ゆらぎ堀端おもかげ茶房

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蔵と堀川

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 ひとしきり泣いたら、すっきりした。
 気恥ずかしさにかしこまる私を、小夜子さんは何も言わずに調理を再開した。
 白玉はお湯に入れると数分で茹で上がった。驚くほど簡単。あとは冷水で絞める。
「今日はちょっと蒸すから、冷たいほうで食べましょう」
 小夜子さんが白玉とカットしたフルーツを深さのある皿に盛る。別に作っていたシロップをかけると、あっという間に白玉フルーツが出来た。
「え、もう出来ちゃった」
 時計を確かめると、30分くらいしか経っていない。目を丸くする私に小夜子さんは、ふふっと笑った。
 そのままキッチンのテーブルで、二人で試食した。
 白玉はもちもちとした食感でなんとも言えない。小さなお餅を食べているような感じ。冷たいフルーツと食べると、つるんと飲み込んでしまう。
「おいしい。白玉って、これといった味がないから何にでも合いそう」
 皿のフルーツ白玉をあっという間に食べてしまった私を、小夜子さんは嬉しそうに見つめている。
「暑い時期は、アイスクリームも一緒に乗せたらいいかも」
 小夜子さんが提案する。
「そうだわ、寒くなったらお汁粉にできる」
 私はわくわくしてきた。工夫次第で白玉ひとつでも変化が付けられる。洋菓子とはまた違った、気安さみたいなものがあっていい。
「街の散策の途中で、ふっらと立ち寄りたくなるカフェとかいいですね」
「散策……見るところありますか、澄川って」
 澄川市、見どころなんてあるかな。子どもの頃住んでいた時以来の土地だから、知らないところがたくさんあるのかも知れないけれど。たんなる、漁港をかかえる小さな町みたいなイメージ。
「ありますよ。須見(すみ)城跡からは、堀川の様子が見えてきれいです。それからここの仲町もそうだけど寺町通の桜並木は春の撮影スポットですし、医者町通りには昭和初期ころの建物で今も病院をしているところが何軒か。和洋折衷の作りで見ごたえがあります」
 さすが、古い建物が好きという小夜子さんだ。やっぱりおススメはそちらみたいだ。
「それと、ここからちょっと行った仲町の端っこのところに、手入れの行き届いた民家が並んだところがあって、雰囲気がいいです。惜しむらくは、みんな個人の住居だからおいそれとは見せてもらえないこと」
 ここから近いといえば、五十嵐さんのお宅のあたりだろうか。確かに、狭い道幅の両側にこぢんまりとした家が何軒もあったっけ。
「堀川も素敵。年に数回のイベントの時にしか船を動かさないのがもったいないわ。低い橋をくぐったり、夜はカンテラを吊るして運航するんですよ。私だったら、しょっちゅう乗りたい」
「堀川、人魚伝説もからめると宣伝材料になりそうですよね」
 小夜子さんはうなずいてから器の中にスプーンを置き、私を真っすぐに見た。
「今日は、差支えがなかったら蔵の方を見せていただけませんか」
「差支えがあるもないもですが、私もまだ中を確認してなくて。古くて危ないかも……」
 床を踏み抜いたり、なにか落ちてきたりしても危ない。
「そうですか」
 明らかに、しゅんとなってしまった小夜子さん。でも、整理も掃除もしていないところに、いきなり親族じゃない誰かをご案内するのは、ちょっと不安がある。
「それじゃあ、船着き場を見ませんか。私もまだきちんと見たことがないので」
 私が提案すると、小夜子さんはそうですねと応えてにっこり笑った。

 後片付けをしてから、私たちは蔵の裏手にある堀川へと向かった。本来なら、ガレージと蔵の間から堀川の船着き場まで下りられる石の階段があるのだが、草ボーボーで使えなかった。
 店から出てすぐに右手に折れて、塀沿いに歩くと橋が川にかかっている。橋を渡らずに、こちらはまだ大丈夫な石段を下がると、船着き場へと出られる。船着き場は、市のイベントにも使われるらしく整備されていた。
「このあたりは、まだ海に近い方だから潮の満ち引きで、水が動いているみたいですね」
 小夜子さんが解説してくれる。かすかに潮のにおいが風に混じる。船着き場から振り返って我が家の蔵を見ると、白い壁が川面に延びている。水が直接かかったりしないくらいだけど、船着き場から荷物の上げ下ろしが楽にできるようにだろうか。壁には大きく開きそうな扉がついていた。
「うちの蔵、思ったより大きい」
 思わず声にすると、小夜子さんがくすっと笑った。
「江間さんのご先祖様は、さぞかしお金持ちだったんでしょうね」
 一瞬、ドキリとした。人魚を薬として売って大儲けしたかも知れない、なんて言えない。
「そうかなあ。伯父がお店をしていたころは、そんなにお金持ちな感じはしなかったですよ」
「でも、こんなに大きな蔵や立派なお家を残されたんですもの」
 まあ、そうですね……と曖昧に笑いながら、私の中の疑問が首をもたげた。
 伯父は、あの車をどんな経緯で手に入れたのか。買った? 譲られた?
 買ったなら、そのお金はどこから?
 譲られたなら、どんな理由で?
 何か日記でも残してくれていたなら、少しは分かったかも知れないけど。
「蔵のほうも、楽しみにしてます」
 ぼんやりしている私に、小夜子さんはほほ笑んだ。

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