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「お久しゅうございます。王太子殿下」
久しいとはこれ如何に。
学園でも顔を合わせることはほとんどない。昼食でさえも誘われることも誘うこともないドライな関係。
このような関係で将来は大丈夫なのかと不安視する声も一部には聞こえますが、それでも生徒たちは未来の王太子妃として敬意を払ってくれている。
どこを見渡してもお嬢様ほど王太子妃に相応しい方はいらっしゃらないですからね。
涼やかな小鳥のさえずりのような声で挨拶をすると、最上級のカーテシーを披露するお嬢様。そんな優雅な仕草に瞠目する王太子。一連の動作は洗練されていて王太子が言葉を失うのも無理はない。
しんと静まり返ったホールの中が羨望の眼差しと熱い吐息が漏れて若干熱を帯びる。
場の雰囲気を掌握したといっても過言ではない様子に私は一人ほくそ笑む。
「なんだ。その態度は、悪びれもなく、のこのこと出てくるとは。厚顔無恥も甚だしい」
人差し指をお嬢様に突き付け怒鳴り散らす王太子。
のこのこ出てくるとか、何を言っているのか。あなたが呼び出したのでしょうに。そうでなければ、今頃はダンスパーティーを楽しんでいるはずだったのですが。
TPOもわきまえず、場を壊していることさえも気づかない王太子の茶番劇に付き合っているだけでも感謝してほしいものですね。
お嬢様と目が合った時に見惚れていましたよね? 目元がうっすらと赤くなっているように見えますが。
「お呼びだと耳に致しましたので伺ったのですが、必要なかったということでよろしいでしょうか?」
用がなければ退散する素振りを見せるお嬢様に慌てる王太子。嫌味まがいのセリフにも動揺も見せず淡々と返されては、立つ瀬がない。
「い、いや……そうじゃない」
「ベルさまぁ」
場にそぐわない甘ったるい声がした。親しく愛称で呼び、うるるんとした瞳で上目遣いで王太子を見つめ、指を絡めて体を密着させる男爵令嬢。
以前は平民だったという彼女は男女問わず身分関係なく馴れ馴れしい。貴族令嬢らしくない行動は、人によっては新鮮に映るようで。これが彼女の武器なのでしょう。王太子がデレたのがわかった。
男子生徒の中にも彼女に好意を寄せている者もいるとか、親衛隊がいるとかいないとか……。噂ですけどね。
「ああ、わかっている」
我に返ったのか一つ咳ばらいをして口を開くと
「フランチェスカ。お前は公爵令嬢という身分と俺の婚約者であることを笠に着て、コレットをいじめたな」
なんともありえないことを言い始めた。
「コレット?」
お嬢様は首を傾げる。
「そうだ。ここにいるコレット・ラウザード男爵令嬢だ。彼女が涙ながらに訴えたのだ。お前にいじめられているとな。教科書を破いたり、ダンスの授業で使うドレスをぼろぼろにされて、制服で出席せざるを得なかったり。ほかにも酷いことを多々やっていたようだな」
「そのようなことをわたくしがやったと?」
「おまえしかないだろう。他に誰がそんなことをするというのだ。とぼけるのは無しにしろ。今、謝罪すれば許してやらんこともない」
「身に覚えのないことで謝罪などできませんわ。それにこのお方がコレット様だったのですね。初めて知りました」
学園内でも姿は見かけても別段興味もなくお過ごしでしたから、名前を知ろうとは思ってもいなかったのでしょうね。彼女のことが話題にのぼることはなかったですし。
「可愛らしいお方ですわね」
男爵令嬢に目を向けるお嬢様。なぜだか、ポッと頬を染める男爵令嬢。気持ちはわかります。美しいお嬢様に褒められて悪い気はしないでしょう。
「はあ? ふざけるな。嘘をつくんじゃない。初めからから知っているくせに。だから、嫌がらせをしていたんだろう。コレットに嫉妬して」
「……⁇」
少し、ほんの少し眉を顰めるお嬢様。
「申し訳ございませんが、おっしゃっている意味が分かりません。嫌がらせ等やってはおりませんし、嫉妬などという感情も持ち合わせてはおりません」
きっぱりと告げた言葉にプッと小さく誰かが吹き出す声が聞こえた。それも複数。
王太子に慕う気持ちはないとバッサリと切って捨てるように言われては、笑いたくもなるというもの。けれど、それもすぐに消えてしまった。ここはシリアスな場面ですからね。話の腰を折ってはいけません。
ちょっと、面白くなってきました。
「な、なにを……」
王太子は顔を真っ赤にさせて口をパクパクさせています。二の句を告げない様子。
思いもかけないことを言われたと思ったのでしょうか? お互い歩み寄る気のない関係なのに、自分は好かれているとでも思っていたのでしょうか? ちゃんちゃらおかしいのですが。
「そ、そうか、なら。本日をもってフランチェスカ・ローシャス公爵令嬢との婚約破棄をここに宣言する。そして、新しくコレット・ダウザード男爵令嬢と婚約を結ぶこととする。だが、コレットへの数々のいじめの償いはしてもらうぞ。いいな」
得意満面に偉そうに高らかに宣言してしまった王太子ですが、いいのですかね。お嬢様との婚約は王命ですよ。
最後は、国王陛下が土下座まがいのことをして成約されたものであるらしいのですが、よろしいのですか? 苦労をして、再三懇願してやっともぎ取った婚約を勝手に破棄してもよろしいのですか?
ローシャス公爵家のご令嬢ならば致し方ないと側妃様の侯爵家も後継者争いから手を引いたという経緯をご存じないのでしょうか。
男爵令嬢の口元が綻び、勝ち誇ったような瞳がお嬢様を捉える。
運よく王太子と結ばれても王太子妃になれるとは限らないのに、大丈夫なんでしょうかね。
男爵家では王太子の後ろ盾にはなれない。そう甘いものではないのに、これからいばらの道が待っているかもしれないのに。
まあ、こちらは、誰が王太子になろうと国王になろうと関心はほとんどありませんけど。
「何を勝手なことを言っているんだ」
不意に男性の声が聞こえた。
役者がまた一人増えたようです。
久しいとはこれ如何に。
学園でも顔を合わせることはほとんどない。昼食でさえも誘われることも誘うこともないドライな関係。
このような関係で将来は大丈夫なのかと不安視する声も一部には聞こえますが、それでも生徒たちは未来の王太子妃として敬意を払ってくれている。
どこを見渡してもお嬢様ほど王太子妃に相応しい方はいらっしゃらないですからね。
涼やかな小鳥のさえずりのような声で挨拶をすると、最上級のカーテシーを披露するお嬢様。そんな優雅な仕草に瞠目する王太子。一連の動作は洗練されていて王太子が言葉を失うのも無理はない。
しんと静まり返ったホールの中が羨望の眼差しと熱い吐息が漏れて若干熱を帯びる。
場の雰囲気を掌握したといっても過言ではない様子に私は一人ほくそ笑む。
「なんだ。その態度は、悪びれもなく、のこのこと出てくるとは。厚顔無恥も甚だしい」
人差し指をお嬢様に突き付け怒鳴り散らす王太子。
のこのこ出てくるとか、何を言っているのか。あなたが呼び出したのでしょうに。そうでなければ、今頃はダンスパーティーを楽しんでいるはずだったのですが。
TPOもわきまえず、場を壊していることさえも気づかない王太子の茶番劇に付き合っているだけでも感謝してほしいものですね。
お嬢様と目が合った時に見惚れていましたよね? 目元がうっすらと赤くなっているように見えますが。
「お呼びだと耳に致しましたので伺ったのですが、必要なかったということでよろしいでしょうか?」
用がなければ退散する素振りを見せるお嬢様に慌てる王太子。嫌味まがいのセリフにも動揺も見せず淡々と返されては、立つ瀬がない。
「い、いや……そうじゃない」
「ベルさまぁ」
場にそぐわない甘ったるい声がした。親しく愛称で呼び、うるるんとした瞳で上目遣いで王太子を見つめ、指を絡めて体を密着させる男爵令嬢。
以前は平民だったという彼女は男女問わず身分関係なく馴れ馴れしい。貴族令嬢らしくない行動は、人によっては新鮮に映るようで。これが彼女の武器なのでしょう。王太子がデレたのがわかった。
男子生徒の中にも彼女に好意を寄せている者もいるとか、親衛隊がいるとかいないとか……。噂ですけどね。
「ああ、わかっている」
我に返ったのか一つ咳ばらいをして口を開くと
「フランチェスカ。お前は公爵令嬢という身分と俺の婚約者であることを笠に着て、コレットをいじめたな」
なんともありえないことを言い始めた。
「コレット?」
お嬢様は首を傾げる。
「そうだ。ここにいるコレット・ラウザード男爵令嬢だ。彼女が涙ながらに訴えたのだ。お前にいじめられているとな。教科書を破いたり、ダンスの授業で使うドレスをぼろぼろにされて、制服で出席せざるを得なかったり。ほかにも酷いことを多々やっていたようだな」
「そのようなことをわたくしがやったと?」
「おまえしかないだろう。他に誰がそんなことをするというのだ。とぼけるのは無しにしろ。今、謝罪すれば許してやらんこともない」
「身に覚えのないことで謝罪などできませんわ。それにこのお方がコレット様だったのですね。初めて知りました」
学園内でも姿は見かけても別段興味もなくお過ごしでしたから、名前を知ろうとは思ってもいなかったのでしょうね。彼女のことが話題にのぼることはなかったですし。
「可愛らしいお方ですわね」
男爵令嬢に目を向けるお嬢様。なぜだか、ポッと頬を染める男爵令嬢。気持ちはわかります。美しいお嬢様に褒められて悪い気はしないでしょう。
「はあ? ふざけるな。嘘をつくんじゃない。初めからから知っているくせに。だから、嫌がらせをしていたんだろう。コレットに嫉妬して」
「……⁇」
少し、ほんの少し眉を顰めるお嬢様。
「申し訳ございませんが、おっしゃっている意味が分かりません。嫌がらせ等やってはおりませんし、嫉妬などという感情も持ち合わせてはおりません」
きっぱりと告げた言葉にプッと小さく誰かが吹き出す声が聞こえた。それも複数。
王太子に慕う気持ちはないとバッサリと切って捨てるように言われては、笑いたくもなるというもの。けれど、それもすぐに消えてしまった。ここはシリアスな場面ですからね。話の腰を折ってはいけません。
ちょっと、面白くなってきました。
「な、なにを……」
王太子は顔を真っ赤にさせて口をパクパクさせています。二の句を告げない様子。
思いもかけないことを言われたと思ったのでしょうか? お互い歩み寄る気のない関係なのに、自分は好かれているとでも思っていたのでしょうか? ちゃんちゃらおかしいのですが。
「そ、そうか、なら。本日をもってフランチェスカ・ローシャス公爵令嬢との婚約破棄をここに宣言する。そして、新しくコレット・ダウザード男爵令嬢と婚約を結ぶこととする。だが、コレットへの数々のいじめの償いはしてもらうぞ。いいな」
得意満面に偉そうに高らかに宣言してしまった王太子ですが、いいのですかね。お嬢様との婚約は王命ですよ。
最後は、国王陛下が土下座まがいのことをして成約されたものであるらしいのですが、よろしいのですか? 苦労をして、再三懇願してやっともぎ取った婚約を勝手に破棄してもよろしいのですか?
ローシャス公爵家のご令嬢ならば致し方ないと側妃様の侯爵家も後継者争いから手を引いたという経緯をご存じないのでしょうか。
男爵令嬢の口元が綻び、勝ち誇ったような瞳がお嬢様を捉える。
運よく王太子と結ばれても王太子妃になれるとは限らないのに、大丈夫なんでしょうかね。
男爵家では王太子の後ろ盾にはなれない。そう甘いものではないのに、これからいばらの道が待っているかもしれないのに。
まあ、こちらは、誰が王太子になろうと国王になろうと関心はほとんどありませんけど。
「何を勝手なことを言っているんだ」
不意に男性の声が聞こえた。
役者がまた一人増えたようです。
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