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ブルーバーグ侯爵夫人side④

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「今日はフローラ様はいらっしゃらないのですか?」

 わたくしが経営するドレスのアトリエの一室。商談やお客の接待用の応接室で、サマンサ先生が聞いてきた。
 姿が見えないのでがっかりした表情に見える。

「はい。今日は急遽用事が入ってしまい留守にしているのですわ。フローラも会いたがっていたので残念です」

「あっ。いえ、急用ができたのであれば仕方ありません。フローラ様もお忙しいでしょうから」

 そうね。今までも忙しかったけれど、別の意味で忙しくなったわ。
 リチャード殿下のサンフレア語の臨時教師になるとは思わなかった。今日もレイニー殿下と会う手筈を整えてあるのでしょう。フローラは気づいていないようだけれどもね。

「本日はこれをお持ち致しました」

 サマンサ先生が手にした封書から出てきたのは正式に契約を交わすための書類。ファイルされたものを一枚一枚取り出して、サイン等不備はないか確認する。
 きちんとサインも入っており大丈夫なようだ。

「ありがとうございました。これで契約成立です。これからもよろしくお願いします」

 わたくしは書類をまとめると写しをサマンサ先生へと手渡した。
 
「いろいろとわがままなことを言いましたが、わたしの方こそ、よろしくお願いします」

「いいえ。契約に関してはわがままになっていただいて構いませんよ。お互いに利がないと成立しませんからね。意見をぶつけ合って、より良いものを作り出し、より良い条件を引き出すことが大事だと思っておりますから」

「そう言って頂けるとありがたいです。ついついネガティブなことばかり考えていましたから」

 サマンサ先生は自分を過信をしない慎重な方だから、契約まで時間を要することになった。
 趣味で作っていた室内履きがまさか商品化されるなんて、思ってもいなかったでしょうし、するつもりもなかった。たまたま、フローラの目に留まったのがきっかけですものね。

『売れる見込みがついてから正式に商品化すること』
 これが第一の条件だった。

 まずはわたくしのアトリエの職人たちと使ってみて改良を加えながら、お客様に履いてもらい試してもらった。ことのほか、評判が良かったので試しにお店に置いてみた。そうして口コミのおかげもあってか、徐々に売れるようになったため商品化のめどが立った。特許も取っているので、勝手に利用されることもないでしょう。

 これからは本格的に商品化に向けて始動をしていかなければ。将来的には隣に工房を建て製造と販売をそちらに移すつもりでいる。

「サマンサ先生。アトリエに行きませんか? そちらでみんなとお茶をしましょう」

「よろしいのですか?」

「はい。ぜひ。今日は正式に契約が成立しましたから、その報告も兼ねて。みんな喜ぶと思いますわ」

 サマンサ先生は嬉しそうに顔を綻ばせて微笑んだ。
 アトリエに何度か足を運んでいる先生はすっかりみんなと打ち解けている。早く商品化をと待ち望んでいたのは、縫製を手掛けている職人たちだった。

「今日から室内履きのオーダーメイドも始めようと思いますの。最初のお客様はサマンサ先生が相応しいと思うのですが、どうでしょう。お願いできますか?」

「……はい。喜んで」

 サマンサ先生は感極まった様子で言葉を詰まらせていたけれど、やがて満面の笑みで答えてくれた。

 アトリエに顔を出して結果報告をすると待ってましたとばかりに職人たちから歓声が上がった。
 この場にフローラがいないのは残念だったけれど……

 そのあとはみんなで契約成立のお祝いを兼ねたお茶会を開き、楽しいひとときを過ごしたのだった。

 
 

 
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