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再びの春
花嫁のマカロン 2
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三月二十六日水曜日、ケアマネの太田が葛城家へ来る最後の日。
水曜日を指定したのは、おじいのディサービスがお休みの日だからだった。おじいも太田へ礼が言いたいとのたっての願いだったのだ。それはいい、それは当然として……。
なんで竜幸さんまで、と風は臍を噛む思いだった。
「あの、こちらはどなた様ですか」
太田が遠慮がちに問いかけると、竜幸は元気よく立ち上がった。
「初めまして、風の父親は叔父にあたります。甥の竜幸と申します」
え、え、と太田は目を丸くする。凪と竜幸とでは年齢が近すぎて、叔父甥というより兄弟にしか見えないだろう。申し訳なく感じて風はコーヒーとイチゴのショートケーキを配りながら説明した。
「あの、僕とは従兄になるんです。おじいの長男の子」
「そうなんですね」
太田は得心がいったように、胸に手を当て小さく息をついた。誰だって、いつもの訪問時に見慣れない真っ赤なスカジャンを着た年齢不詳の男が混じっていたら、不安になるだろう。
「わたしは、今日で最後になります。長い間、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ」
風が頭を下げるのと同じく、父の凪もそれにならう。
「太田さんのおかげで、楽しくディサービスに通えているよ」
おじいが車いすから太田に声をかけると、太田も深くお辞儀をした。
「お元気そうで何よりです」
年の初めにおじいが倒れた時、太田は厳しい顔でおじいを施設へ入居させることをすすめた。要介護度四、しかも百歳越えの老人だ。しかるべき職員の手に任せるべきと考えて、何ら不思議はなかっただろう。
在宅で介護となった現在の様子を見て、少しは安心してもらえただろうか。風は太田のかすかな表示の変化を見ていた。
「それで、太田さん」
凪が太田に問いかけた。
「はい?」
「ご結婚されるのでしょうか」
風はフォークを取り落としそうになった。
「ちょっ、父さんっ」
プライベートに遠慮なく踏み入る父親に、風は一瞬開いた口がふさがらなかった。太田が顔を赤くして、コーヒーカップを中途半端な高さまであげたまま、動きを止めている。
「なんだ」
凪が風の方を振り向く。ごく真顔だ。
「そんなの、聞くべきじゃないよ。非常識にもほどがあるよ」
「そうだぞ、凪。お前は少し常識が足りない」
珍しく竜幸が風の援護に回ると、凪は何が問題なのか分からないといったようすで、ぽかんとしている。
「で、ご結婚されるんですか、太田さん」
「竜幸さんっ」
なぜこうなる。もう太田はいたたまれないほど、顔を赤くしている。皆の視線を十秒ほど浴びた太田は顔を上げた。
「そうです」
語尾は消え入るような声になり、太田は赤くなった頬を両手で挟んだ。風は頭に金盥が落ちたような気がした。おそらくそうだろうと推測してはいたが、実際当人の口から聞かされると、衝撃の度合いが違う。
「おめでとう、太田さん」
おじいが小さく拍手すると、残りの三人もパチパチと一緒に手を叩いた。もっとも風は頭がくらくらして椅子から転げ落ちそうだったがこらえた。
「太田さん、耄碌爺の世迷言と思って聞いてください」
おじいは拍手を終えると太田に静かに語りかけた。
「はい」
「あなたはこの先、仕事を続けるかどうかで悩むことがあるでしょう。そのときは慎重に考えて選びなさい」
「おじい、ちょっと……」
なぜうちの親族は、こうもずけずけと。これこそ、余計なお世話というものだ。けれど太田は気を悪くしたふうもなく、風に首を横に振って見せると、おじいに続きを促した。
「かまいません、続けてください」
「誰かの希望や指示を聞き入れるのではなしに、自分でお決めなさい」
それまで穏やかだった太田の目が見開き、おじいを見つめた。
「あなたの言葉をめんどくさそうにしか聞かなかったり、何でもイエスと返事をしないと不機嫌になるような相手なら、よくよく考えなさい」
「おじい、もうそれくらいにしてよ」
風はおじいを止めようとしたが、おじいはさらに話を続けた。
「かんたんな事ではないと思う。大概の男は家事は女性がして当たり前と思っている。女は一歩下がるをよしとする者もいる。あなたは自分が我慢すれば、なんて考えないで。あなたが我慢しなければならない理由なんかひとつもないんです。あなたの人生なんだ。お決めなさい。ご自分の思いをパートナーに話しなさい。そしてご自身で決断したことなら、受け入れられましょう。まずかったら、やり直せばいい。大丈夫、あなたならできる。あなたがご結婚されて、ますます幸せになることを祈りますよ」
凪も竜幸も、風も太田もおじいを見つめた。おじいはゆっくりとお辞儀をして体を起こすと一言つけくわえた。
「わたしは妻を幸せにできたのかどうか、思わないときはない」
おじいは膝の上に重ねた手に視線を落とした。
「おじい……」
風のしんみりした声に、凪も竜幸もどこか肩を落としたように見えた。
「それに。なんせ、この場にいる男どもは結婚で失敗した奴ばかりだから」
ぱっと頭を上げて、おじいは自分の孫と息子の三人をぐるりと見渡した。
「え、少なくともわたしは失敗してませんよ? 竜幸さんところみたいに離婚していませんから。妻がいつもちょっと不機嫌なだけで」
凪がおじいのコメントを否定したが、風は微妙な心持ちで見た。
「失礼だな、凪。俺は養育費をきちんと払ったんだからな」
竜幸が椅子から腰を浮かせて、ケーキを食べ始めた凪に反論する。
「子どもいたの?! 竜幸さん! てか、結婚してたんだ。意外だー」
竜幸は風に詰められ、お、おう、と中途半端な返答をすると反撃に転じた。
「おまえはおまえで、婚約破棄されてるだろう」
「ちがう、断ったのはぼくからで」
男三人の不毛な罵りあいが飛び交うリビングに、忍び笑いが聞こえた。
見ると、太田が肩をふるわせて笑いをおしころしていた。
「す、すみません。なんだか可笑しくて」
太田は薄くにじんだ涙を人差し指で拭いた。
「みなさん、ありがとうございます。結婚式の準備とか思ったより大変で、気持ちが落ち込んでいたんですけど、なんだか元気が出ました」
背筋を伸ばして、太田は風たちに一礼した。それから、いただきますと言ってから風が用意したケーキにフォークを差し入れた。
そこからは、なごやかなお茶会になった。
以前のような笑顔でケーキを食べる太田に、風は嬉しいような泣きたいような気持になった。うつむいて、あっという間にケーキを平らげると、風はため息をそっとついた。
帰りは、風が太田を駐車場まで見送った。三月の日差しは暖かく、よそのお宅の庭の水仙の群生が、今にも咲きそうな蕾をつけていた。ようやく咲き始めた梅の香りがどこからかした。
「すみません、なんだかたくさんいただいてしまって」
風の隣を歩く太田が肩をすくめた。一抱えもある、といったら大げさだけれど、それなりに大きなフラワーアレンジメントの入った紙袋を風は下げていた。
「竜幸さん、何かあると花を贈るんです。バブル世代だからかな」
竜幸が帰り際の太田にプレゼントした花が大きすぎて、風が荷物もちで付き添って来たのだ。
太田は、小さくクスクスと笑った。
「楽しいかたばかりですね。葛城さんのお宅って」
いやいや、夏ごろは竜幸にひっかき回されて大変だったのです、とは言わずに風は苦笑いに留めた。
「風さんのお菓子も、ありがとうございます。なんだかいつもごちそうになってばかりで」
「いいえ、こちらこそ召し上がっていただいて」
風が太田に頭をさげる。
「そんな、召し上がるとか、そんな言葉はもったいないです。内緒ですが毎回楽しみにしていたんです」
ほんとは出されたものは、辞退するのがルールなんですが、と太田は人差し指を唇に軽くあてた。
「好きだったんです」
は?! と風は一瞬息が詰まり、足が止まった。
「葛城さんのお宅へおじゃまするのが」
「は、はあ……」
風は全身が薄く汗ばんだような気がした。小さく何回か息をして先を行く太田に追いつく。
「謹吾さんも、風さんも穏やかでとてもリラックスできて。謹吾さんのお話しも、風さんのお菓子もお楽しみでした。それから、風さんからノートを見せていただくのも」
と、そこまで口にしてから、ノート、ともう一度小さくつぶやいて首を傾げた。
「あ、タツユキさんの、タツって竜……?」
不意に太田の中で、以前見た「竜」の文字や、風が話していたトラブルのことが一気につながったらしい。
「……はい」
太田は右手を口にあて、眼を大きくした。
「もう、終わったことなんです」
風の言葉に太田は口から手を離して、ゆっくりとほほえんだ。
「葛城さんの、おうちらしいですね。なんだか丸く収まっているのが」
「それなりの波乱でしたが」
風もなんだか可笑しくて笑った。そのうち、太田の車まで到着すると、風はフラワーアレンジメントの袋を渡した。
「助手席、占領しちゃいましたね」
「ほんと。車のなかは、花の香りで春まっさかりみたい。今年は葛城さんのおうちの桜が見られないのが残念です」
葛城家の桜が咲くまでには、まだ二週間ほどかかりそうだ。もう、太田が風たちの家を訪れることもないだろう。
運転席に着いて窓を開けた太田へ、風は小さな袋を差し出した。
「これは? なんだか甘い香りが」
「マカロンです。初めて作ってみたんで、上等な出来ではないんですが」
受け取った太田は袋を開け、なかを覗いた。
「わあ、きれいな桜色。お店で売っているものみたい。葛城さん、ほんとにお上手なんですね」
「仕事の合間にでも召し上がってください」
はい、と太田は笑顔で応えた。
「それじゃ、お元気で」
「はい、葛城さんも」
笑顔のまま、太田は窓を閉めて車をスタートさせた。
風は思わず、大きく手を振った。
さようなら、さようなら太田さん。ぼくが作ったお菓子を食べてくれてありがとう。
「あなたのことが」
最後の言葉は胸に秘めた。
マカロンのお菓子言葉は、『あなたは特別な人』。
たくさんの幸せをあなたに。
車は角を曲がり、もう見えなくなった。
水曜日を指定したのは、おじいのディサービスがお休みの日だからだった。おじいも太田へ礼が言いたいとのたっての願いだったのだ。それはいい、それは当然として……。
なんで竜幸さんまで、と風は臍を噛む思いだった。
「あの、こちらはどなた様ですか」
太田が遠慮がちに問いかけると、竜幸は元気よく立ち上がった。
「初めまして、風の父親は叔父にあたります。甥の竜幸と申します」
え、え、と太田は目を丸くする。凪と竜幸とでは年齢が近すぎて、叔父甥というより兄弟にしか見えないだろう。申し訳なく感じて風はコーヒーとイチゴのショートケーキを配りながら説明した。
「あの、僕とは従兄になるんです。おじいの長男の子」
「そうなんですね」
太田は得心がいったように、胸に手を当て小さく息をついた。誰だって、いつもの訪問時に見慣れない真っ赤なスカジャンを着た年齢不詳の男が混じっていたら、不安になるだろう。
「わたしは、今日で最後になります。長い間、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ」
風が頭を下げるのと同じく、父の凪もそれにならう。
「太田さんのおかげで、楽しくディサービスに通えているよ」
おじいが車いすから太田に声をかけると、太田も深くお辞儀をした。
「お元気そうで何よりです」
年の初めにおじいが倒れた時、太田は厳しい顔でおじいを施設へ入居させることをすすめた。要介護度四、しかも百歳越えの老人だ。しかるべき職員の手に任せるべきと考えて、何ら不思議はなかっただろう。
在宅で介護となった現在の様子を見て、少しは安心してもらえただろうか。風は太田のかすかな表示の変化を見ていた。
「それで、太田さん」
凪が太田に問いかけた。
「はい?」
「ご結婚されるのでしょうか」
風はフォークを取り落としそうになった。
「ちょっ、父さんっ」
プライベートに遠慮なく踏み入る父親に、風は一瞬開いた口がふさがらなかった。太田が顔を赤くして、コーヒーカップを中途半端な高さまであげたまま、動きを止めている。
「なんだ」
凪が風の方を振り向く。ごく真顔だ。
「そんなの、聞くべきじゃないよ。非常識にもほどがあるよ」
「そうだぞ、凪。お前は少し常識が足りない」
珍しく竜幸が風の援護に回ると、凪は何が問題なのか分からないといったようすで、ぽかんとしている。
「で、ご結婚されるんですか、太田さん」
「竜幸さんっ」
なぜこうなる。もう太田はいたたまれないほど、顔を赤くしている。皆の視線を十秒ほど浴びた太田は顔を上げた。
「そうです」
語尾は消え入るような声になり、太田は赤くなった頬を両手で挟んだ。風は頭に金盥が落ちたような気がした。おそらくそうだろうと推測してはいたが、実際当人の口から聞かされると、衝撃の度合いが違う。
「おめでとう、太田さん」
おじいが小さく拍手すると、残りの三人もパチパチと一緒に手を叩いた。もっとも風は頭がくらくらして椅子から転げ落ちそうだったがこらえた。
「太田さん、耄碌爺の世迷言と思って聞いてください」
おじいは拍手を終えると太田に静かに語りかけた。
「はい」
「あなたはこの先、仕事を続けるかどうかで悩むことがあるでしょう。そのときは慎重に考えて選びなさい」
「おじい、ちょっと……」
なぜうちの親族は、こうもずけずけと。これこそ、余計なお世話というものだ。けれど太田は気を悪くしたふうもなく、風に首を横に振って見せると、おじいに続きを促した。
「かまいません、続けてください」
「誰かの希望や指示を聞き入れるのではなしに、自分でお決めなさい」
それまで穏やかだった太田の目が見開き、おじいを見つめた。
「あなたの言葉をめんどくさそうにしか聞かなかったり、何でもイエスと返事をしないと不機嫌になるような相手なら、よくよく考えなさい」
「おじい、もうそれくらいにしてよ」
風はおじいを止めようとしたが、おじいはさらに話を続けた。
「かんたんな事ではないと思う。大概の男は家事は女性がして当たり前と思っている。女は一歩下がるをよしとする者もいる。あなたは自分が我慢すれば、なんて考えないで。あなたが我慢しなければならない理由なんかひとつもないんです。あなたの人生なんだ。お決めなさい。ご自分の思いをパートナーに話しなさい。そしてご自身で決断したことなら、受け入れられましょう。まずかったら、やり直せばいい。大丈夫、あなたならできる。あなたがご結婚されて、ますます幸せになることを祈りますよ」
凪も竜幸も、風も太田もおじいを見つめた。おじいはゆっくりとお辞儀をして体を起こすと一言つけくわえた。
「わたしは妻を幸せにできたのかどうか、思わないときはない」
おじいは膝の上に重ねた手に視線を落とした。
「おじい……」
風のしんみりした声に、凪も竜幸もどこか肩を落としたように見えた。
「それに。なんせ、この場にいる男どもは結婚で失敗した奴ばかりだから」
ぱっと頭を上げて、おじいは自分の孫と息子の三人をぐるりと見渡した。
「え、少なくともわたしは失敗してませんよ? 竜幸さんところみたいに離婚していませんから。妻がいつもちょっと不機嫌なだけで」
凪がおじいのコメントを否定したが、風は微妙な心持ちで見た。
「失礼だな、凪。俺は養育費をきちんと払ったんだからな」
竜幸が椅子から腰を浮かせて、ケーキを食べ始めた凪に反論する。
「子どもいたの?! 竜幸さん! てか、結婚してたんだ。意外だー」
竜幸は風に詰められ、お、おう、と中途半端な返答をすると反撃に転じた。
「おまえはおまえで、婚約破棄されてるだろう」
「ちがう、断ったのはぼくからで」
男三人の不毛な罵りあいが飛び交うリビングに、忍び笑いが聞こえた。
見ると、太田が肩をふるわせて笑いをおしころしていた。
「す、すみません。なんだか可笑しくて」
太田は薄くにじんだ涙を人差し指で拭いた。
「みなさん、ありがとうございます。結婚式の準備とか思ったより大変で、気持ちが落ち込んでいたんですけど、なんだか元気が出ました」
背筋を伸ばして、太田は風たちに一礼した。それから、いただきますと言ってから風が用意したケーキにフォークを差し入れた。
そこからは、なごやかなお茶会になった。
以前のような笑顔でケーキを食べる太田に、風は嬉しいような泣きたいような気持になった。うつむいて、あっという間にケーキを平らげると、風はため息をそっとついた。
帰りは、風が太田を駐車場まで見送った。三月の日差しは暖かく、よそのお宅の庭の水仙の群生が、今にも咲きそうな蕾をつけていた。ようやく咲き始めた梅の香りがどこからかした。
「すみません、なんだかたくさんいただいてしまって」
風の隣を歩く太田が肩をすくめた。一抱えもある、といったら大げさだけれど、それなりに大きなフラワーアレンジメントの入った紙袋を風は下げていた。
「竜幸さん、何かあると花を贈るんです。バブル世代だからかな」
竜幸が帰り際の太田にプレゼントした花が大きすぎて、風が荷物もちで付き添って来たのだ。
太田は、小さくクスクスと笑った。
「楽しいかたばかりですね。葛城さんのお宅って」
いやいや、夏ごろは竜幸にひっかき回されて大変だったのです、とは言わずに風は苦笑いに留めた。
「風さんのお菓子も、ありがとうございます。なんだかいつもごちそうになってばかりで」
「いいえ、こちらこそ召し上がっていただいて」
風が太田に頭をさげる。
「そんな、召し上がるとか、そんな言葉はもったいないです。内緒ですが毎回楽しみにしていたんです」
ほんとは出されたものは、辞退するのがルールなんですが、と太田は人差し指を唇に軽くあてた。
「好きだったんです」
は?! と風は一瞬息が詰まり、足が止まった。
「葛城さんのお宅へおじゃまするのが」
「は、はあ……」
風は全身が薄く汗ばんだような気がした。小さく何回か息をして先を行く太田に追いつく。
「謹吾さんも、風さんも穏やかでとてもリラックスできて。謹吾さんのお話しも、風さんのお菓子もお楽しみでした。それから、風さんからノートを見せていただくのも」
と、そこまで口にしてから、ノート、ともう一度小さくつぶやいて首を傾げた。
「あ、タツユキさんの、タツって竜……?」
不意に太田の中で、以前見た「竜」の文字や、風が話していたトラブルのことが一気につながったらしい。
「……はい」
太田は右手を口にあて、眼を大きくした。
「もう、終わったことなんです」
風の言葉に太田は口から手を離して、ゆっくりとほほえんだ。
「葛城さんの、おうちらしいですね。なんだか丸く収まっているのが」
「それなりの波乱でしたが」
風もなんだか可笑しくて笑った。そのうち、太田の車まで到着すると、風はフラワーアレンジメントの袋を渡した。
「助手席、占領しちゃいましたね」
「ほんと。車のなかは、花の香りで春まっさかりみたい。今年は葛城さんのおうちの桜が見られないのが残念です」
葛城家の桜が咲くまでには、まだ二週間ほどかかりそうだ。もう、太田が風たちの家を訪れることもないだろう。
運転席に着いて窓を開けた太田へ、風は小さな袋を差し出した。
「これは? なんだか甘い香りが」
「マカロンです。初めて作ってみたんで、上等な出来ではないんですが」
受け取った太田は袋を開け、なかを覗いた。
「わあ、きれいな桜色。お店で売っているものみたい。葛城さん、ほんとにお上手なんですね」
「仕事の合間にでも召し上がってください」
はい、と太田は笑顔で応えた。
「それじゃ、お元気で」
「はい、葛城さんも」
笑顔のまま、太田は窓を閉めて車をスタートさせた。
風は思わず、大きく手を振った。
さようなら、さようなら太田さん。ぼくが作ったお菓子を食べてくれてありがとう。
「あなたのことが」
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