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狩りのあと 宴のはじまり
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雪野原に立っていた。
ルキノは防護服を着ることもなく、いつもの作業服で雪のうえにいた。
足首まで雪に埋もれ、静かに降る雪は頬にあたると小さな水滴になった。
これはイゴールの雪ではないはずだ。
イゴールは苛烈な環境だった。そこに住む生態が不明な霜魚の群れ、大気に充満する強烈な酸。吊されていた苗床の生き物たち。
人々がささやきあう声が聞こえる。
ルキノはゆっくりと感覚を取り戻していった。
指先に木綿のシーツのすべらかな感触。呼吸をすると喉が痛んだ。誰かがルキノの指にそっとふれた。
「ルキノ、ルキノ? 」
聞き覚えのある声だ。ルキノは目を開けたが、視界は乳白色にもやが、かかっていた。
「わたしが分かりますか、ルキノ」
「……エーレ? どうして……ここは」
ルキノは見慣れたエーレの姿をさがしたが、目の前にはぼんやりした影だけがあった。
治療のためにヒト型のプラスティックの容器に入れられているらしい。わずかに鼻と口、手の指先だけが出ている。体のほかの部分はプラスティック内の治療輸液に浸けられている。喉や鼻に違和感があるのは、おそらくはチューブが差し込まれているからだろう。
「ああ、よかった。半月も意識が戻らないから心配したよ。もう大丈夫、ここはセントラルの病院だから」
ロベルトに助けられてからのことは全く覚えていない。あれから半月も経ったのか。
「ブルーカラーに助けられたあなたをセントラルの宇宙船がここまで運んで。かち合った再生のグループを捕まえて……」
「ロベルトは」
「ブルーカラーはロベルトという名前でしたね。あなたを助けてくれた礼を伝えておきましたよ。彼が窓から不審な明かりを目撃して、助けに駆けつけたそうです」
ロベルトは夜でも平気でシェードを下ろさなかった。偶然にしろ見つけてくれたのだろう。
「それでロ、ロベルトは? ガンダロフォとジュリオは?」
半身を起こそうとしたが、容器は固定されていた。わずかに身じろぎしただけで、全身に痛みが走った。腕となく足となく、ひきつれるように痛かった。酸のなかで体が焼けただれたことを思い出し、ルキノはふるえた。
「落ち着いて。無理に動かないで。今は皮膚を再生しているから」
エーレはルキノをなだめた。
「惑星イゴールは封鎖されました。鉱山は廃坑に。働いていた者たちは新しい職場へ行きました。ロベルトも別の星へ移動しました」
「え?」
「今は調査団が入っています。あの魚たちの生態調査へ」
無害と思われた霜魚の本性、あれを調べるために本腰を入れたのか。
「使えると判断したんだ」
エーレは、なぜかそれには答えなかった。
「エーレ、近くにいる? 輸液のせいかな。目が見えないんだ」
「酸にやられて視神経を痛めてしまったの。でも今はまだ治療ができないから。もう少し時期を見ないと」
曖昧な表現にルキノは首をかしげた。
「今は、って」
「それはまたあとで。あまり長く話さないで。喉や肺もひどいダメージを受けていたのだから」
「ガンダロフォやジュリオは」
ルキノの問いかけに、エーレは誰かと小声でささやき合った。看護師か医師だろうか。
「ふたりともセントラルに保護されています」
保護? では生きて治療を受けているということだろうか。ルキノは仮死状態のジュリオと霜魚におそわれていたガンダロフォが無事だとは、にわかに信じられなかった。
「心配しないで。もう少し休みましょう。薬を」
エーレは睡眠薬を投与するよう、周囲の者に頼んだ。
「まって、エーレ。あのふたりは生きているのか、それとも」
「それは……あなたがもう少し回復したら教えてあげるから、今は」
「卵、卵はどうなった? ジュリオには卵が」
そう問いかけたルキノの腹を誰かが蹴った。
「え?」
体の内側からの小さなノック。まるでコビトに蹴られたような衝撃を感じた。
「あ……っ」
直接さわることのできないもどかしさにルキノは焦った。
「落ち着いて、落ち着いて。大丈夫だから」
「何が大丈夫なんだ!! ぼくの中に……」
ルキノの脳裏にあの魚たちが泳ぐさまがまざまざと浮かんだ。
ルキノの唇に柔らかな感触があった。口を半分だけふさぐように、エーレが口づけたのだ。
「ね、平気だから。セントラルのお医者さまが全力であなたを守るから」
「いや……いやだ。出せ、いますぐ! 体を裂いてかまわないから、卵を」
まるで子どものように泣き叫ぶルキノをエーレは容器ごと抱きしめた。
「もう卵じゃない」
やはり、この小さな律動は胎児が育っている証拠だ。
「いやだ……」
ルキノは泣きじゃくった。涙はつかの間ルキノの目を熱くして輸液にまぎれていく。
「あなたはヒトの希望になるんだから」
「なるわけない、エーレはあれを、あいつらを見ていないから」
「見たよ」
エーレの声は静かだった。
「ちゃんと、生まれたから……」
「生まれたって……!」
ルキノは悲鳴をこらえた。そして理解した。
セントラルはすべてを回収した。失敗したアレッシオ、卵を産みつけられたガンダロフォ。
そして、ジュリオはおそらくは……。
ルキノ自身は成長過程を観察できる貴重なサンプルとしてここにいるのだ。
ガンダロフォの再生の夢はかなう。
注入された薬が体の強ばりをほどいていく。
意識が遠のき、ルキノはまたイゴールの景色のなかに戻る。
ゆらゆらと霜魚がルキノの前を泳いでいく。雪の降りしきるなかを、幻のように泳いでいる。
霜魚はみていた。コロニーの小さな窓から、自分たちにどこか似ているヒトを繁殖に使いたいと。そう目星をつけていたのかも知れない。
「ねらっていたたんだろう?」
観察されていたのは、ヒトのほうだったのではないか。
「……髪をのばしましょう、ルキノ。聖母がふさわしい。……あなたなら」
エーレの声が遠くから優しくささやく。
白い髪を伸ばしたルキノは、霜魚に似ていることだろう。
『狩りの時間』 終り
ルキノは防護服を着ることもなく、いつもの作業服で雪のうえにいた。
足首まで雪に埋もれ、静かに降る雪は頬にあたると小さな水滴になった。
これはイゴールの雪ではないはずだ。
イゴールは苛烈な環境だった。そこに住む生態が不明な霜魚の群れ、大気に充満する強烈な酸。吊されていた苗床の生き物たち。
人々がささやきあう声が聞こえる。
ルキノはゆっくりと感覚を取り戻していった。
指先に木綿のシーツのすべらかな感触。呼吸をすると喉が痛んだ。誰かがルキノの指にそっとふれた。
「ルキノ、ルキノ? 」
聞き覚えのある声だ。ルキノは目を開けたが、視界は乳白色にもやが、かかっていた。
「わたしが分かりますか、ルキノ」
「……エーレ? どうして……ここは」
ルキノは見慣れたエーレの姿をさがしたが、目の前にはぼんやりした影だけがあった。
治療のためにヒト型のプラスティックの容器に入れられているらしい。わずかに鼻と口、手の指先だけが出ている。体のほかの部分はプラスティック内の治療輸液に浸けられている。喉や鼻に違和感があるのは、おそらくはチューブが差し込まれているからだろう。
「ああ、よかった。半月も意識が戻らないから心配したよ。もう大丈夫、ここはセントラルの病院だから」
ロベルトに助けられてからのことは全く覚えていない。あれから半月も経ったのか。
「ブルーカラーに助けられたあなたをセントラルの宇宙船がここまで運んで。かち合った再生のグループを捕まえて……」
「ロベルトは」
「ブルーカラーはロベルトという名前でしたね。あなたを助けてくれた礼を伝えておきましたよ。彼が窓から不審な明かりを目撃して、助けに駆けつけたそうです」
ロベルトは夜でも平気でシェードを下ろさなかった。偶然にしろ見つけてくれたのだろう。
「それでロ、ロベルトは? ガンダロフォとジュリオは?」
半身を起こそうとしたが、容器は固定されていた。わずかに身じろぎしただけで、全身に痛みが走った。腕となく足となく、ひきつれるように痛かった。酸のなかで体が焼けただれたことを思い出し、ルキノはふるえた。
「落ち着いて。無理に動かないで。今は皮膚を再生しているから」
エーレはルキノをなだめた。
「惑星イゴールは封鎖されました。鉱山は廃坑に。働いていた者たちは新しい職場へ行きました。ロベルトも別の星へ移動しました」
「え?」
「今は調査団が入っています。あの魚たちの生態調査へ」
無害と思われた霜魚の本性、あれを調べるために本腰を入れたのか。
「使えると判断したんだ」
エーレは、なぜかそれには答えなかった。
「エーレ、近くにいる? 輸液のせいかな。目が見えないんだ」
「酸にやられて視神経を痛めてしまったの。でも今はまだ治療ができないから。もう少し時期を見ないと」
曖昧な表現にルキノは首をかしげた。
「今は、って」
「それはまたあとで。あまり長く話さないで。喉や肺もひどいダメージを受けていたのだから」
「ガンダロフォやジュリオは」
ルキノの問いかけに、エーレは誰かと小声でささやき合った。看護師か医師だろうか。
「ふたりともセントラルに保護されています」
保護? では生きて治療を受けているということだろうか。ルキノは仮死状態のジュリオと霜魚におそわれていたガンダロフォが無事だとは、にわかに信じられなかった。
「心配しないで。もう少し休みましょう。薬を」
エーレは睡眠薬を投与するよう、周囲の者に頼んだ。
「まって、エーレ。あのふたりは生きているのか、それとも」
「それは……あなたがもう少し回復したら教えてあげるから、今は」
「卵、卵はどうなった? ジュリオには卵が」
そう問いかけたルキノの腹を誰かが蹴った。
「え?」
体の内側からの小さなノック。まるでコビトに蹴られたような衝撃を感じた。
「あ……っ」
直接さわることのできないもどかしさにルキノは焦った。
「落ち着いて、落ち着いて。大丈夫だから」
「何が大丈夫なんだ!! ぼくの中に……」
ルキノの脳裏にあの魚たちが泳ぐさまがまざまざと浮かんだ。
ルキノの唇に柔らかな感触があった。口を半分だけふさぐように、エーレが口づけたのだ。
「ね、平気だから。セントラルのお医者さまが全力であなたを守るから」
「いや……いやだ。出せ、いますぐ! 体を裂いてかまわないから、卵を」
まるで子どものように泣き叫ぶルキノをエーレは容器ごと抱きしめた。
「もう卵じゃない」
やはり、この小さな律動は胎児が育っている証拠だ。
「いやだ……」
ルキノは泣きじゃくった。涙はつかの間ルキノの目を熱くして輸液にまぎれていく。
「あなたはヒトの希望になるんだから」
「なるわけない、エーレはあれを、あいつらを見ていないから」
「見たよ」
エーレの声は静かだった。
「ちゃんと、生まれたから……」
「生まれたって……!」
ルキノは悲鳴をこらえた。そして理解した。
セントラルはすべてを回収した。失敗したアレッシオ、卵を産みつけられたガンダロフォ。
そして、ジュリオはおそらくは……。
ルキノ自身は成長過程を観察できる貴重なサンプルとしてここにいるのだ。
ガンダロフォの再生の夢はかなう。
注入された薬が体の強ばりをほどいていく。
意識が遠のき、ルキノはまたイゴールの景色のなかに戻る。
ゆらゆらと霜魚がルキノの前を泳いでいく。雪の降りしきるなかを、幻のように泳いでいる。
霜魚はみていた。コロニーの小さな窓から、自分たちにどこか似ているヒトを繁殖に使いたいと。そう目星をつけていたのかも知れない。
「ねらっていたたんだろう?」
観察されていたのは、ヒトのほうだったのではないか。
「……髪をのばしましょう、ルキノ。聖母がふさわしい。……あなたなら」
エーレの声が遠くから優しくささやく。
白い髪を伸ばしたルキノは、霜魚に似ていることだろう。
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