黄昏のザンカフェル

新川 さとし

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第2章 三人の婚約者

その8 婚約者だけど、会うまでに手間がかかりすぎだから!

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 通されたのは客間ではなく、ティールームだった。これは事前に相談してあったこと。客間は正式だけれど「公式会話」が必要になるためだ。

 どの部屋に通すか、簡単に見えるけど、これを達成するために紋章入りの手紙を含めて、朝から四回もやりとりがあったんだよ? 

 意訳すると……

「ぶっちゃけ、挨拶が面倒だから、家族の一員として迎えてね」
「それは、失礼って言われちゃうから、遠慮します」
「いや、失礼なんて思わないから、頼むよ」
「そんなこと言ってもホイホイ、失礼なことはできません」
「だ、か、らぁ~ 失礼じゃないって言ってんじゃん! お、ね、が、い」
「三回頼まれたので、受けるからね? 本当に受けちゃうよ?」
「じゃ、話がまとまったとおり、アットホームに受け入れヨロ」 ←紋章入り

 こんな調子だから、政略結婚の場合なんか婚約披露パーティーの会場で初めて相手に会うなんてことだって、珍しくないんだよ? オレ達の場合は、これでも、子どもの頃からやりとりがあったので、まだマシなんだからね?

 って言うウチに、オレを見つめながらカーテシーをしてくれた乳母姉妹のクロエが、改めて深々と頭を下げたんだ。

「殿下、弊職の力至らず、誠に申し訳ありません」

 黒髪黒目のティアラと揃えるように、髪の毛は栗色でも、クリクリした黒い瞳が沈んだ色を湛えている。

「クロエ、ここからは、忍びだからね」

 この場合は、オレが言葉で「非公式だから、ラフにいこう」と宣言してあげないと、安心できないだろうから。

 そこで小さめの唇から、ふうっと、ため息を漏らしたクロエ。後ろに並んだ乳母のモリソン夫人育ての母と、教育係のマリア侍従長が、改めて頭を下げてる。

「姫様は、昨日もお食事をなさっていらっしゃらないのです。殿下がいらっしゃることはお伝えしたのですが」

 モリソン夫人は「お恥ずかしい話でございます。全て私の責任にございます」と、母親代わりの口調で頭を上げもしない。

 再び、ティニエッティ卿が「これも、我が家の教育が至らず。婚約者殿におかれましては、お詫びの言葉もございません」

 なんか、総お詫び大会の様相なのでいち早く切り抜けることに決定。

「いえいえ。我が婚約者殿フィアンセは繊細なのでしょう。えっと、ここからは、本当に失礼して、クロエをお借りしても?」

 通常ならあり得ないほどぞんざいな頼み方だけど、なんと言っても、幼なじみ系婚約者という特権と、身分的な上下関係から、融通なんていくらで聞いてもらえるんだ。

「もちろんです。お嬢さまをよろしくお願いします」

 そうやって、全面委任してくれたのは教育係のマリア侍従長だ。名前がなんと「マリア・テレジア」って言うんだけど、ハプスブルク家とはもちろん関係ない…… よな?

 高位貴族の「教育係」は、令嬢の教育に関して、領主から結婚までの全決定権を持たされている立場(お相手選びは別ね)なので、ティニエッティ卿すらも「ああ、どうぞ、お願いします」と全公認だ。 

 全員に、申し訳なさと、期待の視線を向けられながら、オレは「サトシ・ファーニチャー」の記憶を辿っている。

『スネて部屋に引きこもるのは、これで何回目だろう? 二回…… いや、三回目か』 

 と言っても、こんなに何日もというのは珍しいので、みんなが困惑しているわけだが、今までも、そのたびに、オレが「ご機嫌を取」ってきた実績があるらしい。

 まあ、簡単に言えば「スネたお嬢さまのご機嫌取り係は婚約者の仕事」ってわけ。ま、兄たちはティアラのことを溺愛しているため、注意できないし、唯一、直言できるクロエすら部屋に入れないのでは、もはや「オレ」しか手はないんだろう。

 かくして、出していただいたお茶に形だけ手を着けてから(←これ大事)立ち上がると、早速クロエと二人で、ティアラの寝室まで向かったわけだ。

 中央の大階段からあがって右奥から手前に二つ目。ちなみに、寝室に入れるのは婚約者の特権ね。 

 コンコンコン

 反応無し

 コンコンコン

 反応無し

「あなたのサトシが参りました」

 シーン

 索敵スキルを使うまでもなく、部屋の中には明確に人の気配がある。よし、強行突破決定っと。



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