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第一章
束の間の遊戯-25-
それは基本的に良いことだ。
人の命が尊重され、一人の人間の不慮の死にみなが悲しみ憤る……そんな社会の方が良いに決まっている。
問題は、俺がそのことに違和感を覚えてしまっていることだ。
俺は人が不意に死ぬことに慣れきってしまっていて、それが当たり前だと未だに思っている。
「——二見さん? 大丈夫ですか?」
その声で俺は我にかえる。
美月さんが俺の方を心配そうな顔を浮かべて、覗き込んでいる。
どうやら俺はずっと上の空だったようだ。
「安心してください。わたしも、もう一度彼らに抗議します。それに花蓮さんや鈴羽さんに知らせればお二人も全力で反対してくれるはずですし。綾音さんだってきっと……うん絶対そうですよ。やっぱり綾音さんに会う前にもう一度しっかりと母に文句を言ってやらないと」
美月さんはどうやら俺がダンジョンに行くことを不安に思っていると誤解しているらしい。
美月さんは励ましの言葉をかけてくれながら、一人何か考えをまとめ、決意を固めているようだった。
そして、美月さんは
「申し訳ないのですが、一度引き返してください」
と、前かがみになりながら、運転手の人に声をかける。
「美月さん。ご心配はありがたいのですが、自分は大丈夫です」
「え? でも……二見さん。先ほどもお伝えしたように新たなダンジョンの探索は——」
「問題ないです。自分でも言うのもなんですが、ダンジョン探索は慣れていますので」
「で、でも……」
「大丈夫ですよ。自分以外の人たち……綾音さんにもそれにキャシーさんか……彼女たちも危険な目には合わせませんから」
「え……いや……」
美月さんは驚きと戸惑いの表情を浮かべている。
自分には似合わないなと思いながらも、俺は思わず強気な発言をしていた。
俺は自分の違和感を美月さんに気づかれたくなかった。
そして、俺自身あまりそのことについて考えたくなかった。
これ以上、彼女と話していると、俺は否が応でも事実を突きつけられることになる。
美月さんがおかしいのではない……俺の感覚がただ異常なだけだ……と。
だけど、ダンジョンの中に潜っていれば……探索中は余計なことを考えなくてすむ。
この数日間、色々なことを考えてしまうのも、要は必要以上に人と接しているからだ。
美月さんや花蓮さんたちに会う前の生活に戻ればきっと……元に戻れるだろう。
ダンジョンに潜って、男一人生きられるだけの糧を稼いで、一人で暮らしていければそれでよい。
勘が鋭い美月さんは、俺の態度の変化に違和感を覚えているようだった。
美月さんはまだ納得し難い表情を浮かべている。
だが、その時、美月さんは不意に俺のポケットに目を向ける。
彼女の視線の先は、先ほど麻耶さんからもらったお御守りがあった。
「二見さん……それは母の……」
と、美月さんは目を大きく見開いて、驚いている。
「え……ああ、先ほど麻耶さんいえお母様から頂いたのですが……」
「……そうなんですか。そっか……そうなんだ。母はそこまで二見さんのこと本気なんだ……」
美月さんはそう言うと、何かが腑に落ちたのかウンウンとうなずいている。
やがて、美月さんは、
「……わかりました。あの母がそこまで考えていて、二見さんが納得しているというのなら、わたしはもう何も言いません」
と、俺の目を真剣な眼差しで見ながら、力強くそう言う。
そしてやや間を開けて、
「二見さん、すぐに戻ってきてくださいね。色々あったせいで、わたしまだ二見さんに全然お礼ができていませんから。初めて会った時に、わたしと花蓮さんを助けてくれたこと、それに母を助けてくれたこと……こんなに恩を受けているのに、何もしなかったら、母に怒られちゃいます。『受けた礼にはそれ以上の礼を持って返す。それが二条院家の流儀よ』っていつも口酸っぱく母に言われていますので」
美月さんはそう言うと、ややおどけた感じで、微笑む。
その美月さんの朗らかな顔はとても自然なものであり、その眩しい笑顔に思わず目を奪われてしまった。
きっとこれが美月さんの素の姿なのだろう。
俺は美月さんのその顔を見ながら、若干の罪悪感を覚えていた。
俺は自分の後ろためさや過去を隠しているのに、美月さんはそんな俺のことをこうまで心配してくれているのだから……。
「わかりました。努力は……します」
と、俺はそう言葉を濁すしかなかった。
「駐屯地にはこの時間だと……少し渋滞するでしょうから、ここから小一時間くらいかかります。その間はゆっくりしていてください。着いたら色々と準備で大変だと思いますので」
美月さんはそう言うと、運転手の人に何やら指示をしている。
ひとり手持ちぶさたになった俺は外の景色をぼんやりと見る。
ちょうど車はオフィス街に差し掛かったのか、整然と立ち並ぶ高層ビル群を背景に同じく整然と歩く数えきれないほどの人々の姿が俺の視界に飛び込んできた。
よく見る都心の日常の光景だ。
だけど、俺の心は美月さんの話しと同じくらいこの光景にも違和感を覚えてしまう。
戻る……か。
俺はこの世界に確かに戻ってきた。
だけど、いつまでたっても俺の心はあちらに縛られたままなのかもしれない。
いずれ慣れる……そう思っていたが、時間の経過ととともに、逆に違和感ばかりが大きくなっている気がする。
まあいい……。
ダンジョンの中に潜っていれば……闘いの中に身をおけば、面倒なことも忘れられる。
ずっとそうしてきたじゃないか。
きっと今回だって、忘れさせてくれるはずだ。
都心のビル群の合間から見える空はいつの間にか曇天に変わっていた。
車はいつの間にか渋滞に巻き込まれたらしく、窓を行く風景はいっこうに変わらなくなった。
俺は小さなため息をつきながら、いつまでたっても脳裏をかすめる異世界の記憶を消そうとしばしゆっくりと目を閉じる。
人の命が尊重され、一人の人間の不慮の死にみなが悲しみ憤る……そんな社会の方が良いに決まっている。
問題は、俺がそのことに違和感を覚えてしまっていることだ。
俺は人が不意に死ぬことに慣れきってしまっていて、それが当たり前だと未だに思っている。
「——二見さん? 大丈夫ですか?」
その声で俺は我にかえる。
美月さんが俺の方を心配そうな顔を浮かべて、覗き込んでいる。
どうやら俺はずっと上の空だったようだ。
「安心してください。わたしも、もう一度彼らに抗議します。それに花蓮さんや鈴羽さんに知らせればお二人も全力で反対してくれるはずですし。綾音さんだってきっと……うん絶対そうですよ。やっぱり綾音さんに会う前にもう一度しっかりと母に文句を言ってやらないと」
美月さんはどうやら俺がダンジョンに行くことを不安に思っていると誤解しているらしい。
美月さんは励ましの言葉をかけてくれながら、一人何か考えをまとめ、決意を固めているようだった。
そして、美月さんは
「申し訳ないのですが、一度引き返してください」
と、前かがみになりながら、運転手の人に声をかける。
「美月さん。ご心配はありがたいのですが、自分は大丈夫です」
「え? でも……二見さん。先ほどもお伝えしたように新たなダンジョンの探索は——」
「問題ないです。自分でも言うのもなんですが、ダンジョン探索は慣れていますので」
「で、でも……」
「大丈夫ですよ。自分以外の人たち……綾音さんにもそれにキャシーさんか……彼女たちも危険な目には合わせませんから」
「え……いや……」
美月さんは驚きと戸惑いの表情を浮かべている。
自分には似合わないなと思いながらも、俺は思わず強気な発言をしていた。
俺は自分の違和感を美月さんに気づかれたくなかった。
そして、俺自身あまりそのことについて考えたくなかった。
これ以上、彼女と話していると、俺は否が応でも事実を突きつけられることになる。
美月さんがおかしいのではない……俺の感覚がただ異常なだけだ……と。
だけど、ダンジョンの中に潜っていれば……探索中は余計なことを考えなくてすむ。
この数日間、色々なことを考えてしまうのも、要は必要以上に人と接しているからだ。
美月さんや花蓮さんたちに会う前の生活に戻ればきっと……元に戻れるだろう。
ダンジョンに潜って、男一人生きられるだけの糧を稼いで、一人で暮らしていければそれでよい。
勘が鋭い美月さんは、俺の態度の変化に違和感を覚えているようだった。
美月さんはまだ納得し難い表情を浮かべている。
だが、その時、美月さんは不意に俺のポケットに目を向ける。
彼女の視線の先は、先ほど麻耶さんからもらったお御守りがあった。
「二見さん……それは母の……」
と、美月さんは目を大きく見開いて、驚いている。
「え……ああ、先ほど麻耶さんいえお母様から頂いたのですが……」
「……そうなんですか。そっか……そうなんだ。母はそこまで二見さんのこと本気なんだ……」
美月さんはそう言うと、何かが腑に落ちたのかウンウンとうなずいている。
やがて、美月さんは、
「……わかりました。あの母がそこまで考えていて、二見さんが納得しているというのなら、わたしはもう何も言いません」
と、俺の目を真剣な眼差しで見ながら、力強くそう言う。
そしてやや間を開けて、
「二見さん、すぐに戻ってきてくださいね。色々あったせいで、わたしまだ二見さんに全然お礼ができていませんから。初めて会った時に、わたしと花蓮さんを助けてくれたこと、それに母を助けてくれたこと……こんなに恩を受けているのに、何もしなかったら、母に怒られちゃいます。『受けた礼にはそれ以上の礼を持って返す。それが二条院家の流儀よ』っていつも口酸っぱく母に言われていますので」
美月さんはそう言うと、ややおどけた感じで、微笑む。
その美月さんの朗らかな顔はとても自然なものであり、その眩しい笑顔に思わず目を奪われてしまった。
きっとこれが美月さんの素の姿なのだろう。
俺は美月さんのその顔を見ながら、若干の罪悪感を覚えていた。
俺は自分の後ろためさや過去を隠しているのに、美月さんはそんな俺のことをこうまで心配してくれているのだから……。
「わかりました。努力は……します」
と、俺はそう言葉を濁すしかなかった。
「駐屯地にはこの時間だと……少し渋滞するでしょうから、ここから小一時間くらいかかります。その間はゆっくりしていてください。着いたら色々と準備で大変だと思いますので」
美月さんはそう言うと、運転手の人に何やら指示をしている。
ひとり手持ちぶさたになった俺は外の景色をぼんやりと見る。
ちょうど車はオフィス街に差し掛かったのか、整然と立ち並ぶ高層ビル群を背景に同じく整然と歩く数えきれないほどの人々の姿が俺の視界に飛び込んできた。
よく見る都心の日常の光景だ。
だけど、俺の心は美月さんの話しと同じくらいこの光景にも違和感を覚えてしまう。
戻る……か。
俺はこの世界に確かに戻ってきた。
だけど、いつまでたっても俺の心はあちらに縛られたままなのかもしれない。
いずれ慣れる……そう思っていたが、時間の経過ととともに、逆に違和感ばかりが大きくなっている気がする。
まあいい……。
ダンジョンの中に潜っていれば……闘いの中に身をおけば、面倒なことも忘れられる。
ずっとそうしてきたじゃないか。
きっと今回だって、忘れさせてくれるはずだ。
都心のビル群の合間から見える空はいつの間にか曇天に変わっていた。
車はいつの間にか渋滞に巻き込まれたらしく、窓を行く風景はいっこうに変わらなくなった。
俺は小さなため息をつきながら、いつまでたっても脳裏をかすめる異世界の記憶を消そうとしばしゆっくりと目を閉じる。
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