大人しい村娘の冒険

茜色 一凛

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マイの桃を掴む

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 目の前に現れたのは5メートルはあるゴキキングだった。筋骨隆々で腰に大きなダンビラをさしている。身体の色は緑で、あまりの大きさに息を飲んだ。

「こんなのって勝てっこない……」
「やってみないとわかんないけど、とりあえず桃出して」

 マイは私から桃を取り上げると、かじろうとしたが固くて噛めなかった。

「なんだよこれ。食べ物なのか?」
「えっ、でも、もしかして何か特殊な食べ方があるんじゃない?」

「キングが近い。一旦逃げるぞ」
「うん。その方が良いよね」

 キングはダンビラを正中線に構えると突きを放った。空気が唸り、圧縮されたものが私たちの方に飛んできた。

「危なっ」

 その瞬間。マイは私の腕を掴んで引き寄せた。そしてそれは後ろの大木に当たりドゴオーンと大きな音がして振り返ると木に丸い穴が空き、埃を撒き散らしながら崩れ落ちる。

「マイっ、ありがと」
「アタシがいなかったらツグミに穴空いてたんだよ。感謝しなっ」

 キングは他のゴキリンとはレベルが違う。

「はやく、はやくっ、逃げないと」

「逃げられるわけがないだろ」

 キングはそう言うと、手を伸ばしマイを捕まえてしまった。

「小さな桃でも頂くか」

 キングはマイを目線の高さまで持ち上げると服を捲り、マイの胸をかじろうとした。マイは身体を捻り何とか胸は免れたものの、腕を噛まれてしまった。

「ぐっ」

「騒ぐな。まさかこんなご馳走がのこのこやってくるとはな」

「キングっ。仲間もかなりやられましたし、いっそのこと酷い目に合わせてから宴会でもしましょう」

「ワシに指図するな。とりあえず二人とも服をひん剥いて木に括り付けて、人間界のダーツでもして楽しむか」

 この2匹は何を言ってるのよ。マイはキングに踏みつけられ、私はゴキリンに腕を掴まれてもうどうしようもない状態になっている。

 絶体絶命の大ピンチ。だけどどうしたら。このゴキリンはもしかしたら気が弱いやつなのかもしれない。試してみよう。

「痛いっ離してよ」
「あっ、はい」

 私の言葉にゴキリンは腕をサッと離してくれた。どういうことなのよ? まさかモンスターの中にも人間のように大人しい性格もいるってことなの?

 すぐに私はけもの道の脇の茂みに転がり身を隠す。リュックが空いていたのてわ、幾つか桃が落ちてしまった。

「バカヤロー! お前何やってんだよ。取り逃したじゃねえか。さっさと探せ」

「ひいっ」

 キングはゴキリンの背中にゲシゲシ蹴りを入れてる。

 痛そー。その隙にマイは地面を這いずり逃げようとしていた。今のうちに疾風の粉をマイに撃つしかない。

 私は銃に玉を込めると標準をマイにして撃った。ダンっ。

「くそっ」

 マイは何とか膝を曲げて中腰になると、足に力を入れて高くジャンプする。そして大きな木の上に飛び上がった

「くそっ。2匹とも逃げやがった」

 辺りの木々に手当たり次第にダンビラを何度もぶち当ててまわるキングをよそ目に、私とマイは疾風の粉を振りまいて山の麓へと降りていく。

「マイっ、大丈夫?」

「キツっ。脚を捻った。片足だけだから何とかいけるわ」

「ごめんなさい。また庇ってくれたよね」
「ツグミ。気にすんな。それよりも早く逃げないと」
「ちょっと待って、回復の粉もあるから治療させて」

 マイの脚は紫色で内出血していた。キングの足の親指で踏まれてこの程度で済んだのだから。これがもし普通に踏まれてたら一瞬であの世いきだったに違いない。

「マイっ?」

 マイの顔が徐々に紫色に変色している。これってチアノーゼだっけ? かなりマズイ。私の痛み止めの薬ではどうすることも出来ない。

「ごめん。ツグ。アタシもうダメかもしんない」

 そっとマイの顔に触れると冷たくなっている。恐らくキングに踏まれた時に内蔵が少し潰れたのかもしれない。

「どうしてよ。お姉さんの玉、他にもあるから見てみる。」

 リュックの中身をぶちまけていると、もう後ろからキングがやってくる足音が聞こえてきた。

「逃げられると思ったのか?」

 もう私たちの目と鼻の先にキングが眉間にシワを寄せて追いつかれてしまった。

「マイだけは絶対に助けるから……」

 お姉さんに貰った玉。赤色の筋肉増強の玉を自分に向けて放った。

 そして桃を掴むと力いっぱい捻ってみた。もしかしたら皮は捻ればズレて剥けるんじゃないかと思ったら、ずるりと剥けて中から白色の実が現れた。

 それを1口食べると身体が軽くなる。

「マイッ逃げるよっ」

 マイを抱き抱えようとしたら、キングのダンビラが私の背中にヒットした。

「きゃああああー」

ドーン。

「イタタっ」

 10メートルほど吹き飛ばされて、木にぶち当たった。私は倒れ込み頭を上げると、またキングが、マイの片足を持ち上げてプラプラして遊んでいるように見えた。

 またマイを玩具にして、許せない。

「ゴフッ」

 マイの口から血しょうが空中に飛び散る。それが目に入ったのか、こちらに向けてマイをぶん投げた。

 絶対マイを掴まないと。私は背中に酷く痛みが走ったけど、そんなの構っていられない。右足に力を込めてジャンプして、何とかマイを捕まえた。

 二人とも地面に倒れ込み、もう完全に全身の力が抜けてもう立ち上がることすらままならない。

 ぼやけた視界に、ニタニタと薄ら笑いを浮かべ、キングがドスンドスンとこちらに向かってやってくるのが見える。

 マイをたすけないと。こんなことになるならお姉さんに回復薬を幾つか貰ってくるべきだった。私のせいだ。

「マイ、ごめんね。私がもっとしっかりしていたら」

「ごほっ、ごほっ、ツグミっ、あなたはいつもがんばってる……知ってるよ、私を置いてあんただけは逃げな。早くっ。アタシが時間をっ……稼ぐから」

「何バカなこと言ってるの? 一緒に逃げるんだよ」

 私はマイの身体を両手で包み込むと泣くしか無かった。

 ニタリと気持ちの悪い笑顔のキングがダンビラを上空に振り上げ私たちに向けて最後の一撃をくらわそうとしていた。

 その時、少しふざけた声が聞こえた。

「はーっ、俺の姫になんてことしてくれてんだよ」

 顔を上げるとその男は、剣を掴み、キングの脚に向けて剣技を放った。

「斬鉄剣!」

 剣から刃が飛び出し、それは空中で三日月型になりキングの脚の脛にヒットした。キングは後方に倒れ込んだ。

「よっ! お久しぶりっ」

「ゆっ、ゆうきなのその声は……」
「マイッ待たせて悪かったな。けっこう待った?」

「来るのが遅いわよ」

「マイッしっかりしろ。キョウコ頼む回復の呪文を」

「仕方ないわねー。あんたの頼みなら断れないし」

「ウオータークリエイト」

 キョウコの杖から放たれた暖かい光がマイの身体全体を包み込んだ。

「なんでなの。助からないかも」

「ふざけんな。しっかりやってくれよ」

「僧侶は心から助けたいと願いを魔法に込めないとと効力がないのよ。この人あなたの好きな人なんでしょ。私には無理よ」

「頼むから俺が死んでもいいから、何とかしてくれよ」

「どうしよっかなー」

 キョウコは泣きそうになりながら自分でもどうしていいのか分からないと言った風に見える。

「お願いします。あなたしか頼れる人は居ないんです。何とかなりませんか」

 私はふらつきながらもキョウコの手を取り懇願する。

「あなたまさかっ、馬車で猫を跳ね飛ばした時のっ」

「そんなのどうでもいいです。目の前に死にかけている人がいるだけなんです。あなただけがたすけられるんです」

「変な子ね。恋愛とかこりごりだわ。私いつもこんな感じよね。はあー。なにやってんのかしら。バカバカしい。この子、脚は折れてるし、内臓破壊に腕に歯型? 何されたのよ。」

 キョウコ視点


 そうあれは私がまだ小さい頃。両親はいつも喧嘩ばかりしてた。くだらない小さなことで父親が母に絡み。毎日のように暴力を振るう。私も何度も殴られた。私はそんな家が嫌いで家出を決めた、どこをどう歩いたのか覚えていない。遠くに逃げたかった。気づいた時には、山の中で迷子になり、野犬に襲われてしまった。

 右腕を噛まれて引きちぎられそうになりそれでも逃げて足を崖の上で踏み外し、下に落ちて足まで骨折した。

 あの時はもう私死ぬんだって覚悟してた。親に恵まれず助けてくれる人もいなくて。私の世界は絶望しかないって思ってたのに。そこに、

「あら、あなた大丈夫?」

 ピンクの髪のお姉さんが手で髪を耳にかけながら薬をかけてくれて助けてくれた。私にはそれが魔法のように見えたんだ。

 薬をふりかけてもらうと身体中が優しい光に包み込まれ、荒んだ心までが重い荷物が取り除かれるような感じがした。

 私が今までの出来事を、あるがままに話すのを肯定して聞いてくれた。

「あらあら、なんでこんな小さな子が山の中にいるのよ」

「ふーん。家が嫌いなのね? まー、家なんてガチャみたいなもんよ。ハズレを引いたと思えばいいの。ガチャなんて知らないか。ダメな親もいるのが現実で、運が悪かったと思うしかないわ。それより未来を見ていこう」

 なんでこんなこと。思い出すのよ……

 私はあのお姉さんの誘いで、親元を離され希望学園に入学して、そこで人を助けられるように僧侶になるべくしてあのお姉さんみたいに助けられるようにとがんばってきたのに。どこで間違った。

 あー、そうだ。知らない間に自分がいちばんかわいいって思ってたのかもしれない。

「オイッ、マイが回復してないか?」

 暖かい光に包まれたマイの顔色が紫から元の健康的な色へと変わっていく。脚も傷口がくっつきお腹も凸凹してたのが整えられみるみるうちに元の状態へと変化していく。

「キョウコ、ありがとう。ありがとう」

 ゆうきは力いっぱいキョウコを抱きしめた。

「やめてくれない? 私は僧侶なのよ。当たり前のことをしてるだけなの」

「ぐおーおおおおっーーー!」


 倒れ込んだキングが起きあがる。奇声をあげて力むと脚の傷がみるみる塞がっていく。

「よくもやってくれたな。お前ら絶対にゆるさん!」

 キングは凄まじい形相でこちらを睨みつける。 
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