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44話 プライベートビーチでハーレム 終
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夕方の海は、昼とはまるで別の場所みたいに静かだった。
オレンジ色に染まった空の下、俺たちは遊び道具を片づけながら、ぽつぽつと今日の感想を話していた。
「結局ずっと遊んでたねー」
橘がタオルをたたみながら笑う。
「うん……でも、なんかあっという間だった」
白石は名残惜しそうに海を振り返る。
クーラーボックスを運びながら、俺も頷いた。
「こんなに一日中海にいたの、初めてかも」
「坊ちゃまが楽しそうで何よりでございます」
沙耶香さんは穏やかに微笑みながら、忘れ物がないか確認している。
「沙耶香さんも、午後から結構はしゃいでましたよね」
「そ、そんなことは……」
ほんの少しだけ視線を逸らす仕草に、橘がにやっとする。
「はい出たー、照れ隠し」
「橘様は本当にお元気ですね」
軽口を交わしながらも、どこか寂しさが混じった空気が漂っていた。
楽しかった時間が終わりに近づいているのを、みんな分かっているからだ。
車に荷物を積み終えたあと、最後にもう一度だけ四人で海を振り返る。
「また来たいね」
白石の言葉に、全員が自然とうなずいた。
「次はもっと大きいパラソル持ってこよ」
「料理の準備はもう少し効率よくできますね」
「今度は絶対勝つからな、ビーチバレー」
そんな他愛ない約束をしながら、俺たちは海を後にした。
――それから数日後。
俺は自室の机に向かい、家庭教師の美憂さんに勉強を教わっていた。
「ここは、この公式をそのまま当てはめていいの。
途中で変形しようとすると、逆に混乱するから」
「……あ、なるほど。ここは考えすぎなくていいんですね」
「そうそう。健斗くん、真面目だから全部理解しようとしちゃうのよ」
そう言って、美憂さんはくすっと笑った。
椅子に座り直すとき、足を組み替える。
その一瞬、視界の端にすらりとした太ももが入り、慌ててノートに視線を戻した。
(集中しろ俺……今は勉強だ……)
「健斗くん?」
「は、はい!」
「……今の反応、ちょっと怪しいけど?」
「い、いや、ちゃんと聞いてます!」
疑うような視線に、顔が熱くなる。
問題をひと通り終えたところで、休憩に入った。
美憂さんはペットボトルのお茶を一口飲み、少し間を置いてから口を開く。
「そういえば……」
「はい?」
「海、行ってたんだって?」
「……えっ」
完全に予想外で、思考が止まる。
「どうして私には、何も言ってくれなかったの?」
声は静かで、責めるようでもない。
なのに、視線だけが真っ直ぐで、逃げ道がない。
「いや、その……」
(なんで知ってるんだ……?
誰かに話した覚えは……)
「私ね」
美憂さんは言葉を選ぶように、少し視線を落とした。
「健斗くんと大学の近くを一緒に歩いた日から……
なんだか、変に意識しちゃってるみたい」
「……」
「だから、海に行ったって聞いたとき、
頭の中が勝手に想像しちゃって」
一拍置いて、ぽつりと。
「……私とは、遊びだったのかな、って」
胸がきゅっと締めつけられる。
(付き合ってるわけじゃない。
でも、何もなかったとも言い切れない。
あれは……デートだったのか?
沙耶香さんには“デートみたい”って言われたけど……)
答えが出ないまま、沈黙が伸びる。
「……ごめんなさい」
先に口を開いたのは、美憂さんだった。
「変なこと聞いたよね。
急にこんなこと言われても困るよね」
「い、いえ……」
慌てて首を振る。
「ただ……その……」
言葉を探して、喉が詰まる。
「……そういうつもりじゃ、なかったです」
はっきり否定も肯定もできない、苦し紛れの返事。
「……」
美憂さんは一瞬だけ目を見開き、それから小さく息を吐いた。
「……だよね。ごめんなさい、冷静じゃなかった」
そう言って、いつもの柔らかな表情に戻る。
「私、恋愛のことになると急に余裕なくなるみたい」
「そんなふうには……」
「見えるでしょ?」
自嘲気味に笑う。
「でも、健斗くんが他の女の人と楽しそうにしてるって思ったら、
なんだか胸がざわざわして……」
その言葉に、胸の奥がじんわり痛む。
「だから、ひとつだけお願い」
「……はい」
「今度は、私も誘ってほしいな」
「え?」
「埋め合わせ、ってことで。
プールとか、どう?」
いたずらっぽく笑う美憂さん。
「ちゃんと、健斗くんと“二人”で行きたい」
その真剣さに、思わず背筋が伸びる。
「……はい。ぜひ」
そう答えると、美憂さんはほっとしたように微笑んだ。
「ありがとう。
それだけで、今日はちゃんと眠れそう」
(まあ……これはこれは)
桐生沙耶香は、音を立てないようそっと距離を取りながら、胸の内で微笑んだ。
(美憂様も、ついに本気になられましたか)
胸の奥に、ふっと風が通り抜ける。
それは驚きではなく、予感が形になったような感覚だった。
波乱の気配。
けれど、不思議と嫌なものではない。
(坊ちゃま、応援はしておりますよ)
その思いに、偽りはない。
これまで見守ってきた時間も、積み重ねてきた日常も、すべて含めて。
――けれど。
心のどこかで、視線がほんの一瞬だけ、立ち止まる。
進んでいく背中を見送る覚悟はある。
ただ、その背中が遠ざかる速さまでは、まだ測りきれていない。
(……ふふ)
小さく息を吐き、想いを整える。
それ以上を言葉にすることはなく、ただ静かに胸の奥へと沈めた。
表情は、いつもと変わらない穏やかさのまま。
役目を果たす者として、何一つ揺らぎは見せずに。
沙耶香はその場を後にした。
オレンジ色に染まった空の下、俺たちは遊び道具を片づけながら、ぽつぽつと今日の感想を話していた。
「結局ずっと遊んでたねー」
橘がタオルをたたみながら笑う。
「うん……でも、なんかあっという間だった」
白石は名残惜しそうに海を振り返る。
クーラーボックスを運びながら、俺も頷いた。
「こんなに一日中海にいたの、初めてかも」
「坊ちゃまが楽しそうで何よりでございます」
沙耶香さんは穏やかに微笑みながら、忘れ物がないか確認している。
「沙耶香さんも、午後から結構はしゃいでましたよね」
「そ、そんなことは……」
ほんの少しだけ視線を逸らす仕草に、橘がにやっとする。
「はい出たー、照れ隠し」
「橘様は本当にお元気ですね」
軽口を交わしながらも、どこか寂しさが混じった空気が漂っていた。
楽しかった時間が終わりに近づいているのを、みんな分かっているからだ。
車に荷物を積み終えたあと、最後にもう一度だけ四人で海を振り返る。
「また来たいね」
白石の言葉に、全員が自然とうなずいた。
「次はもっと大きいパラソル持ってこよ」
「料理の準備はもう少し効率よくできますね」
「今度は絶対勝つからな、ビーチバレー」
そんな他愛ない約束をしながら、俺たちは海を後にした。
――それから数日後。
俺は自室の机に向かい、家庭教師の美憂さんに勉強を教わっていた。
「ここは、この公式をそのまま当てはめていいの。
途中で変形しようとすると、逆に混乱するから」
「……あ、なるほど。ここは考えすぎなくていいんですね」
「そうそう。健斗くん、真面目だから全部理解しようとしちゃうのよ」
そう言って、美憂さんはくすっと笑った。
椅子に座り直すとき、足を組み替える。
その一瞬、視界の端にすらりとした太ももが入り、慌ててノートに視線を戻した。
(集中しろ俺……今は勉強だ……)
「健斗くん?」
「は、はい!」
「……今の反応、ちょっと怪しいけど?」
「い、いや、ちゃんと聞いてます!」
疑うような視線に、顔が熱くなる。
問題をひと通り終えたところで、休憩に入った。
美憂さんはペットボトルのお茶を一口飲み、少し間を置いてから口を開く。
「そういえば……」
「はい?」
「海、行ってたんだって?」
「……えっ」
完全に予想外で、思考が止まる。
「どうして私には、何も言ってくれなかったの?」
声は静かで、責めるようでもない。
なのに、視線だけが真っ直ぐで、逃げ道がない。
「いや、その……」
(なんで知ってるんだ……?
誰かに話した覚えは……)
「私ね」
美憂さんは言葉を選ぶように、少し視線を落とした。
「健斗くんと大学の近くを一緒に歩いた日から……
なんだか、変に意識しちゃってるみたい」
「……」
「だから、海に行ったって聞いたとき、
頭の中が勝手に想像しちゃって」
一拍置いて、ぽつりと。
「……私とは、遊びだったのかな、って」
胸がきゅっと締めつけられる。
(付き合ってるわけじゃない。
でも、何もなかったとも言い切れない。
あれは……デートだったのか?
沙耶香さんには“デートみたい”って言われたけど……)
答えが出ないまま、沈黙が伸びる。
「……ごめんなさい」
先に口を開いたのは、美憂さんだった。
「変なこと聞いたよね。
急にこんなこと言われても困るよね」
「い、いえ……」
慌てて首を振る。
「ただ……その……」
言葉を探して、喉が詰まる。
「……そういうつもりじゃ、なかったです」
はっきり否定も肯定もできない、苦し紛れの返事。
「……」
美憂さんは一瞬だけ目を見開き、それから小さく息を吐いた。
「……だよね。ごめんなさい、冷静じゃなかった」
そう言って、いつもの柔らかな表情に戻る。
「私、恋愛のことになると急に余裕なくなるみたい」
「そんなふうには……」
「見えるでしょ?」
自嘲気味に笑う。
「でも、健斗くんが他の女の人と楽しそうにしてるって思ったら、
なんだか胸がざわざわして……」
その言葉に、胸の奥がじんわり痛む。
「だから、ひとつだけお願い」
「……はい」
「今度は、私も誘ってほしいな」
「え?」
「埋め合わせ、ってことで。
プールとか、どう?」
いたずらっぽく笑う美憂さん。
「ちゃんと、健斗くんと“二人”で行きたい」
その真剣さに、思わず背筋が伸びる。
「……はい。ぜひ」
そう答えると、美憂さんはほっとしたように微笑んだ。
「ありがとう。
それだけで、今日はちゃんと眠れそう」
(まあ……これはこれは)
桐生沙耶香は、音を立てないようそっと距離を取りながら、胸の内で微笑んだ。
(美憂様も、ついに本気になられましたか)
胸の奥に、ふっと風が通り抜ける。
それは驚きではなく、予感が形になったような感覚だった。
波乱の気配。
けれど、不思議と嫌なものではない。
(坊ちゃま、応援はしておりますよ)
その思いに、偽りはない。
これまで見守ってきた時間も、積み重ねてきた日常も、すべて含めて。
――けれど。
心のどこかで、視線がほんの一瞬だけ、立ち止まる。
進んでいく背中を見送る覚悟はある。
ただ、その背中が遠ざかる速さまでは、まだ測りきれていない。
(……ふふ)
小さく息を吐き、想いを整える。
それ以上を言葉にすることはなく、ただ静かに胸の奥へと沈めた。
表情は、いつもと変わらない穏やかさのまま。
役目を果たす者として、何一つ揺らぎは見せずに。
沙耶香はその場を後にした。
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