婚約破棄から始まる恋~捕獲された地味令嬢は王子様に溺愛されています

きさらぎ

文字の大きさ
106 / 195
第二部

ディアナside⑥

しおりを挟む
「これは……もしかして、ルナ・テラスのケーキ?」

「ええ、そうよ。そろそろ食べたいのでは、と思って買ってきたのよ」

 シックなケーキ箱のロゴを確認して感嘆の声を上げたのはアンジェラ。
 今日は彼女とのお茶会の日。月に一度は東の宮を訪れている。お茶会兼情報交換会といった方が正しいかもしれないわね。
 今の時間帯はリチャードはお昼寝中。

「そうなの。よくわかったわね。ルナ・テラスのケーキが恋しくなってたところなのよ」

「それは、グッドタイミングだったわね」

「あら。でも、ルナ・テラスはテイクアウトはNGだったはずだけど」

 お店で出来立てを食べてもらいたいという方針があるようで、持ち帰りを受け付けていない。

「基本はね。何事にも例外はあるわよ」

「そうなのね。まあ、そこはディアナだからってことかしら。あっ、でも。ローズ様にもお分けした方がいいわよね。お気に入りですものね」

「大丈夫よ。ローズ様にも届けてきたわ。たいそう喜んでくださったわよ」

「さすが、抜かりないわね」

「もちろんよ」

 実はルナ・テラスは馴染みのカフェ。
 ローズ様もアンジェラもお気に入りのお店の一つなのよ。王家の御用達に指定していないから、知らない貴族も多い。店主もそんな称号には興味はない。
 ある貴族が趣味で始めたものだから、ひっそりと限られた顧客でのんびりと運営する方が性に合っているらしいわ。お祖父様の友人でわたしも随分とかわいがってもらってたおかげで、いつもなら顔パスなのよね。少々のわがままを聞いてもらえるくらいには親しいのよ。今回のようにね。
 
「はあ。美味しいわねえ」

 苺のショートケーキを一口食べたアンジェラが感嘆の息を漏らす。
 これはルナ・テラスの一番人気。やはりこれは外せなかったわ。
 わたしもチーズケーキの次に好きなのよ。
 
「そういえば、先日、ビビアン様とルナ・テラスに行ってきたわ。フローラも一緒に」

「ビビアン嬢と? フローラちゃんと一緒なんて、珍しい取り合わせね」

「放課後に運悪く捕まってしまって、お茶をすることになったのよ。連れていかれたのがルナ・テラスだったのだけど、随分と自慢げだったわね」

「ルナ・テラスは一見お断りのお店だものね。誰でも入れるわけではないから、貴族のステータスだと言われているお店でしょう。自慢したくなるのもわからなくはないけれど、普通はしないわね。はしたないもの」

 特権を享受しても謙虚なタイプと人々に吹聴して自慢する虚栄心の塊のタイプ。たまにいるのよね。後者のタイプが……
 そんなタイプだと知っているから、私がお店に入ってきても特別なもてなしはなかったのよ。
 ビビアン様には丁重な挨拶はあったけれど、私には初対面の接し方。私が常連客なんてばれたら、彼女の面目丸つぶれですものね。そこは店側のTPOがしっかりと教育されているということ。
 おかげで、ビビアン様の虚栄心も自尊心も保たれたと思うわ。

「それにしても、相手は公爵令嬢なのに、運悪くって、ビビアン嬢も気の毒ね」

 ツボはそこだったのかしら?
 アンジェラはぷっと吹き出すとケラケラと笑い出した。
 相当ウケたのか涙まで出てるわ。無表情な侍女が素早くハンカチを渡している。
 笑いすぎ。
 なかなか笑いの止まらないアンジェラを遠い目で見ながらケーキを口に運ぶ。飾りの苺の大きいこと。馥郁とした苺の甘さがじゅわっと口の中に広がって、言葉にならないくらいに美味しい。
 まだ、笑ってるわ。
 そんなにウケることかしらね。しょうがない、しばらく好きにさせとくわ。
 そして、ひとしきり笑ったアンジェラが落ち着いたところで話を切り出した。

「ビビアン様よりも気の毒なのはフローラの方よ」

「フローラちゃん? 何があったの」

 心配げに眉を顰めたアンジェラにあの日の出来事を話して聞かせた。

「ちょっと、それ、なんなの? 酷いじゃないの。大体ねえ、悪いのは元婚約者であってフローラちゃんではないでしょう。どういうことなのよ」

 案の定、怒って憤りを見せるアンジェラ。 持っていたフォークを握りしめてわなわなと震えている。柳眉を逆立てまくし立てる彼女を宥めてるのに一苦労したわ。これが普通の反応だわ。激怒するのは当たり前よね。


「彼女とは気が合わないと思っていたけれど、この先も合う気がしないわね」

 やっと怒りが治まったアンジェラの諦めたような口ぶりで肩を竦めた。

「王太子妃がそんなことを言ってはいけないわ」

「説得力に欠けるわよ。顔が緩んでいるもの。鏡を貸しましょうか?」

「大丈夫。自覚しているから」

 気持ちはわかるから、咎めるつもりもないし説得する気もない。一応ね、形だけ。

 王妃主催の公爵家を招くお茶会や食事会が年に数回あって、それぞれの公爵家とは交流があるから令嬢達とも顔馴染み。年齢によってもつき合い方は変わるし、気の合わない令嬢もいたりすると自然と疎遠になってしまうのよね。
 アンジェラとビビアン様もそんな感じかしら。自然というよりアンジェラの場合、意図的に避けていたと考える方が妥当かもしれないわ。
 公爵令嬢なのに、王太子妃に敬遠されているビビアン様も気の毒だわね。どうでもいいけれど。

「そういえば、今度レセプションパーティーを開くのでしょう?」

 いつまでも怒りに燃えていても仕方がないので話題を切り替えたわ。

「ええ。フローラちゃんのカフェの話ね。わたくしも驚いたわ」

「知っていたのね」

 正確にはシャロン様のお店だけれども、フローラも関わっているから特に訂正はしないでおく。

「もちろんよ。招待状をもらったもの」

 てっきり知らないと思ってサプライズしようと思ったのに、

「招待状? 王太子妃に?」
 
 目を瞬かせてびっくり眼の私にしてやったりの顔をしてニヤリと笑うアンジェラ。
 招待状も見せてくれた。確かにアンジェラ宛だったわ。

「お母様はフローラちゃんを相当気に入ったのね。何でもしてあげたいって言っていたわ。今回のパーティーはそれ故よね。ローシャス家は筆頭公爵家。うちの邸を使うだけでも格は上がるし、その上に王太子妃のわたくしが参加したらどうなると思う?」
 
「それは、大きな後ろ盾を得たと思われるでしょうね。次期王妃の実家だものね」

 フェリシア様も発想が大胆ね。世話好きな方だから、張り切っていらっしゃる姿が想像できるわ。

「それに、マクレーン伯爵家が揃えばこれ以上はない箔が付くと思うわ。経営が成功するためには最初が肝心。話題性も必要だと思うのよって、お母様が言っていたわね。わたくしもその日が楽しみだわ」

「そうね。ローシャス公爵家、マクレーン伯爵家。二家が揃えば怖いものなしね。フローラも侯爵令嬢だから爵位的にも不足はないわね」

 アンジェラの言う通り。これ以上はない最上の組み合わせだわね。

「それはそうと、フローラちゃんとレイニーはどうなっているの? 少しは進展しているのかしら?」

 問題はそこよね。二人がうまくいってこそ、外堀を埋めた甲斐があるというもの。

「それが……なかなか」

「もしかして、まだ、仲の良いお友達関係が続いているとか……」

 言い淀んだわたしの言葉を察したのか、呆れたような顔で見つめられてしまったわ。
 
「朗報が届かないところをみるとそんなことだろうとは思っていたけれどもね。レイニーったら、何やっているのかしら。サッサとプロポーズしちゃえばいいのに。フローラちゃんって恋愛事は鈍そうだし、はっきり言わないとそのうちに誰かに取られちゃうんじゃないの」

「その可能性は無きにしも非ずなのよね。縁談は来ているっていうし。レイニーには一応、危機感を匂わせてはみたけれど、どこまで通じていることやら」

 アンジェラは興奮した気持ちを静めるように紅茶を手に取った。少し冷めてしまった紅茶の温度がちょうどいいわね。

「こんなことなら、王命を使って頂いた方がよかったのではないかしらね。そのほうが早くまとまりそうよね。いっその事、陛下にまとめて頂いた方がいいんじゃないかしら」

 アンジェラ。自重しましょう。この調子だと両陛下に直談判しかねないわ。

「まあ、まあ。それを言ってしまったらお終いだし、フローラの気持ちを大事することにはならないわ」

「……それは、そうだけど。でも、じれったくてやきもきしてしまうわ」

「それは、わたしも同じよ。けど、王命は使わないとの約束だし、フローラの幸せが最優先だから、じれったくても見守るしかないのよね」

「わかっているわ。フローラちゃんはどうなのかしらね。レイニーのことをどう思っているのかしら?」

「好意は抱いているとは思うわよ。それが恋なのかはわからないけれど。あの時は結婚なんて考えていないと言い切っていたから、そこが心配ではあるわね」

 傷物令嬢なんて、誰もそんなこと思っていないのに。むしろあの男と縁が切れてこちらはせいせいしているというのに。嫌味なことを言ってくれたものだわ。思い出したら、ムカムカしてきたわ。

「好意があるだけでも十分かしらね。毎回、レイニーの所に行っているけれど、楽しそうにしているみたいだし、宮も以前より華やいでいるみたいですものね」

「インテリアも変わっていたし、特に侍女達が張り切っているみたいよ。フローラが宮に入ってきただけでこうも違うのかって驚いたもの」

「まあ、そんなに違うの? わたくしも一度覗いてみようかしら」

 好奇心に駆られたアンジェラに

「今度、一緒に行ってみる?」

 なんて、誘いをかけてみたわ。百聞は一見に如かずというものね。

「行くわ」

 即答だった。ちょっと苦笑い。

「そういえば、気になることがあるのよ。これはエドから聞いた話なのだけれど」

「エドアールから?」

「ええ。レイニーの結婚についてたまに聞かれるらしいのよ。そろそろどうかとね。ユージーンの結婚が決まったから、貴族達の関心がレイニーに移ってきつつあるみたいね。まだ、本格的に話が出てきているわけではないみたいだけれどもね」

「なるほどね」

 王太子の耳にも入ってきているのね。

「エドもうまく濁してくれたみたいだけれど」

 こんな事態になることは想定できないことではなかったけれど、両陛下が首を縦に振らない限り結婚は成立はしないから、心配することはないとは思う。それでも政治が絡んだりしたら厄介だわよね。注意するに越したことはないわね。

「事が事だけに、一刻でも早く、フローラちゃんとの結婚がまとまって欲しいわね」

「本当に。それこそ、みんなが幸せになる早道よね」

 わたしたちは心を一つにして、頷き合った。

 わたしは心の中で密かに祈ったわ。
 レイニー。あなたにかかってるの。頑張るのよ。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

目覚めたら魔法の国で、令嬢の中の人でした

エス
恋愛
転生JK×イケメン公爵様の異世界スローラブ 女子高生・高野みつきは、ある日突然、異世界のお嬢様シャルロットになっていた。 過保護すぎる伯爵パパに泣かれ、無愛想なイケメン公爵レオンといきなりお見合いさせられ……あれよあれよとレオンの婚約者に。 公爵家のクセ強ファミリーに囲まれて、能天気王太子リオに振り回されながらも、みつきは少しずつ異世界での居場所を見つけていく。 けれど心の奥では、「本当にシャルロットとして生きていいのか」と悩む日々。そんな彼女の夢に現れた“本物のシャルロット”が、みつきに大切なメッセージを託す──。 これは、異世界でシャルロットとして生きることを託された1人の少女の、葛藤と成長の物語。 イケメン公爵様とのラブも……気づけばちゃんと育ってます(たぶん) ※他サイトに投稿していたものを、改稿しています。 ※他サイトにも投稿しています。

【完結】 笑わない、かわいげがない、胸がないの『ないないない令嬢』、国外追放を言い渡される~私を追い出せば国が大変なことになりますよ?~

夏芽空
恋愛
「笑わない! かわいげがない! 胸がない! 三つのないを持つ、『ないないない令嬢』のオフェリア! 君との婚約を破棄する!」 婚約者の第一王子はオフェリアに婚約破棄を言い渡した上に、さらには国外追放するとまで言ってきた。 「私は構いませんが、この国が困ることになりますよ?」 オフェリアは国で唯一の特別な力を持っている。 傷を癒したり、作物を実らせたり、邪悪な心を持つ魔物から国を守ったりと、力には様々な種類がある。 オフェリアがいなくなれば、その力も消えてしまう。 国は困ることになるだろう。 だから親切心で言ってあげたのだが、第一王子は聞く耳を持たなかった。 警告を無視して、オフェリアを国外追放した。 国を出たオフェリアは、隣国で魔術師団の団長と出会う。 ひょんなことから彼の下で働くことになり、絆を深めていく。 一方、オフェリアを追放した国は、第一王子の愚かな選択のせいで崩壊していくのだった……。

前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。 前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。 外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。 もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。 そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは… どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。 カクヨムでも同時連載してます。 よろしくお願いします。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

聖女の力は「美味しいご飯」です!~追放されたお人好し令嬢、辺境でイケメン騎士団長ともふもふ達の胃袋掴み(物理)スローライフ始めます~

夏見ナイ
恋愛
侯爵令嬢リリアーナは、王太子に「地味で役立たず」と婚約破棄され、食糧難と魔物に脅かされる最果ての辺境へ追放される。しかし彼女には秘密があった。それは前世日本の記憶と、食べた者を癒し強化する【奇跡の料理】を作る力! 絶望的な状況でもお人好しなリリアーナは、得意の料理で人々を助け始める。温かいスープは病人を癒し、栄養満点のシチューは騎士を強くする。その噂は「氷の辺境伯」兼騎士団長アレクシスの耳にも届き…。 最初は警戒していた彼も、彼女の料理とひたむきな人柄に胃袋も心も掴まれ、不器用ながらも溺愛するように!? さらに、美味しい匂いに誘われたもふもふ聖獣たちも仲間入り! 追放令嬢が料理で辺境を豊かにし、冷徹騎士団長にもふもふ達にも愛され幸せを掴む、異世界クッキング&溺愛スローライフ! 王都への爽快ざまぁも?

東雲の空を行け ~皇妃候補から外れた公爵令嬢の再生~

くる ひなた
恋愛
「あなたは皇妃となり、国母となるのよ」  幼い頃からそう母に言い聞かされて育ったロートリアス公爵家の令嬢ソフィリアは、自分こそが同い年の皇帝ルドヴィークの妻になるのだと信じて疑わなかった。父は長く皇帝家に仕える忠臣中の忠臣。皇帝の母の覚えもめでたく、彼女は名実ともに皇妃最有力候補だったのだ。  ところがその驕りによって、とある少女に対して暴挙に及んだことを理由に、ソフィリアは皇妃候補から外れることになる。  それから八年。母が敷いた軌道から外れて人生を見つめ直したソフィリアは、豪奢なドレスから質素な文官の制服に着替え、皇妃ではなく補佐官として皇帝ルドヴィークの側にいた。  上司と部下として、友人として、さらには密かな思いを互いに抱き始めた頃、隣国から退っ引きならない事情を抱えた公爵令嬢がやってくる。 「ルドヴィーク様、私と結婚してくださいませ」  彼女が執拗にルドヴィークに求婚し始めたことで、ソフィリアも彼との関係に変化を強いられることになっていく…… 『蔦王』より八年後を舞台に、元悪役令嬢ソフィリアと、皇帝家の三男坊である皇帝ルドヴィークの恋の行方を描きます。

人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜

清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。 クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。 (過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…) そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。 移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。 また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。 「俺は君を愛する資格を得たい」 (皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?) これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。

婚約破棄された没落寸前の公爵令嬢ですが、なぜか隣国の最強皇帝陛下に溺愛されて、辺境領地で幸せなスローライフを始めることになりました

六角
恋愛
公爵令嬢アリアンナは、王立アカデミーの卒業パーティーで、長年の婚約者であった王太子から突然の婚約破棄を突きつけられる。 「アリアンナ! 貴様との婚約は、今この時をもって破棄させてもらう!」 彼の腕には、可憐な男爵令嬢が寄り添っていた。 アリアンナにありもしない罪を着せ、嘲笑う元婚約者と取り巻きたち。 時を同じくして、実家の公爵家にも謀反の嫌疑がかけられ、栄華を誇った家は没落寸前の危機に陥ってしまう。 すべてを失い、絶望の淵に立たされたアリアンナ。 そんな彼女の前に、一人の男が静かに歩み寄る。 その人物は、戦場では『鬼神』、政務では『氷帝』と国内外に恐れられる、隣国の若き最強皇帝――ゼオンハルト・フォン・アドラーだった。 誰もがアリアンナの終わりを確信し、固唾をのんで見守る中、絶対君主であるはずの皇帝が、おもむろに彼女の前に跪いた。 「――ようやくお会いできました、私の愛しい人。どうか、この私と結婚していただけませんか?」 「…………え?」 予想外すぎる言葉に、アリアンナは思考が停止する。 なぜ、落ちぶれた私を? そもそも、お会いしたこともないはずでは……? 戸惑うアリアンナを意にも介さず、皇帝陛下の猛烈な求愛が始まる。 冷酷非情な仮面の下に隠された素顔は、アリアンナにだけは蜂蜜のように甘く、とろけるような眼差しを向けてくる独占欲の塊だった。 彼から与えられたのは、豊かな自然に囲まれた美しい辺境の領地。 美味しいものを食べ、可愛いもふもふに癒やされ、温かい領民たちと心を通わせる――。 そんな穏やかな日々の中で、アリアンナは凍てついていた心を少しずつ溶かしていく。 しかし、彼がひた隠す〝重大な秘密〟と、時折見せる切なげな表情の理由とは……? これは、どん底から這い上がる令嬢が、最強皇帝の重すぎるほどの愛に包まれながら、自分だけの居場所を見つけ、幸せなスローライフを築き上げていく、逆転シンデレラストーリー。

処理中です...