7 / 25
取り憑く
しおりを挟む
定休日前の営業日の閉店間際、また板長は包丁をチェックした後、井伊さんに呼び出されて行った。
付喪神達は、また僕をからかいに来たが、何度も引っかかることはなく、真面目に掃除と消毒を念入りに行った。
板長が井伊の部屋に入って、暫く飲んでいると、
「なぁ、吉野(板長の名前)、最近猫を飼い始めた店員はいないか?」と井伊が言った。
「猫?う~ん、そんな話は聞いたことはないな。まぁ、そんな事をわざわざ俺に報告することもないと思うがな」
「そうか。じゃあ、若い女と暮らし始めた男はいるか?」
「あぁ、それなら板前にいるぞ。今まであんまり笑わなかった奴なんだが、急にニコニコしてるから、何事かと思ってな。聞いてみたら、若い女と同棲を始めたって聞いて、ビックリした。料理作ってる時も、今まで真剣な顔で作ってたんだが、今はなんというか、幸せをお裾分けしてるみたいな空気をまとって作ってるよ」
「あぁ、それでか。同じ料理なんだが、色が変わって見えたのがあった」
「またそれか」
「見えてしまうものは仕方ないだろ」
「はいはい。凡人の俺には分からん」
「そう言うな。お前の料理の色はいつもの通り完璧な色をしている。だから、来てるんだから」
「それで、猫とか若い女とか、何のことなんだ?」
「あぁ、それなんだが、その板前と2人で話せないか?」
「2人で?」
「悪いが、2人にさせて欲しい」と井伊は座ったまま、頭を下げた。
「分かった。そこまでされちゃ、俺も何も言わん。呼んでくるから待っててくれ」
板長は部屋を出ていった。
板長が調理場に来た時は、もうすぐ作業が終わりそうな頃だった。
「おい、若菜」
「はい、何でしょうか?」
「井伊さんがお前と2人で話したいと言っている」
「えっ?2人でですか?」
「そうだ。早く行きなさい」
「分かりました」と前掛けを外して、いつもの籠に入れた。
そして、井伊さんがいる部屋の戸の前で帽子を取り、正座して、
「板前の新庄若菜です」と言った。
「入ってくれ」
「失礼します」と言って、
両手の先で戸を開き、井伊さんが見えた所で深く頭を下げた。
そして、顔を上げ、立膝で中に入った。後ろ向きになって両手で戸を閉め、井伊の方に向き直って、
「ご贔屓にしていただき、誠にありがとうございます」と深く頭を下げた。
「ほう、料理通りだな」と井伊が感心したように言った。
「えっ?」と僕は顔を上げた。
「まぁいい、そこに座りなさい」
井伊は真正面の座布団を指差した。
僕は座布団を外して、その位置に正座した。
「そんな気にすることはない。座布団を使いなさい」
「えっ!あっ、はい」正座の下に座布団を引き寄せた。
「ほら?」井伊が日本酒の瓶を持っている。
仕事中なので、と言いかけたが、それも野暮と言うものだ。
日本酒の種類ごとにコップを使うので、多めに置いてある。使っていないコップを両手で持ち、差し出した。井伊はそこに酒を注いだ。僕も井伊のコップに注いだ。
「いつも君、若菜くんの料理は色と味を楽しませてもらってるよ」
「それは大変有難い、えっ?色とおっしゃいましたか?」
「変に思わないでくれ。俺には見えないものが見えてしまうんだ。若菜くんの料理には、食べてくれる人が笑顔になるように気持ちを込めて作っていることが、俺には色で見えるんだ」
「はぁ?さようでございますか・・・」
「まぁ、そんなことはいい。もう仕事も終わりだろ。飲みながら話したいことがある」
「では、遠慮なく頂戴いたします」と若菜は少しだけ口に入れた。
「ほら?」とまた井伊が日本酒の瓶を持っていた。
「はい」と言って、コップの残りを飲み干して、注いでもらった。
井伊も飲み干し、改めて注いだ。
井伊はコップをテーブルに置き、
「若菜くん、猫を飼い始めてないか?」と言った。
「あっ、はい。数週間前に子猫を拾いました」
「そうか。余計なお節介だと言うことは分かっている。でもな、あくまでも人間と猫だ。世界が違い過ぎるんだ」
僕は嫌な予感がした。
「と、おっしゃいますと?」恐る恐る言った。
井伊は、真剣な目で僕の目を見た。
「君は猫に取り憑かれている」
僕は目を見開いて、口をパクパクとさせた。否定したいが、余りにも唐突過ぎて、言うべき言葉が見つからなかった。
付喪神達は、また僕をからかいに来たが、何度も引っかかることはなく、真面目に掃除と消毒を念入りに行った。
板長が井伊の部屋に入って、暫く飲んでいると、
「なぁ、吉野(板長の名前)、最近猫を飼い始めた店員はいないか?」と井伊が言った。
「猫?う~ん、そんな話は聞いたことはないな。まぁ、そんな事をわざわざ俺に報告することもないと思うがな」
「そうか。じゃあ、若い女と暮らし始めた男はいるか?」
「あぁ、それなら板前にいるぞ。今まであんまり笑わなかった奴なんだが、急にニコニコしてるから、何事かと思ってな。聞いてみたら、若い女と同棲を始めたって聞いて、ビックリした。料理作ってる時も、今まで真剣な顔で作ってたんだが、今はなんというか、幸せをお裾分けしてるみたいな空気をまとって作ってるよ」
「あぁ、それでか。同じ料理なんだが、色が変わって見えたのがあった」
「またそれか」
「見えてしまうものは仕方ないだろ」
「はいはい。凡人の俺には分からん」
「そう言うな。お前の料理の色はいつもの通り完璧な色をしている。だから、来てるんだから」
「それで、猫とか若い女とか、何のことなんだ?」
「あぁ、それなんだが、その板前と2人で話せないか?」
「2人で?」
「悪いが、2人にさせて欲しい」と井伊は座ったまま、頭を下げた。
「分かった。そこまでされちゃ、俺も何も言わん。呼んでくるから待っててくれ」
板長は部屋を出ていった。
板長が調理場に来た時は、もうすぐ作業が終わりそうな頃だった。
「おい、若菜」
「はい、何でしょうか?」
「井伊さんがお前と2人で話したいと言っている」
「えっ?2人でですか?」
「そうだ。早く行きなさい」
「分かりました」と前掛けを外して、いつもの籠に入れた。
そして、井伊さんがいる部屋の戸の前で帽子を取り、正座して、
「板前の新庄若菜です」と言った。
「入ってくれ」
「失礼します」と言って、
両手の先で戸を開き、井伊さんが見えた所で深く頭を下げた。
そして、顔を上げ、立膝で中に入った。後ろ向きになって両手で戸を閉め、井伊の方に向き直って、
「ご贔屓にしていただき、誠にありがとうございます」と深く頭を下げた。
「ほう、料理通りだな」と井伊が感心したように言った。
「えっ?」と僕は顔を上げた。
「まぁいい、そこに座りなさい」
井伊は真正面の座布団を指差した。
僕は座布団を外して、その位置に正座した。
「そんな気にすることはない。座布団を使いなさい」
「えっ!あっ、はい」正座の下に座布団を引き寄せた。
「ほら?」井伊が日本酒の瓶を持っている。
仕事中なので、と言いかけたが、それも野暮と言うものだ。
日本酒の種類ごとにコップを使うので、多めに置いてある。使っていないコップを両手で持ち、差し出した。井伊はそこに酒を注いだ。僕も井伊のコップに注いだ。
「いつも君、若菜くんの料理は色と味を楽しませてもらってるよ」
「それは大変有難い、えっ?色とおっしゃいましたか?」
「変に思わないでくれ。俺には見えないものが見えてしまうんだ。若菜くんの料理には、食べてくれる人が笑顔になるように気持ちを込めて作っていることが、俺には色で見えるんだ」
「はぁ?さようでございますか・・・」
「まぁ、そんなことはいい。もう仕事も終わりだろ。飲みながら話したいことがある」
「では、遠慮なく頂戴いたします」と若菜は少しだけ口に入れた。
「ほら?」とまた井伊が日本酒の瓶を持っていた。
「はい」と言って、コップの残りを飲み干して、注いでもらった。
井伊も飲み干し、改めて注いだ。
井伊はコップをテーブルに置き、
「若菜くん、猫を飼い始めてないか?」と言った。
「あっ、はい。数週間前に子猫を拾いました」
「そうか。余計なお節介だと言うことは分かっている。でもな、あくまでも人間と猫だ。世界が違い過ぎるんだ」
僕は嫌な予感がした。
「と、おっしゃいますと?」恐る恐る言った。
井伊は、真剣な目で僕の目を見た。
「君は猫に取り憑かれている」
僕は目を見開いて、口をパクパクとさせた。否定したいが、余りにも唐突過ぎて、言うべき言葉が見つからなかった。
0
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
マッチ率100%の二人だが、君は彼女で私は彼だった
naomikoryo
恋愛
【♪♪♪第19回恋愛小説大賞 参加作品♪♪♪ 本編開始しました!!】【♪♪ 毎日、朝5時・昼12時・夕17時 更新予定 ♪♪ 応援、投票よろしくお願いします(^^) ♪♪】
出会いサイトで“理想の異性”を演じた二人。
マッチ率100%の会話は、マッチアプリだけで一か月続いていく。
会ったことも、声を聞いたこともないのに、心だけが先に近づいてしまった。
――でも、君は彼女で、私は彼だった。
嘘から始まったのに、気持ちだけは嘘じゃなかった。
百貨店の喧騒と休憩室の静けさの中で、すれ違いはやがて現実になる。
“会う”じゃなく、“見つける”恋の行方を、あなたも覗いてみませんか。
魚人族のバーに行ってワンナイトラブしたら番いにされて種付けされました
ノルジャン
恋愛
人族のスーシャは人魚のルシュールカを助けたことで仲良くなり、魚人の集うバーへ連れて行ってもらう。そこでルシュールカの幼馴染で鮫魚人のアグーラと出会い、一夜を共にすることになって…。ちょっとオラついたサメ魚人に激しく求められちゃうお話。ムーンライトノベルズにも投稿中。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる