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第3章 タカアマノハラ学院
その8 デザートは、何が良い?
しおりを挟む冷製ビジソワーズスープは、ジャガイモの甘みを見事に引き出して、上品な逸品。サラダもフルーツの爽やかな甘みと酸味を引き出したドレッシングも、文句の付けようがない味だ。
『ルイーズのやつ。さすがだな。ヤル時はやるってヤツか』
さすがルパッソの推薦である。冷たいまでの美貌と、出るべきところが見事に男の手をそそるのに「肉体派」枠ではなかったらしい。いや、正直、昨日はそう思ってしまったのだが。
なにしろ、昨夜は「殿下は、きっと決闘の後はお疲れだと思いまして」とか言って、出してきたのは塩ゆでパスタとオレンジジュースという、なんとも仰天すべきメニューだったのだ。
これでは「料理スキル、確かに持っているよな?」と確かめずに入られようか。
確かに、スキルは上級レベルまで達していて、出されたパスタの塩加減が抜群、ゆで具合もアルデンテではあったし、ついでにオレンジジュースは、絞りたてを出してきて、すこぶる付きに美味かったのは認める。だが、貴族家で出される「夕食」では、断じてあり得ない。
元世界の日本の感覚で言えば、閉店間際のスーパーで、惣菜コーナーの売れ残りを買ってきて、パックのままどんと食卓においた方がまだマシ、といえるレベルだろうか。
それなのに、今日、出される品々は、どれもすごい。独り者の気安さで、元世界の三つ星レストランには何度も行ったことがある。しかし、素材の種類が限られているとは言え、前菜から始まって、どれも、ほぼ、あのレストランと同レベルだと、嫌、これを一人で作っているのから、それ以上の腕だと言って良いだろう。
当然、メインの皿が出されるときに、期待は最高潮だ。
「先ほどの鹿の腰の部分を、ソテーいたしました。山イチゴのソースでお召し上がりください」
中央の皿から、一人前ずつ、取り分けてサーブされる。さりげなくソースを掛ける前に乗せられたのはトリュフと見た。
「すごく香りが良いのですね」
さっきから、すっかり食べることに夢中になっていたティアラが、素直に言葉にする。
一切れを口に運べば、肉の香りとトリュフが醸し出す野性味のある肉の旨味が、ソースに使われている山イチゴの酸味と絶妙に溶け合って、極上のハーモニーが醸し出される。
『しかも、焼き方が絶妙だよな』
レアではあるけれども、中までしっかりと火を通している。火を通すのはジビエ料理の基本中の基本だけに、それをレアの焼き加減でサーブするのは、運んでくる間に伝わる熱までも計算しないと、絶対にできないワザだ。
これでは、ティアラでなくとも、夢中になる。しばし二人は、無言で肉を食べ尽くしていた。ようやく、ティアラが言葉を出したのは、オレにではなくルイーズに向けてだ。
「すごいです。我が家のシェフよりも、上かもしれないわ」
「恐れ入ります」
ルイーズは、給仕の作法として、料理の説明以外には極端に無口になっている。もちろん、微笑みを浮かべることを忘れてはいないが「デート中の給仕」に徹しているのだ。
「いやあ、ルイーズ。昨日のスペシャルメニューを考えると、今日のメニューは、少々意外だったのだが」
「本日は、殿下のお大切になさる方とのディナーですので、微力を尽くさせていただきました」
「微力どころか、これは、本日、王都中の食卓を見回しても最上等の部類だぞ」
目の前でティアラが、カクカクカクと頷いている。確かに美味いもんね。
「お褒めいただけるのは光栄に存じますが、食後のデザートを整えて参りましても?」
「あぁ、そうか。ティアラに合わせて出してくれ」
「かしこまりました」
「わぁあ、なんだか、期待してしまいますわ」
デザートに期待しつつ、よほどソースが気に入ったのか、肉を食べ尽くした後は、一口にちぎったパンをソースに浸して口に運んでいる。
お皿をピカピカにする勢いだ。
『へぇ~ 食事に関するマナーは、ちゃんとしているわけだ? ハハハ、美形キャラのはずが、トンだ食いしんぼキャラってワケか』
皿に残ったソースを、パンで残らず食べるというのは、実は、最上等のマナーなのである。ソースが最高に美味であったと、シェフを褒めているのと同義だからだ。
『ま、確かに、それだけの敬意を払っても良いくらいのデキだけど』
皿をピカピカに拭き上げてパンを食べ続けるティアラを見て「ひょっとして、これ、マナーって言うよりも、素でやってないよね?」と一抹の疑問を持ってしまうオレだ。
あ、ここで出しているパンは、ラノベでよく出てくる「スープに浸さないと食べられないほど硬いパン」などではない。庶民の食べるパンは別として、こういう場に出てくるパンは、握りこぶしの半分ほどのパンを焼いた上で「中身」だけをテーブルに出してくるやり方なのだ。
温かいモノをサーブされるので、日本人が食べても「普通に美味いパン」になっている。
「ティアラは、よほど気に入ってくださったのですね」
「あっ、つい…… ごめんなさい。このお肉も、ソースも最高でした。お腹いっぱいです」
「おやおや、それなら、デザートは取りやめに」
「だめっ!」
マジで、目が真剣だった。
「ふふふ。冗談ですよ。女性がデザート用に、もう一つ、お腹をお持ちであることくらい、心得ていますからね」
思わず真っ赤になるティアラだ。
「じゃあ、デザートが来るまでに、ちょっと、お話をしましょうか」
「はい?」
キョトンとしてみせるティアラだけれど、いや、さっきまで、君、食べる方に夢中だったよね?
「ねぇ、ティアラ。セリカって子ですけど」
「え?」
オレは頬に笑いを浮かべてみせる。
「あの子がネの館に入ったのはご存じかな?」
「初耳ですけど」
どこかしらホッとした表情をした。
「本日、館長からの告示で、寮長に選ばれたみたいですよ? 一年生としては、極めて珍しいですけどね」
目を見開いたティアラは、グラスに残ったワインを、ゴクリと飲み落としたんだ。
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