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プロローグ 出会い
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長い箸を使い、小さな皿に次々と料理を盛り付けていく。
調理場では5人の料理人が分担して、料理を作っている。それを着物を着た女性達が、慌ただしく運んで行く。
ここは、懐石料理桜茶庵。僕はここで料理人をしている。
桜茶庵は、高い塀に囲まれて庭も綺麗に作られている。入口は分かりにくく一見さんには敷居が高くなっている。
そして、やっと「ふぅ~」と一息ついた。今日の全ての料理が出し終わった。
「板長、終わりました」と僕は報告した。
「よし、片付けるか」板長は包丁の点検を始め、気になったものを研ぎ始める。
僕達は、戻ってきた皿等を洗い、料理道具や調理台は洗った後に消毒していく。その間も次々と皿やグラスが戻ってくる。グラスは食洗機でまとめて洗うので、セットしていく。
板長は包丁の確認が終わると、調理場を出ていく。客のお見送りだ。ほとんどが顔馴染みなので、感想を聞きに行っている。
女性達は客が居なくなった部屋を静かに片付け始める。
そして、板長が戻って来た。
「井伊さん、また残りだ」と言った。
常連中の常連が井伊さん。来ると閉店時間など全く無視で、最後は板長と2人で飲むのが恒例となっている。
最近は専ら店の定休日前に来る。
しかし、静かであるべき店も、閉店後は掃除機をかけるなど騒々しくなる。そういう煩くなることには無断着だからいいのだが。
「何作りますか?」僕は言った。
「いや、お前たちは片付けだけやって、上がっていい」と板長は言った。
これもいつものことだ。
板長は、酒のツマミを何品か作り、一升瓶を抱えてお座敷の方に行った。
残された僕達は、片付けと消毒を念入りにやっていく。
終わったので、更衣室で着替えて、店を出た。
「今日、どう?」と女性の従業員の房江さんが待っていた。
房江さんは旦那を早くに亡くし、高3の一人娘を育てている。確かもうすぐ50歳だったような。僕とは20歳以上も離れているので、決して変な関係ではない。馴染みのスナックに一緒に行く、ただそれだけだ。
いつも店はそこそこ混んでいる。うちの店や他の店から流れてくる客も多いのだろう。
房江さんはカラオケを歌い、僕にも勧めてくる。苦手なわけではないのだが、最近はめっきり音楽を聴かないので、高校生の頃に聞いた曲しか分からない。
それでも房江さんや他のお客さん達は、上手いと喜んでくれる。
そこそこ気分がよくなった頃に店を出る。念の為、近所の房江さんの家まで送り、また近所の自分のアパートまで歩く。
「ふぅ~」と何度も息を吐く。いつもとそんなに変わらない量のはずなのに、少し頭がフラフラした。
川沿いの道を歩く。川側に張ってある高いフェンスに何度か手を掛けながら、歩いた。
そして、また足元がよろめいた。フェスに手をつこうとしたが、フェンスがない。
「あっ!」と小さく叫び、ゴロゴロと緩やかな川岸を転げ落ちて、川の手前で止まった。
「イタタタッ・・・。あれ、フェンス?」と見上げると、フェンスはあった。
「どこから落ちたんだ?」とキョロキョロ見回していると、近くの橋の下に小さな白い段ボールがあるのが目についた。
いつもならゴミだと気にしないのだが、何故か今はとても気になった。体についた草や泥を払い落としながら立ち上がり、段ボールに近づいていった。
覗き込むと、小さな真っ白い子猫が動かない状態でいた。
「死んでるのか?」僕は指で触った。
「まだ温かい。それに弱いけど呼吸している。くそ!こんな暑い時に子猫を捨てるなんて、なんて酷いやつだ!死んでしまうじゃないか!」
僕は段ボールを抱え、上の道へ上がる方法を探した。橋の脇に階段があるのが分かったので、急いで昇った。
そして、段ボールを揺らさないように注意しながら、早足で歩き始めた。
「あっ!ミルクがない!」
また辺りを見回した。
「確かコンビニがあったはずだ」
房江さんと飲んだ後にしか通らない道なので、よく分からない。
一本先の広い道に行ったらコンビニがあった。邪魔にならないように店の脇に段ボールを起き、急いで猫用のミルクと子猫用のキャットフード等を買った。そして、また段ボールを持ち上げて家へと急いだ。
アパートの部屋に戻ると、ズボンと靴下を脱いで、風呂場に行き、シャワーを出した。
まずは体の熱を取るために、少し温度の低いお湯で身体を洗い、身体が冷えすぎないようにタオルで包んだ。
次にミルクを温めて、哺乳瓶に入れる。指で口を開かせ少し流し込む。
すると、子猫の目が少し開いた。哺乳瓶を傾けてまた少しミルクを流し込む。それを何回か繰り返した。
すると、猫の首がぐったりとしたので、哺乳瓶を脇に置いた。
「大丈夫だろうか?」心配で、しばらく見ていたが、胸がゆっくりと上下に動いている。
「寝てるのか。ふぅ~」少し安心して息を吐き出した。
時計を見ると3時を回っていた。
まぁ、明日は定休日だ。
風呂に入って、急いで身体を洗った。
体を拭いて、新しいティシャツと下着を着ながら、子猫を覗き込んだ。
また少し目を開いている。
タオルごと抱き上げて、またミルクを流し込む。
猫の舌が動きながら、飲んでいるようだ。
「お腹空いてただろ。たっぷり飲みな」と微笑みながら、子猫を見守った。
しばらくすると、またぐったりとした。
「けっこう飲めたな。良かった」
ベッドの上に子猫を置き、脇に横になった。
「真っ白か。まるでミャーコの生まれ変わりみたいだ」
僕が子供の頃、白い子猫をもらってくれないか?と近所の人から話があった。
実家は飲食店、田舎で定食屋をやっているから、生き物はダメだと父親は言ったが、僕は自分が面倒を見ると言った。店には入れないことを条件に許された。まだ妹が一歳だったので、母親も手が離せない。だから、寂しかったんだ。
僕は近所の人の所に何度も行き、飼い方を教わった。
しばらくは、保育園がある時間は近所の人に預かってもらい、帰りに迎えに行った。
そして、僕もミャーコも大きくなった。ミャーコの我が家での住処は、2階の僕の部屋だ。少し窓を開けておいて、好き勝手に出入りしている。しかし、子供を作ってくることは一度もなかった。
そして、僕が高校を卒業した時、父親と喧嘩して家を出た。あてもなく出て行ったため、ミャーコを連れてはいけなかった。
それから日雇いの仕事等を転々としながら、今の店のオーナーに拾われて、ずっと勤めている。オーナーは僕の事情を話しても、分かった、とだけ言った。とても感謝している。
血筋なのか?店の手伝いを頻繁にさせられていたからなのか?料理だけが僕の生きていく手段だったようだ。
板長には、初めの方に調理器具を粗く扱うことを怒鳴られたが、それ以外はとても優しく教えてもらっている。
しばらく勤めた後、父親が倒れたと妹から連絡があった。喧嘩別れし、もう5年も会っていなかった。
オーナーと板長には、会って後悔するより、会わないで後悔することの方が何万倍も後悔するぞと言われ、休みをもらって帰省した。
しかし、父親は、もう話すことはできなかった。チューブに繋がれながら、ずっと目を瞑っていた。
「あなたが料理店で働いてること、とっても喜んでたわ」母親が言った。
定期的に、母親と妹には連絡していた。店にも一度だけ来てもらった。母親は、オーナーと板長には泣きながら感謝していた。
父親も、もう少し真面に料理ができるようになってから、呼びたいとは思っていた。しかし、それが叶うことはなくなってしまったようだ。
そして、チューブが外されて葬式が始まった。
定食屋のすぐ傍にある工場の人達は、通夜に代わる代わる来てくれた。
僕を見て、
「大きくなったな」と驚いたり、慰めてくれたり、懐かしんだくれたりした。
賑やかな通夜とは違い、火葬場には3人で行った。いや、もう一匹いた。籠の中でおとなしくしている。ミャーコも20歳くらいになる。
家に帰ると、久しぶりに自分の部屋に行った。綺麗に掃除されていて、当時のままだった。
ミャーコを隣に置いて、一緒にベッドに寝た。今まで料理を覚えることでいっぱいいっぱいになっていたので、ミャーコのことは忘れていた。
「ごめんな、ミャーコ」
「にゃ~あ」
そして決心した。
定食屋は、母と料理の専門学校を卒業した妹がいるから大丈夫だ、と言われていた。僕はその言葉に甘えることにした。今までは住み込みで働いていたが、近くにアパートを借りることにした。
帰りが遅いので、防音には気を使い、ペットが大丈夫な所が店の近くにあったので、引っ越した。
そして、ミャーコとの生活が始まった。
ミャーコは高齢なので、もう外に行くことはない。部屋でじっと僕の帰りを待ってくれていた。
だから、帰るとなるべく膝の上に置いて生活した。
しかし、半年前に突然と姿を消した。
窓は空いていないし、玄関の鍵も閉まっていたのに。
訳が分からなかった。泥棒?とも思ったが、他には何も無くなっていない。高齢の猫だけ盗んでいく泥棒こそ訳が分からない。しばらくは、ひょっこり帰ってきてるんじゃないかと思って、「ただいま、ミャーコ」と言いながら玄関のドアを開いた。
しかし、ミャーコが帰ってくることはなかった。
部屋に帰っても寂しく感じ、新しい猫を飼おうかとペットショップに何回か行った。でも、ミャーコが帰ってきたら、寂しがるんじゃないかと思い、今まで飼うことができなかった。
「もう、良いかな?ミャーコ」と僕は呟いた。
次の日、目が覚めて子猫を見ると、おしっこをしていたので、身体を洗い、新しいタオルに包んだ。
ミルクだけでなく、柔らかくしたキャットフードも食べられるようになっていた。
「良かった。これなら医者に連れて行く必要はなさそうだ」
また、しばらく子猫は寝た後、足で立てるようになった。
「あぁ、良かったぁ」僕は満面の笑みになった。
僕は子猫を抱き上げて、
「いいかい。ここが君の新しい家だよ」
「にゃ~あ」
僕は抱っこしたまま、子猫にお風呂やトイレの場所を教えた。
「あっ!君のトイレも買ってこなくちゃ」
すると、子猫は、僕の腕から飛び降りて、便座の上にこちら向きに座った。そして、しゃ~っと音がした。
「えっ!トイレできるの?」
「にゃ~あ」
子猫は終わると、また僕の腕までジャンプした。
「こんなちゃんとしつけられる飼い主なら、何で?」僕は猫の体を見回した。
「虐待されたような傷はないな」
「にゃ~あ」
「えっ?何?」
猫はまた飛び降りて、玄関のドアの前に立った。
「外に行きたいの?」
「にゃ~あ」
「う~ん。でも、まだその身体じゃ他の猫に会ったら大変なことになる。僕が一緒に行っていい?」
「にゃ~あ」と子猫は僕の腕に戻った。
「分かった。着替えるから待ってて」と床に下ろした。
僕は着替えて、
「あっ?そうだ、朝ご飯買ってこよう」リュックを背に背負った。
子猫を片手で抱えて、外に出た。
「うわっ、日が高いな。暑い・・・」
時計を見たら11時になっていた。
「これじゃ昼ごはんになるな」
近所の八百屋に行った。
「いらっしゃい。いつもありがとね」昔からいる看板娘のお婆ちゃんが言った。昔からお婆ちゃんのような気がするが、元気そうで何よりだ。
「にゃ~、にゃ~」と子猫が鳴いた。
「ん?何か欲しいの?」
店内をうろつくと、リンゴの前で多く鳴いた。
「リンゴ?」
「にゃ~あ」
「分かった。でも、少しずつだよ」
リンゴと野菜を買って店を後にした。
その後、魚屋に寄ってから、弁当屋に寄った。ここの弁当は値段は高いが、ちゃんと手が込んでいる。
「あっ、いらっしゃい。若菜くん」若い看板娘は言った。
「あれ?学校は?」
「昨日、終業式だから」
「そっか、そんな時期か。暑いわけだ」
「昨日はお母さん、また付き合わせて、ごめんね」
「ううん、僕も気晴らしになるし、気にしないで」
「あら!猫ちゃん?」
「昨日、帰りに拾ったんだ。このクソ暑いのに捨てるなんて許せないよ」
「えっ?外に?」
僕は頷いた。
「酷い!」
「ホントだよ。春ちゃん、いつもの幕の内で」
「はい。幕の内一丁」
僕は会計をした。
「飼うの?」
「そのつもり」
「若菜くん、猫もいいけど、せっかくかっこいいのに彼女とか作んないの?」
そんな相手を作れる訳が無い。店でもオーナーと板長しか知らない。
「この子がいてくれれば十分だよ」
「はぁ~。ねぇ、いつか私とデートしようよ」
「はぁ?十近くも違うんだよ」
「別にいいじゃん。私の寂しい高校生活を華やかに」
「春ちゃんこそ可愛いんだから、彼氏作んなよ。告白されるんでしょ?房江さんから聞いてるよ」
「同い年は嫌。子供っぽくて」
「分かった、分かった。夏休み中に1日くらい付き合うよ」
「ホントに?」
「ただ制服だけは着てこないでよ。僕が捕まるから」
「うん!」
喜ぶ春香から、幕の内弁当を受け取って、店を出た。
「暑い~。早く帰ろうね」と子猫に言った。
部屋に帰ると、まずはリンゴを少しすり下ろした。
皿に乗せて、テーブルの上に乗せた。子猫がジャンプしてテーブルの上に乗り、舌を出して舐め始めた。
「まだ少しね。もっと元気になったら、いっぱい食べようね」
僕は幕の内弁当をテーブルに乗せて、蓋を開いた。
「うん、今日もちゃんとできてる」と食べ始めた。
「にゃ~あ」と子猫が鳴いた。もう皿の中がなくなっていた。
「えっ!もう食べたの?」
「にゃ~あ」
「分かった」僕は立ち上がり、キッチンでリンゴをすりおろし始めた。
背中の方から、
「まどろっこしいのぉ」と女性の声がした。
調理場では5人の料理人が分担して、料理を作っている。それを着物を着た女性達が、慌ただしく運んで行く。
ここは、懐石料理桜茶庵。僕はここで料理人をしている。
桜茶庵は、高い塀に囲まれて庭も綺麗に作られている。入口は分かりにくく一見さんには敷居が高くなっている。
そして、やっと「ふぅ~」と一息ついた。今日の全ての料理が出し終わった。
「板長、終わりました」と僕は報告した。
「よし、片付けるか」板長は包丁の点検を始め、気になったものを研ぎ始める。
僕達は、戻ってきた皿等を洗い、料理道具や調理台は洗った後に消毒していく。その間も次々と皿やグラスが戻ってくる。グラスは食洗機でまとめて洗うので、セットしていく。
板長は包丁の確認が終わると、調理場を出ていく。客のお見送りだ。ほとんどが顔馴染みなので、感想を聞きに行っている。
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そして、板長が戻って来た。
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常連中の常連が井伊さん。来ると閉店時間など全く無視で、最後は板長と2人で飲むのが恒例となっている。
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しかし、静かであるべき店も、閉店後は掃除機をかけるなど騒々しくなる。そういう煩くなることには無断着だからいいのだが。
「何作りますか?」僕は言った。
「いや、お前たちは片付けだけやって、上がっていい」と板長は言った。
これもいつものことだ。
板長は、酒のツマミを何品か作り、一升瓶を抱えてお座敷の方に行った。
残された僕達は、片付けと消毒を念入りにやっていく。
終わったので、更衣室で着替えて、店を出た。
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房江さんは旦那を早くに亡くし、高3の一人娘を育てている。確かもうすぐ50歳だったような。僕とは20歳以上も離れているので、決して変な関係ではない。馴染みのスナックに一緒に行く、ただそれだけだ。
いつも店はそこそこ混んでいる。うちの店や他の店から流れてくる客も多いのだろう。
房江さんはカラオケを歌い、僕にも勧めてくる。苦手なわけではないのだが、最近はめっきり音楽を聴かないので、高校生の頃に聞いた曲しか分からない。
それでも房江さんや他のお客さん達は、上手いと喜んでくれる。
そこそこ気分がよくなった頃に店を出る。念の為、近所の房江さんの家まで送り、また近所の自分のアパートまで歩く。
「ふぅ~」と何度も息を吐く。いつもとそんなに変わらない量のはずなのに、少し頭がフラフラした。
川沿いの道を歩く。川側に張ってある高いフェンスに何度か手を掛けながら、歩いた。
そして、また足元がよろめいた。フェスに手をつこうとしたが、フェンスがない。
「あっ!」と小さく叫び、ゴロゴロと緩やかな川岸を転げ落ちて、川の手前で止まった。
「イタタタッ・・・。あれ、フェンス?」と見上げると、フェンスはあった。
「どこから落ちたんだ?」とキョロキョロ見回していると、近くの橋の下に小さな白い段ボールがあるのが目についた。
いつもならゴミだと気にしないのだが、何故か今はとても気になった。体についた草や泥を払い落としながら立ち上がり、段ボールに近づいていった。
覗き込むと、小さな真っ白い子猫が動かない状態でいた。
「死んでるのか?」僕は指で触った。
「まだ温かい。それに弱いけど呼吸している。くそ!こんな暑い時に子猫を捨てるなんて、なんて酷いやつだ!死んでしまうじゃないか!」
僕は段ボールを抱え、上の道へ上がる方法を探した。橋の脇に階段があるのが分かったので、急いで昇った。
そして、段ボールを揺らさないように注意しながら、早足で歩き始めた。
「あっ!ミルクがない!」
また辺りを見回した。
「確かコンビニがあったはずだ」
房江さんと飲んだ後にしか通らない道なので、よく分からない。
一本先の広い道に行ったらコンビニがあった。邪魔にならないように店の脇に段ボールを起き、急いで猫用のミルクと子猫用のキャットフード等を買った。そして、また段ボールを持ち上げて家へと急いだ。
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まずは体の熱を取るために、少し温度の低いお湯で身体を洗い、身体が冷えすぎないようにタオルで包んだ。
次にミルクを温めて、哺乳瓶に入れる。指で口を開かせ少し流し込む。
すると、子猫の目が少し開いた。哺乳瓶を傾けてまた少しミルクを流し込む。それを何回か繰り返した。
すると、猫の首がぐったりとしたので、哺乳瓶を脇に置いた。
「大丈夫だろうか?」心配で、しばらく見ていたが、胸がゆっくりと上下に動いている。
「寝てるのか。ふぅ~」少し安心して息を吐き出した。
時計を見ると3時を回っていた。
まぁ、明日は定休日だ。
風呂に入って、急いで身体を洗った。
体を拭いて、新しいティシャツと下着を着ながら、子猫を覗き込んだ。
また少し目を開いている。
タオルごと抱き上げて、またミルクを流し込む。
猫の舌が動きながら、飲んでいるようだ。
「お腹空いてただろ。たっぷり飲みな」と微笑みながら、子猫を見守った。
しばらくすると、またぐったりとした。
「けっこう飲めたな。良かった」
ベッドの上に子猫を置き、脇に横になった。
「真っ白か。まるでミャーコの生まれ変わりみたいだ」
僕が子供の頃、白い子猫をもらってくれないか?と近所の人から話があった。
実家は飲食店、田舎で定食屋をやっているから、生き物はダメだと父親は言ったが、僕は自分が面倒を見ると言った。店には入れないことを条件に許された。まだ妹が一歳だったので、母親も手が離せない。だから、寂しかったんだ。
僕は近所の人の所に何度も行き、飼い方を教わった。
しばらくは、保育園がある時間は近所の人に預かってもらい、帰りに迎えに行った。
そして、僕もミャーコも大きくなった。ミャーコの我が家での住処は、2階の僕の部屋だ。少し窓を開けておいて、好き勝手に出入りしている。しかし、子供を作ってくることは一度もなかった。
そして、僕が高校を卒業した時、父親と喧嘩して家を出た。あてもなく出て行ったため、ミャーコを連れてはいけなかった。
それから日雇いの仕事等を転々としながら、今の店のオーナーに拾われて、ずっと勤めている。オーナーは僕の事情を話しても、分かった、とだけ言った。とても感謝している。
血筋なのか?店の手伝いを頻繁にさせられていたからなのか?料理だけが僕の生きていく手段だったようだ。
板長には、初めの方に調理器具を粗く扱うことを怒鳴られたが、それ以外はとても優しく教えてもらっている。
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オーナーと板長には、会って後悔するより、会わないで後悔することの方が何万倍も後悔するぞと言われ、休みをもらって帰省した。
しかし、父親は、もう話すことはできなかった。チューブに繋がれながら、ずっと目を瞑っていた。
「あなたが料理店で働いてること、とっても喜んでたわ」母親が言った。
定期的に、母親と妹には連絡していた。店にも一度だけ来てもらった。母親は、オーナーと板長には泣きながら感謝していた。
父親も、もう少し真面に料理ができるようになってから、呼びたいとは思っていた。しかし、それが叶うことはなくなってしまったようだ。
そして、チューブが外されて葬式が始まった。
定食屋のすぐ傍にある工場の人達は、通夜に代わる代わる来てくれた。
僕を見て、
「大きくなったな」と驚いたり、慰めてくれたり、懐かしんだくれたりした。
賑やかな通夜とは違い、火葬場には3人で行った。いや、もう一匹いた。籠の中でおとなしくしている。ミャーコも20歳くらいになる。
家に帰ると、久しぶりに自分の部屋に行った。綺麗に掃除されていて、当時のままだった。
ミャーコを隣に置いて、一緒にベッドに寝た。今まで料理を覚えることでいっぱいいっぱいになっていたので、ミャーコのことは忘れていた。
「ごめんな、ミャーコ」
「にゃ~あ」
そして決心した。
定食屋は、母と料理の専門学校を卒業した妹がいるから大丈夫だ、と言われていた。僕はその言葉に甘えることにした。今までは住み込みで働いていたが、近くにアパートを借りることにした。
帰りが遅いので、防音には気を使い、ペットが大丈夫な所が店の近くにあったので、引っ越した。
そして、ミャーコとの生活が始まった。
ミャーコは高齢なので、もう外に行くことはない。部屋でじっと僕の帰りを待ってくれていた。
だから、帰るとなるべく膝の上に置いて生活した。
しかし、半年前に突然と姿を消した。
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訳が分からなかった。泥棒?とも思ったが、他には何も無くなっていない。高齢の猫だけ盗んでいく泥棒こそ訳が分からない。しばらくは、ひょっこり帰ってきてるんじゃないかと思って、「ただいま、ミャーコ」と言いながら玄関のドアを開いた。
しかし、ミャーコが帰ってくることはなかった。
部屋に帰っても寂しく感じ、新しい猫を飼おうかとペットショップに何回か行った。でも、ミャーコが帰ってきたら、寂しがるんじゃないかと思い、今まで飼うことができなかった。
「もう、良いかな?ミャーコ」と僕は呟いた。
次の日、目が覚めて子猫を見ると、おしっこをしていたので、身体を洗い、新しいタオルに包んだ。
ミルクだけでなく、柔らかくしたキャットフードも食べられるようになっていた。
「良かった。これなら医者に連れて行く必要はなさそうだ」
また、しばらく子猫は寝た後、足で立てるようになった。
「あぁ、良かったぁ」僕は満面の笑みになった。
僕は子猫を抱き上げて、
「いいかい。ここが君の新しい家だよ」
「にゃ~あ」
僕は抱っこしたまま、子猫にお風呂やトイレの場所を教えた。
「あっ!君のトイレも買ってこなくちゃ」
すると、子猫は、僕の腕から飛び降りて、便座の上にこちら向きに座った。そして、しゃ~っと音がした。
「えっ!トイレできるの?」
「にゃ~あ」
子猫は終わると、また僕の腕までジャンプした。
「こんなちゃんとしつけられる飼い主なら、何で?」僕は猫の体を見回した。
「虐待されたような傷はないな」
「にゃ~あ」
「えっ?何?」
猫はまた飛び降りて、玄関のドアの前に立った。
「外に行きたいの?」
「にゃ~あ」
「う~ん。でも、まだその身体じゃ他の猫に会ったら大変なことになる。僕が一緒に行っていい?」
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「分かった。着替えるから待ってて」と床に下ろした。
僕は着替えて、
「あっ?そうだ、朝ご飯買ってこよう」リュックを背に背負った。
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「にゃ~、にゃ~」と子猫が鳴いた。
「ん?何か欲しいの?」
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「リンゴ?」
「にゃ~あ」
「分かった。でも、少しずつだよ」
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「あっ、いらっしゃい。若菜くん」若い看板娘は言った。
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「昨日、終業式だから」
「そっか、そんな時期か。暑いわけだ」
「昨日はお母さん、また付き合わせて、ごめんね」
「ううん、僕も気晴らしになるし、気にしないで」
「あら!猫ちゃん?」
「昨日、帰りに拾ったんだ。このクソ暑いのに捨てるなんて許せないよ」
「えっ?外に?」
僕は頷いた。
「酷い!」
「ホントだよ。春ちゃん、いつもの幕の内で」
「はい。幕の内一丁」
僕は会計をした。
「飼うの?」
「そのつもり」
「若菜くん、猫もいいけど、せっかくかっこいいのに彼女とか作んないの?」
そんな相手を作れる訳が無い。店でもオーナーと板長しか知らない。
「この子がいてくれれば十分だよ」
「はぁ~。ねぇ、いつか私とデートしようよ」
「はぁ?十近くも違うんだよ」
「別にいいじゃん。私の寂しい高校生活を華やかに」
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「同い年は嫌。子供っぽくて」
「分かった、分かった。夏休み中に1日くらい付き合うよ」
「ホントに?」
「ただ制服だけは着てこないでよ。僕が捕まるから」
「うん!」
喜ぶ春香から、幕の内弁当を受け取って、店を出た。
「暑い~。早く帰ろうね」と子猫に言った。
部屋に帰ると、まずはリンゴを少しすり下ろした。
皿に乗せて、テーブルの上に乗せた。子猫がジャンプしてテーブルの上に乗り、舌を出して舐め始めた。
「まだ少しね。もっと元気になったら、いっぱい食べようね」
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「うん、今日もちゃんとできてる」と食べ始めた。
「にゃ~あ」と子猫が鳴いた。もう皿の中がなくなっていた。
「えっ!もう食べたの?」
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背中の方から、
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サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
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