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第二章 破滅の赤

禁書はろくでもない

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「え……?」

暖かな日差しが降り注ぐ森の中、一人の少女がその紫色の瞳を見開き立っていた。呆然としたまま首を動かし周囲を見渡していると、サァァと気持ちの良い風が少女の光輝く金色の髪を撫でた。

真っ白な襟付きのノースリーブワンピースの襟と裾には群青の糸で見事な植物の刺繍が施され、膝が隠れるほどの丈のスカート部分から見えるレースが少女の可愛らしさを引き立てていた。きらきらと耳飾りが木漏れ日を反射し、細くスラッとした長い脚が群青色のリボンに巻き付かれ、歩きやすいよう少しヒールのあるレースアップシューズがその白い脚を引き立てていた。


「ここ…魔物の森じゃ……転移…?いやそんな感じは…」

『とりあえず屋敷へ転移は可能か確かめてみろ』

「いやそもそも屋敷の正確な位置を知らないし、魔物の森は魔素が濃すぎて空間に転移できないよ」

『はぁ…またあの爺の面倒な修行じゃないのですかこれ』

「それの可能性が一番高い気がしてきた」


キラキラと輝く耳飾りと会話していた少女は大きくため息をつくとここに至るまでの経緯を思い出していた。












魔物の森での修行から一か月程経った後、ルクレツィアは精霊たちの所に遊びに行ったり森の魔物達に会いに行くなどしていた。勿論ゴルバチョフとの魔法や武術などの修行は続いていて、最近では鍛冶や薬の調合から植物の育て方や素材の扱い方なども学んでいた。


「そうじゃルーク、ピスティスとラトレイアを常に身につけておいた方がよいぞ」

「えっと、どうしてですか?自由にしてあげた方がいいんじゃ」

「もちろん従者として身の傍に連れておくのも良いがいざとなった時それでは対応が遅れる。安全なときや手がどうしても足りない時以外最低でもどちらか片方は剣なりアクセサリーなりして身に着けておくべきじゃ。いきなり転移や襲い掛かられた際に丸腰で相手をせねばならんくなるからのぉ」

「なるほど…分かりました」


今思えば師のこの言葉はまるで現状が起こることを予期していたかのような言葉だったとルクレツィアはため息をつきたくなった。最大の敵は味方師匠であったなど笑えない。


それからは結界をいくつも張り巡らし安全な自室や入浴、用を足すとき以外は常に耳飾りとして身に着けるようにしていた。食事を作る際はラトレイアだけが人型となり、食べる際は部屋に結界を張り安全な状態にしてからピスティスも人型になるよう心掛けた。お手洗いを申告することに抵抗を感じたルクレツィアは食べたものを魔力として分解することにし、排泄の必要がなくなった時はもう人間をやめたことより羞恥から解放されたことに感動していた。またお風呂も元々ラトレイアは入浴の世話をしていたため特に不便を感じることなく生活していた。

特にピスティスとラトレイアは【主従契約】を結んでいるため許可を出したルクレツィアの考えが何となく分かっていた。そのためわざわざ念話で話さずともどこに行くのか何をしたいのかが分かっている。いつもの日課で書庫に向かう際も朝食を終えた後は耳飾りとしてルクレツィアに付き添っていた。




「ようこそルクレツィア様。今日はどのような本をお探しでしょうか?」


いつものように裏も表も全ての本を扱っている司書リリーに出迎えられルクレツィアは唸った。魔力を登録しているルクレツィアは本の貸し出しが可能で、精霊化に本を持っていき読むともあったためかなりの数を読んでいた。勿論全てとは言えないがある程度のジャンルは網羅していたのだった。


「んー今日は修行お休みの日だし何か物語ないかな?」

「物語はジャンルがマスターの好みに偏っていますがございますよ」

「あ、そういえばこの前師匠に禁書があるから読んでみろって言われたんだった」

「禁書ですか?確かにマスターの許可は出ているので今日はそれをお読みになられますか?」


ルクレツィアが頷き頼むとリリーは胸元に両手を当て目を閉じた。するとキラキラと輝きを放つ一冊の赤く金の錠のかかった本が現れた。ルクレツィアはそれを目を丸くさせ凝視し驚き固まっていた。


「どうぞこれがこの書庫唯一の禁書です」

「え、あ、あり…がと…えっいや待ってリリーの中から出てきたよこれ」

「はい。禁書はここの司書出る私が直接管理する必要があるのでマスターにより私の魔力の一部とさせていただいています。私には魂がないので何の抵抗もなくこうして魔力を帯びた本を収められるのです」

「魂魔法に似てるけど違う…本を魔力として分解してリリーと同調させているってことか…魂があるとできないの?」

「出来ないことは無いと思いますが魔力操作に優れ、取り込む物体が持つ魔力より多い量を保持していなければ難しいかと。まして他人の魔力に干渉すること自体難しく魂という高エネルギー体まで操作しなくてはいけない場合ほぼ不可能だと思います。私はその魂がないため可能ですがこの一冊が精一杯です」

「なる程そうなんだ。ねぇどうして一冊だけなの?これだけ本がある書庫でしかもあの師匠なら世界中の禁書を集めてそうなのに。それにこれ…」


ルクレツィアは書庫にある椅子に座りリリーが魔法で出したポットから注がれる紅茶を受け取った。そしてリリーから受け取った禁書の表紙を眺め首を傾げた。


「あぁ、それは書庫の禁書です。裏の書庫にある本の大半は世間一般で言う禁書や歴史から消された本などですよ」

「あ、やっぱりそうなんだ。じゃあ師匠禁書にしているこの本は禁書中の禁書なんだね。でもどうしてタイトルがないの?それに作者名まで…」

「申し訳ございませんがマスターからは何も…ただ預かっていてほしいとだけ。それに私はこの本を読むことが出来ないのです」


リリーはポットを置きお茶請けを亜空間から取り出す手を止め、申し訳なさそうに眉を下げた。ルクレツィアは貰った紅茶に口を着けながら疑問を口にした。


「え?古代文字とか?リリーが読めないなら辞書も準備しといたほうがいいかな」

「いえ、そうではありません。この本は選ばれた者だけにしか開けないのです。おそらくマスターに許可を頂いたルクレツィア様なら可能かと思われます」

「わぁ聖剣を抜く勇者の気分」


そう言ってルクレツィアは瞳に魔力を通し本を見つめた。瞼は閉じたままだが魔眼はありとあらゆるものが見えるため支障はない。そうしてみた本の表紙には金の文字が浮かび上がり錠が光の粒となり消えた。


「『破滅の赤』作者名は…無しか」


いつの間にかリリーはいなくなり、一人となったルクレツィアは机に置いた本の裏表紙を見て首を傾げた。


「あれ…この文様って」


そう呟き本を開いた瞬間、魔眼を開眼している状態でも察知できないほどの膨大な数の術式が展開され真っ白な光に包まれた。













「そして今に至る…と。いや急すぎません?読めといわれた本を開けば何故か森の中!着の身着のまま…うわすっごいデジャヴ!これあれですよ、『お供の二人がおるだけ優しいじゃろ?』とかぬかすやつですわ」

『いったいここはどこなのです?少なくとも魔物の森じゃないということだけは確かなのですけど随分魔素が薄いです。』

『本の中…なんて神がかった魔法ありえない。ならどこかずっと遠くに【強制転移】されてんだろう。周囲に魔物の気配はしないがかなり遠くに魔力反応があるな」


少女ことルクレツィアは文句を言い終え諦めたかのように周辺の魔力反応を探った。どうせ戻ることが出来ないなら前向きに修行に打ち込もうと目の前の現実を受け入れたのだった。振り返ると数歩先に道が見えそこに出ながらとりあえず魔力の反応を探る。そして同時に普段は抑えている魔人としての五感を活用し周囲の安全と状況を確認する。


「あ、本当。それもかなりの数の反応…でもこの反応って魔物にしては小さすぎるような気がするんだけど」

『それは主様が魔物の森の奴らと比べているからなのです。大体あそこの魔物は一番弱い者でもA⁻ランクからなのですからあれくらいの魔力は普通なのです。でも…あそこまで弱い反応が広範囲に密集しているなら人間の、それも人族の可能性が高いのです』

『え!!じゃあ今すぐ行こう!』


そう言って興奮で目を輝かせたままのルクレツィアは町だと思われる魔力反応に向けて走り出した。と言ってもその速度は興奮と期待により走るというより弾丸のごとく飛んでいると思われる速度であった。魔人の身体能力と【身体強化】さらには体は薄っすら魔力を帯び【雷の魔装】の簡略した魔法をかけていた。そのためとんでもない速度を走り抜けていたため、あっという間に森を抜け光の指す場所に出た。


「うわ危ない!」


気が付けばルクレツィアは空中に身を放り投げ慌てて【浮遊】の魔法をかけた。そして眼下に広がる景色に目を見開き固まった。


『おいもっと冷静に『うわぁ…綺麗な町なのです』っそうだけどラトレイアも注意しろよ』


目の前には太陽の光を反射しキラキラと輝く青い海と真白な壁が美しい街並みが広がっていた。屋根は赤やオレンジなどで遠めでも分かる程に緑や色とりどりの花に囲まれている。ルクレツィア達がいる山から流れる川が街を通り海へと繋がっている。海には大きな帆船が多く停泊し発展していることが伺える。塀に囲まれた町の遠くには豊かな実りを感じさせる広大な農耕地があった。そして一際目を引く白亜の巨大な白は海からやってくる者たちを圧倒しその荘厳な面構えでこの街を守り発展させている。屋根はよく手入れのされている赤色で日差しが強く海風の当たる中でも全く色褪せることなく町を見守っているようだった。

ルクレツィアはその景色を見ながらフラフラと待ちえ向かって飛翔した。だが町の美しさに圧倒されながらも冷静なピスティスは待ったをかけた。


『ちょっと待てよ、普通大きな町には検問があって怪しい奴は門前払いだぞ。それに空には結界が張ってあって入れないはずだ』

「はっ!そうだね」


そう言って冷静になろうとしたルクレツィアは自身を見下ろした。四歳の幼い見た目に上等な服、そして何より保護者なしの一人ぼっち。ルクレツィアは腕を組みフーと息を吐いた。


「こりゃ補導されちゃうね!でもあの町に結界なんてある?魔眼でも何も見えないんだけど」

『あぁ…普通は外からの転移を防ぐものや侵入者を感知する結界なんかが張ってあるはずなんだけど』

『というかこれだけの街にしては感知できる魔力の総量が少ないのです。なら主様が【転移】しても誰にも感知されず入ることが出来ると思うのです』

「だね!さあ行こう!【転移】」


ルクレツィア達は眼前の美しい街に転移した。


































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ここまで来るのに想定の4倍かかりました。本来なら10話くらいでここまで来るはずだったのに…

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