみて驚き、戸惑っていた様子だったが母の事を説明し、助けを要請すると木製の家へと案内してくれた。近くにも今までみたことのない妙な建物があった。まだ他にも人がいるのかもしれない。
木製の家は部屋の中央にかまどはなく机とイスがひとつあるだけの簡素な空間だった。壁には石でできているなにかがある。私は促され背負っている母をイスに座らせた。家はまだ建てられて日が浅いのか真新しく、木の香りがする。まずは助けてくれた人物に礼を述べると、困った時はお互い様だと応えてくれてお互いの紹介をすませた。
この国の一般的な層の者達は決して豊かとは言えない生活をしている。余裕がなく、日々の糧を得るのにも苦労しているのが大半だ。家を持てず路上で生活し、犯罪に手を染めたり野盗に身を落としたりする者も少なくない。
私がここの前に立ち寄った集落も余裕のなさが顕著に現れていた。母が倒れた時に戻らない選択をした理由のひとつでもある。そんな状態で知り合いでもなく、ましてや完全なよそ者を困った時はお互い様と言って助けようとするのは生活に余裕があるか変わり者かと言う事になるのだが、今の私にとってはありがたい事に変わりがない。
そうこうしているうちにご家族の方が何かを持って入ってきた。それを床に敷き、その上に母を寝かせたので寝具なのはわかったが、一般的な藁を敷き詰め布を敷くものではない。いや、そんなレベルのものではない気がする。下手をすれば王族クラスの......?
「な、なんです、この寝具は!?」
私は驚きをそのまま口にしたが、この家の長である朋広殿はそれを意に介さず、私に新しく運び込まれた妙な形のイスに座るように促す。この家のおじいさんのシロッコ殿も母が座っていた木のイスに促されていた。母の様子は妻の幸依さんがみてくれるので私は促されるままにそのイスに腰を降ろした。……ふかり。自分の預けた体重をゆっくり受け止めるように。それでいて適度に押し戻すような感覚で宙に浮いているような......。は? 私は今何に腰を降ろしたのだ?
「え? えええ?」
「え? えええ?」
これは朋広殿が言うにはイスなのだ。頭ではわかっても感覚が理解できない。私は思わず二度驚いた。動転したと言ってもいい。
「この座り心地の良さはなんなんですか! この国の王とてこのようなイスには座っておりませんぞ!? うわわっ!?」
私は動転しながらも驚きと感動を口にしようとしたのだが突然イスが回転し、私はバランスを崩して床へと落下した。なぜかイスが私から遠ざかっていく。まさか生きている......訳はない。 馬車の車輪の役割を担うようなものがイスの下についていた。
「こ、この仕掛けはなんの為に......?」
朋広殿は発明家、もしくは芸術家かなにかなのだろうか?
「助けてくれた恩人の前で見苦しいですよ。オーシン」
母が意識を取り戻した。よかった。私は母に倒れてからの経緯を説明し、馬車の扱いについてきいてきた朋広殿に答える。朋広殿は息子さんと娘さんに馬車の事を頼み、二人は部屋から出ていった。着の身着のまま、その足で、だ。いくらなんでも丸腰では危険すぎる! 魔物や野盗、場合によっては私の関係者とも遭遇するかもしれない。私は慌てて部屋から出て後を追ったが二人の姿はすでに周辺にはなかった。
私がこんな簡単に人を見失うなど初めての経験だ。私の態度に不思議がる朋広殿に魔物の事を伝えると、魔物がいる事を知らないどころかこの辺りで魔物をみた事がないとまで言いきった。さっきから色々訳がわからない。一体何がどうなっているのか。
「落ち着きなさいオーシン。全くあなたらしくもない」
「いやしかし母上......」
「そうですよ、まずは水でも飲んでください。さぁ、オワタさんも」
朋広殿が私に。幸依さんが母に。それぞれ木の容器に入った水を差し出してくる。......水? 水と言ったのか? 私達に水を飲めと?
「......これは何のつもりです?」
「え? いや、長旅で喉も渇いているだろうと思ったのですが......」
「なるほど。言われれば確かに喉は渇いています。しかし、万病の元といわれる水を飲めとは理解できかねますな」
「え? ここの水ってそんな扱いなんですか?」
「何を....子供でも知っている事で我々を欺こうなどとは」
「あ、いや我々も毎日飲んでますし、まさかそんな認識を持たれているとは思わず」
その表情からは悪意は感じられない。だがこんな常識を知らないとも考えられない。
「おかしな事を。水は危険なのでエールを飲むのが常識。水など毎日飲んでいてはすでに死んでいてもおかしくない。そんな危険な物を私ばかりか、母上にまで」
「オーシン!」
突然の母の強い言葉で私は押し黙った。母の顔には怒りの感情が浮かんでいる。
「オーシン、私は旅に出る前に貴方に言いましたね? なぜ言いつけを守らなかったのですか?」
「そんな! 母上を見捨てて一人で先に行くなど出来ません!」
反射的に答えた。だが真実だ。水の件にしても私に対してよりも母にも飲まそうとした事で不信感が高まったようなものだ。
「貴方がやった事は相手の誠意に対して疑念で返すという非礼です。私を最初から見捨てていれば貴方が礼を欠く行為を私は見なくてすみました」
「いや、しかし母上」
「お黙りなさい! ここまでしてくれた方々がここで私達に害ある行動を取る理由がない事くらい貴方にだってわかるはずです」
一喝された。母上はこうなったら強情だ。相手側は突然始まった親子喧嘩......いや、私が説教されている場面だろうか。これを目撃しておろおろしている。
「そこまでじゃ」
木のイスに座っていた老人が言った。
「オワタ殿の言う通り、水はこちらの親切心から行った事。儂の保証などはなんの意味もなさんじゃろうが、ここの家族はオーシン殿の思うような事は考えぬわい。まずは飲んでみる事じゃな。オーシン殿もオワタ殿も今のやり取りを恥ずかしいと思うじゃろうて」
諭すような物言いなのだが、有無を言わせぬ迫力がある。本当にここに住む人達はよくわからない。......が、いいだろう。私も覚悟を決めた。
「母上、私が先に頂きます。朋広殿、幸依殿、先程の非礼お詫びいたします」
「いえ、別にそ」
相手がそんな、と言い終わる前に一口喉に流しこんだ。......!? もう一口。......も、もう一口。その次からはすでに自分の意思ではなく、身体が求めていたかのように一気に容器の中身を飲み干してしまった。
「ぷはぁっ!」
飲み干しておいてさえ、まだ飲み足りないと思う。これは水ではない! 私はこんな水は知らない!
「こ、これは本当に大変な失礼を! し、しかし、朋広殿もこれが水だなどと人が悪い」
「あ、いえ、本当に水な」
「母上! どうやらこれは水ではないようですが本当に美味し......母上!?」
私は興奮し、朋広殿の返事もろくに聞かず、ただ母に少しでも早く飲んで貰いたいと思い母を見て愕然とした。そこには木の容器を大事そうに持ち、涙を流している母の姿があった。
「うっ......うっ......いいえ。いいえオーシン。あなたは王都でうまれてからずっと王都暮らしでしたから知らないのも無理はありません。これは......これは間違いなく水です。本当のお水です。まさか死ぬまでにこのようなお水が飲めるとは思いませんでした」
母は涙を拭おうともせず再び容器に口をつけ私と同じように飲み干した。まさか、こんな美味しい液体が本当に水だったとは。私は名残惜しそうに手に持った木の容器を眺めていたようだ。幸依殿が気をまわしてくれて、私と母の容器に再び水を注いでくれた。
「どうじゃな?」
シロッコ殿が自慢気に言う。......なるほど今ならわかる。私のした事は酒場で因縁をつけ絡んだごろつきと何も変わらない。恩人に因縁をつけて絡めば母が怒るのも無理はない。私は自分の非礼を改めて詫びた。今日のこの出来事は明日の我が身への教訓とするのだ。
母もお見苦しい所をお見せして、と恥じていた。母は幼い頃、一度だけキレイな水を飲んで驚いた事があったらしい。しかし王都の水は汚いしとても飲めるようなものではないのも確かだ。何が違うのだろう。
「ただいまー。結構大変だったよー。馬が中々言う事きいてくれなくて。荷台の方はとっても素直だったけど」
笑いながら入って来たのは娘さんだ。続いて息子さんも入ってくる。
「とりあえず馬はそこの壁の適当な所に繋いでおいたよ」
「お疲れさま二人とも。お水飲む?」
「「飲む飲むー」」
「ちょ、ちょっと失礼」
私は家族の会話に割って入った。
「......えーと、馬車を運んでいただいた......のでしょうか? よろしければ......どうやって?」
落ちつけ落ちつけ、まだ慌てる時間じゃない。私は母を背負いここまで来るのに時間がかかった。だが彼等は出ていってからまだそんなに経っていない。
「えーと、力ずく?」
「そんなバカな!」
うん、慌てる時間だ。私は慌てて外へでた。そこには確かに馬がいて、側には荷台が置いてある。荷台にあった僅かな荷物もそのままだ。
馬車が通れるような道は確かになかった。仮にあったとしてもこんな短時間で戻って来る事は不可能だ......と思う。馬に近づくと猛烈な勢いで頭を擦り付けてきた。何かを訴えられている気がする。
「お馬さんも素直だと可愛いよねー」
娘さんが出てきてそう言う。家族の方も後から出てきて、母も幸依さんに支えられて出てきた。娘さんが馬に近づいた途端、馬が私の視界から消える。いや、消えたのではなく地面に倒れ、彼女に腹を見せたのだ。......馬が!? 彼女は馬の腹をモシャモシャと撫でて家族の所へ戻った。
......この一家には理解できない部分が多すぎる。敵意や悪意がないのは既に分かっているが、常識も私達とは違うようだし、あの寝具やイス、そして水といい、馬まであのようになる始末。魔物まで見た事がないとまで言っていた。このような場所に王族に連なる者が隠れ住んでいるなどきいたこともない。
そもそも人が住む集落で確認されている場所はこの前の集落までのはず。その先は無人ときいていた。だが実際にここに人はいて......。そこまで考えて、失念していたある可能性に辿り着いた。ひょっとして......もしかしたら......私達は目的の場所にもう辿り着いている!?
「あの......変な事をきくかもしれませんが、もしかしてあなた方はその、亜人の方々だったりしませんか?」
思いきってきいてみた。
「「「亜人!?」」」
「あらあら」
「......ほう?」
反応は様々だった。亜人はすでに伝承の存在というのが人々の認識になっている。私も聞かれた時は笑いながらそう答えた程だ。だがこの反応は伝承すら知らない者のそれではない。彼等は伝承を知っているだけではなく亜人の存在を確実に認識している。
「すまんが儂らは亜人ではない。じゃが、人が亜人に会って何をするつもりかの?」
亜人では......ない? ならここは目的地ではないのか? 彼等が警戒して違う事を言っている可能性も......いや、彼等はそんな事はしない。違うと言うなら本当に違うのだろう。
「違いましたか。......ですが大恩ある皆さんには全てお話します」
母を見ると母もゆっくり頷く。
「私はオーシン。王国軍近衛騎士団五万の武芸指南役を拝命しておりました。現在は国を捨て亜人の国を目指して逃亡中の身です」
それから私は自分の身に起きた事を話した。武芸指南役をつとめていた時、新人の近衛兵が民に理不尽な仕打ちをし、不正を働いていた現場を目撃、大勢の前でその者を叩きのめした事。その者は暴言を吐き、その日のうちに軍から姿を消した事。
それから数年経ち、最近になって王国近衛騎士団団長に任命されて王都に来た者がなぜかその者だった事。その者は昔の事を覚えており、執拗な嫌がらせが始まった事。嫌がらせはエスカレートし、最終的に事故に見せかけて私の命をも狙い始めた事。友人に命と家族を守る為に国を捨てる事をすすめられ、その際に亜人と結界の存在を教えられて結界を抜ける為の道具を渡された事。国からは追っ手がかかっている可能性がある事。
ここにくるまでの経緯を全て話した。皆、同情してくれたり団長へ憤ってくれたりしたが、シロッコ殿は話の途中に出てきた友人と道具に関心があるようだった。
「結界を抜ける道具のぅ......? もしよかったら拝見させてもらえんかの?」
「え? ええ、構いませんよ」
私は首からかけていたそれをシロッコ殿に渡す。紐の先に何かの形をあしらったようなものがついたペンダントだ。シロッコ殿はそれを軽く眺めただけで私に返し、
「残念じゃが、これは結界を抜ける為の道具ではないのぅ。その友人とやらが作成したアイテムかと期待したが、古の世界からあったものじゃな」
「そ、そんな」
「それと同時に儂らが亜人ではないとの証明になっておる。それは近くに亜人がいたら反応するアイテムのようじゃ。その友人はおそらく、亜人の所に行けるのなら結界も抜けられるのではないか。と結論付けたんじゃないかの」
「魔法やその類に関してはこの国一番と言われる者が間違っていたと......? にわかには信じられません。それに......もし、シロッコ殿の言う通りだとすれば私達は行くあてを失います」
「まぁ、結界まではここから遠い訳でもないからお主だけなら二~三日で着けるじゃろう。信じられぬなら自分の目で確認して今後の事を決めるのがよかろうて」
「とりあえず今日のところはオワタさんの体調の事もありますし、ここに泊まればいいですよ。食事と必要な道具をお持ちしますので、先程の小屋のほうでおくつろぎ下さい」
朋広殿がそう提案してくれたので私と母は小屋に戻り、朋広殿達は妙な建物に入っていった。母を私の座っていたイスに座らせると、目を丸くしてその座り心地に驚いていた。
「な、なるほど......あの寝具にも驚きましたが、このイスもとんでもないものですね」
「でしょう母上? あの水といい、風変わりな衣装といい、こちらの常識に当てはまらない部分があるにもかかわらず、亜人でもない。彼等はいったい何者なんでしょうか?」
「考えても詮なき事ですよ、オーシン。恩人なのは確か。そして善人。......それでよいのではありませんか?」
「そうですね。母上がこうして難を逃れたのも間違いなく彼等のおかげです。......しかし、もし結界がこえられなければ逃亡計画に狂いが生じます」
「ええ、その時は私達も人目を避けれる場所で余生を過ごす事にしましょう」
母とこれからの計画を話していると、ドアがノックされ、朋広殿の家族が色々持って入ってきた。食事と寝具、入浴用品? とやらだった。暖炉という、かまどが進化したようなものに薪を放り込み火をつけると部屋が明るくなり暖かくなる。煙も部屋にこもらないので、なるほどこれは便利だ。食事は母には体調の事を考えて消化によい卵がゆを用意したと言っていた。米? という知らない穀物と鳥の卵を使って塩で味付けした簡素なものだとは言っていたが、
「簡素なんてとんでもない! 高級な鳥の卵にこの穀物の程よい甘さが絡み合って、それを引き立てる塩加減。飲み込んだ後も身体の中から温まる感じがなんとも。この緑色のリーキに似た、ネギ? ですか、これもこの料理によくあっています。正直これ程の料理は食べた事がありません」
あの母が饒舌になった上、ものすごくベタ褒めという非常に珍しい光景を見た。水の件もあったので当然興味を持ち母に一口わけて貰ったのだが、その瞬間、不謹慎ではあるが私も体調不良にならないものかと本気で願った。
鳥の唐揚げは柔らかく、味もしっかりしており王国で食べた事のある物より数段上の出来だった。そしてイワナの塩焼き! こんな内陸部で干物じゃない魚が食べられるとは思わなかった。これがこの米にものすごくよく合う! 国をでてから燻製か、かためのパンかうすいスープの日々だっただけに、食事はこんなに嬉しい事だったのだと認識させられた。幸依殿は料理の腕だけで地位を築く事も、財をなす事もできるのではないだろうか。
私はお礼にと前の集落で補給した飲料水代わりのエールを差し出し、朋広殿と幸依殿とシロッコ殿は受け取ってくれた。息子さんと娘さんは未成年だからと断られたが、いまいち意味がわからない。エールを飲んだ三人は妙に渋い顔をして朋広殿が何かを取り出した。あんなものさっきは持ってなかったような......? シロッコ殿はそれを見て目を輝かせながら自分の容器を差し出している。今度は私の容器に液体が注がれた。色はエールと似ている。水の件もあるので素直に......飲んだら別世界だった。まずはキーンとした冷たさに驚き容器を落としそうになる。
「な、なんだこの冷たくも喉を内側から触られていくような感覚は!? これはエールではない?」
ビールというものらしい。私は無言で一気に飲み干した。美味い! この味を知ったならさっきの三人の渋い顔の意味も頷ける。シロッコ殿が目を輝かせた理由もだ。私も今後同じ目をする自信がある。
......しかし王都からもっとも離れ、人のいないはずのこんな場所で、この国の王ですら味わえないような食事ができるとは思わなかった。小屋での宿泊まで含めれば、食堂ではなく王国最高の宿屋と言っても差し支えない。どうすれば人里を離れてこんな生活が出来るのだろうか。
食事の後は衛生的な生活の大切さを説かれ、風呂とトイレの使い方を教えられた。水は不浄との考えが当然だった私にこの説明は衝撃的で、王国の知識人ですらこんな事は言っていなかった。入浴にあたる行為などは、どうしてもという場合にのみ川や池などで済ませ、排泄などは部屋の隅で容器へ。外なら茂みのそばや建物のかげでという感じだ。
それを伝えた時はシロッコ殿と母以外に信じられない! と大騒ぎされ、私は朋広殿に。母は幸依殿と娘さんに強引に風呂という部屋に連れていかれた。湯で身体を洗う事と見た事のない入浴用品? に最初は戸惑ったが、慣れるとなんというかさっぱりした感じが水とは全然違う。
浴槽に入った時は全身を包む温かさと言葉にあらわせない解放感で、思わず眠ってしまいそうになった。酒で身体があたたまるのとはまた違う感覚なのだ。
入浴を済ませ、着替えに関しては荷台の荷物から自分の服を着たのだが、同じく入浴を済ませた母と再会した時、まるで母が若返っているかのように見えた。母も私に対して同じ感想を持ったらしいが。この入浴後の高揚感のようなものはしばらく続いた。なるほど......これが身体を清潔に保つという事なのか......
一家の方々が自分達の家に戻り後は寝るだけ。寝具は素晴らしいものであったが、私の頭の中は別の事で占められていた。皆を外まで見送りに出た時、シロッコ殿が私にこっそり呟いたのだ。
「彼等の力なら結界までの道のりとて日帰り旅行になるじゃろう」
だが今は訳あって母と共にある場所を目指して旅をしている。だがその途中旅の無理が祟ったのだろう母が体調を崩してしまった。最後に通った集落まで戻る事も考えたが、私が抱える事情により戻るのは危険が伴う。だが進行方向にある森から一筋の煙が立ち昇っているのを確認した私は命運をそちらに賭ける事にした。途中、馬車では進めなくなりその場に馬車を残して進む。母が旅に出る前、凜とした態度で私に言った言葉が頭をよぎる。
「オーシンよ。もし私が旅の途中であなたの足手纏いになるようならその時は構いません。私を捨てて行きなさい」
だが、私の都合で住み慣れた家を捨てさせ、私の都合で二人きりの家族の絆まで自ら絶とうとする母を誰が見捨てられようか。私は母を背負い、一筋の煙を頼りに道なき道を踏破してついに人のいる場所まで辿り着く。
そこには数人の人間がいたが、構成からみておそらく家族であろう事は予測がついた。なぜ人里離れたこのような場所で生活しているのかはわからないが、いまの私にとっては天の助けにも等しい。相手側は私をみて驚き、戸惑っていた様子だったが母の事を説明し、助けを要請すると木製の家へと案内してくれた。近くにも今までみたことのない妙な建物があった。まだ他にも人がいるのかもしれない。
木製の家は部屋の中央にかまどはなく机とイスがひとつあるだけの簡素な空間だった。壁には石でできているなにかがある。私は促され背負っている母をイスに座らせた。家はまだ建てられて日が浅いのか真新しく、木の香りがする。まずは助けてくれた人物に礼を述べると、困った時はお互い様だと応えてくれてお互いの紹介をすませた。
この国の一般的な層の者達は決して豊かとは言えない生活をしている。余裕がなく、日々の糧を得るのにも苦労しているのが大半だ。家を持てず路上で生活し、犯罪に手を染めたり野盗に身を落としたりする者も少なくない。
私がここの前に立ち寄った集落も余裕のなさが顕著に現れていた。母が倒れた時に戻らない選択をした理由のひとつでもある。そんな状態で知り合いでもなく、ましてや完全なよそ者を困った時はお互い様と言って助けようとするのは生活に余裕があるか変わり者かと言う事になるのだが、今の私にとってはありがたい事に変わりがない。
そうこうしているうちにご家族の方が何かを持って入ってきた。それを床に敷き、その上に母を寝かせたので寝具なのはわかったが、一般的な藁を敷き詰め布を敷くものではない。いや、そんなレベルのものではない気がする。下手をすれば王族クラスの......?
「な、なんです、この寝具は!?」
私は驚きをそのまま口にしたが、この家の長である朋広殿はそれを意に介さず、私に新しく運び込まれた妙な形のイスに座るように促す。この家のおじいさんのシロッコ殿も母が座っていた木のイスに促されていた。母の様子は妻の幸依さんがみてくれるので私は促されるままにそのイスに腰を降ろした。……ふかり。自分の預けた体重をゆっくり受け止めるように。それでいて適度に押し戻すような感覚で宙に浮いているような......。は? 私は今何に腰を降ろしたのだ?
「え? えええ?」
「え? えええ?」
これは朋広殿が言うにはイスなのだ。頭ではわかっても感覚が理解できない。私は思わず二度驚いた。動転したと言ってもいい。
「この座り心地の良さはなんなんですか! この国の王とてこのようなイスには座っておりませんぞ!? うわわっ!?」
私は動転しながらも驚きと感動を口にしようとしたのだが突然イスが回転し、私はバランスを崩して床へと落下した。なぜかイスが私から遠ざかっていく。まさか生きている......訳はない。 馬車の車輪の役割を担うようなものがイスの下についていた。
「こ、この仕掛けはなんの為に......?」
朋広殿は発明家、もしくは芸術家かなにかなのだろうか?
「助けてくれた恩人の前で見苦しいですよ。オーシン」
母が意識を取り戻した。よかった。私は母に倒れてからの経緯を説明し、馬車の扱いについてきいてきた朋広殿に答える。朋広殿は息子さんと娘さんに馬車の事を頼み、二人は部屋から出ていった。着の身着のまま、その足で、だ。いくらなんでも丸腰では危険すぎる! 魔物や野盗、場合によっては私の関係者とも遭遇するかもしれない。私は慌てて部屋から出て後を追ったが二人の姿はすでに周辺にはなかった。
私がこんな簡単に人を見失うなど初めての経験だ。私の態度に不思議がる朋広殿に魔物の事を伝えると、魔物がいる事を知らないどころかこの辺りで魔物をみた事がないとまで言いきった。さっきから色々訳がわからない。一体何がどうなっているのか。
「落ち着きなさいオーシン。全くあなたらしくもない」
「いやしかし母上......」
「そうですよ、まずは水でも飲んでください。さぁ、オワタさんも」
朋広殿が私に。幸依さんが母に。それぞれ木の容器に入った水を差し出してくる。......水? 水と言ったのか? 私達に水を飲めと?
「......これは何のつもりです?」
「え? いや、長旅で喉も渇いているだろうと思ったのですが......」
「なるほど。言われれば確かに喉は渇いています。しかし、万病の元といわれる水を飲めとは理解できかねますな」
「え? ここの水ってそんな扱いなんですか?」
「何を....子供でも知っている事で我々を欺こうなどとは」
「あ、いや我々も毎日飲んでますし、まさかそんな認識を持たれているとは思わず」
その表情からは悪意は感じられない。だがこんな常識を知らないとも考えられない。
「おかしな事を。水は危険なのでエールを飲むのが常識。水など毎日飲んでいてはすでに死んでいてもおかしくない。そんな危険な物を私ばかりか、母上にまで」
「オーシン!」
突然の母の強い言葉で私は押し黙った。母の顔には怒りの感情が浮かんでいる。
「オーシン、私は旅に出る前に貴方に言いましたね? なぜ言いつけを守らなかったのですか?」
「そんな! 母上を見捨てて一人で先に行くなど出来ません!」
反射的に答えた。だが真実だ。水の件にしても私に対してよりも母にも飲まそうとした事で不信感が高まったようなものだ。
「貴方がやった事は相手の誠意に対して疑念で返すという非礼です。私を最初から見捨てていれば貴方が礼を欠く行為を私は見なくてすみました」
「いや、しかし母上」
「お黙りなさい! ここまでしてくれた方々がここで私達に害ある行動を取る理由がない事くらい貴方にだってわかるはずです」
一喝された。母上はこうなったら強情だ。相手側は突然始まった親子喧嘩......いや、私が説教されている場面だろうか。これを目撃しておろおろしている。
「そこまでじゃ」
木のイスに座っていた老人が言った。
「オワタ殿の言う通り、水はこちらの親切心から行った事。儂の保証などはなんの意味もなさんじゃろうが、ここの家族はオーシン殿の思うような事は考えぬわい。まずは飲んでみる事じゃな。オーシン殿もオワタ殿も今のやり取りを恥ずかしいと思うじゃろうて」
諭すような物言いなのだが、有無を言わせぬ迫力がある。本当にここに住む人達はよくわからない。......が、いいだろう。私も覚悟を決めた。
「母上、私が先に頂きます。朋広殿、幸依殿、先程の非礼お詫びいたします」
「いえ、別にそ」
相手がそんな、と言い終わる前に一口喉に流しこんだ。......!? もう一口。......も、もう一口。その次からはすでに自分の意思ではなく、身体が求めていたかのように一気に容器の中身を飲み干してしまった。
「ぷはぁっ!」
飲み干しておいてさえ、まだ飲み足りないと思う。これは水ではない! 私はこんな水は知らない!
「こ、これは本当に大変な失礼を! し、しかし、朋広殿もこれが水だなどと人が悪い」
「あ、いえ、本当に水な」
「母上! どうやらこれは水ではないようですが本当に美味し......母上!?」
私は興奮し、朋広殿の返事もろくに聞かず、ただ母に少しでも早く飲んで貰いたいと思い母を見て愕然とした。そこには木の容器を大事そうに持ち、涙を流している母の姿があった。
「うっ......うっ......いいえ。いいえオーシン。あなたは王都でうまれてからずっと王都暮らしでしたから知らないのも無理はありません。これは......これは間違いなく水です。本当のお水です。まさか死ぬまでにこのようなお水が飲めるとは思いませんでした」
母は涙を拭おうともせず再び容器に口をつけ私と同じように飲み干した。まさか、こんな美味しい液体が本当に水だったとは。私は名残惜しそうに手に持った木の容器を眺めていたようだ。幸依殿が気をまわしてくれて、私と母の容器に再び水を注いでくれた。
「どうじゃな?」
シロッコ殿が自慢気に言う。......なるほど今ならわかる。私のした事は酒場で因縁をつけ絡んだごろつきと何も変わらない。恩人に因縁をつけて絡めば母が怒るのも無理はない。私は自分の非礼を改めて詫びた。今日のこの出来事は明日の我が身への教訓とするのだ。
母もお見苦しい所をお見せして、と恥じていた。母は幼い頃、一度だけキレイな水を飲んで驚いた事があったらしい。しかし王都の水は汚いしとても飲めるようなものではないのも確かだ。何が違うのだろう。
「ただいまー。結構大変だったよー。馬が中々言う事きいてくれなくて。荷台の方はとっても素直だったけど」
笑いながら入って来たのは娘さんだ。続いて息子さんも入ってくる。
「とりあえず馬はそこの壁の適当な所に繋いでおいたよ」
「お疲れさま二人とも。お水飲む?」
「「飲む飲むー」」
「ちょ、ちょっと失礼」
私は家族の会話に割って入った。
「......えーと、馬車を運んでいただいた......のでしょうか? よろしければ......どうやって?」
落ちつけ落ちつけ、まだ慌てる時間じゃない。私は母を背負いここまで来るのに時間がかかった。だが彼等は出ていってからまだそんなに経っていない。
「えーと、力ずく?」
「そんなバカな!」
うん、慌てる時間だ。私は慌てて外へでた。そこには確かに馬がいて、側には荷台が置いてある。荷台にあった僅かな荷物もそのままだ。
馬車が通れるような道は確かになかった。仮にあったとしてもこんな短時間で戻って来る事は不可能だ......と思う。馬に近づくと猛烈な勢いで頭を擦り付けてきた。何かを訴えられている気がする。
「お馬さんも素直だと可愛いよねー」
娘さんが出てきてそう言う。家族の方も後から出てきて、母も幸依さんに支えられて出てきた。娘さんが馬に近づいた途端、馬が私の視界から消える。いや、消えたのではなく地面に倒れ、彼女に腹を見せたのだ。......馬が!? 彼女は馬の腹をモシャモシャと撫でて家族の所へ戻った。
......この一家には理解できない部分が多すぎる。敵意や悪意がないのは既に分かっているが、常識も私達とは違うようだし、あの寝具やイス、そして水といい、馬まであのようになる始末。魔物まで見た事がないとまで言っていた。このような場所に王族に連なる者が隠れ住んでいるなどきいたこともない。
そもそも人が住む集落で確認されている場所はこの前の集落までのはず。その先は無人ときいていた。だが実際にここに人はいて......。そこまで考えて、失念していたある可能性に辿り着いた。ひょっとして......もしかしたら......私達は目的の場所にもう辿り着いている!?
「あの......変な事をきくかもしれませんが、もしかしてあなた方はその、亜人の方々だったりしませんか?」
思いきってきいてみた。
「「「亜人!?」」」
「あらあら」
「......ほう?」
反応は様々だった。亜人はすでに伝承の存在というのが人々の認識になっている。私も聞かれた時は笑いながらそう答えた程だ。だがこの反応は伝承すら知らない者のそれではない。彼等は伝承を知っているだけではなく亜人の存在を確実に認識している。
「すまんが儂らは亜人ではない。じゃが、人が亜人に会って何をするつもりかの?」
亜人では......ない? ならここは目的地ではないのか? 彼等が警戒して違う事を言っている可能性も......いや、彼等はそんな事はしない。違うと言うなら本当に違うのだろう。
「違いましたか。......ですが大恩ある皆さんには全てお話します」
母を見ると母もゆっくり頷く。
「私はオーシン。王国軍近衛騎士団五万の武芸指南役を拝命しておりました。現在は国を捨て亜人の国を目指して逃亡中の身です」
それから私は自分の身に起きた事を話した。武芸指南役をつとめていた時、新人の近衛兵が民に理不尽な仕打ちをし、不正を働いていた現場を目撃、大勢の前でその者を叩きのめした事。その者は暴言を吐き、その日のうちに軍から姿を消した事。
それから数年経ち、最近になって王国近衛騎士団団長に任命されて王都に来た者がなぜかその者だった事。その者は昔の事を覚えており、執拗な嫌がらせが始まった事。嫌がらせはエスカレートし、最終的に事故に見せかけて私の命をも狙い始めた事。友人に命と家族を守る為に国を捨てる事をすすめられ、その際に亜人と結界の存在を教えられて結界を抜ける為の道具を渡された事。国からは追っ手がかかっている可能性がある事。
ここにくるまでの経緯を全て話した。皆、同情してくれたり団長へ憤ってくれたりしたが、シロッコ殿は話の途中に出てきた友人と道具に関心があるようだった。
「結界を抜ける道具のぅ......? もしよかったら拝見させてもらえんかの?」
「え? ええ、構いませんよ」
私は首からかけていたそれをシロッコ殿に渡す。紐の先に何かの形をあしらったようなものがついたペンダントだ。シロッコ殿はそれを軽く眺めただけで私に返し、
「残念じゃが、これは結界を抜ける為の道具ではないのぅ。その友人とやらが作成したアイテムかと期待したが、古の世界からあったものじゃな」
「そ、そんな」
「それと同時に儂らが亜人ではないとの証明になっておる。それは近くに亜人がいたら反応するアイテムのようじゃ。その友人はおそらく、亜人の所に行けるのなら結界も抜けられるのではないか。と結論付けたんじゃないかの」
「魔法やその類に関してはこの国一番と言われる者が間違っていたと......? にわかには信じられません。それに......もし、シロッコ殿の言う通りだとすれば私達は行くあてを失います」
「まぁ、結界まではここから遠い訳でもないからお主だけなら二~三日で着けるじゃろう。信じられぬなら自分の目で確認して今後の事を決めるのがよかろうて」
「とりあえず今日のところはオワタさんの体調の事もありますし、ここに泊まればいいですよ。食事と必要な道具をお持ちしますので、先程の小屋のほうでおくつろぎ下さい」
朋広殿がそう提案してくれたので私と母は小屋に戻り、朋広殿達は妙な建物に入っていった。母を私の座っていたイスに座らせると、目を丸くしてその座り心地に驚いていた。
「な、なるほど......あの寝具にも驚きましたが、このイスもとんでもないものですね」
「でしょう母上? あの水といい、風変わりな衣装といい、こちらの常識に当てはまらない部分があるにもかかわらず、亜人でもない。彼等はいったい何者なんでしょうか?」
「考えても詮なき事ですよ、オーシン。恩人なのは確か。そして善人。......それでよいのではありませんか?」
「そうですね。母上がこうして難を逃れたのも間違いなく彼等のおかげです。......しかし、もし結界がこえられなければ逃亡計画に狂いが生じます」
「ええ、その時は私達も人目を避けれる場所で余生を過ごす事にしましょう」
母とこれからの計画を話していると、ドアがノックされ、朋広殿の家族が色々持って入ってきた。食事と寝具、入浴用品? とやらだった。暖炉という、かまどが進化したようなものに薪を放り込み火をつけると部屋が明るくなり暖かくなる。煙も部屋にこもらないので、なるほどこれは便利だ。食事は母には体調の事を考えて消化によい卵がゆを用意したと言っていた。米? という知らない穀物と鳥の卵を使って塩で味付けした簡素なものだとは言っていたが、
「簡素なんてとんでもない! 高級な鳥の卵にこの穀物の程よい甘さが絡み合って、それを引き立てる塩加減。飲み込んだ後も身体の中から温まる感じがなんとも。この緑色のリーキに似た、ネギ? ですか、これもこの料理によくあっています。正直これ程の料理は食べた事がありません」
あの母が饒舌になった上、ものすごくベタ褒めという非常に珍しい光景を見た。水の件もあったので当然興味を持ち母に一口わけて貰ったのだが、その瞬間、不謹慎ではあるが私も体調不良にならないものかと本気で願った。
鳥の唐揚げは柔らかく、味もしっかりしており王国で食べた事のある物より数段上の出来だった。そしてイワナの塩焼き! こんな内陸部で干物じゃない魚が食べられるとは思わなかった。これがこの米にものすごくよく合う! 国をでてから燻製か、かためのパンかうすいスープの日々だっただけに、食事はこんなに嬉しい事だったのだと認識させられた。幸依殿は料理の腕だけで地位を築く事も、財をなす事もできるのではないだろうか。
私はお礼にと前の集落で補給した飲料水代わりのエールを差し出し、朋広殿と幸依殿とシロッコ殿は受け取ってくれた。息子さんと娘さんは未成年だからと断られたが、いまいち意味がわからない。エールを飲んだ三人は妙に渋い顔をして朋広殿が何かを取り出した。あんなものさっきは持ってなかったような......? シロッコ殿はそれを見て目を輝かせながら自分の容器を差し出している。今度は私の容器に液体が注がれた。色はエールと似ている。水の件もあるので素直に......飲んだら別世界だった。まずはキーンとした冷たさに驚き容器を落としそうになる。
「な、なんだこの冷たくも喉を内側から触られていくような感覚は!? これはエールではない?」
ビールというものらしい。私は無言で一気に飲み干した。美味い! この味を知ったならさっきの三人の渋い顔の意味も頷ける。シロッコ殿が目を輝かせた理由もだ。私も今後同じ目をする自信がある。
......しかし王都からもっとも離れ、人のいないはずのこんな場所で、この国の王ですら味わえないような食事ができるとは思わなかった。小屋での宿泊まで含めれば、食堂ではなく王国最高の宿屋と言っても差し支えない。どうすれば人里を離れてこんな生活が出来るのだろうか。
食事の後は衛生的な生活の大切さを説かれ、風呂とトイレの使い方を教えられた。水は不浄との考えが当然だった私にこの説明は衝撃的で、王国の知識人ですらこんな事は言っていなかった。入浴にあたる行為などは、どうしてもという場合にのみ川や池などで済ませ、排泄などは部屋の隅で容器へ。外なら茂みのそばや建物のかげでという感じだ。
それを伝えた時はシロッコ殿と母以外に信じられない! と大騒ぎされ、私は朋広殿に。母は幸依殿と娘さんに強引に風呂という部屋に連れていかれた。湯で身体を洗う事と見た事のない入浴用品? に最初は戸惑ったが、慣れるとなんというかさっぱりした感じが水とは全然違う。
浴槽に入った時は全身を包む温かさと言葉にあらわせない解放感で、思わず眠ってしまいそうになった。酒で身体があたたまるのとはまた違う感覚なのだ。
入浴を済ませ、着替えに関しては荷台の荷物から自分の服を着たのだが、同じく入浴を済ませた母と再会した時、まるで母が若返っているかのように見えた。母も私に対して同じ感想を持ったらしいが。この入浴後の高揚感のようなものはしばらく続いた。なるほど......これが身体を清潔に保つという事なのか......
一家の方々が自分達の家に戻り後は寝るだけ。寝具は素晴らしいものであったが、私の頭の中は別の事で占められていた。皆を外まで見送りに出た時、シロッコ殿が私にこっそり呟いたのだ。
「彼等の力なら結界までの道のりとて日帰り旅行になるじゃろう」
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