婚約破棄された地味令嬢は、無能と呼ばれた伯爵令息と政略結婚する ~あなたが捨てたのは宝石でした~

新川 さとし

文字の大きさ
8 / 11

第8話 なぜ、オレじゃない

 王宮の回廊を、ロザリンドと帰る道すがら。

 エスコートをする時以外、ロザリンドはいつもオレの一歩後ろを歩く。

 それが「正しい距離」だと、シャルルは教え込まれてきた。

 シャルルはそこで、信じられないものを見るかのように足を止めた。

 ノエル・ヴァルディスと、クリスティーヌ。
 かつて自分が切り捨てた二人が、笑顔で歩いていた。

『並んで歩いているのか……』

 クリスティーヌも、自分と歩くときは、いつも一歩後ろだった。
 それが王族に対する礼儀だと、シャルルは疑っていなかった。

 しかし、ノエルの隣を歩く彼女の笑顔は、シャルルが見たこともないほど眩しく輝いていた。

 幸福に満ちた表情だ。

『あんなに輝いている顔、見たことがなかったな』

 かつて「平凡な顔!」と罵ったはずのクリスティーヌは、信頼すべきパートナーと並んで歩きながら、自信に満ちて、輝くばかりに美しく見えた。

 もはや、王宮で二人の関係の素晴らしさを聞かない日はない。

 クリスティーヌは先に、名前と顔を結びつけ、場を整える。
 ノエルは名前を告げられるたびに、即座に政策と解決策を提示する。

 互いに補い、互いを信頼している二人の働きは、既に誰もが賞賛を抜きにして語れなくなっていた。

 ただすれ違うことに耐えきれず、シャルルは声をかけた。

「ノエル!」

 呼び止められ、ノエルが振り返る。
 クリスティーヌは一瞬だけ状況を見て、静かに距離を取る。

「第二王子殿下にあらせられましては、ご機嫌麗しゅう」

 知っている。

 こうして、相手が第二王子だと、ノエルに教えているのだ。だが、そんなことに構っている心の余裕はない。

 どうにかして、否定してやらなくては気がすまない。だって、ヤツは欠陥品なのだから。

「先日の職人育成についての政策案だが――机上の空論だ。あんなものでは上手く行くはずがない」

 挑発だった。

 だが、ノエルは感情を動かした様子も見せず、首をちょっとだけかしげた。

「どの点がでしょう」

 具体性を問われ、言葉に詰まる。

「先日の西辺境伯領への視察で、部分的にではありますが成功しつつあります。汎用性のある施策として敷衍できることは証明可能かと存じます」

 立て板に水。

 スラスラスラッと「成功しています」と言わんばかりの事実を並べられては二の句が継げない。

 スッとクリスティーヌが資料を差し出している。
 小さく会釈して受け取ると、ノエルは淡々と開いて提示してきた。

 二人の信頼関係を示すように、息の合った、流れるような動き。

「資料はこちらに、ご確認ください」

 手に取ると、かつてあらゆる書類がそうであったように、一目ですべてがわかる資料だ。

 クリスティーヌが作ったものに違いないと、シャルルは理解してしまう。

 反論の余地もない事実を叩きつけた後、ノエルはシャルルから視線を外し、隣のクリスティーヌを見た。 

「クリス、資料をありがとう。君のおかげで、説明の手間が省けたよ」

 さっきまでの氷のような声が、嘘のように甘く溶ける。その「特別扱い」に、シャルルは胸が抉られるような錯覚を覚えた。

 だからこそ、そのまま黙っていられなかった。

「え…… あ、しかし、だな、こ、ここの費用は大きな無駄となるであろう!」
「その点であれば、ご安心ください。ほら、この職人の居住地を指定することで、費用がこれほど節約されますから」
「だが、それだと、こっちは!」

 重箱の隅をほじくり返すように、職人の作業着費用の項目が無駄だと言いつのる。

「それもご安心ください。ほら、こうして作業着による事故が減少することで、最終的な費用は節約されることがわかっています」

 逃げ道はなかった。

 論理は積み上がり、数字は揃い、反論はすべて返される。

 別の問題をふっかけても、即座にノエルは説明し、クリスティーヌが資料をパッと用意する。完璧なコンビネーション。

 横では、話の内容が一切わからぬロザリンドが、口を挟むことも、助け舟を出すこともできず、ただ気まずそうに立ち尽くすだけだった。

 そして、もはやどんな難癖も付けられなくなったのを見極めたのだろう。

 最後にノエルは言った。

「殿下。あなたはさっき『机上の空論』・『無駄』だとおっしゃいました」

 そこには抗議も、嘲る意志も、怒りの気持ちすら見えない。あるのは淡々とした「説明」である。

 それは、わかる者から、わかる者への託宣の響きを持っていた。

「これは民の命に関わることです。無駄なものなど一つもないと私は考えています。作業着の安全のこと、家のこと。それを『無駄だ』と切り捨てるのでしょうか?」
「しかし、それは……」
 
 反論の言葉が浮かばない。

「民の命について、何か出来るというのなら、それを『机上の空論だ』などと言わずに、実現するべく考えるのが我々の使命だと思います」
「だ、だが……」

 何かを言い返さなくては、と気持ちは焦るが、ノエルの言葉があまりにも重い。

「民の命を守ろうとしないなら、あなたが守ろうとしている『国』とは、一体どこにあるのですか」

 ノエルの静かな問いに、シャルルは一歩後ずさった。

 かつて自分が「顔を覚えられない無能」と見下した男は、自分よりも遥かに高く、広い場所から、この国を見ていたのだ……

 シャルルは、負けた。

 いや…… シャルルたちは、負けたのだ。

 完全に。

 その夜、私室で一人、シャルルは天井を見つめた。

「……なぜ、オレじゃない」

 なぜ、自分ではなかったのか。
 なぜ、彼女は去り、彼は選ばれたのか。

 答えは、どこにもない。

 いや――
 本当は、もう分かっているのかもしれない。

 だが、認めた瞬間、すべてが崩れる。

 王宮の灯りは、静かに夜を照らしていた。

 その光の中で、選び間違えた王子は、
 ただ一人、立ち尽くしながら、今一度声に出していた。

「なぜオレじゃない」

 その問いに、もう答えが出ていることを、シャルル自身が一番よく分かっていた。
感想 3

あなたにおすすめの小説

年下で可愛い旦那様は、実は独占欲強めでした

由香
恋愛
政略結婚で嫁いだ相手は―― 年下で、可愛くて、なぜか距離が近すぎる旦那様でした。 「ねえ、奥さん。もうちょっと近く来て?」 人懐っこく甘えてくるくせに、他の男が話しかけただけで不機嫌になる彼。 最初は“かわいい弟みたい”と思っていたのに―― 「俺、もう子供じゃないよ。……ちゃんと男として見て」 不意に見せる大人の顔と、独占欲に心が揺れていく。 これは、年下旦那様にじわじわ包囲されて、気づいたら溺愛されていた話。

さようなら、私を「枯れた花」と呼んだ貴方。~辺境で英雄を救って聖女と呼ばれたので、没落した元婚約者の謝罪は受け付けません~

阿里
恋愛
「お前のような見栄えの悪い女は、俺の隣にふさわしくない」 婚約者アレクに捨てられ、辺境へ追いやられたセレナ。 けれど、彼女が森で拾ったのは、アレクなど足元にも及ばないほど強くて優しい、呪われた英雄ライアンだった。 セレナの薬草が奇跡を起こし、王都を救う特効薬となったとき、かつて自分を捨てた男との再会が訪れる。 「やり直そう」と縋り付くアレクに、セレナは最愛の人と寄り添いながら静かに微笑む。 ――あなたが捨てたのは、ただの影ではなく、あなたの未来そのものだったのですよ。

婚約破棄された公爵令嬢ですが、家族も元婚約者もすべて失いました

あう
恋愛
「真実の愛を見つけた。君との婚約は破棄する」 王都の夜会でそう告げられたのは、公爵令嬢セリシア・ルヴァリエ。 隣に立っていたのは、かねてより彼女を陥れてきた義妹ミレイナだった。 継母は義妹を溺愛し、父は家の利益のために沈黙を貫く。 味方は誰一人いない――まさに四面楚歌。 だが、セリシアは涙を流さなかった。 「婚約破棄、謹んでお受けいたしますわ」 それは絶望ではなく、すべてを覆す反撃の始まりだった。 やがて明らかになる数々の真実。 裏切り者たちは自らの罪によって転落していき、セリシアは新たな出会いとともに、自らの人生を切り開いていく。 これは、誇り高き令嬢が四面楚歌から大逆転を果たし、裏切った者たちに救済なき断罪を下す物語。 そして最後に手にするのは――本当の愛と、揺るがぬ幸せ。 --- ■キャッチコピー案(任意で使用可能) 「救済なし、後悔だけをあなたに。」 「すべてを奪ったつもりでしたか? 最後に失うのはあなた方です。」 「四面楚歌の令嬢による、華麗なる大逆転劇。」

「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。 お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。 当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。 彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。

家族から虐げられた令嬢は冷血伯爵に嫁がされる〜売り飛ばされた先で温かい家庭を築きます〜

香木陽灯
恋愛
「ナタリア! 廊下にホコリがたまっているわ! きちんと掃除なさい」 「お姉様、お茶が冷めてしまったわ。淹れなおして。早くね」 グラミリアン伯爵家では長女のナタリアが使用人のように働かされていた。 彼女はある日、冷血伯爵に嫁ぐように言われる。 「あなたが伯爵家に嫁げば、我が家の利益になるの。あなたは知らないだろうけれど、伯爵に娘を差し出した家には、国王から褒美が出るともっぱらの噂なのよ」   売られるように嫁がされたナタリアだったが、冷血伯爵は噂とは違い優しい人だった。 「僕が世間でなんと呼ばれているか知っているだろう? 僕と結婚することで、君も色々言われるかもしれない。……申し訳ない」 自分に自信がないナタリアと優しい冷血伯爵は、少しずつ距離が近づいていく。 ※ゆるめの設定 ※他サイトにも掲載中

崖からポイ捨てされた不運令嬢ですが、銀髪イケメン竜王に『最愛の伴侶』としてスカウトされました!

阿里
恋愛
不作も天災も、全部わたしのせい!? 「不運な女」と虐げられ、生贄として崖から捨てられたわたし、ミラ。 でも、落ちた先で待っていたのは、まぶしいほど綺麗な銀髪の竜王・アルベルト様でした! 「君がいたから、この国は守られていたんだよ」 えっ、わたしって実はすごい聖女だったの!? 竜宮城で贅沢三昧&溺愛生活スタート! そんな中、わたしを捨てて大ピンチになった元婚約者が「ミラ、戻ってきて!」と泣きついてきて……。

役立たずと追放された令嬢ですが、極寒の森で【伝説の聖獣】になつかれました〜モフモフの獣人姿になった聖獣に、毎日甘く愛されています〜

腐ったバナナ
恋愛
「魔力なしの役立たず」と家族と婚約者に見捨てられ、極寒の魔獣の森に追放された公爵令嬢アリア。 絶望の淵で彼女が出会ったのは、致命傷を負った伝説の聖獣だった。アリアは、微弱な生命力操作の能力と薬学知識で彼を救い、その巨大な銀色のモフモフに癒やしを見いだす。 しかし、銀狼は夜になると冷酷無比な辺境領主シルヴァンへと変身! 「俺の命を救ったのだから、君は俺の永遠の所有物だ」 シルヴァンとの契約結婚を受け入れたアリアは、彼の強大な力を後ろ盾に、冷徹な知性で王都の裏切り者たちを周到に追い詰めていく。

元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。

碧野葉菜
恋愛
フランチェスカ家の伯爵令嬢、アンジェリカは、両親と妹にいない者として扱われ、地下室の部屋で一人寂しく暮らしていた。 そんな彼女の孤独を癒してくれたのは、使用人のクラウスだけ。 彼がいなくなってからというもの、アンジェリカは生きる気力すら失っていた。 そんなある日、フランチェスカ家が破綻し、借金を返すため、アンジェリカは娼館に売られそうになる。 しかし、突然現れたブリオット公爵家からの使者に、縁談を持ちかけられる。 戸惑いながらブリオット家に連れられたアンジェリカ、そこで再会したのはなんと、幼い頃離れ離れになったクラウスだった――。 8年の時を経て、立派な紳士に成長した彼は、アンジェリカを妻にすると強引に迫ってきて――!? 執着系年下美形公爵×不遇の無自覚美人令嬢の、西洋貴族溺愛ストーリー!