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下水道工事
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月曜日。今日から下水道工事が始まる。すっかり早起きの癖がついたみたい。朝食が済むと、店の前を掃除して、窓ガラスを磨くのが毎日の始まりになった。
業者さんは、八時にはもう作業を開始した。早い、頼もしい。
「おはよう」
声振り向くと、みず江ちゃんが照れ隠しのように笑って立っていた。
「おはよう」
「昨日は、ごめんね。いきなり押しかけたりして」
みず江ちゃんは私に頭を下げた。
「そんな、いいよ。車のこともきちんと説明してくれたんだから」
何度も申し訳なさそうに頭を下げるみず江ちゃんの肩に私は手を置いた。
「父に話したら、好きにしていいって言われたけど、私は展示にお貸ししようと思うの。弟夫婦に子どもがいるから、将来なにかあったときに使ってもらえたらいいなあって」
「そうか……。うん、分かった。夫にはそう伝えておくね」
ようやく顔をあげて、みず江ちゃんはうなずいた。
「昨日のカップケーキ、ごちそうさま。子どもたちとみんなで食べたわ。ほんと、おいしくて。早くカフェがオープンしたらいいなって思う」
「ほんと? ありがとう。和菓子っていうか、気の張らないおやつみたいなお菓子も出したいから、いま知り合いから教わって準備しているの」
私は小夜子さんのことを、かいつまんで説明した。
「そうなんだ。ちょっと面白い人ね。隣の第三小学校のお母さんかな。今度紹介して」
「うん、紹介する。すっごい美人さんなんだよ」
私はうなずいた。ついでにといっては何だけれど、お菓子の味見もしていただきたい。
「汐里ちゃん、カフェ営業するとなると、トイレはどうするの?」
「トイレ?」
「トイレ、お客さん用の」
みず江ちゃんは真剣な顔つきになって私に問いかけてくる。
「えっと、今回下水道工事と一緒にトイレとお風呂もリフォームしてもらうことにしたんだけど」
「そのトイレ、お客さんに貸す?」
「えー……貸せないかな。家の奥だし」
私が答えると、みず江ちゃんは真剣なまなざしでうなずいた。
「あのね、なんどきトイレを借りに来るお客さんが来るかわからないわよ。うちみたいに、いかにも事務所ですみたいな造りのとこにだって来るわ」
言われてギクリとする。確かにカフェにトイレがないのは不便きわまりないだろう。だからといって自宅スペースの最奥にあるトイレへ案内するのは抵抗がある。
「考えてなかった……」
作るとしたら庭だろうか、店内は無理だ。
「お年寄りはトイレが近いから、別にお客さんてわけでもないのに、ちょいちょいくるからね」
こ、こわい。お金を落とさないでトイレだけ使うの?
「ご勘弁願いたい……オープンまでにどうにかする」
がっくり肩を落とす私の頭をなでて、みず江ちゃんは帰っていった。
ああ、またお金がかかるなあ。だったら、いっそこっちにトイレを作って私も使うようにすれば、いいかな。
それは、また考えよう。まずは、業者さんたちのお茶の時間に出すお菓子を作ろう。宣伝になりそうなことは、少しでもやっておかないと。
私は掃除道具を片付けて、手を洗った。
夕方、業者さんが帰っていった。五時にはすっぱり止めて帰るんだ。明日もまだ工事は続く。
夕飯はどうしようかな。一人きりだと、なんだか毎日あるもので済ましてしまう。一人分で作ろうと思っても、結果ニ三食分にはなるから、それを食べきるまでは新しい料理を作るに作れないという事情もある。
あれこれと献立を考えていたら、お店の引戸をノックする音がした。あわててキッチンから出ていく。
「こんばんは、江間さん」
なぜかそこには五十嵐さんが立っていた。市役所の帰りらしく、いつもの作業服姿だ。
「こないだは、お菓子をごちそうさま。これ、母がお礼にお届けしろと」
ぶら下げていたレジ袋をそのまま私に差し出す。
「そんな、お返しなんていいのに」
私が少し受け取りがたいしぐさをすると、五十嵐さんはいつものをため息をついた。
「俺は、こういう社交辞令のやり取りが、ほんっと無駄だと思う。とっとと貰ってくれ」
そう言うなり、レジ袋をテーブルの上に置くときびすを返す。
「ちょっ、ちょっと待って。お茶くらい飲んでいってください」
私の呼びかけに、しかめっ面のまま五十嵐さんは振り返る。
「社交辞令じゃないです。お茶請けのお菓子、残ってるんです。味見、して欲しいんです」
「……わかりました。じゃあ、ここで」
お店の引戸はガラス戸だ。灯りをつけると、外から丸見えになる。これはお互いのためにいいことだ。
私は、キッチンへ一度引っ込み、お菓子とお茶を盆にのせた。
「下水道工事、始まったんですね。江間さん、お客様用のトイレはどうするつもりです?」
今日は、トイレのことばかり聞かれる。うんざりしながら、私は盆を運んだ。
業者さんは、八時にはもう作業を開始した。早い、頼もしい。
「おはよう」
声振り向くと、みず江ちゃんが照れ隠しのように笑って立っていた。
「おはよう」
「昨日は、ごめんね。いきなり押しかけたりして」
みず江ちゃんは私に頭を下げた。
「そんな、いいよ。車のこともきちんと説明してくれたんだから」
何度も申し訳なさそうに頭を下げるみず江ちゃんの肩に私は手を置いた。
「父に話したら、好きにしていいって言われたけど、私は展示にお貸ししようと思うの。弟夫婦に子どもがいるから、将来なにかあったときに使ってもらえたらいいなあって」
「そうか……。うん、分かった。夫にはそう伝えておくね」
ようやく顔をあげて、みず江ちゃんはうなずいた。
「昨日のカップケーキ、ごちそうさま。子どもたちとみんなで食べたわ。ほんと、おいしくて。早くカフェがオープンしたらいいなって思う」
「ほんと? ありがとう。和菓子っていうか、気の張らないおやつみたいなお菓子も出したいから、いま知り合いから教わって準備しているの」
私は小夜子さんのことを、かいつまんで説明した。
「そうなんだ。ちょっと面白い人ね。隣の第三小学校のお母さんかな。今度紹介して」
「うん、紹介する。すっごい美人さんなんだよ」
私はうなずいた。ついでにといっては何だけれど、お菓子の味見もしていただきたい。
「汐里ちゃん、カフェ営業するとなると、トイレはどうするの?」
「トイレ?」
「トイレ、お客さん用の」
みず江ちゃんは真剣な顔つきになって私に問いかけてくる。
「えっと、今回下水道工事と一緒にトイレとお風呂もリフォームしてもらうことにしたんだけど」
「そのトイレ、お客さんに貸す?」
「えー……貸せないかな。家の奥だし」
私が答えると、みず江ちゃんは真剣なまなざしでうなずいた。
「あのね、なんどきトイレを借りに来るお客さんが来るかわからないわよ。うちみたいに、いかにも事務所ですみたいな造りのとこにだって来るわ」
言われてギクリとする。確かにカフェにトイレがないのは不便きわまりないだろう。だからといって自宅スペースの最奥にあるトイレへ案内するのは抵抗がある。
「考えてなかった……」
作るとしたら庭だろうか、店内は無理だ。
「お年寄りはトイレが近いから、別にお客さんてわけでもないのに、ちょいちょいくるからね」
こ、こわい。お金を落とさないでトイレだけ使うの?
「ご勘弁願いたい……オープンまでにどうにかする」
がっくり肩を落とす私の頭をなでて、みず江ちゃんは帰っていった。
ああ、またお金がかかるなあ。だったら、いっそこっちにトイレを作って私も使うようにすれば、いいかな。
それは、また考えよう。まずは、業者さんたちのお茶の時間に出すお菓子を作ろう。宣伝になりそうなことは、少しでもやっておかないと。
私は掃除道具を片付けて、手を洗った。
夕方、業者さんが帰っていった。五時にはすっぱり止めて帰るんだ。明日もまだ工事は続く。
夕飯はどうしようかな。一人きりだと、なんだか毎日あるもので済ましてしまう。一人分で作ろうと思っても、結果ニ三食分にはなるから、それを食べきるまでは新しい料理を作るに作れないという事情もある。
あれこれと献立を考えていたら、お店の引戸をノックする音がした。あわててキッチンから出ていく。
「こんばんは、江間さん」
なぜかそこには五十嵐さんが立っていた。市役所の帰りらしく、いつもの作業服姿だ。
「こないだは、お菓子をごちそうさま。これ、母がお礼にお届けしろと」
ぶら下げていたレジ袋をそのまま私に差し出す。
「そんな、お返しなんていいのに」
私が少し受け取りがたいしぐさをすると、五十嵐さんはいつものをため息をついた。
「俺は、こういう社交辞令のやり取りが、ほんっと無駄だと思う。とっとと貰ってくれ」
そう言うなり、レジ袋をテーブルの上に置くときびすを返す。
「ちょっ、ちょっと待って。お茶くらい飲んでいってください」
私の呼びかけに、しかめっ面のまま五十嵐さんは振り返る。
「社交辞令じゃないです。お茶請けのお菓子、残ってるんです。味見、して欲しいんです」
「……わかりました。じゃあ、ここで」
お店の引戸はガラス戸だ。灯りをつけると、外から丸見えになる。これはお互いのためにいいことだ。
私は、キッチンへ一度引っ込み、お菓子とお茶を盆にのせた。
「下水道工事、始まったんですね。江間さん、お客様用のトイレはどうするつもりです?」
今日は、トイレのことばかり聞かれる。うんざりしながら、私は盆を運んだ。
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