壊れた桜に恋は実るか

秋月流弥

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3話《最終話》

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「紅手鞠さんって言われても生徒会長の顔知らないっての。私今日入学したばかりだしガルル」
「お前やさぐれすぎ」

 先輩との話はこう。

『今日彼女に告白するために放課後校舎の中庭に来るよう手紙を書いておいたんだ。キューピッドさんたちには僕の告白が上手くいくようサポートしてほしい』

「なんで好きな人の恋を応援しなきゃいけないのよ」
 中庭の木の上で貧乏揺すりをする。
 教室の窓から生徒たちが私とピグ太を凝視していた。
    教師陣から度々あんたら何者!?  と聞かれたがこちらもその都度「入学祝いで呼ばれた今話題のコスプレイヤーで~す」と笑顔でウィンクし追跡を免れた。
 そして不機嫌な顔に戻り木の上で貧乏揺すり。

「本当なら私もここで入学式を迎えてたはずなのに」

 事故にあって死にかけてそのうえ失恋なんて。

「とほほ」
 落ち込む私にピグ太が呟く。
「『その恋、私がズキューンと叶えちゃいますっ!』だっけ? ノリノリだったのに可哀想にぶひひ」
 広い空間があったので横の子豚をボウリングの投球フォームで投げる。

「この乱暴女ー!」
 勢いよく空中回転する子豚は止まることなく宙を飛び正面の壁にぶつかりそうになる。
 その時、ぽすっとピグ太の身体が柔らかくキャッチされた。

 彼を受け止めたのは美しい女子生徒だった。

「大丈夫?」
「ぶ、ぶひ」

 周りに花が咲き誇るような麗しい命の恩人に全身を真っ赤に染めるピグ太。

「そう、よかった」
 微笑む眼差しはまるで女神のよう。ピグ太はうっとり女子生徒を見ている。
「じゃあね。子豚さん」
 頭を撫でそっと地面に下ろすと微笑みを浮かべ彼女は去っていった。

 去り行く命の恩人を見つめ一言。
「なんて可憐な人なんだ」
「よかったね美人に拾ってもらって」
 彼を危機に追いやった犯人(私)が声をかける。
「俺、豚として飼われる生活も悪くないかも」
「あの人に限らずペットに豚飼おうとは思わないな」
「いっそ豚肉として食われたい」
「おい」


 放課後になりやっと待機状態から解放される。

「ところでサポートってどうするの」
「中庭に来た男と片想いの相手に向かってこの矢を射つ」
 ピグ太は自分の尻尾をブチっと切る。切られた尻尾はハートの矢になった。
「矢が刺さった者同士はお互い両想いになりカップル成立。そうすれば任務成功で俺たちも無事生還」
 千切れた尻尾は一瞬で新しいものに生え変わる。
「つまりこれで先輩たちを射てばいいのね」
「出来るかお前」
「私中学は弓道部よ。最初は下手だったけど今は達人級。それこそ錦先輩のおかげでね」
「そうかあの男も弓道部か。同じ中学で同じ部活かよ」
「終わった恋の話はやめやめ……あ」

 先輩が中庭に来た。
 油の切れたブリキのおもちゃのような歩き方だ。
 少しすると中庭にもう一人歩いてきた。
「話ってなに。佐島くん」
「あの人って」
 姿を現したのはピグ太をキャッチした女子生徒だった。あの人が紅手鞠さんか。
「ガーンッ」
 ショックを受ける子豚の頭を撫で標的を見据える。
(もう少し会長に近づいて、あ、もうちょい右!)
 なかなか狙いが定まらない。
「あ、あの、手鞠さん」
 先輩はもじもじした挙げ句「やっぱ無理ー!」と中庭から逃げ出した。
「せ、イケメンさん!?」
「追うぞ」


 先輩は屋上で膝を抱え落ち込んでいた。

「やっぱ僕じゃ彼女とつり合わないよ」
「なに言ってるんです。もう一度頑張りましょっ。今度は私も早く射つよう頑張るので」
 中庭に目をやると生徒会長はまだその場にいる。
「ほら、会長待っててくれてるし戻りましょう」
「無理だよ」
「無理じゃないです。勇気を持って、ね」
 しかし佐藤先輩は私の言葉に首を振った。
「僕にはもう資格がない。好きな人を前に逃げ出す出来損ないの僕に彼女を好きになる資格はない」

 その言葉に私の胸に痛みが走る。

 どうして。
 なんで貴方がそんなこと言うの。

「先輩が私にそれを言うんですかっ!?」

 私は彼の胸ぐらを掴み叫ぶように言う。
「先輩が“あの時”私に勇気をくれたんじゃないですか!」


***


『実桜ちゃんの字、桜に実るってさくらんぼみたい』
 小学生の頃。友達と話した何気ない会話。
 話に盛り上がっていると近くの男子が言った。

『さくらんぼはさくらんぼの樹にしかならないぞ。ただの桜に実らないから』

 倉本は実らない方の桜だよ。

 その男子に悪気がなかったのはわかる。たかが名前の話。
 でもそれ以降落ち込む度に自分の名前を思いだすようになった。

 中学の時、部活動で上手くいかない私は弓道場で一人残り落ち込んでいた。
『どうした』
 鍵を閉めにきた佐島先輩が私に声をかける。
『今日の部活のことで落ち込んでるの?』
 先輩が新品のタオルを渡す。
 頬にあたる柔らかな感触につい言葉がこぼれた。
『私、名前通り駄目な奴だなって』
『名前通り?』
『昔、私の名前が実る桜でさくらんぼだって言われて喜んでたら男子に“実るのはさくらんぼの樹だけでただの桜に実はならない”って言われて。失敗する度私は実らない方だからって落ち込んじゃって』
 私の話を聞いて先輩は言った。
『じゃあ倉本はこの世で初の実る桜だな』
『え?』
『実る桜が今まで存在しないなら倉本が初めて実る桜になればいいだろ。倉本は可能性を秘めてるってこと』
『なんですかそれ』
 その言葉に笑ってしまう。
 奇想天外な先輩の言葉は私の心を軽くしてくれた。


***


「弓道場で言ってくれた先輩の言葉に救われました。この名前を好きになれた。だから、先輩が自分を否定するようなこと言わないでよ」

「弓道場、名前……君は、倉本なのか」
「どうでもいいですそんなこと。とにかく、今から私が恋の矢を先輩に射ちます」
 先輩に向けて弓をかまえた。
 キラリ。矢の先端部分のハートが光る。
「倉本? その矢の先端かなり尖ってるぞ」
「動くな。先輩を射ったら次は生徒会長を射ちます」
「言い方が物騒!」
「覚悟」
 きゅるるると弦を引き先輩に向けて矢を放つ。
 しかし先輩は迫る矢をかわす。
「ほれ追加」
 豚の尻尾からもう一本矢を生成。しかしそれも避けられる。
「先輩ちゃんと当たって!」
「だって怖い!」 
 何度も外れる的に苛立つ私は「この意気地無しがー!」と目一杯弦を引き強力な一撃を放つ。
 矢は先輩の襟の後ろ部分に刺さりぶら下がる状態で先輩は遥か彼方へ飛んでいった。
「うわぁぁぁぁ」
「せんぱーい!」
「まずヘタレ男の回収だ。女神はその後にするぞ」
 先輩は縦横無尽に空を飛び優雅に八の字を画いている。
「どんな撃ち方したらあんな風になるんだよ達人」
「ち、力を入れすぎた」


 散々飛んだ挙げ句先輩が着地したのは中庭だった。なんて遠回り。
「ぐえ」
 矢が消え先輩はサーフボードのように床を滑り着地。

「佐藤くん?」
「あの」
 匍匐前進の姿勢で会長と対面する彼の顔は緊張を通り越して真顔。
「先輩がんばれ」
 空から小声で先輩を応援。

「や、やぁ手鞠さん」
 死にかけの虫のような動きで挨拶する先輩。
「……ぷ」
 彼を見て会長はクールビューティーな印象を覆すほど豪快に笑う。
「あはははっ! 佐島くん、君、面白すぎ」
「へ?」
「全部屋上から丸聞こえだよ君の声。なにあの飛行! あはは!」

 腹を抱え「苦しー」と笑い転げる彼女に先輩は口をあんぐり。

「て、手鞠さん?」
「そうだよ私笑い上戸なの。性格もワイルドだし。君の思ってるような私じゃなくて幻滅した?」
「そんなことない! 豪快に笑う手鞠さんも素敵だ。むしろ意外な一面が見れて嬉しい」

「私も同じ」

 会長は言う。

「どんな佐島くんだって私は好き。中学の時から。だから資格なんてくだらないこと言わないの」

 会長は彼のおでこに優しくデコピンした。

「手鞠さん、僕は、僕は! 貴方が好きだーッ!」
 某韓流スターのような台詞を叫ぶ先輩だった。

「カップル成立ね」
「なんだ最初から両想いだったんじゃねーか。俺らの意味って」
「後押しくらいは出来たでしょ」
 嬉しそうに笑う彼に「先輩よかったね」と呟いた。


『任務成功おめでとう!』

 神の声だ。
『約束通り君たちを生還させてやろう。今度は死なないように気をつけるんだぞ~い』
 ぞ~い、が言い終わる頃には私たちの身体は光りだしていた。
 足元から身体が光の粒子になって消えていく。
「ちょ、足消えてる」
「落ち着け。この身体は仮の姿だから本来あった身体が現世《むこう》で目を覚ますんだろ」

 そう言うピグ太の身体も消えかけてる。

「元気でな倉本実桜。お前のことわりと嫌いじゃなかったぞ」
「ピグ太……もう会えないの?」
「しみったれんな」
 つぶらな黒い瞳が私を見つめる。
「この世界で俺もお前も生きてることに違いはねぇ。それで充分だ」

 じゃあな。

 そう言い残しピグ太は空から消え去った。
「ピグ太!」
 充分じゃないよ。

 まだあんたの“本当”の名前を聞いてない!

    それがピグ太との最後の会話だった。




「遅刻遅刻ー!」

 病院で目を覚ました私は治療を受けて一ヶ月後やっと登校が叶った。
 今日から青春を味わうぞー!
「ってはりきってなんで寝坊するの私は」
 よりによって目の前の横断歩道が赤に切り替わる。大きい道路だから信号長いのに、ついてない。
「ん? あれブサ猫じゃん!」
 横断歩道を挟んだ向こう側。
 そこには例の不細工猫が歩いていた。
 猫はたら~と赤信号の横断歩道を進んでいく。向こうには車。
「危ない!」
 私は駆け出し道路のど真ん中にいた猫を拾う。
 渡りきるには距離がある。私の足じゃ間に合わない。
 迫る車。
 クラクションの音。

 うわピンチかも。

 その時、ふと身体が軽くなった。
「え?」
 私の身体は学ランを着た男の子に抱えられていた。
 男の子は猫を抱いた私ごと抱え凄い速さで横断歩道を渡りきる。

「まったく。お前も猫と同じで学ばない奴だよな」

 男の子は意地悪そうに私を見つめニヤニヤ笑う。
 こんなやりとりをした小さな相方の顔が浮かんだ。
 もしかして。

「相変わらずドジめが」

 この憎まれ口よ。
    あんた中学生だったのかい。
 私は彼に向かって言ってやる。

「初めまして久しぶり。ところであんたの名前を教えてくれない?」

 少し遅れてやって来た新しい出会いに私は胸を高鳴らせた。


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