子猫を拾ったはずなんだけど

ぱるゆう

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プロローグ 出会い

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長い箸を使い、小さな皿に次々と料理を盛り付けていく。

調理場では5人の料理人が分担して、料理を作っている。それを着物を着た女性達が、慌ただしく運んで行く。

ここは、懐石料理桜茶庵。僕はここで料理人をしている。

桜茶庵は、高い塀に囲まれて庭も綺麗に作られている。入口は分かりにくく一見さんには敷居が高くなっている。


そして、やっと「ふぅ~」と一息ついた。今日の全ての料理が出し終わった。

「板長、終わりました」と僕は報告した。

「よし、片付けるか」板長は包丁の点検を始め、気になったものを研ぎ始める。

僕達は、戻ってきた皿等を洗い、料理道具や調理台は洗った後に消毒していく。その間も次々と皿やグラスが戻ってくる。グラスは食洗機でまとめて洗うので、セットしていく。

板長は包丁の確認が終わると、調理場を出ていく。客のお見送りだ。ほとんどが顔馴染みなので、感想を聞きに行っている。

女性達は客が居なくなった部屋を静かに片付け始める。

そして、板長が戻って来た。
「井伊さん、また残りだ」と言った。

常連中の常連が井伊さん。来ると閉店時間など全く無視で、最後は板長と2人で飲むのが恒例となっている。

最近は専ら店の定休日前に来る。

しかし、静かであるべき店も、閉店後は掃除機をかけるなど騒々しくなる。そういう煩くなることには無断着だからいいのだが。

「何作りますか?」僕は言った。

「いや、お前たちは片付けだけやって、上がっていい」と板長は言った。

これもいつものことだ。

板長は、酒のツマミを何品か作り、一升瓶を抱えてお座敷の方に行った。

残された僕達は、片付けと消毒を念入りにやっていく。

終わったので、更衣室で着替えて、店を出た。




「今日、どう?」と女性の従業員の房江さんが待っていた。

房江さんは旦那を早くに亡くし、高3の一人娘を育てている。確かもうすぐ50歳だったような。僕とは20歳以上も離れているので、決して変な関係ではない。馴染みのスナックに一緒に行く、ただそれだけだ。

いつも店はそこそこ混んでいる。うちの店や他の店から流れてくる客も多いのだろう。

房江さんはカラオケを歌い、僕にも勧めてくる。苦手なわけではないのだが、最近はめっきり音楽を聴かないので、高校生の頃に聞いた曲しか分からない。

それでも房江さんや他のお客さん達は、上手いと喜んでくれる。

そこそこ気分がよくなった頃に店を出る。念の為、近所の房江さんの家まで送り、また近所の自分のアパートまで歩く。


「ふぅ~」と何度も息を吐く。いつもとそんなに変わらない量のはずなのに、少し頭がフラフラした。

川沿いの道を歩く。川側に張ってある高いフェンスに何度か手を掛けながら、歩いた。

そして、また足元がよろめいた。フェスに手をつこうとしたが、フェンスがない。
「あっ!」と小さく叫び、ゴロゴロと緩やかな川岸を転げ落ちて、川の手前で止まった。

「イタタタッ・・・。あれ、フェンス?」と見上げると、フェンスはあった。

「どこから落ちたんだ?」とキョロキョロ見回していると、近くの橋の下に小さな白い段ボールがあるのが目についた。

いつもならゴミだと気にしないのだが、何故か今はとても気になった。体についた草や泥を払い落としながら立ち上がり、段ボールに近づいていった。

覗き込むと、小さな真っ白い子猫が動かない状態でいた。

「死んでるのか?」僕は指で触った。

「まだ温かい。それに弱いけど呼吸している。くそ!こんな暑い時に子猫を捨てるなんて、なんて酷いやつだ!死んでしまうじゃないか!」

僕は段ボールを抱え、上の道へ上がる方法を探した。橋の脇に階段があるのが分かったので、急いで昇った。

そして、段ボールを揺らさないように注意しながら、早足で歩き始めた。
「あっ!ミルクがない!」

また辺りを見回した。
「確かコンビニがあったはずだ」

房江さんと飲んだ後にしか通らない道なので、よく分からない。

一本先の広い道に行ったらコンビニがあった。邪魔にならないように店の脇に段ボールを起き、急いで猫用のミルクと子猫用のキャットフード等を買った。そして、また段ボールを持ち上げて家へと急いだ。


アパートの部屋に戻ると、ズボンと靴下を脱いで、風呂場に行き、シャワーを出した。
まずは体の熱を取るために、少し温度の低いお湯で身体を洗い、身体が冷えすぎないようにタオルで包んだ。

次にミルクを温めて、哺乳瓶に入れる。指で口を開かせ少し流し込む。

すると、子猫の目が少し開いた。哺乳瓶を傾けてまた少しミルクを流し込む。それを何回か繰り返した。

すると、猫の首がぐったりとしたので、哺乳瓶を脇に置いた。

「大丈夫だろうか?」心配で、しばらく見ていたが、胸がゆっくりと上下に動いている。

「寝てるのか。ふぅ~」少し安心して息を吐き出した。

時計を見ると3時を回っていた。

まぁ、明日は定休日だ。
風呂に入って、急いで身体を洗った。

体を拭いて、新しいティシャツと下着を着ながら、子猫を覗き込んだ。

また少し目を開いている。
タオルごと抱き上げて、またミルクを流し込む。

猫の舌が動きながら、飲んでいるようだ。

「お腹空いてただろ。たっぷり飲みな」と微笑みながら、子猫を見守った。

しばらくすると、またぐったりとした。
「けっこう飲めたな。良かった」


ベッドの上に子猫を置き、脇に横になった。

「真っ白か。まるでミャーコの生まれ変わりみたいだ」




僕が子供の頃、白い子猫をもらってくれないか?と近所の人から話があった。

実家は飲食店、田舎で定食屋をやっているから、生き物はダメだと父親は言ったが、僕は自分が面倒を見ると言った。店には入れないことを条件に許された。まだ妹が一歳だったので、母親も手が離せない。だから、寂しかったんだ。

僕は近所の人の所に何度も行き、飼い方を教わった。

しばらくは、保育園がある時間は近所の人に預かってもらい、帰りに迎えに行った。

そして、僕もミャーコも大きくなった。ミャーコの我が家での住処は、2階の僕の部屋だ。少し窓を開けておいて、好き勝手に出入りしている。しかし、子供を作ってくることは一度もなかった。

そして、僕が高校を卒業した時、父親と喧嘩して家を出た。あてもなく出て行ったため、ミャーコを連れてはいけなかった。

それから日雇いの仕事等を転々としながら、今の店のオーナーに拾われて、ずっと勤めている。オーナーは僕の事情を話しても、分かった、とだけ言った。とても感謝している。

血筋なのか?店の手伝いを頻繁にさせられていたからなのか?料理だけが僕の生きていく手段だったようだ。

板長には、初めの方に調理器具を粗く扱うことを怒鳴られたが、それ以外はとても優しく教えてもらっている。

しばらく勤めた後、父親が倒れたと妹から連絡があった。喧嘩別れし、もう5年も会っていなかった。

オーナーと板長には、会って後悔するより、会わないで後悔することの方が何万倍も後悔するぞと言われ、休みをもらって帰省した。

しかし、父親は、もう話すことはできなかった。チューブに繋がれながら、ずっと目を瞑っていた。

「あなたが料理店で働いてること、とっても喜んでたわ」母親が言った。

定期的に、母親と妹には連絡していた。店にも一度だけ来てもらった。母親は、オーナーと板長には泣きながら感謝していた。

父親も、もう少し真面に料理ができるようになってから、呼びたいとは思っていた。しかし、それが叶うことはなくなってしまったようだ。



そして、チューブが外されて葬式が始まった。

定食屋のすぐ傍にある工場の人達は、通夜に代わる代わる来てくれた。

僕を見て、
「大きくなったな」と驚いたり、慰めてくれたり、懐かしんだくれたりした。

賑やかな通夜とは違い、火葬場には3人で行った。いや、もう一匹いた。籠の中でおとなしくしている。ミャーコも20歳くらいになる。

家に帰ると、久しぶりに自分の部屋に行った。綺麗に掃除されていて、当時のままだった。

ミャーコを隣に置いて、一緒にベッドに寝た。今まで料理を覚えることでいっぱいいっぱいになっていたので、ミャーコのことは忘れていた。

「ごめんな、ミャーコ」

「にゃ~あ」

そして決心した。

定食屋は、母と料理の専門学校を卒業した妹がいるから大丈夫だ、と言われていた。僕はその言葉に甘えることにした。今までは住み込みで働いていたが、近くにアパートを借りることにした。

帰りが遅いので、防音には気を使い、ペットが大丈夫な所が店の近くにあったので、引っ越した。

そして、ミャーコとの生活が始まった。
ミャーコは高齢なので、もう外に行くことはない。部屋でじっと僕の帰りを待ってくれていた。

だから、帰るとなるべく膝の上に置いて生活した。

しかし、半年前に突然と姿を消した。
窓は空いていないし、玄関の鍵も閉まっていたのに。

訳が分からなかった。泥棒?とも思ったが、他には何も無くなっていない。高齢の猫だけ盗んでいく泥棒こそ訳が分からない。しばらくは、ひょっこり帰ってきてるんじゃないかと思って、「ただいま、ミャーコ」と言いながら玄関のドアを開いた。

しかし、ミャーコが帰ってくることはなかった。

部屋に帰っても寂しく感じ、新しい猫を飼おうかとペットショップに何回か行った。でも、ミャーコが帰ってきたら、寂しがるんじゃないかと思い、今まで飼うことができなかった。

「もう、良いかな?ミャーコ」と僕は呟いた。




次の日、目が覚めて子猫を見ると、おしっこをしていたので、身体を洗い、新しいタオルに包んだ。

ミルクだけでなく、柔らかくしたキャットフードも食べられるようになっていた。

「良かった。これなら医者に連れて行く必要はなさそうだ」

また、しばらく子猫は寝た後、足で立てるようになった。

「あぁ、良かったぁ」僕は満面の笑みになった。

僕は子猫を抱き上げて、
「いいかい。ここが君の新しい家だよ」

「にゃ~あ」

僕は抱っこしたまま、子猫にお風呂やトイレの場所を教えた。

「あっ!君のトイレも買ってこなくちゃ」

すると、子猫は、僕の腕から飛び降りて、便座の上にこちら向きに座った。そして、しゃ~っと音がした。

「えっ!トイレできるの?」

「にゃ~あ」

子猫は終わると、また僕の腕までジャンプした。

「こんなちゃんとしつけられる飼い主なら、何で?」僕は猫の体を見回した。

「虐待されたような傷はないな」

「にゃ~あ」

「えっ?何?」

猫はまた飛び降りて、玄関のドアの前に立った。

「外に行きたいの?」

「にゃ~あ」

「う~ん。でも、まだその身体じゃ他の猫に会ったら大変なことになる。僕が一緒に行っていい?」

「にゃ~あ」と子猫は僕の腕に戻った。

「分かった。着替えるから待ってて」と床に下ろした。

僕は着替えて、
「あっ?そうだ、朝ご飯買ってこよう」リュックを背に背負った。



子猫を片手で抱えて、外に出た。
「うわっ、日が高いな。暑い・・・」

時計を見たら11時になっていた。
「これじゃ昼ごはんになるな」

近所の八百屋に行った。
「いらっしゃい。いつもありがとね」昔からいる看板娘のお婆ちゃんが言った。昔からお婆ちゃんのような気がするが、元気そうで何よりだ。

「にゃ~、にゃ~」と子猫が鳴いた。

「ん?何か欲しいの?」

店内をうろつくと、リンゴの前で多く鳴いた。

「リンゴ?」

「にゃ~あ」

「分かった。でも、少しずつだよ」

リンゴと野菜を買って店を後にした。



その後、魚屋に寄ってから、弁当屋に寄った。ここの弁当は値段は高いが、ちゃんと手が込んでいる。

「あっ、いらっしゃい。若菜くん」若い看板娘は言った。

「あれ?学校は?」

「昨日、終業式だから」

「そっか、そんな時期か。暑いわけだ」

「昨日はお母さん、また付き合わせて、ごめんね」

「ううん、僕も気晴らしになるし、気にしないで」

「あら!猫ちゃん?」

「昨日、帰りに拾ったんだ。このクソ暑いのに捨てるなんて許せないよ」

「えっ?外に?」

僕は頷いた。

「酷い!」

「ホントだよ。春ちゃん、いつもの幕の内で」

「はい。幕の内一丁」

僕は会計をした。

「飼うの?」

「そのつもり」

「若菜くん、猫もいいけど、せっかくかっこいいのに彼女とか作んないの?」

そんな相手を作れる訳が無い。店でもオーナーと板長しか知らない。

「この子がいてくれれば十分だよ」

「はぁ~。ねぇ、いつか私とデートしようよ」

「はぁ?十近くも違うんだよ」

「別にいいじゃん。私の寂しい高校生活を華やかに」

「春ちゃんこそ可愛いんだから、彼氏作んなよ。告白されるんでしょ?房江さんから聞いてるよ」

「同い年は嫌。子供っぽくて」
 
「分かった、分かった。夏休み中に1日くらい付き合うよ」

「ホントに?」

「ただ制服だけは着てこないでよ。僕が捕まるから」

「うん!」

喜ぶ春香から、幕の内弁当を受け取って、店を出た。

「暑い~。早く帰ろうね」と子猫に言った。



部屋に帰ると、まずはリンゴを少しすり下ろした。

皿に乗せて、テーブルの上に乗せた。子猫がジャンプしてテーブルの上に乗り、舌を出して舐め始めた。

「まだ少しね。もっと元気になったら、いっぱい食べようね」


僕は幕の内弁当をテーブルに乗せて、蓋を開いた。
「うん、今日もちゃんとできてる」と食べ始めた。

「にゃ~あ」と子猫が鳴いた。もう皿の中がなくなっていた。

「えっ!もう食べたの?」

「にゃ~あ」

「分かった」僕は立ち上がり、キッチンでリンゴをすりおろし始めた。

背中の方から、
「まどろっこしいのぉ」と女性の声がした。
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