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第5話 泥棒の女と病の妹
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翌朝。
宿の前で、泥棒――いや、昨夜捕まえた美女が腕を組んで立っていた。
黒いフードは外され、薄桃色の髪が陽に透けている。
まるでどこかの貴族の娘のような美しさだった。
「……あら、おはよう。昨夜は散々だったわね」
その笑い方が妙に艶っぽくて、俺は思わず目を逸らした。
だめだ、落ち着け。もう惚れてるとかじゃなくて、ただの生理的反応だ。
――たぶん。
「カイさん、口、開いてます」
「え、あっ!? い、いやこれは!」
「虫でも入ったんですか?」
「ちがっ、リリアちょっとトゲあるよ!?」
「事実を言っただけです」
朝からこの温度差。俺の胃がもたない。
「で、案内してくれるんですよね?」
セレス――そう名乗った彼女は、ゆるく笑って言った。
「妹のところへ。……でも、あんたたち本気なの?」
「本気だよ」
「信じらんないわね。昨夜まで敵だったのに」
確かにそうだ。けど、助けたいという気持ちは変わらない。
俺は胸を張った。
「困ってる人を放っておけない性分なんだ」
「ふうん。惚れやすくてお人好し。厄介な性格ね」
「惚れやす……いや、それは誤解!」
「誤解ですか? どうでしょうね?」
リリアがニコッと笑っている。笑っているが、笑っていない。
(やばい、朝から空気が重い……!)
貧民街は、宿場町の南のはずれにあった。
壊れかけの家々、瓦の代わりに板切れを載せた屋根。
道の隅には桶が並び、子どもたちが水を汲んでいる。
俺たちはその中の、特に古い小屋に案内された。
「ここよ」
扉を開けると、乾いた埃の匂いがした。
薄暗い部屋の中に、ひとりの少女が寝ていた。
顔色が悪く、額に冷や布が置かれている。
「ミーナ……妹よ」
セレスがそっと布を替えた。
その仕草に、普段の強気な雰囲気はなかった。
「薬師に診せたけど、治療費が払えなくて。
そのうえ病が“魔力枯渇熱”だって言うのよ。魔法使いしか治せないって……」
リリアが神妙な顔になる。
「魔力枯渇熱……放っておくと命に関わります」
「でしょ? だから私は――」
「盗んだ、と」
「……そう。もう他に方法がなかったのよ」
セレスは唇を噛んだ。
その瞳が少し潤んで見えた。
俺の胸がきゅっと締め付けられる。
「助けよう」
気づけば、口が勝手に動いていた。
リリアが目を丸くする。
「カイさん! そんな簡単に――」
「でも、このままじゃ――」
そのとき、背後で何かが落ちた。
ガタン!
「わっ……!?」
古びた棚が倒れ、布袋とホコリが雪崩のように降ってくる。
とっさにリリアをかばおうとして――
「――あっ」
バランスを崩して、リリアと一緒に床へ。
俺の腕の中に、リリア。
その下から聞こえる小さな声。
「……重いです」
「ご、ごめん! いや、これまた事故で!」
「またですか?」
「“また”とか言うな!」
セレスが口元を押さえて笑っている。
「ふふ……あなたたち、仲がいいのね」
「どこが!?」と二人同時に返してしまい、余計に空気が妙に和む。
棚を片付けながら、俺はリリアに向き直った。
「なあ、治せるか?」
「理論上は可能ですが……。かなり魔力を使います。
それに、この病は簡単ではありません」
「でも、できるんだろ?」
「――はい。ただし、誰かが相当消耗します」
「だったら俺が」
「あなた魔法使えませんよ」
「あ、そっか」
セレスが苦笑した。
「……ねえ、無理しなくていいわ。あんたたちに迷惑かけたくない」
「迷惑とかじゃない。助けたいだけだ」
「どうしてそこまで――」
リリアがすっと立ち上がる。
その顔には、明らかな不機嫌の影。
「カイさん、あなたはいつもそうです。
考えるより先に動いて、知らない人に優しくして。
……惚れた相手なら、なおさら」
「ほ、惚れたって!」
「図星ですね」
リリアがジト目。セレスは赤面。
なんだこれ、空気がカオス。
「ちょ、ちょっと落ち着け! 俺はただ――」
「助けたいんですよね?」
「そう、それ!」
「ええ、分かってます。だから腹が立つんです」
リリアがため息をついた。
その表情には嫉妬と苛立ち、そして少しの呆れ。
でも、それだけじゃない。どこか優しさもあった。
「……本気なんですね、カイさん」
「当たり前だ」
「じゃあ、私の魔力を使って治します」
そう言い切った彼女の声は、意外なほど穏やかだった。
セレスが驚いて息を呑む。
「いいの?」
「いいも悪いもありません。――カイさんのせいですから」
「ご、ごめん!」
「あとでちゃんと反省してくださいね」
リリアが詠唱を始めた。
光が部屋を満たし、風が静かに渦を巻く。
ミーナの体が淡く光り、頬に血色が戻っていく。
「……っ、はぁ……」
リリアが膝をついた。
額に汗が滲んでいる。
俺は慌てて支えた。
「大丈夫か!?」
「だ、大丈夫……少し、疲れただけです」
セレスが泣きそうな顔で妹の手を握る。
「ありがとう……ほんとに……ありがとう……!」
その姿を見て、俺は胸の奥がじんわり熱くなった。
けど――その横でリリアが俺をじっと睨んでいるのは、見逃さなかった。
「カイさん」
「は、はい」
「後で説教です」
「……はい」
どっと汗が出た。
泣き笑いのセレスと、怒り笑いのリリア。
なんだこの温度差。
数分後、外に出ると夜風が気持ちよかった。
セレスがそっと頭を下げる。
「助けてくれて、本当にありがとう」
「いいって。もう盗みはするなよ」
「ええ。でも……仕事もないし、行くあてもないの」
困ったように笑う彼女に、俺は思わず言ってしまった。
「なら、俺たちと来るか?」
「え?」
リリアが目を丸くする。
「え?」
ダブルえ? が重なる。
空気が一瞬止まる。
「だ、だって危ないし……妹も回復したら落ち着くだろ? 旅の途中で薬草とか探せば――」
「カイさん!」
リリアがジト目モード発動。
セレスが慌てて両手を振った。
「ちょ、ちょっと待って! あんたたち、ほんと面白いわね!」
彼女は腹を抱えて笑い出した。
それにつられて俺も笑い、リリアは頬を膨らませる。
月明かりの下で、なんだかんだ平和な空気が戻った。
宿の前で、泥棒――いや、昨夜捕まえた美女が腕を組んで立っていた。
黒いフードは外され、薄桃色の髪が陽に透けている。
まるでどこかの貴族の娘のような美しさだった。
「……あら、おはよう。昨夜は散々だったわね」
その笑い方が妙に艶っぽくて、俺は思わず目を逸らした。
だめだ、落ち着け。もう惚れてるとかじゃなくて、ただの生理的反応だ。
――たぶん。
「カイさん、口、開いてます」
「え、あっ!? い、いやこれは!」
「虫でも入ったんですか?」
「ちがっ、リリアちょっとトゲあるよ!?」
「事実を言っただけです」
朝からこの温度差。俺の胃がもたない。
「で、案内してくれるんですよね?」
セレス――そう名乗った彼女は、ゆるく笑って言った。
「妹のところへ。……でも、あんたたち本気なの?」
「本気だよ」
「信じらんないわね。昨夜まで敵だったのに」
確かにそうだ。けど、助けたいという気持ちは変わらない。
俺は胸を張った。
「困ってる人を放っておけない性分なんだ」
「ふうん。惚れやすくてお人好し。厄介な性格ね」
「惚れやす……いや、それは誤解!」
「誤解ですか? どうでしょうね?」
リリアがニコッと笑っている。笑っているが、笑っていない。
(やばい、朝から空気が重い……!)
貧民街は、宿場町の南のはずれにあった。
壊れかけの家々、瓦の代わりに板切れを載せた屋根。
道の隅には桶が並び、子どもたちが水を汲んでいる。
俺たちはその中の、特に古い小屋に案内された。
「ここよ」
扉を開けると、乾いた埃の匂いがした。
薄暗い部屋の中に、ひとりの少女が寝ていた。
顔色が悪く、額に冷や布が置かれている。
「ミーナ……妹よ」
セレスがそっと布を替えた。
その仕草に、普段の強気な雰囲気はなかった。
「薬師に診せたけど、治療費が払えなくて。
そのうえ病が“魔力枯渇熱”だって言うのよ。魔法使いしか治せないって……」
リリアが神妙な顔になる。
「魔力枯渇熱……放っておくと命に関わります」
「でしょ? だから私は――」
「盗んだ、と」
「……そう。もう他に方法がなかったのよ」
セレスは唇を噛んだ。
その瞳が少し潤んで見えた。
俺の胸がきゅっと締め付けられる。
「助けよう」
気づけば、口が勝手に動いていた。
リリアが目を丸くする。
「カイさん! そんな簡単に――」
「でも、このままじゃ――」
そのとき、背後で何かが落ちた。
ガタン!
「わっ……!?」
古びた棚が倒れ、布袋とホコリが雪崩のように降ってくる。
とっさにリリアをかばおうとして――
「――あっ」
バランスを崩して、リリアと一緒に床へ。
俺の腕の中に、リリア。
その下から聞こえる小さな声。
「……重いです」
「ご、ごめん! いや、これまた事故で!」
「またですか?」
「“また”とか言うな!」
セレスが口元を押さえて笑っている。
「ふふ……あなたたち、仲がいいのね」
「どこが!?」と二人同時に返してしまい、余計に空気が妙に和む。
棚を片付けながら、俺はリリアに向き直った。
「なあ、治せるか?」
「理論上は可能ですが……。かなり魔力を使います。
それに、この病は簡単ではありません」
「でも、できるんだろ?」
「――はい。ただし、誰かが相当消耗します」
「だったら俺が」
「あなた魔法使えませんよ」
「あ、そっか」
セレスが苦笑した。
「……ねえ、無理しなくていいわ。あんたたちに迷惑かけたくない」
「迷惑とかじゃない。助けたいだけだ」
「どうしてそこまで――」
リリアがすっと立ち上がる。
その顔には、明らかな不機嫌の影。
「カイさん、あなたはいつもそうです。
考えるより先に動いて、知らない人に優しくして。
……惚れた相手なら、なおさら」
「ほ、惚れたって!」
「図星ですね」
リリアがジト目。セレスは赤面。
なんだこれ、空気がカオス。
「ちょ、ちょっと落ち着け! 俺はただ――」
「助けたいんですよね?」
「そう、それ!」
「ええ、分かってます。だから腹が立つんです」
リリアがため息をついた。
その表情には嫉妬と苛立ち、そして少しの呆れ。
でも、それだけじゃない。どこか優しさもあった。
「……本気なんですね、カイさん」
「当たり前だ」
「じゃあ、私の魔力を使って治します」
そう言い切った彼女の声は、意外なほど穏やかだった。
セレスが驚いて息を呑む。
「いいの?」
「いいも悪いもありません。――カイさんのせいですから」
「ご、ごめん!」
「あとでちゃんと反省してくださいね」
リリアが詠唱を始めた。
光が部屋を満たし、風が静かに渦を巻く。
ミーナの体が淡く光り、頬に血色が戻っていく。
「……っ、はぁ……」
リリアが膝をついた。
額に汗が滲んでいる。
俺は慌てて支えた。
「大丈夫か!?」
「だ、大丈夫……少し、疲れただけです」
セレスが泣きそうな顔で妹の手を握る。
「ありがとう……ほんとに……ありがとう……!」
その姿を見て、俺は胸の奥がじんわり熱くなった。
けど――その横でリリアが俺をじっと睨んでいるのは、見逃さなかった。
「カイさん」
「は、はい」
「後で説教です」
「……はい」
どっと汗が出た。
泣き笑いのセレスと、怒り笑いのリリア。
なんだこの温度差。
数分後、外に出ると夜風が気持ちよかった。
セレスがそっと頭を下げる。
「助けてくれて、本当にありがとう」
「いいって。もう盗みはするなよ」
「ええ。でも……仕事もないし、行くあてもないの」
困ったように笑う彼女に、俺は思わず言ってしまった。
「なら、俺たちと来るか?」
「え?」
リリアが目を丸くする。
「え?」
ダブルえ? が重なる。
空気が一瞬止まる。
「だ、だって危ないし……妹も回復したら落ち着くだろ? 旅の途中で薬草とか探せば――」
「カイさん!」
リリアがジト目モード発動。
セレスが慌てて両手を振った。
「ちょ、ちょっと待って! あんたたち、ほんと面白いわね!」
彼女は腹を抱えて笑い出した。
それにつられて俺も笑い、リリアは頬を膨らませる。
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