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ネフリーティス森王国

不安定な心

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「殺せ殺せ街を蹂躙せよ。男は殺せ。若い女子供は捕まえ奴隷にしろ」


それが街を侵略する時に必ず言われる言葉だった。

圧倒的強さで国軍を壊滅させ首都へと向かう。道中の町や村での略奪や殺戮は当たり前。といっても戦争で疲弊している国ゆえ、物語のようなキラキラとした活気も街並みもある訳ではなくロゼリアはただ廃墟のような街を歩いていた。

「いやぁぁぁぁぁ」

女の人の叫び声が聞こえ目を向ける。そこには4人の兵士に囲まれ服を引きちぎられていた女性が組み敷かれていた。

「おらっ大人しくしてろ!」

女性は抵抗していたが、ゴンッと鈍い音がし顔を殴られると恐怖で抵抗をやめる。

「「「ぎゃはははは!」」」

何が面白いのか兵士たちは気持ちの悪い笑顔を浮かべ、お酒の入った瓶を手に女性の身体を武骨な手で蹂躙する。戦争のせいか女性の肉付きは良いとは言えない。だがそんなことは男たちには問題ではなく乱暴な仕草で女性の胸や肌に吸い付き揉みしだく。

「いやっ助けて!やめて!」

女性は20代前半くらいだろうか涙で顔をグチャグチャにしているがその体は震え無抵抗だった。ロゼリアはそれを甲冑の兜の奥からその様子を伺っていた。

「お兄様方、今はまだ町の物資を持ち運んでいる最中です。お楽しみは夜にじっくりとしてはいかがですか?」

気が付けば女性を囲む兵士たちに話しかけていた。まだ昼間なのに彼らからキツイお酒の匂いが漂っていた。ロゼリアはそれに顔を顰めることもなく、兜で見えない表情でもにこやかな笑顔を張り付けていた。

「あ?なんだチビ。さっさとどっか行きやがれ、俺たちは今忙しいんだよっ」

声を掛けられ中断された男は苛立ったようで、いきなりロゼリアに殴り掛かった。しかしそれを軽くしゃがみ避けると、腰に下げた剣に手をかけ一瞬で抜き男の喉元に向けた。

「私はやめろとは言っていません。ただ今はまだ休憩時間ではありませんので続きは夜に、といっているのです。それとも今ここで私に寝かされ救護に運ばれますか?その場合職務怠慢で配給はないでしょうね?ここらの管轄をしている隊長さんは厳しいですし」

「っ!お、おい!コイツ《銀の天使》だ。十二将のうちの一人に何してんだよ!」

ロゼリアに剣を向けられ男の酔いは一気に冷め冷や汗が垂れていた。欠片の殺気も感じられずいつ剣を抜いたのかも全く分からぬほどの速さで抜刀された剣は、男の薄皮一枚を裂き銀色に光っていた。その技量と彼女の幼い見た目、全身を覆う銀の甲冑という装いを見た男たちは、酔いの覚めた頭で彼女の正体にようやく気付いたのか青ざめ震えていた。

「は!?このチビが!?」

「あら御存知でしたか。では命令です、今すぐその女性を本部へ連れ貴方方は与えられた仕事に戻りなさい」

ロゼリアに殴り掛かった男は仲間の言葉に驚き、信じられないと目を見開き思わず叫んでいた。その様子に剣を収めたロゼリアは穏やかな声色で命令をした。

「「「「はっ!」」」」

一般兵の彼らに反抗するという選択肢はなく、男たちは酒瓶を捨て女性を抱え本部に向かう。しかしロゼリアの一言でその動きを止めた。

「もしまた同じようなことをするのなら…分かっていますよね?」

暗に自分の命を破りまた女性に手を出せば命はないというロゼリアに、兵士たちは全身を震わせ脱兎のごとく本部へかけていった。

ハウリーティス帝国には十二の将軍がいる。個人の能力がずば抜けていることや人格、指揮能力などに優れたものが選ばれ、その末席に連ねるのが最年少であり最強である少女ロゼリアだった。将軍たちはそれぞれ自ら軍を持ち指揮をとっているが、ロゼリアだけは部下を持つわけでもなく単騎で戦場に立っている。一人で一軍と等しい程の戦力とロゼリアに手足を与え逃げられることを恐れた上層部の判断によるものだった。ゆえにロゼリアは孤独だった。上からじかに命を受け戦場を転々とするロゼリアには知り合いと呼べるものが居ない。

その分自由度が高く、煩わしい報告もなく兄クリストファーのもとに帰ることが出来ていた。敵には恐怖や憎悪の目を向けられ、見方には畏怖や嫉妬にさらされていた。








「よっ!チビッ子将軍今回はうちの担当か。期待してるぜ?」



ただ同じ将軍の彼女だけは違った。男のように短く切った焦げ茶色の髪に緑の瞳現在26歳の彼女は、ロゼリアが将軍になる前の最年少記録保持者だった。彼女はエマ。軍人の家系に連なる貴族で彼女自身、男性のような言動で回りに女だと思わせないようにしていたのだろう。周りからも慕われる彼女は面倒見の良い姉のような女性だった。

彼女と知り合いロゼリアは変わった。その一つが先日のように兵に囲まれていた女性を助けたことだ。と言ってもその場しのぎにしかならないことは理解している。だが以前の彼女なら戦争とはそういうものだと何も考えず見て見ぬフリをしていた。夜には戦利品と称して捕まえた女性を無理やり犯すなど日常茶飯事で、町での略奪時に味見といって休憩している兵も少なくない。

しかしエマはそれをよく思ってはおらず、士気を下げないために仕方がないとはいえよる以外のその行為を厳しく規制していた。それを知っていたロゼリアは何故それがいけないのか理由を知り、自分で考え賛成した。

他にもまだ幼く情緒や道徳などこの戦場では学べない人としての理性を教えたのも彼女であった。人は手を取り合い協力しなければ生きていけない、貴方の手は人に差し伸べるために、貴方の目は足は自由に動き自分で見て考えるために、貴方の心は誰かと喜びを悲しみを分かち合うために。エマは幼いうちから戦場に立たされているロゼリアに母ラシェルが教えることのできなかった心の教育をロゼリアに施していた。

そしてそれをクリストファーにも話二人で理解を深め合ったからこそ、ロゼリアとクリストファーが今社会に溶け込みやすくなったのだろう。元々純粋でただの子供であったロゼリアと違い、クリストファーは大人にならざる負えなかった。唯一の支えであった母を失い塔に縛り付けられてしまったからだ。幼い自身と妹で何としても生き延びるため彼は子供のような無邪気な心を早々に捨てなければならなかった。





「全く…上は何を考えているんだか」


将軍と言っても最終的な方向を決めるのは国の上層部であり、ロゼリアたちはただ命令に従い進軍するだけであった。特にエマやロゼリアのように若く派閥の中心に居るというわけではない者には、国の方針を決める会議に参加することもできない。


「我が国は勝ち過ぎた…そしてもう腐りきっている」

「それは…言ってはダメよ…」


ハウリーティス帝国は進軍当初から連戦連勝し今では国土を3倍近くまで拡大していた。しかし広大な土地を所有しても統治することなどできず、搾取するだけ搾取し取りつくせば更なる国へと手を伸ばしていた。勿論それに異を唱える者もいたが処罰や人質を取られ今では誰も王を貴族を止められない。エマ自身も一族が軍関係者であり一人でも異を唱えれば皆殺しなど火を見るよりも明らかだった。

二人は次の戦場へと向かう夜、エマが持つ将軍専用のテントの中で話をしていた。皆は見張り以外寝静まり念のため【防音】の魔法をかけ向かい合っている二人の顔は険しい。


「ロゼ…お前も分かっているだろう?いくらお前が強いとはいえ相手は獣人だ。上層部は獣風情がなんだとか言うが奴らは彼らの能力を何も理解しちゃいない。この戦いは確実に負ける」

「…負けると分かっていても進むしか道はないでしょう。私はまだあったことが会ったことはないのだけれど…兵は皆獣人の強さのことは理解しているの?」

「いいや。ロゼは知らないだろうから説明するが我が国は人間至上主義。エルフや竜人なんかは亜人として認めてはいるが獣人は嫌われ中には人の奴隷にだなんて話もあるくらいだ。つまり獣人を見たことすらない兵が大半ってところだな。私や一部の部下はこの戦争が始まる前他国へ調査や護衛の任務で手合せする経験があったんだが、あれは私でも皆を守り切れる自信はない。獣人は大半が魔法を使うことはできないがその分の身体能力が桁外れに高い。今までのような人間相手の戦い方では全滅だろうよ」


はぁと大きくため息をついたエマをロゼリアは心配そうに見つめる。ロゼリアはエマの前だけはいつもの鎧と兜を外した状態で居た。二人は将軍クラスでしか飲めない支給品の今日茶を片手に近づく戦争について話す。


「まともにやり合っても無理なら魔法が一番の有効な手段だ。だが我が軍…というより我が国は貴重な魔法師を使い潰してしまったからな…。それに負けなしとはいえ被害がなかったわけじゃない。ベテランや精鋭はもう残り僅か、支給される武器も物資も満足いくものとは到底言えない粗悪品。今いる兵も軍が一番稼げるからって謳い文句に騙され志願したやつらばかり。な、絶望的だろ?」

「ええ、最悪ね。国の命は『獣から分不相応な土地を奪い取れ』だったかしら?」

「ならお前らが先陣を切れっていうんだよクソっ。いいかロゼリア。お前はまだ若い。能力だって十分すぎる程ある。だからもしもの時はお前だけでも逃げるんだ」


エマは真剣な表情でロゼリアの小さな手を両手で握る。ロゼリアはそれに何も答えずにカップを見つめていた。


「敵前逃亡は死ではなかった?」

「そんなものすら鼻で笑える程お前には価値がある。だからこそ我が国がお前を殺すことはないだろうよ、だが敵はそうはいかない。真っ先にお前を殺したがるだろう」


そう言って伸ばされた手はロゼリアのサラサラと流れる銀髪をかき分け尖った耳に触れる。エマはそれを泣きそうな顔で優しく撫でロゼリアは気持ちよさそうに頬を摺り寄せた。


「援軍は期待できない。今我が国は獣人との他に二か国人間との戦争と、圧政に耐えかねた植民地の反乱に軍を出払っている。そして我が軍は負け戦。だからお前は負けが決まり次第全力で帰還しろ。まぁ捕虜になった方が飯は食える量が増えるだろうがな。ははっ」


そういうエマの冗談をロゼリアは笑うことが出来なかった。そして自分将軍に逃げろという言葉の意味することは一つ。





この戦いの終わりつまりエマ将軍の死だった。












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省かれていたロゼリア軍人時代
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