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第2章 三人の婚約者
その16 カテリーナの悲劇
しおりを挟むかつては王都の中央であった七つの丘は、都市全体が東側(海側)に発展していったため、今日では、西の外れと言うことになる。
現在は、祖霊の丘と呼ばれる広大な場所であり、オレ達、カッテッサ連合王国の人間にとっては特別な聖地なのだ。
話は三百年以上もさかのぼる。まだ、この国は辺境のヒヨっ子だった。そこに当時の超大国であるネルソン王国第一王子・クレジットが率いる十万もの大軍が攻め込んできた。抗うすべもなくまさに滅亡の危機に瀕したわけだ。
最後の最後で、この七つの丘を城塞と定めて必死の抵抗をした。立てこもった人々は老若男女を合わせて5千人にも満たなかったと伝えられている。しかし、皆殺しにされるという危機感で、全員が「戦士」となっている。そこでクレジットは考えたのだ。
「取るに足らない丘を得るために損害を増やすより、他国にまで美貌が聞こえた若き王妃を自分のモノにしてしまおう」
この悲劇の王妃の名をカテリーナと言う。
全員の死か、それとも屈辱か。突きつけられたカッテッサ国王とって、王妃を奴隷として差し出す道しか残されていなかった。
和睦の場は七つの丘、すべてから見下ろせるマルスの平原であった。
若く美しい王妃を手に入れたクレジットは得意の絶頂であったのだろう。「見よ! お前たちが崇める王妃は、我が僕となった」と隷属の首輪を自らの手ではめて見せると、ことさら見せつけるようにカテリーナへと口づけて見せたのだ。
跪かされ、それを見つめたカッテッサは屈辱のため血の涙を流したと伝えられている。しかし、クレジットの得意は、ここで暴走してしまった。
涙を流すカテリーナの腰を抱きながら、丘に残った人々に向けて言い放ったのだ。
「妻も守れぬ者に国など治められようか! ふん。命すら、もったいない。カッテッサの一族全員を切り捨てよ」
和睦の場に、敗者は武装を許されてない。瞬時に、和睦の場にいた全員が斬り殺された。
その瞬間、七つ丘全てが爆発でもしたような怒声が響き渡ったという。人々は怒りのあまり、作戦も、勝ち目も、そしてケガだらけの我が身も忘れて、ただひたすらクレジットめがけて押し寄せたのだ。
いかに武装を解かれようと、ただ一人だけに向かって、人々が津波となって押し寄せれば、防ぐ方法など、存在しなかった。
気が付けば、クレジットの身体は八つに切り裂かれ、十万の精鋭軍はちりぢりに逃げることしかできなかったのだ。
狂戦士と化した人々がようやく正気を取り戻したのは夕刻。王妃は自らの胸を突いて果てていたとも言う。
今の世に残る「カテリーナの悲劇」あるいは「カテリーナの救国事件」である。
それ以来、人々は国土を復興させ、強国となるに努めた。やがて、ファーニチャー家の「高祖」である、クリーグランドは諸侯と話し合い「カッテッサ連合王国」と名を改めたのだ。もちろん、その時「カッテッサ」の子孫は存在しなかった。ゆえに、少々、この国の王権は特殊な形をとった。
七つの丘、それぞれを守り抜いた指揮官の子孫は、それぞれが国にも等しいほどの力を持つ大貴族となっていた。そこで、クリーグランドは、諸侯から選ばれて戴冠するに当たり「国軍を持てども領地を持たず」という原則を決めたのだ。
現在では、私費をまかなうだけの国王領は多少あるけれど、そこの統治は、近隣貴族に委任している。だから、プライベートで一番「力」を持っているのは、事実上、この「高祖」クリーグランドの平定した地域を治めるファーニチャー家なのだ。
代わりに国王は、全軍統帥権と、全領地からの「国防費」によって賄われている「王国軍」を持っているのだ。王国軍20万人が軍事行動をする場合、各領袖軍に対する指揮命令権を持っていることになっている。しかし、王国軍は、完全に貴族社会からは切り離される。
この辺り、少々、複雑なんだけれど、簡単に言っちゃえば「戦場では命令しても良いけど、宮中のパーティーには呼ばないよ」って感じかな?
とにもかくにも、この七つの丘は、カッテッサ連合王国にとって特別な場所だった。だから、あえて主要な街道を遠ざけ、七つの丘一帯は道すらも整備させない。いわばサンクチュアリとして神殿が置かれ、そこで祈る人々だけがやってくるだけなのだ。
したがって、こんな時間に、人がいること自体が珍しい。しかも、百人以上の人間が丘の影に突然、現れたんだ。いち早く、オレは《索敵》で気付けたのはラッキーだったかも。
『敵か?』
ふと振り向くと、チョウヒは、既に大矛のサヤを外しているのが見えていた。
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