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第一章 無知な少女の成長記

親友への道は長そうです

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師匠から頂いた短剣と鞘こと《エクスカリバー》。




夜、月明かりに照らされルクレツィアは《エクスカリバー》といつも訓練する亜空間に来ていた。この空間のマスターであるゴルバチョフに作られた森に行き、泉のほとりに正座していた。目の前には鞘に入れた状態の剣が横たわり、まるでこれからお見合いが始まるかのような雰囲気で、ルクレツィアは口を開いた。


「私の名前はルクレツィアです。正確な歳は不明ですが多分3歳かそこらです。師匠の弟子としてここで暮らしています。えっと…私、師匠に拾われてからここを出たことがないので…その……と、友達というか!一緒にお話ししたり、遊んだりしてくれると嬉しいな!と……ははは!…はは…」


あたふたしていたルクレツィアは恥ずかしそうに赤い顔で唇をかみ俯いた。心地よいか風が吹き、豊かな背中までの黄金の髪と泉に微かに波紋が生じ揺れ動いていた。
この空間にはルクレツィア以外に人はおらず、ゴルバチョフの言葉を信じるなら《エクスカリバー》が話さない限り、客観的に見ると剣を前に独り言をしている痛い子が一人真夜中森に正座している場面がそこにあった。



――ここはファンタジーの世界。そう魔法があり地毛や虹彩がカラフルで前世の記憶とか電波系なことを言ってもそれが割とありうる不思議な世界。ゆえに剣や鞘が喋ることなんて普通です。そう喋る…いや本当に話せるの?いやいや師匠が言ってましたし……これで「実は会話どころか意思のないただの剣です」とか言われたら死ねます。確実に恥ずか死します。あ、でも師匠前科ドッキリがあるから信じれないですどうしましょうもうもう土に還っちゃいましょうか――



純粋に自我を持つ《エクスカリバー》に興奮していたルクレツィアは、ふと冷静になって今の状態を第三者の目で考えていた。しかし頭の中では前科持ちの師の言葉を信じた現状に不安を感じつつも、もし《エクスカリバー》に感情があった場合今更態度を変えるのは失礼だと考えこのまま会話することにした。


「な…なので…主人とかじゃなく!私のお友達になってください!」


俯きチラチラと《エクスカリバー》の様子を伺っていたルクレツィアは、勢いよく顔を上げたかと思えば腹をくくり頭を下げ右腕を差し出し握手を求めた。この光景を誰かが見たら「お見合いでお友達から始めましょう宣言かよ」とツッコんでいただろう。もちろん剣が喋ることが出来るという前提だが。

ルクレツィアは今世はもちろん、前世でもこんな風に「友達になりたい」と言う経験はなく、無性に恥ずかしく感じていた。ぷっくりとした愛らしい唇を噛み、視線があちらこちらに移動しながらも《エクスカリバー》の様子を伺う姿はとても可愛らしい。緊張で震える手を差し出し片手でワンピースを握る少女と短剣は静寂の中、両者動くことはなく時間が止まっていた。



――ふっふっふっ!この際《エクスカリバー》に自我があるとか、客観的に見ると独り言の煩い痛い子供とかどうでもいいです、やけくそです!魔人の体力舐めないでほしいですねぇ。何時間でも何日でも腕と足が痺れることなく待つことだって出来るんですよ。こうなったら意地でも頷かせてやります。えぇもう自我がなければ植え付ければいいのです。――



ルクレツィアは姿勢を正し、目をそらすことなく《エクスカリバー》に手を差し出し続けた。もう手の震えはなく真剣な顔で鞘と柄頭にある紫の宝石を見つめていた。それから刻々と時間が経ち、ルクレツィアの脳内ではどうやって《エクスカリバー》と仲良くなれるかをひたすら考えていた。



――はっ!よう考えてみるとこんなこと言われて「よし友達になろう!」なんて言うのは下心を持つやつか、少年漫画の主人公くらいです!もしくは天然ヒロイン!てかこのセリフもどこの青春漫画かよ馬鹿ぁ!

いやそもそも考えてください。初対面の人にいきなりボッチ発言された挙句、知りもしない相手に「友達になろう」なんて言われて了承する人なんています!?。ましてそれが唯一の相方を破壊殺害しようとした男の弟子ルクレツィアですよ!?断固お断りですね分かります!――



ルクレツィアは表情は変えず脳内で自分のアホさを呪っていた。だがいくら過去の自分を罵ろうともこの発言を取り消すことはできない。ルクレツィアのプライドが許さない。そして「友達になろう」といいながら

「やっぱやめときましょうか、私のこと信じれないというか、嫌いですよね!」

なんて言う優柔不断かつ、さも貴方のことわかってますよ的な空気で卑屈になるウザあざとい女にはなりたくなかった。



――大丈夫問題ない落ち着けルクレツィア。好きの反対は無関心だと前世のひねくれた友人が言っていたじゃないですか!まだ挽回の余地はあります。もうこれは青春漫画的な爽やかな出会い思い出にしましょう。そして決して『人生を楽しく生きる方法~他人の不幸は蜜の味~』96ページ記載【黒歴史暴露の呪い】だけは死ぬ気で回避しましょう。いや死んでも回避しましょう。

だから恥ずかしがることはありません。むしろ恥ずかしがったら負けです。たとえ《エクスカリバー》が「何青臭いこと言ってんだこいつ」とか思っていても、こっちが真面目な顔をしていたらそうかと納得…は無理でもドン引きされることはないはずです!頑張れ私の表情筋!――



そんなルクレツィアの内心を知るよしのない《エクスカリバー》は何の反応も示さず、かれこれ数時間が経っていた。本来なら就寝しているはずの深夜3時、幼い少女とその彼女と同じ紫の宝石を持つ短剣は月明かりの下、見つめ合っていた。



――どうしましょう…一向に反応を示してくれる気配がしません。というか私滅茶苦茶嫌われているんですかね?ものすごい勢いで遠慮なく魔力が吸われているんですけど…はぁ、まぁ友達ってなろうといってなるものではないことくらいわかっています。

ですがもう綺麗な手段を選んでいては進めません……卑怯ですが目的があればその限りはないと思うのです。そう…

                    《利益魔力》!!!!

ゲスい話ですが正直友達になる利点があれば遊び相手くらいには……いや反応してくれるくらいにはなれると思う……というか思いたいです。もういいんですよ、私そんなピュアな純情ヒロインじゃないんですよ。純粋な目で「お友達になりましょっ」なんて2回も言えないですわぁ…。

てことでレッツトライ彼らの原動力魔力を見せびらかしましょう。とりあえずお腹すいてるようですし、自主的に魔力を上げてみましょうか――






ルクレツィアは魔力を意識すると、《エクスカリバー》に向け量を供給した。鞘と柄頭に着いた紫の宝石が一際大きく輝き、本体もカタカタと震え始めた。とてつもない魔力がルクレツィアから放出され、受け止めきれなかった《エクスカリバー》から漏れ出た魔力が大気を満たしその濃度をどんどん高めていく。

そうルクレツィアは忘れていたのだ。
魔人となり人とは次元の異なる身体になったことを。
そのため魔力回路の伝導率が飛躍的に上昇し、自身の魔力を上手くコントロール出来ず魔法が使えない。

故に今、それをすっかり忘れていたルクレツィアはとてつもない量の魔力を《エクスカリバー》に叩き込んでいたのだった。


そして世界が白に染まった。



















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ルクレツィアが【絶対記憶】を宝の持ち腐れにしている理由はまた今度

次回    魔法は危険極まりないです
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