赤い湖

リューイチ

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4日目 日々の鍛錬を欠かさずに

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ウィンザー邸宅の地下に存在する訓練場。ここでは自分の身を自分で守れるようにという主人の思いから設立された。お嬢様専属執事であるカトレアはここで月に一度、部下達に戦闘の基本を叩き込む訓練士の役職も果たしていた。

「...いいですか。剣は持ち方で動かしやすさが大分変わります。咄嗟に構えることがあっても冷静に行いましょう」

カトレアは至って真剣に武器の扱い方を説明していた。しかしとあることに気づいた。部下の中にどこか見覚えのある金髪が見え隠れしていたのだった。

「ここは大事なとこ...ん!?ちょっとそこのキミ!横に移動してくれるかい?」

そうしてメイドが二人左右にはけると、そこには驚いた表情のアリエルスがいた。

「あらあら!見つかっちゃったわね...」

「見つかっちゃったわねじゃないでしょう!危ないから此方にはいらっしゃらないでくださいと申したはずですよ」

カトレアはまだアリエルスにはここは危ないと思っており、訓練を受けていないメイドと一緒に過ごすように言っておいた筈であった。

(まずいよぉ!まだ仕事中、しかも部下の前なのにぃ!顔がほころんでしまうぅぅ!シャキッとしろカトレア!)

しかしカトレアは他にも連れてきたくない理由があった。それはアリエルスを見るだけで威厳が50%ダウンした顔になってしまうからである。

「ち、違うのよカトレア。私は見学にしに来ただけよ」

これこそ違う。アリエルスはカトレアに会えず退屈していたので抜け出してここに来ていたのだ。今や上の階ではメイド達が探し回っているであろうに。しかしカトレアはそんな思いも知ることなく...

「で、でもダメですよ!上にお戻りくださいお嬢様」

これはお嬢様の為。そう自分に言いつけて心を鬼にする。

「うぅ...カトレア、どうしても駄目かしら...」

涙目で許可を乞う。非常にあざとい。

(くっそおおおお!あざといなぁああああ!どこで覚えてきたんだそんな事おおお!...あ、あの本か!ありがとう白百合の花園!買っててよかった!でもやっぱりダメだ!ここは専属としてしっかり言わないと!)

「どうぞ見ていって下さい!」
(ダメです!)

「やったぁ!ありがとうカトレア!」

(チクショー!!!)

あまり の あざとさに
カトレア は こんらん している ! ▼

喜ぶアリエルスの横で自分の弱さを思い知り膝をつくカトレア。

「まぁまぁカトレア様。お嬢様が剣を持つ訳では無いのですから。たまにはいいのではないでしょうか?」

一人のメイドがカトレアにフォローを入れる。二人の関係性は皆よく知っているので、対して騒ぎになることもなく、落ち着いた対応をしていた。

「違うんだ...今日で訓練場に忍び込んでくるのは5回目なんだよ...私はこの後毎回ご主人様に呼ばれるんだ...もうご主人様もまたかみたいな雰囲気出てて大変なんだよ...」

ハァと大きい溜息をつくと、それをいつまでも引きずっていても仕方ないと立ち上がり、お嬢様の机と椅子を用意して講義を再開することにした。

「まぁ仕方ないか...少し遅れたけどこれから実技に入ってもらう。使うのはこの木でできた剣だ。木と言っても形や重さは本物そっくりに調整してある。当たると当然痛いから当たらないように頑張れ!それでは二人で一組を作って模擬戦をしてくれ」

そうしてメイド達は二人ずつで模擬戦を始めた。カンカンと木の剣がぶつかる音がし始めた所で、カトレアはアリエルスの元に向かった。

「おかえりなさい。カトレア」

アリエルスは用意された椅子に座って、メイド達の模擬戦をしっかり見ていた。

「お嬢様。これで五回目ですよ!お嬢様は件を持つ必要もないのですから、ここに来る必要はありませんのに」

そう言いながらしゃがみ込み、頭の高さをアリエルスに合わせた。しかしアリエルスはそんな話には耳も傾けずにまじまじと模擬戦を見ていた。

「お嬢様?聞こえてますか?」

「ねぇカトレア。私にもあれをやらせてほしいのだけど」

そうして立ち上がり、興味が出たのか、はこの中に入っている予備の木剣を触り始めて今にも振り回さんといった感じであった。

「お嬢様!ダメですってば!危ないですよ!」

カトレアが止めにかかったその瞬間。

「...こうね!」

ファオンと風を切る音がした。それはカトレアから見ても理想の構え。理想の一太刀。奇跡が起こった。

「えぇ...」

カトレアは驚愕した。元々アリエルスはなんにでも興味を持ち、そのどれもが初心者とは思えない動きをしてきた。しかしこれは出来すぎている。剣を持つのが初めての人が出来るものじゃない。考えるのも忘れて立ち尽くした。

「どうカトレア!上手く出来てたかしら?」

(か、かっくい~!濡れるわ!血統が良いのか!?私と子供を作りませんか?ん!?落ち着け!?)

「お、お嬢様...その、完璧です」

冷静に上がったテンション故の鼻血を拭きながら回答する。この回答でお嬢様が剣にハマったらご主人様になんて言えばいいんだ...なんて思ったが本当に完璧だったので仕方がなかったと後にカトレアは供述している。

「でっしょ~?伊達に5ヶ月間潜り込んでないわ!」

腰に手を当て、鼻高に言う。しかしカトレアは純粋な疑問に気がついた。

「そういえばお嬢様は剣が重くはないのですか?」

この木の剣は重さも形も本物の剣に寄せており、子供には持つことさえ難しいはずなのだ。

「全然重くないわよ?ほら!」

ブンブンと剣を振り回す。またそれも荒削りではあるが、とても様になっている。

「ちょ、ちょっとお嬢様。腕相撲しましょう」

お嬢様の女子力(物理)を測定するために咄嗟に思いついたのがそれだった。二人で机を用意していると、メイド達は模擬戦を中止し、二人の戦いを見に来ていた。

「なんかお嬢様とカトレア様が腕相撲するらしいわ...」
「普通ならカトレア様が勝つに決まってますわ...」
「実はさっきお嬢様の動きを見てたけど並じゃなかったわ。もしかしたらもしかするかも...」

周りはいつの間にかザワザワと盛り上がりを見せていた。

(あぁ、みんな見に来ちゃった。早く終わらせて模擬戦に戻ろう)

そんなことを考えていたが相手がまだ一応未知数なので遠慮はしないことにした。

「お嬢様。私の手を握ってください」

「分かったわ」

ギュッ

ブフゥ!

(あぁ...柔らかい...)

手を握られた瞬間鼻血を吹き出してしまった。

「カトレア!?」
「カトレア様!?」

皆の不安をよそにカトレアは血まみれになりながらも準備万端であった。

「ご迷惑おかけしました。もう大丈夫です」

「そ、そう?じゃあ掛け声誰か頼むわ!」

そうして一人のメイドが前に出てきた。

「では僭越ながら私が...3、2、1、スタート!」

ドゴォ!

「ぐおおおおお!」

試合は一瞬で幕を閉じた。それもカトレアの負けで。

「カトレア!?大丈夫!?」

(つ、強すぎる...!相手はお嬢様だぞ!?今何が起こったんだ!?)

「いつつつつ...大丈夫です」

「えぇ...」
「カトレア様弱すぎるにも程があるわ...」
「相手はお嬢様よ...」

そうしてまた会場がザワザワしていると、カトレアが立ち上がった。

「ち、違うんだよ!お嬢様が強すぎるんだ!気になる者は試してみるんだ」

まさかと思っているメイド達は全員が並び、そして全員がドゴォ!された。

「こりゃ今日の訓練は中止だな...」

死屍累々であった。そこには椅子に座るアリエルスと、半分に割れた机。さらに腕を痛めたメイド達50人が存在していた。

「皆どうしたのかしら?手加減でもしてくれているの?」

(違うんです...だが貴方はまだ知らなくていい...真実は時に無情...身にしみました)

「とりあえず今日はもうこれ以上出来ないので一旦上に向かいましょう。お嬢様」

手を痛めたメイドはカトレアが全て回収した。そうして上に戻ったアリエルスとカトレア。外はすっかり日が暮れていた。

「今日はごめんなさいね...迷惑かけちゃったみたいで。反省するわ」

なんとなく自分のせいで今日の催しが終わったのを悟ったのか、しおらしく謝るアリエルス。

「お嬢様、気にしないでください。あれは全員並んだのが悪いのですよ」

ここのメイドは好奇心旺盛なのか、自分で確認しないとなかなか認めたがらない。

「しかしそうですね...お嬢様が謝りたいというのなら...」

そうして顎に手を当てる。

「...なら?」

うーん、と悩むカトレア。その横顔はとてもミステリアスであった。そうして考え込むと、カトレアは思いついた顔をした。

「そうだ!明日は私お休みなんです。一緒に街に遊びに出かけましょう!」

こんなこと頼むのなら今しかないと思いついたカトレアは少し興奮気味であった。

「あら?そんなことで良いの?そんなのいつでもついてくのに」

「えぇ!?そうなんですか?あまり外で遊んでる所見ないから嫌いなのかと思っておりました」

カトレアには結構衝撃的な事実で、また、とても嬉しい知らせであった。お嬢様といつでも出かけられる。今にも次はどこへ行くのかと作戦を立てる始末であった。

「何を言ってるのカトレア。あなたは5年のあいだ何を見ていたのかしら。あなたとならどこへだって行けそうな気がするわ」

(んもう!このイケメン!イケ女!私を天に連れていくつもりですか!?)

そうして妄想に捗っているうちにアリエルスの部屋の前についてしまった。

「じゃあ私はもう部屋に戻るわ。明日は出かけるのでしょう。楽しみにしているわ」

「あ、あぁそうですね。また明日」

カトレアは急ぎ足で自室に戻り、明日の作戦を立てるのであった。
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