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鷹華の世界
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部屋のドアをノックする。
中から返って来た返事をきいて、私は部屋へ入った。
「ただいま帰りました。お兄様」
「お帰り鷹華。無理をさせていてすまないね。怪我はないかい?」
「大丈夫ですお兄様。今日は相手の哨戒部隊を殲滅させた程度でしたのでそれほどでは......」
ここは官邸の一室。
明治新政府、臨時大統領府官邸の私の兄の部屋だ。
......そして世界に残されたただひとつの国。ううん、最早この言い方も正しくはなくなるかも知れないのだけど。
私の住むこの世界は突如現れた侵略者達によって死の世界へ変えられてしまった。
彼ら...... いえ、奴等が現れた当初、世界各国の足並みは揃わず、交戦派と和平派に別れ、私の兄が大統領をつとめるこの日本が和平への道を模索しようとしたのは自然な流れだったように思う。
兄は優しい性格で国民に戦いを強いるような事は絶対に選ばない人だったから。
けれど状況は一方的に変えられる。
侵略者達には和平交渉をするつもりなどは全くなく、世界に対して一方的に侵攻を開始したのだ。
この最初の侵攻で国のいくつかがそれまで知られていた世界地図から姿を消した。
それらの国の消滅とひきかえに分かった事は相手の科学力が高い事と保有する戦力の規模も大きいという事だけ。
「ここでの生活にもなれたかい?」
兄が私を気遣ってくれる。兄の目の下にはうっすらとクマが。
激務に追われ、連日ろくに休めていない事を私は知っていた。
「はい。しかし私の事よりもお兄様の方が心配です。連日机に向かっているではありませんか。
あまりお休みにもなっていないのでしょう?」
私は持ってきた紅茶を兄のテーブルに置く。
「ありがとう鷹華。 ......これは鷹華がいれてくれたのかい?」
「もちろんですわお兄様。こんな事で他の忙しい方達の手を煩わせる訳には参りませんもの。
ま、まぁ、その際カップをひとつ落として割ってしまいましたが......」
「そ、そうか」
「本当は何かお食事も、と思ったのですが、何故か他の方にとめられてしまって......」
「そ、そうか。それはよかった」
「え?」
「あ、いや! それは災難だったね」
兄は慌てる様子で紅茶を一気に飲み干し、笑顔でありがとう美味しかったよ。と、言ってくれた。 随分と喉が渇いておいでだったのだろうか。
しかし兄はすぐにまた厳しい表情に戻ると書類の方に目を落とす。
「九州の方の戦況は厳しいのですか?」
厳しくないはずはない。
日本は昔から同盟国であったアメリカと連携し、最終的に残ったロシア、中国とも共闘する事になった。
遂に世界が一丸となった事で敵のいくつかの技術も奪取する事などに成功したが、その技術の転用の実現前に日本を除いた各国が滅亡してしまう。
いくら大国とは言っても、地球上の動植物を絶滅させられ、鉱物などの資源も枯渇し、海なども干上がらせるような科学力を持った相手に戦いを優勢に進めるのは現状のこちらの科学力では厳しかったのである。
「ああ。むしろよく持ちこたえてくれている。と言っていいだろうね」
日本も当然無傷で済む訳にはいかず、国家日本と言ってもすでにその国土は四国と九州しかない。 臨時大統領府は守りやすさの点から(この場合は純粋に面積)四国に置かれた。
もはや地の利もない状況では滅亡は免れない所だが、ここにきて少し状況が好転する。
しかしそこには兄の苦渋の決断が関係し、私が戦場に身を置く事になる原因があった。
「彼女達の奮戦のおかげですか?」
「そうだね...... 彼女達には頭が下がる。
もちろん鷹華。君にも」
世界中の国が次々滅亡していく過程の中、兄が各国の流民を積極的に受け入れた事で日本は多国籍の人種が集まる国となる。
言葉や文化の違いで問題や事件が起きる事もあり、流民受け入れ策を提唱した兄を糾弾する声もあがった。
特に食糧備蓄と人口の関係は現在も燻っている問題だ。
しかし同時に各地の戦闘経験者や技術者が集中した事で遂に侵略者に対抗し得る手段が開発された。
既存の兵器と人体を融合させる科学技術。
資源が枯渇した状況で考え出された、資源を有効に活用させる為の、いわば追い込まれたが故にうまれたアイディアではあったが、侵略者から奪取した技術を兵器に転用しこれと併せて運用した事で侵略者の攻撃部隊を撃退する事に成功する。
「いえ。私はお兄様のお役に立ちたかっただけですし。
お兄様が国の方々を守りたい気持ちはよくわかっていますから......」
「......苦労をかけてすまないね」
「い、いえ、苦労などとは......」
非人道的な兵器だとか人権を無視しているだとか批判もたくさんあった。しかし侵略者は降伏など許さない。
あるのは徹底的な破壊と殺戮のみ。そんな中で反対意見を述べる人はなんなのだろうとも思う。
国が、世界そのものが無くなってしまえば、自分達の主張ですら無意味なものになってしまうのに。
お兄様は優しい方。この計画が発案された時、可否を随分と悩んでおられた。
それも当然の事だろう。
自分は無傷で犠牲になる者だけを差し出そうなど、先述の者達が黙っていない。
だから私は...... 明治新政府大統領の妹としてこの計画の被験者第一号として名乗り出て、兄もこれを苦渋の決断で認可し、国民にこの事実を公表した。
そして私が先の戦いで結果を出した事により、兄と私は救国の英雄のように扱われる様になる。
だがこれにも弊害は起こり、今こそ侵略者を攻めるべきという急進派とじっくり確かな情報を集めてからという慎重派を生み出してしまった。
兄は立場的には慎重派に属している。
私はただお兄様のお役に立ちたかっただけ。
平和な時代であったなら忙しい兄を労う為に料理を作ったりお茶をいれたりしていただろう。
そしてそれを何故か周囲の人が止めるのだ。
......そんな世界を夢見ていた。
しかし現在...... 人は滅亡寸前になった今でも身勝手な正義を振りかざしているが、兄はそれでも人々の未来の為に奔走する日々を繰り返している。
「この計画は男性より女性の方が適性が高く、事実生存率にも顕著に現れている。
女性を最前線で戦わせ、男が後方支援というのは心苦しいのだけどね」
「私の様に志願してくれた方達はみな理解してくれていますわ。
皆、守りたいもの、成し遂げたい事があるから戦いに参加してくれているのです。
お兄様の想いに心打たれている方もいるという事、忘れないでくださいましね」
そう。世界は滅亡しかかっているとは言え、決して悪い話ばかりではない。
例えば海が干上がらせられ資源は枯渇したが、この海が干上がらせられた事により、海底に眠っていた資源に手をつけられるようになった事はなんとも皮肉な結果と言えるだろう。
「そうだね。その想いに応えられるように頑張らなければいけないね」
お兄様は儚げに笑った。
この新たな資源により私と同じ存在の少女達が誕生し、現在でも九州、四国を確保できているのだ。
失われた祖国の復興の為、大切な何かを守る為、侵略者への復讐の為などその想いの形は様々だけれど、お兄様はそれら全部を抱え込む覚悟を話してくれた。
そんなお兄様の前で私が先に音をあげる訳には参りません。 お兄様の願いは私が叶えて差しあげるのです。
~後日~
兄の下で連日の連戦を経験していた私はその日、九州から四国への帰路の途中にいた。
九州にて敵の大部隊を目撃したとの連絡を受け、援護の為に四国を出発して九州の基地にいたからだ。
出発前、整備に携わる最高責任者からある条件下で発動する新しいサポートシステムを内臓されたと報告を受けたが、今回の九州戦役でそのシステムが発動する事はなかった。
しかしその戦いが楽なものだったのかと言われれば決してそうではなく、私と同じ既存の兵器との融合処置を受けていた女性達...... いわば身近な戦友が三人も戦死した事実。
これは私達が戦場に登場してから初めての事で関係者にも衝撃が走った。
けれど彼女達には今までの功績があったにも関わらず、基地で報告されていた扱いは機体と撃墜という言葉で処理される。
私自身も割りと大きな損傷を受けていたが、間違いなく兵器と融合した身体でなければ命を落としていたはずだ。
帰ればメンテナンスが待っているだろう。
もし、私自身に内臓された私が理解していないシステムが発動していればここまでの犠牲は出なかったのだろうか?
正直、自分の身体に得体の知れないシステムが搭載されているというのはいい気分はしないけれど、私の目的はお兄様の力になる事。
その為にならどんな力にだってすがる覚悟は出来ている。
ただ...... 今はただ何も考えず唯一の肉親である兄のもとに一刻も早く帰りつきたかった。
大統領府官邸までもう少しというところで私の通信システムに連絡が入った。
夜も大分遅くなったというのに今時分誰かしら?
通信システムを切っておけば良かったと思いつつも対応する事に。
モニターに表示されたのは...... え?
「鷹華。今回の任務は大変だったみたいだね、お疲れ様」
「!? お、お、お、お、お兄様!?」
え? なぜ? どうして? 今までこんな形で連絡をくれた事はなかったのに! 私はすでに手遅れだと思いながらもつとめて冷静を装い対応する。
「ま、またこんな時間まで起きていらっしゃったんですか? もう! 私に気を遣うよりしっかりとお休みになってください!」
「ははは、言い忘れていた事を思い出してね。繋がって良かったよ」
「もうそんな事なら帰ってからでも良かったでしょうに。一体なんですか?」
あれ?
「鷹華。この戦争、人々には悪人はいない。
誰も悪くないんだ。誰を憎んでも、誰を恨んでもいけないよ」
「な、なんですか突然。意味がわかりませんわ」
なにかしら...... 違和感が......
「もし鷹華が生まれ変わったとして、その世界が今と同じような世界か、または鷹華の力を必要としている人々がいる世界であったならば」
なぜお兄様は突然こんな事を言うの?
「その時はどうか...... その人達の力になってあげてほしい。頼んだよ」
いや! その先は聞きたくない! ううん、聞いちゃいけない気がした。
「願わくば...... 緑溢れ動物達がたくさんいる景色を...... 鷹華に見せてあげたかった」
「お、お兄様!?」
映像が消え、私の視界に官邸が入るのと、お兄様の部屋から爆発によるものと思われる炎があがったのはほぼ同時だった。
「え? なぜ官邸が燃えているの? なぜ...... 侵略者ではなく、お兄様が守ろうとした人々が官邸を襲撃しているの......? なぜ......」
無意識に外部集音マイクのレベルを上げてそちらに向ける。
おそらく...... 認めたくないだけで予感はあったのだろう。
「奴こそこの戦争を長引かせた元凶だ! 大統領は侵略者と内通しているに違いない!」
「食糧が尽きてからでは遅い! 真の勝利への戦いをここから始めるのだ!」
「とにかくこれまでの責任を取らせろ! 引きずり出して殺せ! このままではジリ貧だ!」
こんな怒号ばかりが飛び込んでくる。
「ふ、ふふ......」
何? お兄様と私はこんな奴等の為に今まで頑張ってきたの?
「あは、あはは」
そう。人とは...... ここまで愚かになれる生き物だったのね。
こんな時でさえ自らの希望をその手で摘み取る事が出来るなんて。
「お前達は......」
《特定の波長パターンを感知。システムを起動します。特定の波長パターンを感知。システムを起動します》
「へぇ...... これがトリガー...... サポート? ......そう。私にも保険をかけていたのね? ふふふ」
私の感情に反応するシステム。
正解が私の激しい怒りなのか抱いた絶望なのか、あるいはその両方なのかはわからないし興味もない。でもこれだけは確か。
もう...... 救いなんていらない。
「お前達はお兄様に...... あの人に......」
《システム起動。 オートモード、最終決戦仕様に移行します》
ごめんなさいお兄様、鷹華はお兄様のようにはできません。こんな世界に...... 未練はない!
「最後の希望に...... 何をしたあぁぁっ!!」
私の時間はここで止まった。願わくば...... 私も兄のところにいけますように。
中から返って来た返事をきいて、私は部屋へ入った。
「ただいま帰りました。お兄様」
「お帰り鷹華。無理をさせていてすまないね。怪我はないかい?」
「大丈夫ですお兄様。今日は相手の哨戒部隊を殲滅させた程度でしたのでそれほどでは......」
ここは官邸の一室。
明治新政府、臨時大統領府官邸の私の兄の部屋だ。
......そして世界に残されたただひとつの国。ううん、最早この言い方も正しくはなくなるかも知れないのだけど。
私の住むこの世界は突如現れた侵略者達によって死の世界へ変えられてしまった。
彼ら...... いえ、奴等が現れた当初、世界各国の足並みは揃わず、交戦派と和平派に別れ、私の兄が大統領をつとめるこの日本が和平への道を模索しようとしたのは自然な流れだったように思う。
兄は優しい性格で国民に戦いを強いるような事は絶対に選ばない人だったから。
けれど状況は一方的に変えられる。
侵略者達には和平交渉をするつもりなどは全くなく、世界に対して一方的に侵攻を開始したのだ。
この最初の侵攻で国のいくつかがそれまで知られていた世界地図から姿を消した。
それらの国の消滅とひきかえに分かった事は相手の科学力が高い事と保有する戦力の規模も大きいという事だけ。
「ここでの生活にもなれたかい?」
兄が私を気遣ってくれる。兄の目の下にはうっすらとクマが。
激務に追われ、連日ろくに休めていない事を私は知っていた。
「はい。しかし私の事よりもお兄様の方が心配です。連日机に向かっているではありませんか。
あまりお休みにもなっていないのでしょう?」
私は持ってきた紅茶を兄のテーブルに置く。
「ありがとう鷹華。 ......これは鷹華がいれてくれたのかい?」
「もちろんですわお兄様。こんな事で他の忙しい方達の手を煩わせる訳には参りませんもの。
ま、まぁ、その際カップをひとつ落として割ってしまいましたが......」
「そ、そうか」
「本当は何かお食事も、と思ったのですが、何故か他の方にとめられてしまって......」
「そ、そうか。それはよかった」
「え?」
「あ、いや! それは災難だったね」
兄は慌てる様子で紅茶を一気に飲み干し、笑顔でありがとう美味しかったよ。と、言ってくれた。 随分と喉が渇いておいでだったのだろうか。
しかし兄はすぐにまた厳しい表情に戻ると書類の方に目を落とす。
「九州の方の戦況は厳しいのですか?」
厳しくないはずはない。
日本は昔から同盟国であったアメリカと連携し、最終的に残ったロシア、中国とも共闘する事になった。
遂に世界が一丸となった事で敵のいくつかの技術も奪取する事などに成功したが、その技術の転用の実現前に日本を除いた各国が滅亡してしまう。
いくら大国とは言っても、地球上の動植物を絶滅させられ、鉱物などの資源も枯渇し、海なども干上がらせるような科学力を持った相手に戦いを優勢に進めるのは現状のこちらの科学力では厳しかったのである。
「ああ。むしろよく持ちこたえてくれている。と言っていいだろうね」
日本も当然無傷で済む訳にはいかず、国家日本と言ってもすでにその国土は四国と九州しかない。 臨時大統領府は守りやすさの点から(この場合は純粋に面積)四国に置かれた。
もはや地の利もない状況では滅亡は免れない所だが、ここにきて少し状況が好転する。
しかしそこには兄の苦渋の決断が関係し、私が戦場に身を置く事になる原因があった。
「彼女達の奮戦のおかげですか?」
「そうだね...... 彼女達には頭が下がる。
もちろん鷹華。君にも」
世界中の国が次々滅亡していく過程の中、兄が各国の流民を積極的に受け入れた事で日本は多国籍の人種が集まる国となる。
言葉や文化の違いで問題や事件が起きる事もあり、流民受け入れ策を提唱した兄を糾弾する声もあがった。
特に食糧備蓄と人口の関係は現在も燻っている問題だ。
しかし同時に各地の戦闘経験者や技術者が集中した事で遂に侵略者に対抗し得る手段が開発された。
既存の兵器と人体を融合させる科学技術。
資源が枯渇した状況で考え出された、資源を有効に活用させる為の、いわば追い込まれたが故にうまれたアイディアではあったが、侵略者から奪取した技術を兵器に転用しこれと併せて運用した事で侵略者の攻撃部隊を撃退する事に成功する。
「いえ。私はお兄様のお役に立ちたかっただけですし。
お兄様が国の方々を守りたい気持ちはよくわかっていますから......」
「......苦労をかけてすまないね」
「い、いえ、苦労などとは......」
非人道的な兵器だとか人権を無視しているだとか批判もたくさんあった。しかし侵略者は降伏など許さない。
あるのは徹底的な破壊と殺戮のみ。そんな中で反対意見を述べる人はなんなのだろうとも思う。
国が、世界そのものが無くなってしまえば、自分達の主張ですら無意味なものになってしまうのに。
お兄様は優しい方。この計画が発案された時、可否を随分と悩んでおられた。
それも当然の事だろう。
自分は無傷で犠牲になる者だけを差し出そうなど、先述の者達が黙っていない。
だから私は...... 明治新政府大統領の妹としてこの計画の被験者第一号として名乗り出て、兄もこれを苦渋の決断で認可し、国民にこの事実を公表した。
そして私が先の戦いで結果を出した事により、兄と私は救国の英雄のように扱われる様になる。
だがこれにも弊害は起こり、今こそ侵略者を攻めるべきという急進派とじっくり確かな情報を集めてからという慎重派を生み出してしまった。
兄は立場的には慎重派に属している。
私はただお兄様のお役に立ちたかっただけ。
平和な時代であったなら忙しい兄を労う為に料理を作ったりお茶をいれたりしていただろう。
そしてそれを何故か周囲の人が止めるのだ。
......そんな世界を夢見ていた。
しかし現在...... 人は滅亡寸前になった今でも身勝手な正義を振りかざしているが、兄はそれでも人々の未来の為に奔走する日々を繰り返している。
「この計画は男性より女性の方が適性が高く、事実生存率にも顕著に現れている。
女性を最前線で戦わせ、男が後方支援というのは心苦しいのだけどね」
「私の様に志願してくれた方達はみな理解してくれていますわ。
皆、守りたいもの、成し遂げたい事があるから戦いに参加してくれているのです。
お兄様の想いに心打たれている方もいるという事、忘れないでくださいましね」
そう。世界は滅亡しかかっているとは言え、決して悪い話ばかりではない。
例えば海が干上がらせられ資源は枯渇したが、この海が干上がらせられた事により、海底に眠っていた資源に手をつけられるようになった事はなんとも皮肉な結果と言えるだろう。
「そうだね。その想いに応えられるように頑張らなければいけないね」
お兄様は儚げに笑った。
この新たな資源により私と同じ存在の少女達が誕生し、現在でも九州、四国を確保できているのだ。
失われた祖国の復興の為、大切な何かを守る為、侵略者への復讐の為などその想いの形は様々だけれど、お兄様はそれら全部を抱え込む覚悟を話してくれた。
そんなお兄様の前で私が先に音をあげる訳には参りません。 お兄様の願いは私が叶えて差しあげるのです。
~後日~
兄の下で連日の連戦を経験していた私はその日、九州から四国への帰路の途中にいた。
九州にて敵の大部隊を目撃したとの連絡を受け、援護の為に四国を出発して九州の基地にいたからだ。
出発前、整備に携わる最高責任者からある条件下で発動する新しいサポートシステムを内臓されたと報告を受けたが、今回の九州戦役でそのシステムが発動する事はなかった。
しかしその戦いが楽なものだったのかと言われれば決してそうではなく、私と同じ既存の兵器との融合処置を受けていた女性達...... いわば身近な戦友が三人も戦死した事実。
これは私達が戦場に登場してから初めての事で関係者にも衝撃が走った。
けれど彼女達には今までの功績があったにも関わらず、基地で報告されていた扱いは機体と撃墜という言葉で処理される。
私自身も割りと大きな損傷を受けていたが、間違いなく兵器と融合した身体でなければ命を落としていたはずだ。
帰ればメンテナンスが待っているだろう。
もし、私自身に内臓された私が理解していないシステムが発動していればここまでの犠牲は出なかったのだろうか?
正直、自分の身体に得体の知れないシステムが搭載されているというのはいい気分はしないけれど、私の目的はお兄様の力になる事。
その為にならどんな力にだってすがる覚悟は出来ている。
ただ...... 今はただ何も考えず唯一の肉親である兄のもとに一刻も早く帰りつきたかった。
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夜も大分遅くなったというのに今時分誰かしら?
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モニターに表示されたのは...... え?
「鷹華。今回の任務は大変だったみたいだね、お疲れ様」
「!? お、お、お、お、お兄様!?」
え? なぜ? どうして? 今までこんな形で連絡をくれた事はなかったのに! 私はすでに手遅れだと思いながらもつとめて冷静を装い対応する。
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「ははは、言い忘れていた事を思い出してね。繋がって良かったよ」
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あれ?
「鷹華。この戦争、人々には悪人はいない。
誰も悪くないんだ。誰を憎んでも、誰を恨んでもいけないよ」
「な、なんですか突然。意味がわかりませんわ」
なにかしら...... 違和感が......
「もし鷹華が生まれ変わったとして、その世界が今と同じような世界か、または鷹華の力を必要としている人々がいる世界であったならば」
なぜお兄様は突然こんな事を言うの?
「その時はどうか...... その人達の力になってあげてほしい。頼んだよ」
いや! その先は聞きたくない! ううん、聞いちゃいけない気がした。
「願わくば...... 緑溢れ動物達がたくさんいる景色を...... 鷹華に見せてあげたかった」
「お、お兄様!?」
映像が消え、私の視界に官邸が入るのと、お兄様の部屋から爆発によるものと思われる炎があがったのはほぼ同時だった。
「え? なぜ官邸が燃えているの? なぜ...... 侵略者ではなく、お兄様が守ろうとした人々が官邸を襲撃しているの......? なぜ......」
無意識に外部集音マイクのレベルを上げてそちらに向ける。
おそらく...... 認めたくないだけで予感はあったのだろう。
「奴こそこの戦争を長引かせた元凶だ! 大統領は侵略者と内通しているに違いない!」
「食糧が尽きてからでは遅い! 真の勝利への戦いをここから始めるのだ!」
「とにかくこれまでの責任を取らせろ! 引きずり出して殺せ! このままではジリ貧だ!」
こんな怒号ばかりが飛び込んでくる。
「ふ、ふふ......」
何? お兄様と私はこんな奴等の為に今まで頑張ってきたの?
「あは、あはは」
そう。人とは...... ここまで愚かになれる生き物だったのね。
こんな時でさえ自らの希望をその手で摘み取る事が出来るなんて。
「お前達は......」
《特定の波長パターンを感知。システムを起動します。特定の波長パターンを感知。システムを起動します》
「へぇ...... これがトリガー...... サポート? ......そう。私にも保険をかけていたのね? ふふふ」
私の感情に反応するシステム。
正解が私の激しい怒りなのか抱いた絶望なのか、あるいはその両方なのかはわからないし興味もない。でもこれだけは確か。
もう...... 救いなんていらない。
「お前達はお兄様に...... あの人に......」
《システム起動。 オートモード、最終決戦仕様に移行します》
ごめんなさいお兄様、鷹華はお兄様のようにはできません。こんな世界に...... 未練はない!
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