21 / 45
19話 メイドとデート⑤ 紳士的とは、試練のこと』
しおりを挟む
夕暮れの街は、オレンジ色の光に包まれていた。
ビルのガラスに映る空がゆっくりと紫に染まっていく。
沙耶香さんは紙袋を抱えながら、自然に俺の隣を歩いていた。
「……こうして並んで歩くの、なんだか夫婦みたいですね」
「い、いきなり何を言うんですか……!」
「ふふっ。照れました?」
からかうような声。
俺の腕に、彼女の肩が少し触れた気がして、心臓が跳ねる。
(……いや、落ち着け。これはあくまでデートじゃなくて――いや、もう完全にデートかもしれない……?)
ビルの隙間から吹く風が、沙耶香さんの髪をふわりと揺らす。
その香りがかすかに俺の鼻をくすぐって、さらに思考を混乱させた。
「さ、そろそろレストランに参りましょうか」
「は、はい……!」
案内されたのは、夜景の見える高層レストラン。
窓の向こうには街の灯りが広がり、まるで宝石箱のようだった。
俺たちは並んでテーブルにつき、グラスを手にした。
「今日は“お仕事”ではなく、“健斗さん”としてご一緒しますね」
「え?」
「ふふっ……少しだけ、特別な気分にしたくて」
そう言って微笑む沙耶香さん。
もうその笑顔だけで、ワインを飲む前から酔いそうだった。
「それでは――乾杯」
「か、乾杯」
彼女のグラスはワイン、俺はぶどうジュース。
グラスが軽く触れ合った音が、静かな店内に響いた。
料理が運ばれてくるたびに、香ばしい香りとともに緊張が高まる。
フォークを手に取る沙耶香さんの動きが、いちいち上品で優雅で、目が離せなかった。
――いや、正確には“胸元から目が離せなかった”。
(やばい……ネックレスが揺れるたびに光が反射して……!)
彼女がワイングラスを持ち上げるたび、視線が勝手に吸い寄せられる。
紳士的でいようとするほど、視線が裏切ってくる。
「……健斗さん?」
「っ!? な、なんですか!?」
「そんなにじっと見つめられると、さすがに恥ずかしいですわ」
「い、いや、違うんです! その……フォークの持ち方が綺麗だなって!」
「まぁ……そう言われると、余計に意識してしまいます」
わざとらしく指先を動かしてみせる沙耶香さん。
そのたびに、俺の“理性の防御力”がごっそり削れていく。
(紳士的に……紳士的に……頼む俺、落ち着け……!)
メインディッシュが運ばれてきた。
肉の焼ける香りと、香草の匂い。
フォークを動かしながら、沙耶香さんがふっと微笑んだ。
「こうして外で食事をするのは久しぶりです。……健斗さんとですから、特別ですね」
「そ、そんな言い方されたら……照れますよ」
「ふふっ。じゃあ照れ隠しに、デザートを“あーん”してくれます?」
「えっ!? こ、ここで!?」
周囲のテーブルはみんな静かに食事をしている。
さすがにこれは無理だろ、と思ったのに――。
「ふふ、冗談ですよ」
「っ……!」
「でも、せっかくなので――少しだけ、お願いしても?」
冗談じゃなかった。
沙耶香さんはスプーンを手に、身を乗り出してくる。
あまりにも自然な仕草で、完全に空気が支配されていた。
「どうぞ、健斗さん」
「……っ、あ、あーん……」
スプーンを口に運ぶ。
ほんの一瞬、彼女の指先が俺の唇に触れた。
その瞬間、頭が真っ白になる。
「ふふ……どうですか? 美味しいでしょう?」
「は、はい……すごく」
(……味覚じゃなくて、別の神経が全部刺激されてる……!)
デザートを食べ終え、グラスの底に残ったジュースを見つめながら、俺は深呼吸をした。
落ち着け。落ち着け俺。
今日一日、何度この言葉を心の中で唱えただろう。
その横で、沙耶香さんは満足げに微笑んでいた。
「今日は楽しかったです。こんな素敵なディナー、忘れられません」
「い、いえ……こちらこそ」
店員が勘定書を持ってきたとき、沙耶香さんが手を伸ばす。
「今日は私が――」
「い、いえ! ここは男として!」
反射的に財布を取り出して立ち上がった。
(ここだけは! ここだけは男らしく!)
会計を済ませて戻ると、沙耶香さんがふわりと笑った。
「まぁ……頼もしい。でも、やっぱり健斗さんらしいですね」
「……それ、褒めてます?」
「もちろん。可愛らしい意味で、ですよ」
からかうような視線に、また顔が熱くなる。
そのまま夜の街へ出ると、風が少し冷たかった。
都会の夜景がきらめく中、二人で並んで歩く。
灯りがビルのガラスに反射して、まるで星空の中を歩いているみたいだった。
「健斗さん」
「はい?」
「今日のこと……きっと、ずっと忘れません」
穏やかに微笑む沙耶香さんの横顔を見て、胸の奥がじんわり熱くなった。
(……ダメだ。絶対に、忘れられるわけない)
その夜、俺は“紳士的”という言葉の本当の意味を、初めて理解した気がした。
――それはつまり、“理性との戦い”ということだ。
ビルのガラスに映る空がゆっくりと紫に染まっていく。
沙耶香さんは紙袋を抱えながら、自然に俺の隣を歩いていた。
「……こうして並んで歩くの、なんだか夫婦みたいですね」
「い、いきなり何を言うんですか……!」
「ふふっ。照れました?」
からかうような声。
俺の腕に、彼女の肩が少し触れた気がして、心臓が跳ねる。
(……いや、落ち着け。これはあくまでデートじゃなくて――いや、もう完全にデートかもしれない……?)
ビルの隙間から吹く風が、沙耶香さんの髪をふわりと揺らす。
その香りがかすかに俺の鼻をくすぐって、さらに思考を混乱させた。
「さ、そろそろレストランに参りましょうか」
「は、はい……!」
案内されたのは、夜景の見える高層レストラン。
窓の向こうには街の灯りが広がり、まるで宝石箱のようだった。
俺たちは並んでテーブルにつき、グラスを手にした。
「今日は“お仕事”ではなく、“健斗さん”としてご一緒しますね」
「え?」
「ふふっ……少しだけ、特別な気分にしたくて」
そう言って微笑む沙耶香さん。
もうその笑顔だけで、ワインを飲む前から酔いそうだった。
「それでは――乾杯」
「か、乾杯」
彼女のグラスはワイン、俺はぶどうジュース。
グラスが軽く触れ合った音が、静かな店内に響いた。
料理が運ばれてくるたびに、香ばしい香りとともに緊張が高まる。
フォークを手に取る沙耶香さんの動きが、いちいち上品で優雅で、目が離せなかった。
――いや、正確には“胸元から目が離せなかった”。
(やばい……ネックレスが揺れるたびに光が反射して……!)
彼女がワイングラスを持ち上げるたび、視線が勝手に吸い寄せられる。
紳士的でいようとするほど、視線が裏切ってくる。
「……健斗さん?」
「っ!? な、なんですか!?」
「そんなにじっと見つめられると、さすがに恥ずかしいですわ」
「い、いや、違うんです! その……フォークの持ち方が綺麗だなって!」
「まぁ……そう言われると、余計に意識してしまいます」
わざとらしく指先を動かしてみせる沙耶香さん。
そのたびに、俺の“理性の防御力”がごっそり削れていく。
(紳士的に……紳士的に……頼む俺、落ち着け……!)
メインディッシュが運ばれてきた。
肉の焼ける香りと、香草の匂い。
フォークを動かしながら、沙耶香さんがふっと微笑んだ。
「こうして外で食事をするのは久しぶりです。……健斗さんとですから、特別ですね」
「そ、そんな言い方されたら……照れますよ」
「ふふっ。じゃあ照れ隠しに、デザートを“あーん”してくれます?」
「えっ!? こ、ここで!?」
周囲のテーブルはみんな静かに食事をしている。
さすがにこれは無理だろ、と思ったのに――。
「ふふ、冗談ですよ」
「っ……!」
「でも、せっかくなので――少しだけ、お願いしても?」
冗談じゃなかった。
沙耶香さんはスプーンを手に、身を乗り出してくる。
あまりにも自然な仕草で、完全に空気が支配されていた。
「どうぞ、健斗さん」
「……っ、あ、あーん……」
スプーンを口に運ぶ。
ほんの一瞬、彼女の指先が俺の唇に触れた。
その瞬間、頭が真っ白になる。
「ふふ……どうですか? 美味しいでしょう?」
「は、はい……すごく」
(……味覚じゃなくて、別の神経が全部刺激されてる……!)
デザートを食べ終え、グラスの底に残ったジュースを見つめながら、俺は深呼吸をした。
落ち着け。落ち着け俺。
今日一日、何度この言葉を心の中で唱えただろう。
その横で、沙耶香さんは満足げに微笑んでいた。
「今日は楽しかったです。こんな素敵なディナー、忘れられません」
「い、いえ……こちらこそ」
店員が勘定書を持ってきたとき、沙耶香さんが手を伸ばす。
「今日は私が――」
「い、いえ! ここは男として!」
反射的に財布を取り出して立ち上がった。
(ここだけは! ここだけは男らしく!)
会計を済ませて戻ると、沙耶香さんがふわりと笑った。
「まぁ……頼もしい。でも、やっぱり健斗さんらしいですね」
「……それ、褒めてます?」
「もちろん。可愛らしい意味で、ですよ」
からかうような視線に、また顔が熱くなる。
そのまま夜の街へ出ると、風が少し冷たかった。
都会の夜景がきらめく中、二人で並んで歩く。
灯りがビルのガラスに反射して、まるで星空の中を歩いているみたいだった。
「健斗さん」
「はい?」
「今日のこと……きっと、ずっと忘れません」
穏やかに微笑む沙耶香さんの横顔を見て、胸の奥がじんわり熱くなった。
(……ダメだ。絶対に、忘れられるわけない)
その夜、俺は“紳士的”という言葉の本当の意味を、初めて理解した気がした。
――それはつまり、“理性との戦い”ということだ。
71
あなたにおすすめの小説
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
友達の妹が、入浴してる。
つきのはい
恋愛
「交換してみない?」
冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。
それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。
鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。
冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。
そんなラブコメディです。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
プール終わり、自分のバッグにクラスメイトのパンツが入っていたらどうする?
九拾七
青春
プールの授業が午前中のときは水着を着こんでいく。
で、パンツを持っていくのを忘れる。
というのはよくある笑い話。
クラスで1番の美少女のことが好きなのに、なぜかクラスで3番目に可愛い子に絡まれる
グミ食べたい
青春
高校一年生の高居宙は、クラスで一番の美少女・一ノ瀬雫に一目惚れし、片想い中。
彼女と仲良くなりたい一心で高校生活を送っていた……はずだった。
だが、なぜか隣の席の女子、三間坂雪が頻繁に絡んでくる。
容姿は良いが、距離感が近く、からかってくる厄介な存在――のはずだった。
「一ノ瀬さんのこと、好きなんでしょ? 手伝ってあげる」
そう言って始まったのは、恋の応援か、それとも別の何かか。
これは、一ノ瀬雫への恋をきっかけに始まる、
高居宙と三間坂雪の、少し騒がしくて少し甘い学園ラブコメディ。
【完結】かつて憧れた陰キャ美少女が、陽キャ美少女になって転校してきた。
エース皇命
青春
高校でボッチ陰キャを極めているカズは、中学の頃、ある陰キャ少女に憧れていた。実は元々陽キャだったカズは、陰キャ少女の清衣(すい)の持つ、独特な雰囲気とボッチを楽しんでいる様子に感銘を受け、高校で陰キャデビューすることを決意したのだった。
そして高校2年の春。ひとりの美少女転校生がやってきた。
最初は雰囲気が違いすぎてわからなかったが、自己紹介でなんとその美少女は清衣であるということに気づく。
陽キャから陰キャになった主人公カズと、陰キャから陽キャになった清衣。
以前とはまったく違うキャラになってしまった2人の間に、どんなラブコメが待っているのだろうか。
※小説家になろう、カクヨムでも公開しています。
※表紙にはAI生成画像を使用しています。
陰キャの俺が学園のアイドルがびしょびしょに濡れているのを見てしまった件
暁ノ鳥
キャラ文芸
陰キャの俺は見てしまった。雨の日、校舎裏で制服を濡らし恍惚とする学園アイドルの姿を。「見ちゃったのね」――その日から俺は彼女の“秘密の共犯者”に!? 特殊な性癖を持つ彼女の無茶な「実験」に振り回され、身も心も支配される日々の始まり。二人の禁断の関係の行方は?。二人の禁断の関係が今、始まる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる