一日一編

馬東 糸

文字の大きさ
22 / 56

020122【銭湯】

しおりを挟む
 冬の寒い日、お風呂が故障した。お湯が出なくなってしまったのだ。
 仕方なく近くの銭湯に行く事にした。通勤の際に通るため煙突がある事は前々から知っていたが、実際に稼働しているのかは不明確であった。ネットで検索しても情報が出てこない。時間もそんなにかからないため、荷物を持って出かける事にした。
 思えば銭湯というもの自体幼い頃にはあるかもしれないが、自発的に行くのはこれが初めてである。どういったものなのかが分からず、歩きながら少し不安になってきた。とりあえず、見えている煙突を目指した。
 しかし、ぐるりと煙突の周辺を歩いても、それらしき入り口が見つからない。煙突は確かに見えているし、雑居ビルの裏手にあるのは分かる。けれど、肝心の入り口が分からない。もう諦めて帰ろうかと思ったが、一人の若い女性が湯籠を持って歩いているのが見えたため、場所を尋ねる事にした。女性からは思いもよらない返答があった。
「ああ、分かりにくいですよね。そこの雑居ビルの1010号室が一階にあるのでそこから入るんですよ。鍵はかかっていないので」
 そう言って女性は去って行ってしまった。
 半信半疑でその古ぼけたビルに入り、部屋を探す。すると、確かに1010号室が一番端にあった。なんだか盗人になったような気持ちで静かにドアノブに手をかけて、ドアを開け、中に入った。
 通常であれば玄関があって、キッチンなり、リビングなりが見えるはずが、そこにあったのは一直線に伸びたの長い通路である。床は木で出来ており、ぼんやりとした灯が奥まで続いている。
 恐る恐るその通路をしばらく進んでいくと、人が数名いる空間に出た。右は男湯、左は女湯と暖簾に書いてあり、真ん中には番台が置かれている。そこに座っているのは小さな男の子であった。
「入りたいのですが、どうすれば」
 少年は礼儀正しく答えた。
「それでは入浴料の280円を頂きますね。タオルはお持ちですか?」
 お金を渡しながら伝える。
「はい、一式持っているので大丈夫です」
 そういうと手際よく木札を用意してお金と交換するように渡して来た。
「はい、それではこれを持って左側へお進みください。これはロッカーの番号になっていますので」
 言われるがまま、私は暖簾をくぐり、脱衣所で服を脱ぎ中へ入った。
 こちらは想像している通りの、これぞ銭湯と呼べるようなもので、どこかノスタルジックな景色である。私は体を洗い、湯船に浸かる事にした。期間限定ということで、湯船には柚子が沢山浮いている。
 首を出して浸かっていると、柚子の心地よい香りがお湯の蒸気で立ち上り心地よく感じた。
 一通り楽しんだ後、湯船を出て、支度を済ませて帰る事にした。
 その帰り道のことであった。一人の女性が私に声をかけてきた。どうやら煙突は見えるが、辿り着けないとの事らしかった。
 私はそこのビルの1010号室を開ければ大丈夫だと答えて、湯冷めのしないうちに家に帰ったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

処理中です...