スリーピング・サーガ~世界が眠りに堕ちる前に~

秋月流弥

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第5章:英雄の街でアルバイト!

29.和解

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ジャスミンは話し始めた。

……今から百年前。
魔王率いる魔王軍支配していた世界に平和が訪れた。
ちょうど百年で区切りがついたことから、人々はこの戦争を【魔の百年戦争】と名付けた。
永久とも云われた百年も続く魔族との戦争が終わりを告げた。
勇者トグルマと聖女ローズマリー。二人の救世主によって世界に平穏がかえってきた。
二人による魔王討伐は世界中から称賛され、彼らの生まれ故郷、アンゼリカの街では二人の功績が盛大に祝われた。


「世界を救った二人は救世主として称賛され、世界は平和になってハッピーエンド、人々の暮らしは元通り……ってわけにもいかなかったネ」

ジャスミンは続ける。

「魔王軍からの侵略がなくなった後も、食べ物もなく着るものもない貧しくひもじい思いをする人たちが多かった」

……我の家庭もそのひとつだった。

我の家は村にある仕立て屋だった。
両親に双子の兄、自分と妹とそこそこの大家族だったけれど、仕事の利益もあって慎ましくも穏やかな生活を送っていた。
でも、魔の百年戦争の影響で商売は上がったり。店は倒産寸前で稼ぎもゼロに等しく、その日の食料を手に入れるのも難しくなった。

心身共に摩りきれる毎日のなかで、親父がおかしくなった。
そして親父は人の道を踏み外す事業に手を出してしまった。

親父は戦争で親や家族を失った子供たちを売り捌く商売に手をつけた。
人身売買に手を染めた親父の手には莫大な資産が。我の家庭はみるみる裕福になった。

「汚い仕事ネ。人の人生を踏み台にして我の家庭は成金として成功して。その後から親父もお袋も、兄さんたちも、金を得てから皆もっとおかしくなった」

一般家庭は成金に。
品も嗜みも覚える機会を得ず大金を得た親父たちは豪遊生活をしまくった。
綺麗な服を着せられ高級料理を口に運んでも下品な笑い声から幸せを感じられなかった。

「そんな家族の中で唯一の救いが妹の“ラベンダー”だった。ラベンダーだけこの生活にも仕事にも不満を抱えていた。一番幼いのに、一番罪悪感を感じていた。心優しい妹だった」

そんな妹は家に帰るといなくなっていた。

「妹は売られた。金に憑りつかれた両親は実の娘も商品にした。今度は自分も売られる番だった。気づいた頃には荷台の上。奴隷市場に向かう馬車の荷台から我は脱出した。それからは身一つでその日暮らし、金もなくドロボウして街を跨ぎ、売られた妹を探す毎日ヨ」

経緯を話し終わるとジャスミンは言う。

「戦争の影響で未だに不幸な人はいる。なのにこの街は勇者たちのおかげで全員もれなく幸せになったような扱いするネ。無闇に英雄のおかげで皆救われたって浮かれ騒ぎ。ムカつくね。救いの手からこぼれた存在も知らない癖に、眩しい方ばっか見て伸びる影には目もくれない」

「ジャスミン……」
「だから我、この街嫌い。バカな両親も嫌い。英雄伝説も嫌い。嫌いなモノばっかでイヤになっちゃう」
「君にも事情があったんだな」
「でもなー、同情できんヨ。ドロボウしちゃってるからナ。でも我だってずーっと悲観してるワケにもいかん。誰も我の為に寄り添わないし立ち止まらない。歩調合わせて二人三脚してくれない。だから、ちゃんと自分の足で今生きて未来歩くしかないネ」

驚いた。
私より幼いのに、この子は、強く逞しく理不尽と戦ってる。
目標を持って生きている。


……私は“過去”との清算に時間がかかったからな。


「ま、たしかにドロボウはよろしくないよね」
「ダヨナ。でもレジは返さん」
「返さんのかい」

「ダミ子さああああん!」

遠くから走ってくるシルエットがあった。
マースの声だが姿が見えない……と思ったら、ネズミの姿で走っていた。ネズミの方が走りやすいのか。

ボフン!  
ネズミから人間姿に戻るマース。

「ダミ子さん!」
「マースくん。よくここがわかったな」
「ネズミ姿の方が感覚が優れるんです。って、それよりもお店大変なことになってますよ!  レジが消えたって!  店長がなんとか捌いてくれてるけど、ダミ子さんいないし、もしかしてダミ子さん店の金横領したんじゃ!  って……ん?」
マースは自分を見る視線が多いことに気づいた。
「あれ、その女の子は?」
「この子が本物のドロボウだ。追っかけてた。私は冤罪だ」
「この子が本物の……?」
「エエ?  動物が人間になった……男?  でもメイド服……でも声ガ?」
「あ、いや、これは事情があって」
ジャスミンの怪訝な視線にマースはメイド服のしわを伸ばし気不味そうに答える。

「それより、え、君がお金(レジ)盗んだってこと?」
「ウン」
「ドロボウ捕まえたんですね!  さすがダミ子さん!」
「君さっきまで横領疑惑信じてたくせに」
「まあまあ。でも感心しないな。金を盗むなんて」
マースはジャスミンに厳しい目を向ける。
事情を知らないとはいえ、盗みは盗み。犯罪だ。

「盗んだお金を返してもらうよ。その後君を自警団に引き渡す。小さい女の子だからって甘んじるなよ。処罰をちゃんと受けてもらうよ」
「ウウー……」
「待って」
ジャスミンの手を掴むマースにダミ子は引き留めた。
「ダミ子さん?」
「マースくん。お縄にするのは後にしないか?」
「え、だってこの子ドロボウでしょ。何をかばう必要があるんです」

まあそうなんだけどさ。

どうしてもこの少女を自警団に引き渡して終わりというのは心の中でなにか引っ掛かる。
これがジャスミンの言ってた同情なのかもしれない。
……いや、たぶん。
私の“過去”と似てるところがあったからかもしれない。

「なあ。君が盗んだあの店さ、ダンサー枠1名空いてるんだけど」

「へ?」

***

「ナンデ私がこんな格好」
ジャスミンはステージ用のフリル多めのチャイナドレスを着させられていた。
手にはファーのついた扇が握られている。THEステージ衣装。
「似合ってるぜ。嬢ちゃんも素質有りだな。いい素材を持ってきたじゃないか」
「まーね。うんとこき使ってやって」
「ウウ、こき使われル~……」
店長はダミ子に目をやり満足気味に首肯いた。

ダミ子はフェアリーステージにジャスミンを連れていった。

(ダミ子の圧により)嫌々ながらもレジを返したジャスミンは(ダミ子の圧により)お店の人たちに謝った。

「店長、頼みがあるんだけど」
ダミ子は店長にジャスミンをここで働かせてもらうように頼んだ。
「嬢ちゃんかわいいし、真面目に働くならOK~」店長も快く要望を受け入れてくれた。

次の日の夜のステージで、ジャスミンは観客の視線をかっさらった。
見事な舞だった。
ジャスミンは躍りが上手かった。
先輩が教える振り付けを短時間で覚え、魅せ方を吸収、解釈すると夜のステージで華麗に舞ってみせた。
「いいぞー姉ちゃん!」
「綺麗だよー!  格好良い!」
「ひゅー~!!」
観客はジャスミンにチップを弾んだ。
大量のチップを腕に抱えジャスミンは歓声に応え、更にステージで躍り続けた。

その表情ははにかみながらも、その笑顔は楽しそうだった。

「無駄なコトね」
店じまいの最中、ジャスミンは床のはき掃除をするダミ子に言った。
「こんなことしたって我考え改めないヨ。ドロボウやめないし、ここを出たら、また盗み生活再開するネ」

ジャスミンは水の入るバケツにタオルをつけ、窓を二、三と往復させる。
その姿を尻目にダミ子は溜まったゴミ袋の口を結びながら返事をする。

「そうだね。別に私もジャスミンをここに縛り付けようとは思ってない」
「じゃあなんで」
「こういうお金の手の入れ方もあるよって。ジャスミンは可愛いし地頭も良く真面目で、お客様さんを楽しませることができる。お客さんの歓声凄かったでしょ。なんだろなぁ、そういうの、私がジャスミンに知ってもらいたかったのかも」

ダミ子はゴミ袋を引っ提げ店裏にあるゴミ捨て場へ向かった。

「……変なヤツ」
はたきで棚の埃をはたきながらジャスミンは呟いた。
棚の品をどかし溜まった埃を落とす。背が小さいため上の方ははたきにくい。
「他人にかまって自分が得するワケでもないのに」
「彼女も旅をしてくうちに変わったんですよ。もともと自分の研究に夢中で人に興味を持たない人だったから」
「オマエ」
棚の上段に置かれた品を持ち上げる手があった。
「厨房の片付け終わったから、手伝わせて」
「マース、だっケ?」
「あの時は厳しいこと言ってごめん。ジャスミン、ちゃん?」
「ちゃんはいらんネ。我、齢十八。立派なレディー」
「え!?  僕より一個下!?  てっきり十二歳くらいだと」
「その方が有利ならそうしようカナ」
「こら」
マースはダブルの意味でジャスミンに謝ると自分も布巾片手に棚の掃除を手伝い始めた。

「ダミ子さんからちょっと聞いた。妹のために旅を続けてるって。君自身も危ない目に遭ったんだろう。君にも事情があったのに善悪の物差しだけで厳しい目で見てしまった。ごめん」

「何を謝ル。それで正解ネ。悪いコトは悪いコト。我も親父と同じで手を汚した」
埃が目に入らないように、目を伏せる。

「目標の為に手段選ばない汚れた人間ネ我は」
「目標、か」

布巾を動かす手が一瞬、僅かに止まる。
「僕は、ちょっとジャスミンが羨ましいって思っちゃうな」
「羨ましい?  ナンデ?」
「僕の生まれた国はあんまり自由じゃなくてね……自分の意思を持つ必要がないって育てられたから、自分がこうしたい、って意思が僕にはあまりなくて。ジャスミンみたいに自分の目標のために生きるって素敵だなって思ったんだ」
「素敵なんてそんなお世辞……」

ジャスミンは紡ぐ言葉を止めた。
マースの目は偽りのない憐れみでもない、優しくも真剣なものだった。
「……フン。オマエもオマエで苦労してるんダナ。マース」
「だね。どこに生まれてもお互い大変だ」
「マースもダミ子お姉さんも変な奴ネ。類は友を呼ぶってカ?」
「どっちかっていうと朱に交われば朱に染まるかな」
「あと決め顔で言ってるけどメイド服ダシ」
「それは言ってくれるなよ!」

棚はピカピカになった。

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